第1章 No.21 邪念
「おかえり、高縄くん。」
看護師が運転してきた、恐らく咲洲が持っているであろう車を降りると、沙梨と尚樹が正門前で待機していた。
特に二人が深刻そうな様子であったとか、そういう訳では無いのだが、二人の並びを見た瞬間、絶対に何かしら話があるのだと直感した。
「──リザーブの面々は来てくれないんですね.....」
「彼らも治療中だ。それに、穂波さんから直接話があるから連れてこいと言われたからね。今回は引っ込んでもらった。」
「全く、愛想のない奴らですね──」
颯太の冗談に沙梨が苦笑いする。
「──薄々こうなることは分かってましたけど.....」
そして連れられて来てみれば、何となく予想していた通りの展開であった。
部屋に入ると穂波と結愛がおり、姿を見た瞬間に結愛が安堵するように抱きついてくる。せいぜい今回は胸を刺されただけあって、横からスライドしバックハグのように抱きつかれた。
「──それで、お話ってのは何ですか?」
そんな結愛をあしらいつつ、穂波からの話を聞く。
穂波はいつも通り、笑っているのか真顔なのかも分からない、何とも言えない表情のまま椅子に腰掛けている。
「まあ、深刻な話でも無いし、座ってゆっくりしてなさい。どちらかと言うとこっちの都合でもあるんだし。」
穂波に言われるがまま、ソファに結愛と二人で腰掛ける。
向かいのソファに尚樹が座り、沙梨は穂波の机に近付き、穂波の後ろで立ったままである。
「颯太くんにしても、まだまだ解決しなきゃいけないことだって色々あるでしょうけど、それは一旦置いておくわ。今後の泉大津に関わる話を一つだけさせて貰うわね。」
そういいつつ手渡した2枚の資料を、沙梨が颯太たちのところへと運んでいく。
「颯太くんはともかく、結愛ちゃんには少し、思い悩む節はあるでしょうから、今すぐ回答して貰いたい訳じゃないけど、なるべく早く返事を聞きたいってことは覚えておいて。」
1枚目は、タイキプロ、いわゆる"対危険思想プログラム"への登録書類で、2枚目には泉大津ストライカーグループの名簿のようなものが置かれていた。
「今後颯太くんが活動していくにあたって、いい加減に非公式のストライカーであるのも微妙だと思ってね。私の推薦で、タイキプロに所属する正式なストライカーとしての登録をしておこうと思ったわけ。それで2枚目の方は、颯太くんのタイキプロ登録と一緒に予定してるグループの再編についてね。」
──そう言えば、今まで何体かの怪物──タイキプロに言わせれば"狂信者"を討伐してきたが、報酬を貰った覚えがない。
なぜかと言えば、颯太はタイキプロに所属する正式なストライカーでは無く、今まではストライカー見習いのような感じでずっと任務に当たっていたからだ。
無論、マイカも何も貰ってはいないが、リザーブ組の他の面々はタイキプロに申請し、正式なストライカーとなっているため、ここ数回の狂信者討伐でもしっかりと報酬を受け取っている。
「──でも、俺の犯罪歴とかも、向こうは多分知ってる訳ですよね?そんな人間を公認するなんて、まるで自分たちの看板に泥を塗るようなことですし、絶対審査を通らないと思うんですけど──大丈夫なんですか?」
「普通ならそうね。ただ、今回は私の推薦がついている。大阪府で3番目の規模を持ち、南大阪の広い範囲を統括している泉大津の管理人の推薦がね。」
それを言われてもイマイチピンと来ない颯太に、結愛が補足説明をする。
「普通やったら、犯罪者や犯罪歴のある人は公式のストライカーに入れへんねんけど、推薦って言うのがあれば話が大きく変わる。この推薦ってのは管理人しか出来ひんくて、それをした場合、"問題のある可能性のある人物の行動に責任を持つ"、まあ俗に言うたら保護者になるみたいなもんやな。」
保護者とは、また随分と気合いが入った言い方だ。
──無論、それで報酬を貰えるなら有難いに越したことでは無いのだが、颯太にしてみれば、どうしてもある疑問を抱かずにはいられなかった。
「──前々からそうですけど、穂波さんってなんで俺に対して──固執って言ったら変ですけど、そこまでしてまで俺を泉大津に置いてくれるのは何でですか?これを聞くのは失礼だとは思うんですが、どうしても知っておきたいんです。」
穂波は一度椅子に座り直す。
流石にそんなことを聞かれるのは予想外だったのか、少し回答に迷うような仕草を見せた。
「──そうね。もうこの際だし答えておきましょうか。」
──そう言うと、穂波は机の引き出しから何かを取り出す。
そこには、颯太にとっては見覚えしかないようなものが、確かに穂波の手にあった。
「見覚えがあるでしょう。あなたの先祖たち、堺包丁でも特に優れた鍛冶屋の高縄家、その紋章が入った鞘よ。」
──高縄家の紋章、嫌という程見せられた、曽祖父の暴力の象徴のようなものでもあった。
今となっては、別にトラウマを思い出したり、パニックになって暴れたりなど、そのような症状が出る訳でも無いが、今もそこまで視界に入れたいものでは無い。
「私と、母親もね、御用達だったのよ。高縄家の堺包丁は切れ味も良いし、かなり上物だったからね。私は数回しか使ったことは無いんだけど。」
一応だが、高縄家が代々、堺包丁の中でも特に高く評価されていたという話は、風の噂程度だが颯太も聞いている。
とは言え、それとこれとは話が別だ。説明になっていない。
──だが、次の言葉を聞いて、颯太の目の色が変わる。
──そんな時、不出来な跡取り息子である君と出会ったのは、もう何年前の話かしら。
ー‐ー‐ー
──2045年の年明け、まだ寒さも厳しい時期だった。
高縄家には近隣から新年の挨拶周りをしたりされたりという風習があり、この日ばかりは篭もりがちな家族も外に出る。
「あけましておめでとうございます!」
「ああ、おめでとうさん。」
近くの金谷の叔父さんに声を掛ける。
生まれた頃から良くしてくれている金谷の親父は、この後に曽祖父の暴力を知り父親らを叱りつけるなど、昔から颯太の仲間では居てくれた。
まあ、自分の工場が忙しいせいもあってか、颯太が憂き目にあっている事など知りもしなかったが。
「そう言えば、さっき工房に客が来てたぞ。」
「そうなんだ、じゃあかえる。ことしもよろしくね!」
「おお、よろしくな。」
金谷の叔父さんは気さくに返してくれた。
とはいえ、当時4歳少しながら人見知りもあった颯太は、横からこっそりと工房に入り、様子を伺うことにした。
見ると、華美で無い服を来た髪の長い女性と、恐らく娘であろう若い女性がいた。
(──だれだろ、みたことないひと.....)
当時から工房にいたこともあり、得意先の顔はある程度頭の中に入っていた颯太。だが、その記憶を探しても、この二人に関する記憶は一切出てこなかった。
まだ1月2日、工房も一般向けには閉まっているような時期に来るような人間だ。得意先であることはほぼ確定なのだが。
「──あ.....」
だが、隠れてみるのに必死になっていて、近くにあったガス缶に気付かずに躓いてしまった。
当時そこにいた26代、つまり颯太の父親とともに、客人の二人もクスッと笑った。
「──可愛い息子さんですね。」
恐らく母親と見られる女性が26代に話し掛ける。
「ええ、まあ。出来の悪い息子ですよ。」
──謙遜のつもりか知らないが、4歳の息子に対して言うセリフではない。
颯太はお辞儀だけして、何も話さなかった。
「ユウキ、小さい息子くんのお相手をして差し上げなさい。私は少し先代ともお話してくるから。」
「すみません、お気遣いありがとうございます。」
26代に先導されながら、母親と見られるその女性は奥の方へと入っていった。
その場にはユウキと呼ばれた娘さんと颯太のみになり、しばらく沈黙が流れたが、ユウキの方から颯太に話し掛ける。
「──僕、何かしたいことある?」
「う、うーん.....これってのもないかな。」
「そう。じゃあちょっとお話しようか。」
そう言いつつ、小脇に抱えていた少し大きめのカバンから、学生ノートのようなものを取り出し、縁側のようになっている工房の端っこのほうへと腰掛けた。
颯太も導かれるかのように近寄り、横に座った。
「──これなぁに.....?」
──と、颯太が想定していたようなものとは全く異なる、訳の分からない文字列が羅列されたノートが目に飛び込む。
「これはね、勉強をしているノートだよ。君には、ただのお絵描きにしか見えないかもだけど。」
高校や大学で化学や生物を習った人ならある程度予想がつくだろう。文系にしてみれば頭の痛くなりそうな化学式だの、ゲノム配列だの、塩基配列だの、いわゆる理系らしいものが、そのノートには描かれていた。
「おねえさんは、どうしてべんきょうしてるの?」
「ん?何でって言われても、私は将来の夢があるからね。今はしたくなくても勉強をしないといけない。賢い大学に入らないと、将来やっていけないからね。」
「ふーん.....」
改めて颯太はノートを見る。
何度見ても訳が分からない。だが、飽きもせずに綺麗な字や図を使って、まるでお偉いさんが持っている資料のような書き方をしているそのノートは、確かに将来の夢でもなんでも、何か強い動機がなければ作れるはずがない。
「おねえさんは、しょうらいなにになりたいの?」
「将来の夢?なんだと思う?」
「え?うーん──」
ここでパッと、総理大臣だの、電車の運転手だの、そういう意見が出てこないのが、颯太の家庭環境の現れである。
「──わかった!おえらいさんだ!」
「おえらいさん──まあ、確かにそうかもね。」
突拍子も無く飛んできた颯太の言葉に苦笑いしつつ、ユウキは正解を教える。
「──私はね。将来お医者さんになるんだ。病気で苦しんでる人とか、皆を助けるためにね。私を助けてくれたお医者さんに憧れて、今は勉強してるの。」
「おいしゃさん.....!すごいね!」
「あはは、ありがとう。」
──そんな他愛のない会話が続き、気づけば20分程が経って、もうすぐ帰ると母親からの連絡が来た。
「おしゃべりしてくれてありがとう!」
「ううん。こちらこそ。最近誰かとこんな長くお喋りすること、あんまり無かった気がする。」
無論、4歳と、それなりに大人びた女性、いや、少女だ。気が合うとかそういう関係性は無いものの、どこか会話が弾み、気づけば最初少し低い声だったユウキの声も、少しづつハイトーンになっている気がした。
帰り際、ノートを鞄にしまい、振り返ったユウキは、颯太にペンを一本渡した。
「そのペン、私の大事なモノだったの。君にあげる。」
「わぁ!ありがとう!」
無論、当時の颯太にはどう使うものかは分からなかったが、とにかく何かプレゼントをくれたのが嬉しかった。
「これからもちょくちょく遊びに来るよ。私は侑紀、ゆうきって呼んでくれてもいいよ。」
「ぼくはソータ、高縄颯太!またね!侑紀おねえさん!」
ー‐ー‐ー
「──なんて、あの時は勉強ばっかで周りと関わりすら持たなくなっていたから、良い息抜きになってたわね。」
そう言いつつ、穂波が胸ポケットから取り出したのは、あの時のものによく似たペンだった。
勿論、颯太には心当たりしか無い。
「──もしかして、侑紀さんって──」
「一度名乗ってはいたけど、流石に忘れられていたかしら。ほぼ毎週のように遊びに行ってたから、覚えてくれているかな、なんて淡い期待を持っていたけれど。」
──当時と比べても、かつての侑紀に重なる部分はほとんど無い。今ここで見ている穂波は、あくまで穂波である。
だが、どことなく懐かしいような、既視感のような、そんな違和感を抱いた理由もわかった。
「──まさか、そんな昔のことを覚えられていたなんて、予想外でした。大学に上がってからもちょくちょく顔を出してたのに、6歳になる頃にはめっきり見なくなったので、僕も忘れられているとばかり思ってました。」
「まさか。まあ、あの時は私も忙しくてね、ほんと、医療関係はしんどいったらありゃしなかったわよ。」
穂波の苦笑に釣られるように、颯太も苦笑いを返す。
「──まさか穂波さん、颯太くんにあんまり良くない感情を抱いてたりしてたんですか?」
絶対に否定が返ってくることを知りつつ、尚樹は穂波を少し揶揄うようにそんなことを聞く。
「あはは、まさか、流石に12も下のいたいけな子供を食べるほどの異状性癖は持ち合わせてないわよ。」
──とてつもない言い方をするものだが、俗に言う"ショ○コン"だったとしても、4、5歳の子供を対象として見てしまえば、それはもうただのヤバい奴である。
「ただまあ、感謝はしていたわ。颯太くんと話しているうち、知らぬ間に勉強の効率も上がっていたりで、当時の私の勉強方法が、いかに自分に知らないうちにストレスを溜めていたか痛感したわ。そうでもなきゃ、全国統一模試で偏差値75をとったり、何処とは言わないけど某名門医科大学に特待生で入学したりとか、そんな日は来なかったかもしれないからね。」
「「へ、偏差値75──」」
サラッと飛び出したとてつもない言葉に、思わず颯太と結愛は息ピッタリにハモってしまう。
「──だから、平和化政策って名ばかりの政策のせいで、刃物工房で起きた惨状を耳にした時、真っ先に高縄家と颯太くんのことが気になっていたんだけど──少し遅かったわね.....」
──少し遅かった。つまり、気付いた頃には高縄家は崩壊を迎えていたということだろう。
「その時は尚樹くんに偵察を頼んだのかな。金谷さんにも話を聞いて、宮原家に引き取られたことまでは分かったんだけど、もう既に手を打たれた後だったからね──」
──何せ、気付いたのが5月18日だったから。
「──尽くタイミングが合いませんでしたね.....」
5月18日、この作品をしっかり読んでいただける程の聖人の方々なら分かるかもしれないが、この日は颯太が宮原家を出た日、そのまま"師匠"のもとへ弟子入りした日に他ならない。
「まあね。ただ、その後貴方が目印のようにアクションを起こしてくれたから、結愛ちゃんを派遣して連れて帰ることになったんだけど。」
──当然、そのアクションとは市役所職員の殺害だ。
奇しくもこれが決めてとなり、怪物騒ぎに乗じて結愛が颯太を連れて帰ることになったのだが。
「──私が颯太くんに拘る理由は、そうね。私のエゴかもしれないけれど、昔助けてもらった恩返しよ。もしかしたら貴方にとっては、恩を仇で返しているかもしれないけれど。」
「──そんなことは無いですけど、納得したのに、理解したはずなのに、なんか釈然としないような気がします──こんなことあるもんなんですね.....」
とは言え、別に穂波が嘘をついているとは思えない。
確かに幼少期、偶に遊んでくれた優しいお姉さんであることに変わりは無いし、今は唯一頼りになる管理人であることは間違いないのだ。
「──でもまあ、余計なことを考えても仕方ないので、そういう事で納得しておきます。」
──これ以上疑問を抱えていれば、既に混乱している頭の中がさらに爆発しそうだと考え、颯太はこれ以上のことは何も追及しないことでその場を凌いだ。
「まあいいわ。それはそれとして、話が飛んでしまったけれど、グループ再編案についてを説明しておかないといけないわね。」
穂波が合図すると、その続きを沙梨が話し始めた。
「現在、泉大津ストライカーグループは、主力部隊、予備部隊、そして高縄くん達リザーブ組の3つに分かれています。今のところ予備部隊は主力の補助係って形で機能してるけど、リザーブ組は今のところ、何にも属さない完全な非公式部隊となっていますので、公に活動できないのが現状です。」
「──まあ、そもそも私たちストライカー陣営は裏切り者な訳だし、そもそも公に活動なんてできないけれど。」
その点は別にどうでもいい。
だが、よくよく考えれば、村本の件といい、リザーブ組もタイキプロの公式的に動かしていたような気がする。
「今まで村本ちゃんに無理言って動かしてもらってたけど、ずっとこの地域の担当を村本ちゃんがやってくれるって保証はどこにも無いからね。だから、誰が来てもすぐに対応できるものにする為に、今回のグループ再編案をまとめたのよ。」
なるほど、村本も穂波の手の内だったということか。
「──でまあ、簡単な話、主力組をグループA、リザーブ組をグループBとして、主力2グループ制って感じにしようとしてるの。今のところ予備部隊の扱いが何とも言えないけど、それは上原ちゃんに聞いてみないとね。」
まあ、これは簡単に言えば、呼称名が変わるだけの話だ。
今後予備部隊がどちらに身を振るかで、このグループ再編もかなり意味が変わってくるのだが。
「──てっきり予備部隊に編入とかって思ってたので、そこをまだ分けてくれるのは有難いです。」
「まあ、考えなかった訳じゃないけど、どうしても未だに根強いアンチがいっぱい居るもの。そんなところに、わざわざ可愛い弟みたいな子や、帰ってきたばかりの結愛ちゃんを入れるのも、心が痛むってモノよ。」
表ではそう言っているが、恐らくは自分が面倒なのだろう。
そもそも穂波は一応、戦闘民族と言っても過言ではないストライカーたちを纏めあげる立場ではあるが、本人は争いを好まないタイプだ。
それに、颯太の件は確かに犯罪である。流石にそれを無視するということはどうしても難しいところはある為、穂波に言わせればアンチと言えど、颯太を糾弾する人間は決して少なく無いだろう。
「僕の方も了解しました。これ以降、メンバーにはグループAと呼称させるようにしておきます。」
「ありがとう──あとは七奈ちゃん次第ね.....」
そういう事で、タイキプロへの提出書類にサインを行うなどはあったが、会議はそこでお開きとなるのだった。
ー‐ー‐ー
──場面変わって、結愛の治療を前に、颯太と二人で控え室で待機しているところまで飛ぶ。
久しぶりの再会を多少喜びはしたものの、二人の間には非常に気まずそうな雰囲気が漂っていた。
「──こんなん今更聞くのもあれやけど、ホンマに大丈夫なんか.....?」
内容の無い言葉だが、颯太は即座にその意味を悟った。
「──そんなもん、大丈夫って言う方がおかしいだろ。遺体の適切な処置に関しては沙梨さんが穂波さんに話通してやってくれてるらしいけど。不安で仕方ないし、それに──何より、どっか、穴が空いたような気分で、気持ち悪さが消えない。」
怪物ないし狂信者となってしまったトモこと智樹。
結果的にトドメを刺した訳ではないが、目の前で智樹を自害という形で失った。
「そもそも、確かに意見の対立はあったとは言え、そもそも戦わないといけない理由はなかったんだ。誰を恨めばいいのか、誰を憎めばいいのか、俺は何すればいいのかも分かんねぇし、最悪の後味だけ残していきやがったよ── 」
答えを言ってしまうなら恨むべきはこの状況を作り出した紛れもない主犯である民共党、その支持者、その暴走を生み出した日本国民である。だが、それだけの答えでは最早満足出来ないほどに、颯太の心にはモヤモヤが溢れていた。
「.....なんか、今回の件を通じて、今までよりか弱み見せてくれるようになったよな。」
結愛の言葉に颯太はため息をつく。
「そうか?」
「.....まあ、前から分かりやすい部分はあったんやけど、今回みたいにはっきり言うてくれることなかったからさ。」
結愛の言葉に大きくため息を吐いた颯太はぼんやりという。
「──正直なところ、藁にも縋ると言うか、なんて言うか──中の人同様ボキャ貧には辛いところだが、俺自身、もう気分的に限界なのかも知れない。」
結愛としては"藁にも縋る(思い)"という部分には聞き捨てならない部分ではあるが、ただ颯太の感情や疲労が限界に達しそうになっているのは、見れば分かるレベルであった。
「でも、立ち上がらないといけないんだよ。」
そのボロボロの身を起こそうとする颯太の手を、無意識に結愛は軽く引く。無論、結愛の"軽く"をもって颯太は軽々と引き寄せられる訳だが。
「.....何?」
「休まへんのか?」
無意識、だが仮に意識していても同じ言葉が出ていただろう。その言葉に颯太は首を振る。
「──今、まだ母さんは狂ったままだ。もしかしたら今後、トモみたいに怪物──狂信者、今度は中期通り越して後期、末期級のような状態で出てくるかもしれない。それに、国家がらみで拉致されているなら、お前の親族だって──」
「──やめて。」
後ろから軽めのベアハッグを掛ける結愛に背筋を固められる颯太だが、それがどういう意味かを、結愛の言葉によって嫌でも知ることになる。
「そんなこと、誰にでも分かっとる。トモくんが狂信者として対峙してきよったっちゅうことは、今後颯太くんの親戚や友逹、もしかしたら私の家族だって出てきよるかもしれんってことくらいな。」
「.....じゃあ、何だってのさ。」
「颯太くんの考え方もある意味正しい。そんなことでいちいちクヨクヨしとったら、この先に出てきよるやろう敵には立ち向かわれへん。いつも求められてる全力を出して戦わんとあかん。プロとして、その理想としてあるべき姿やと思う。」
「──そうだ.....そうだよ。だから──」
「──でもな──」
──そんなん、もはや人とちゃう。
──発せられた言葉に颯太は、無意識に身震いした。
「──颯太くんにとってその姿があるべき自分なんかもしれんけど、でも、感情を、自分の心を殺してやるのは仕事とちゃう。それは作業や。"脳死でも出来るような"作業や。ロボットでも出来る。脳が無くてもプログラムされたコンピュータとその動作を行う機構、駆動装置があればそれは出来る。」
「作業.....?」
「せや。作業や。強さも弱さも1ミリ足りとも変わらんし、不自然なまでに正確や。ある意味ものづくりのプロとしては素晴らしいと言っても全くおかしないわ。」
颯太は、その言葉に一つだけ皮肉が込められていることをすぐに察した。
「それじゃダメって言いたいんだろ?」
「──人間の"プロ"って、ただそんな惰性の作業をやる人のこと指してるんやろか?何回も挫折を味わって、経験して、その経験と感覚を重ね続けてようやくその場に最高の"ひとつ"を生み出すことが出来るのが人間のプロや。颯太くんが目指してるのは機械仕掛けの作業のプロなんか、人間のプロなんか、果たしてどっちなん?」
これは中の人の考えでもある。惰性が作業、能動が仕事である。
「.....お前は、逃げてるって言いたいのか?」
その皮肉を感じ取った颯太が核心を突く。
「.....なんでそう思った?」
「──そう思ったのがまさに自分の本音、か。」
「正解。」
颯太の一言目がまさに結愛の真意の核心を、そして颯太が薄々分かっていた"その部分"を的確に出てくる部分である。
「.....あぁあ、嫌なやつ──闘也とお似合いだぞ?」
「やっと、冗談が言えるまでにはなったか?」
「──ひでぇな。」
致命傷にはならない程度のベアハッグから颯太を解放し、後ろを向く。
「──それだから、お前は怪力っ娘なんだよ。ホント。」
「.....今は、貴方の味方、怪力っ娘で居てあげてるだけや。」
「いい関係じゃない。」
その聞きなれない声に颯太はビクッとして周りを落ち着きなく見回すが、結愛はどこか呆れた顔でため息をつく。
「──盗み聞きなんて性にあわないことしますね、七奈姉さん。」
「あら、姉さんなんて嬉しいわね。」
その二人の短い会話でなんとなくその関係性を察した颯太が、恐る恐る質問する。
「.....もしかして、例の上原さん、ないし──」
「七奈で良いわよ。さっきの会議では酷く厄介者扱いされていたらしいけれど。」
何とも掴みどころの無い人だ。
それに容姿も特徴的だ。もう7月だというのに全身黒っぽい長袖上下、明らかに暑苦しそうに見える。背は颯太よりも少し高め、170センチ弱くらいだろうか。
そして、何より圧倒的なのは、明らかにおかしいサイズの四肢、腰周り。小顔である首から上に反比例しているようだ。
「──あんまりじっくり見られると恥ずかしいわね。私もまだ17なのよ、恥じらいはあるんだから。」
「また柄にも無いですね。裏で男子と割とエグ目の下ネタ言い合ってるの知ってるんですからね?」
「──この子は知らなくていい事ばかり──」
恵理との対面でもそうだが、結愛の態度がよく分からない。本当に仲良しなのか、ただ憎しみの煽りあいをしているのか。
「──にしても、どうしてわざわざ盗み聞きなんて──」
「あれ?心理カウンセリングの担当、和花ちゃんから私に変わったって言ってなかったっけ?」
「とてつもなく初耳なんですが.....」
よく分からないが、それとこれとは話が別な気がする。
「──まあ、要するに、颯太くんの件も穂波さんから頼まれてるのよ。ただまあ、いい感じの二人を見つけたら、ちょっと下世話なところが出ちゃったかもしれないわね。」
──と、遅くなったがここで改めて紹介しよう。
クールな雰囲気にもどこか包容力のありそうな、姉を通り越してどこか母親感溢れる雰囲気の彼女こそ、上原七奈である。
2037年8月22日生まれの17歳で、一応元JK、現在は高校も退学した(というより一方的な不登校)らしい。
そして颯太には、どうしても気になる点があった。
「──あの、暑くないんですか?その格好.....」
「あら、乙女の秘密を知りたいなんて、男子なんだから。」
──どうやら結愛に裏の顔を指摘されたことで、本性を隠す気は無くなったらしい。
「──まあ、とは言え恥ずかしいことなんだけど、一応は新しいグループBでも、今後長い付き合いになるかもしれないし、見せておくわね。」
そういいつつ、既に生地が伸びきっていそうなズボンを無理やり捲りあげる。
──そこにあった光景を見て、颯太は全てを察した。
「──相変わらずゴツいですね、さらに鍛えました?」
「まあ、毎日トレーニングは欠かさないようにしているから、もしかしたらその賜物なのかもしれないわね。」
──筋肉、圧倒的な筋肉だ。
初対面、初手の第一印象から、四肢がかなり発達していることは容易に想像できたが、そこらの筋トレ好きとは全く違う。
自衛隊員でも中々居ないであろう、筋肉どころか鉄柱が砕かれて入れられていそうな脹脛。まさに圧倒的だ。
「──割とコンプレックスだから、あんまりジロジロ見られても気が良いものじゃないんだけどね。」
「ああ──さっきからすみません.....」
思わず見とれてしまった。
そんな颯太に自然に近付く七奈は、急加速し、颯太を抱き上げながら首を優しく掴んだ。
あまりに一瞬の光景に理解が追いつかないが、脅しのつもりなのだろうか。
「──まあ、お察しの通り脅迫よ。このことはグループBの面々には内緒にしておいてね。もしも言いたくなったら自分から言うから。」
──なるほど、そういうことか。
「──僕は濫りに人のコンプレックスをバラしたりするほど、口は軽くないと自負してるつもりです。」
「そう、なら安心ね。」
右手で腰を抱えあげ、左手で首を掴む。一応颯太も50キロ以上は体重があるはずなので、ほぼ同体格の相手にここまでできる七奈は、やはり異常枠で確定だろう。
七奈は安心しきると、その左腕を優しく添えて、まるで人形を抱える少女のような格好を取る。
「──まあ、これでも力では結愛ちゃんに負けるけどね。」
「嘘も程々にしてください。いい勝負かちょっと姉さんの方が強いじゃないですか。」
「あら、愛しの颯太くんを前に謙遜かしら?」
──また煽りあいが始まった。仲がいいのか悪いのか。
「──それと、颯太くんにも一応警告はしておくわね。」
颯太を地面にゆっくり下ろしつつ、七奈は警告した。
「私や団長はともかく、まだまだ颯太くんに反感を持つグループAの人間は多い。しばらくはグループBの本拠点は穂波さんの部屋になるんでしょうけど、施設内や、施設の外を歩いている時は常に用心しておいてね。」
「──分かってます。常に警戒はしてます。」
「.....そう、なら安心ね。」
さっきと言っている内容は同じのはずなのに、なぜか今度の返事は、どこか心が篭っていない感じがした。
「こんなことを言っておきながらあれだけど、今日は結愛ちゃんの治療が長くなる予定だから、さきに帰ってていいわ。颯太くんのカウンセリングも今度することになるだろうけど、その時はお手柔らかにね。」
「──後半は一言一句こちらのセリフですよ.....」
苦笑する颯太だが、長居しても仕方ないと考え、その場を後にした。
ー‐ー‐ー
長話をしていたら、既に13日の午前0時過ぎであった。
既に眠気も酷く、早く帰って就寝前の支度をしようとした。
──だが、その途中で事件が起きる。
「がっ──!!」
突如左脇腹から強烈なタックルを喰らい壁に激突すると、そのまま壁に押し付けられる。
「──何を──」
誰かは分からない。だが、ここまでの行動に移してくる人間には、どこか心当たりがある。
まさか、という考えもつかの間。
「──狂信者の死骸を持って帰ってきたらしいじゃない。」
その冷たい声にはどことなく聞き覚えがあった。
「──中村──恵理.....?」
「あら、覚えててくれて光栄だわ。殺人鬼さん。」
壁に押し付けながら絶対有利の立場を取り、気味の悪い笑顔を見せる少女は、一番の"颯太アンチ"である中村尚樹の妹、恵理だった。




