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第1章 No.20 裏の真実

 ──颯太に怪物討伐を頼んだ張本人は誰だろう。

 長らく考えてもいなかったし、考えたいとは思わなかった。しかし、それを考えざるを得ない事態になってしまった。


 『──颯太くんが咲洲に運ばれたということは、少なからず治療室にある"あの絵"を目撃してしまうことになるわ。きっと、初見であの絵の意味を知ることは無いと思うけれど、少なからず、あの絵を見て、"怪物という生物"なんて"居ない"ことを、遅かれ早かれ知ることになるでしょう。』


 ──別に、結愛にとって知られて困ることでは無い。

 寧ろ、結愛を初め、泉大津にいたほとんど全員が、なぜ颯太にだけ真実を教えないのかと、疑問に思っていた程だ。

 だが、なぜか今、いざ知られるとなった時、結愛には身に余る程の恐怖が押し寄せてきたのだ。


 (──颯太くんに知られてしまう.....!!私があの時、颯太くんに同情してしまった、許されざる感情を持ってしまったばっかりに、つい思いついてしまった最悪の裏の意味を──)


 別に、結愛は颯太のストライカーの腕など知ったことで無ければ、少し顔がよかったり、少し可哀想だったりで、ほとんど見ず知らずの男子に手を出すような人間ではない。

 ──いや、寧ろ本当は手を出してしまっていたのかもしれない。自分ですら気付かないうちに、手を出そうとしていたのかもしれない。


ー‐ー‐ー


 ──そんなことは何も知らない颯太は、看護師の言葉にずっと疑念を抱いていた。


 (──狂信の魔力って、一体なんのことを──)


 ──狂信、読んで字のごとくだ。

 何かの思想や宗教、それに近しいものを狂ったように信じる、それ以外のことは一切蓋をして、頑なに信じない。いわゆる頑固親父の数倍くらい厄介なバージョンだと思えばいい。

 でも、そんな言葉がなぜ怪物絡みで出てくるのかが、正直颯太には理解できなかった。


 (──もしかしてだけど、騙されていたとか.....?)


 ──元から怪物なんて生物は居なかったのだろうか。

 いや、だとすれば、あれ程までに驚異的なパワーを持ち、人間に寄生するような生物など、聞いた試しもない。そんな生物が地球上に存在するなら、今頃世界中の人々が知っているほどのメジャーなものでないといけないはずだ。

 なのに、怪物という存在も初めて聞いた。つまり、一般的にはそんなものは認知されていない。まあ、今年まで日本ではほとんど確認されていなかったらしいので、無理もないとは思うのだが。


 (──いや、まさかな──)


 だが、別に結愛たちに騙されているような気はしなかった。

 虐待家庭で過ごしてきた颯太だ。人の悪意というものを、凡人よりも感じやすくなってしまった颯太は、誰かが悪意をもって行った行為に敏感で、人の悪意に気付きやすい。

 良くいえば人の顔色をしっかり伺える一方、悪くいえば常に敏感で、神経質で、警戒心が強すぎる。


 (──それに、もし騙されていたとしても文句は言えない。俺はそれ以上のことをしてるんだ、可愛いもんだよ──)


 ──騙されていたとしても、それを咎める権利は無い。颯太はそんなことを考えていた。

 先述の通り、悪意を持って嘘をつかれていたならば、恐らく颯太はとうの昔に気付いていただろう。もしも騙されていたのならば、颯太に対してどうしても黙っていなければならなかったことである、そんな認識を持っていた。


 (──だけど、正直その意味を知りたい。)


 ──今後、中途半端な気持ちて怪物と戦っていれば、きっとまた智樹の時と同じように精細を欠き、今度は致命傷を与えられ、リザーブ組の足を引っ張ってしまうだろう。

 だからこそ、今後もストライカー家業を続けるならば、絶対に真実を知っておきたかった。



 ──この日の見回りの時、看護師に少しだけ相談し、話があると言うことだけ伝えた。

 看護師は、"若い男の子にナンパなんて久しぶり"などと婆臭いことを口にしていたが、颯太の真剣さを前に態度を改め、翌日に話し合いの場を設けてくれることになった。


 (──そう言えば、どうして俺はこの家業に入ったんだっけか.....)


 その日の夜、あまり寝付けなかった颯太の脳裏に、そんな疑問が浮かんでくる。

 颯太自身、正直言ってそこをあまり覚えていなかった。


 (──確か、怪力っ娘に誘われたんだっけか。あの時人殺ししてた俺に、新しい道を与えてくれたんだっけか──)


 ──きっかけを思い出した颯太に、さらなる疑問が浮かぶ。


 (──なんでアイツ、そこまで俺に肩入れしたんだ.....?)


 思い返せば、今まで生きてきた中で、瑞穂以外の女に良くされた覚えはない。

 精々小さい時には母親に愛されていたのかもしれないが、かく言う母親も曽祖父の虐待には目を瞑っており、父親同様、颯太にとってそこまで信頼に値する人間ではない。

 だからこそ、初対面で、何のきっかけもないはずの結愛が、どうしてここまで颯太に好意的に接するかが分からなかった。


 (──強いてアイツや穂波さんが俺に持つ感情って、哀れみくらいか?だったら、結愛(アイツ)はなんで俺を──)


 ──その瞬間、颯太にある考察が生まれた。

 が、少し見当違いな気がして、颯太は考えるのをやめた。



 翌日、看護師が許可を取ってきてくれたが、大事に至らないように歩行は禁止され、車椅子が用意された。

 車椅子を押されながら移動中、咲洲に配置された霊安室に立ち寄ることになった。実際に使われたことは少ない第三霊安室ではあるが、開けた瞬間に異様な空気が漂ってきた。


 「──泉大津の人なら、まずはここに案内しておかないといけないわね。」


 「霊安室.....?」


 ──いきなり不穏なところに連れてこられ、颯太は思わず身構えてしまう。


 「──心配しなくても、息の根を止めたりとかはしないわよ。ただ、泉大津って聞いたら、どうしても思い浮かぶことがあってね。これからを託せる若い子だからこそ、知っておいて欲しいのよ。」


 「──ここで何かあったんですか.....?」


 これまで明るく振舞っていた看護師だが、突如その口調が重くなった。


 「──この第三霊安室って、本当に霊安室が一杯で使えない時に極偶に使う程度で、基本的に使われてないのよ。そもそも、咲洲(ここ)の霊安室は、元々怪物だった人が死んでしまった時に使われるんだけど、この第三霊安室には、唯一それ以外の使い方があるのよ。」


 「──ストライカーの犠牲者ですか?」


 「察しがいいわね、その通りよ。怪物との戦いで運悪く命を落としてしまったストライカー達の供養を、ここ第三霊安室ですることがあるの──まあ、基本的にそういうストライカーって即死なことが多くて、ここまで運ばれずにそのまま葬儀場に持っていかれることが多いんだけどね。」


 ──ここで颯太は、第三霊安室の部分に、本来ならあるはずの無い、何かの石碑を見つける。

 石碑には個人名が2、30名分程書かれており、まだ石碑に空きはあるが、恐らくこの名前たちは、第三霊安室で安置されることになったストライカー達なのだろう。


 「──泉大津のストライカーも、ここで亡くなったことがあるってことですか?」


 「──ええ。それも結構な要人がね。」


 ──要人、つまりは重要人物である。

 泉大津でどのくらいのストライカーが亡くなったかなど想像もつかない。そもそも普段から常人の何倍だ何十倍だというスペックの怪物を相手に、本気の命のやり取りをしている。逆に今まで一人も死んでいない方が不思議である程だ。


 「泉大津では2055年度で18人が死亡、4人が部位欠損などの影響で退職しているわ。この成績は大阪府内ワースト3位、流石に大阪府内で3番目の勢力を保持しているだけあるわ。」


 驚くことに、55年度が始まってまだ3ヶ月少し、それにも関わらず18人が命を落としている。7月に犠牲者が出たとは聞いていないので、ちょうど1ヶ月あたり6人が死んでいる計算だ。


 「ただ、他のグループでもよく見られることだけど、大体犠牲になっているのは新参、つまり2055年度からストライカーとして活躍を始めた人達ね。それだけで17件、そして問題なのが、泉大津で唯一、霊安室(ここ)を使った人なんだけど.....」


 ──それが看護師の言う"要人"の一人であった。


 「──言っていいものなのかしらね。未だに傷が癒えていない人が多すぎるし、家族だって現役だって言うのに──」


 (──家族.....だれかの兄弟とかか.....?)


 颯太は悪い想像に走った。

 なぜなら、とても身近に、一度は引退したはずなのに帰ってきたという、少し不審な人物に心当たりがあったからだ。


 (──まさか、結愛(アイツ)の兄弟とか──)


 ──だとすれば、彼女との接し方が変わってしまうのは致し方ないだろう。少なくとも前のように、フレンドリーでアットホーム、そんな居心地のいいリザーブ組のままでは居られないことは容易に想像できた。


 「──いいわ。いずれ知ることでしょうし。」


 ──看護師はそう言って、先を話し始めた。


 「──泉大津、たった一人の要人の犠牲者──かつて日本最強格のストライカーでありながら、泉大津の人々に深い絶望を植え付けた最悪の裏切り者、忘れはしないわ──」


 ──そして次に飛び込んできた名前に、颯太の頭は真っ白になるのだった。



 ──泉大津SG初代団長、中村明美──



ー‐ー‐ー


 7月12日、この日、尚樹と結愛、沙梨、和花が、建物裏のある場所に顔を出していた。


 「何度も顔を出してごめんね。うるさい弟だと思わないでおくれよ.....?」


 全く研がれていない錆びた十字架の根元には、花の上に別の白い花が重ねられている。

 尚樹の言うように、何度かに分けて来ていたのだろう。


 「──しかし、もう3ヶ月になるんですね。あれ以来、ストライカーで居続けることに自信が持てなくなって──それくらい、大きな存在だったのに──」


 「あの時を乗り越えたから今があるのよ。とは言っても、"そんなもので"納得するには余りに大きな犠牲だけど.....」



 ──中村明美。

 2052年に創設した泉大津ストライカーグループで、3年もの長きに渡り団長を務めていた実力者である。

 その実力は圧倒的であり、ストライカーグループを束ねる立場にある"タイキプロ"では、日本でも指折りのストライカーであると高く評価し、中には日本最強クラスとまで噂される程でもあった。


 中村という苗字は、現在も主力組で団長、副団長を務めている尚樹、恵理と同じである。これは勿論偶然では無く、かつて中村家は3人姉弟であり、その中でもストライカーとしての実力は、長女である明美が圧倒的であった。

 だからこそ、"実際にその場に居なかった人間"からすれば、中村明美が死んだという事実は受け入れられたものではなく、中には泉大津のメンバーでも、穂波が嘘をついていると糾弾しようとする勢力まで現れた。


 「確かに僕らは血の繋がった三つ子、だけど、もし姉さんの変貌を間近で目撃していたならば、こんなことはしていなかったのかもしれないね。」



 ──中村明美の変貌。

 5月18日、中村家の下の兄妹は、東京への応援を終えて帰宅しようとしていたリニア新幹線の中で、最悪の知らせを耳にすることになる。

 この日に伝えられたのは、姉、中村明美の死だった。


 当然、二人にとって受け入れられるものではなく、事の真相を掴むために穂波に迫ることになる。

 が、肉親であったこともあってか、穂波は少し苦しそうではあったが、すぐに事の顛末を教えてくれた。これに当時現地で戦闘にあたっていた結愛、7月現在も主力組で幹部を務める数人の証言も相まって、すぐに真相は明るみになった。

 ──無論、"結論"だけで、"過程"は一切不明だが。


 最期の中村明美を目撃したのは5月15日、そして死亡が確認されたのが5月16日の朝であった。

 ただの戦死ならまだ良かった。結局泉大津に激震を走らせることに代わりは無いが、後味はまだ幾らかマシだっただろう。



 ──中村明美は、"狂信者となった"。



ー‐ー‐ー


 「──"狂信者".....?」


 聞きなれない言葉を耳にした颯太が聞き返す。

 実際、今までストライカー家業をやってきて、この看護師から"狂信の魔力"なんて言葉を耳にするまで、一度たりとも聞いた覚えのない言葉であった。


 「その名の通り、ある宗教・信念を"狂ったように信じた"ことで変貌した、人間の亜人たる姿よ。」


 「──それって、怪物と何か違いはあるんですか.....?」


 ──看護師にも守秘義務的なものが決められていたのかもしれないが、特に看護師は躊躇う様子も無く、今まで穂波たちが秘密にしていた"裏側"を語り始めた。



 ──何一つ違わないわ。それを知らないのは貴方だけ。



 (──!?)


 怒りや憤りを一切覚えない自分が理解できない。

 結果的に騙されていたのだ。狂信者という正式名称がありながら、今まで恥を晒されるかのように怪物などと適当な呼び名を与えられて、それが正しいと疑わず過ごしていたのだ。

 だが、どこかでそれを予感していた自分が居たのも事実だ。


 「.....どうして今、僕に教えてくれるんですか.....?」


 ──だからこそのこの質問だ。

 そうなれば、今まで颯太が行っていた全ての行動の意味が、ガラッと変わってしまうのだ。


 「──穂波さんは、いずれ颯太くんがここに辿り着くだろうと思っていましたが、もっと支え合える仲間たちを持って、居心地の良い空間を作ってから話そうと考えていたんでしょう。そのタイミングが、穂波さんも予期していなかったタイミングで重なってしまったという訳です。」


 いつの間にか近くに来ていたタイキプロの村本が、補足説明をするかのように自然と会話に参加する。


 「──智樹(アイツ)のせいってことですか.....」


 「誰もそんなことは言っていませんよ。」


 村本はそれ以上何も語らなかった。

 実際、これを智樹のせいにしてしまうのは簡単だが、そもそも何故颯太を騙すような真似をしてまで隠していたのかを知る必要がある。それを知らないままで怒鳴り散らかすのは三流の人間のやる事だ。


 「──もう少し教えてください。狂信者ってのは何なのか、あるいは、"ストライカーってのは何なのか"を。」


 「.....」


 二人はまるで元から一緒に居たかのように、自然とアイコンタクトをとり、言葉も無しに相談し、頷き合う。


 「──案内してあげるわ。本来、普通のストライカーなら真っ先に必修科目になるであろう、ストライカー、あるいは"プリズムの原点"を示した、幻の絵画のところへ。」


ー‐ー‐ー


 「──結愛ちゃん.....?」


 散歩という訳でも無く、行く宛など無く歩いていた香苗は、海沿いにある波消しブロックのところにいる結愛を見つけ、思わず駆け寄った。

 別に今から自○しようとか、そういう危ない匂いがした訳では無いが、明らかに何かに動揺している様子が見えた。


 「──香苗さん.....」


 「香苗で良いわよ。どうしたの?こんなところで。寒──くは無いだろうけど、海風に当たりすぎると体に良くないよ?」


 「そんなことは無いと思うけど.....」


 ちなみに潮風による人体の影響はせいぜいベタつく程度で、それ以上の影響は無いので、香苗の言葉にはなんの根拠も無い。


 「──で、どうしたの?」


 「えっと.....」


 ──結愛は一度深呼吸する。


 「──割と心中複雑やな.....自分の考えてることすら分からんようになってきた感じでさ──」


 「──ああ、割とモヤモヤしてる感じね.....あるある。」


 ──このように、思考の渦に陥る人は割と多いはずだ。

 実際、結愛にとって"あの時の判断"の説明がつかないというのが、結愛のモヤモヤをさらに大きくしていた。


 「──客観的意見が欲しいんやけど、私は今んとこ颯太くんのことをどう思ってるんやろうか.....」


 「何その恋始めたての少女みたいなセリフ──」


 ──朝ドラに出てきそうだ。


 「──恋してるかどうかは正直見てても分からんけど、少なくとも友達として敷くべき一線は既に超えてる気がする。ただ、超え方がなんか特殊だっただけの話──かな.....?」


 「なんとも絶妙に分かりにくいな.....」


 ──現に、無駄にボディタッチが多かったり、お互いがお互いのパーソナルスペースを気にしていないような立ち回りを見ると、友達以上ではありそうだが、恋とはまた違う方向へ進みつつあるように見える。

 どちらかと言うと、血の繋がっていない生き別れた弟に愛情を注ぐ姉のような、何とも言えない距離感である。


 「──確かに、お互いに当たり前みたいに触りあったりするし、でもそこになんか(やま)しい感じがあったりする訳でも無いし──私から見ても私がどう感じてんのかも分からんし──」


 ──そもそも結愛は、決して友達付き合いが上手い訳でも無ければ、大して数が少ない訳でも、孤独が好きな訳でもない。

 現に結愛が一時的に泉大津を抜けるまで、主力組の他の面々ともそこはかとない付き合いがあったり、仲のいい人間だって数人居た訳で、その中に"ある人物"も含まれている。


 「──だから正直、気の迷いやったんかもしれんけど、それでもあの時、颯太くんの思いを──悪意を無駄にしたく無かったのは事実なんやと思う──」


 よく分からないが、とにかく話の核心に触れそうな部分であると確信し、香苗はさらに深堀りを始めた。


 「颯太くんとの馴れ初めは知らないけど、颯太くんが元々、悪い道を歩んでいたことは知ってるよ。それを結愛はどう思ってたの?」


 「──そら、今でも許していいことなんて思ってへんよ。でも、颯太くんと戦う敵が同じって考えたら──果たして私達に、颯太くんを止める権利はあるんやろかって.....」


 ──度々その辺りは議論になっていた。

 そもそも、戦う敵が同じという意味を未だ颯太は理解していないが、本人も知らず知らずのうちにそうなっているのだろう。ソースが穂波であることを考えれば間違いはない。


 「──別にそんな上辺だけのことを悩んでいたってしょうがないでしょ?」


 香苗は一気に核心を突く。


 「それを悩むべき人は本来別にいるはずだし、結愛ちゃんが悩んでいたって仕方ないこと、結愛ちゃんだって分かってるはずよ?私が聞いてるのは、"皆じゃなくて"結愛ちゃんが悩んでいる理由を知りたいの。」


 ──結愛は沈黙する。

 急な態度の変わりように、流石に問い詰めるのが早かったかもしれないと後悔する香苗。

 だが、結愛は息を整えて話し始めた。


 「.....私が悩んでる最大の理由は、そもそもなんで颯太くんを泉大津に入れる事にしたかっていうこと、その理由を颯太くんに知られんのが怖いこと。それだけや。」


 ──思っていたよりはっきりとした返答が返ってきた。

 香苗は素直に疑問をぶつける。


 「颯太くんを泉大津に入れるって決めたのは、穂波さんじゃないの?」


 「──書類上そうなってる。でも、最終決定は私。穂波さんが、一緒にストライカーとして活動するかを私に決めていいって言うて、私が最終的にお願いした。」


 「.....どうしてそうしたか、結愛ちゃんは分かるの?」


 「──分かっては──多分おると思う。気の迷いのような気もせんではないけど、どうしてもそうは思われへん。」


 ──結愛のやや高めの声が、段々低くなっていく。

 それにつれて結愛の表情も段々引き攣るような顔になっていき、しまいには感情が消え失せたかのような表情を見せながら、何かを見つめるように天を仰ぐ。


 ──そして、結愛の悪意が明るみになった。


 「──これは正直、"そうはならへん"事を分かって言うてる。当時の私に判断力が無かったんかは覚えてないけど、ただ、胸に抱いた黒い感情は、一生忘れへん。」



 ──私が颯太くんを仲間にしたかったのは多分──

 ──颯太くんの復讐を果たすため──

 ──そして、私の復讐も一緒に果たして貰うため。



 香苗には、その言葉を淡々と発した結愛の表情が、それこそ一生忘れないようなくらいに刻まれた。

 ──普段の結愛は、絶世の美女なんてものでは無いが、明るく、朗らかな笑顔をしている。

 だが、今の結愛は、まるで感情を殺したかのように、冷たく、心の灯火を失った虚ろな目をしている。


 「──結愛ちゃんの──復讐.....?」


 「──私のってか、多分、ストライカーの何割かは絶対に持ってるであろう憎しみと、"民共党(あいつら)への恨み"。きっと颯太くんは、不幸な目にあって、仕方なく戦う道を選んだ一部ストライカーの皆と、最初は同じ感情を持ってたはず。」


 「──準備期間の話か.....」


 ──民共党、2055年現在の連立政権の与党である。

 颯太のいた高縄家や、親友のいた宮原家、あるいは堺周辺の刃物職人の職を奪って自殺に追い込んだり、あるいは自分たちの主義主張の為に個人からモノを差し押さえたりなど、"平和"を盾に邪智暴虐の限りを尽くすことができる"平和化政策"、それを作った物こそ民共党を初めとした連立与党である。

 この法案が施行されたのが2055年4月1日、日本国民を戦乱へと突き落としたのもこれが境とされているが、実は違う。


 「私はちょっと事情が違うけど、ストライカーの中でも親がおらん子供とかの戦闘員は、大体準備期間で民共党系の団体の被害にあって、親とか親族を殺されたって人間ばっかりや。まあ、今の日本国民は私も含めて無関心が多いからな、そんな裏側なんて考えんと、このクソみたいな政府を作り上げてしまったんやし、今の戦乱は自業自得みたいなもんやけど。」


 ──7割以上という過半数の支持を集めたことで、憲法でもグレーゾーンどころかギリギリアウトなラインを攻め、強権的な政治を行う民共党だが、今に始まったことでは無い。

 そもそも民共党が政権与党になったのは、2055年2月4日に投票が行われた衆参ダブル選挙の時である。そこから2ヶ月弱の間のことを、ストライカーたちは"準備期間"と呼ぶ。


 ──では、実際に準備期間に何があったのだろうか。

 これが民共党への対抗措置の機能を発動させる切っ掛けとなったのだ。


 まず、長年政権与党であった日本自由党を"傲慢の野党"として貶め、拠点であった自由党関連施設をゲリラ部隊を使って破壊。さらに前期衆院議員だった自由党幹部の親族らを狙った暴行事件を起こした。

 さらに、民共党系企業の土地の買い占めなども行われ、逆らった場合は無関係を装い強盗殺人を起こさせた。


 なお、全ては民共党のせいであるとは表沙汰にはなっておらず、民共党も全ての事件への関連を否定、土地買い占めに関しては企業を業務停止にして国の管理下に置いたが、これも元々筋書き通りだったのでは無いかとの話は絶えない。

 これらの事件によりたった2ヶ月で計6千人余りが死亡、1万人が負傷したとされている。また、とある機関により裏取りが取られており、民共党幹部の関与は確定的であるが、既にメディアも占拠された状態で、表沙汰にすることはできなかった。


 「──自由党がまさかの時に備えて"対危険思想プログラム"を用意してくれてなかったら、今頃とてつもない事になってた、なんて話は結構有名ね。」


 「まあ、日本の"タイキプロ"自体は2050年のフランス壊滅くらいから既にあったらしいから、民共党に備えて作ってたかどうかは怪しいところではあるけどね。」


 それまでの野党を遥かに凌駕する危険思想、圧倒的な強権政治を行うだけに、その犠牲も遥かに多いのが民共党だった。

 今はタイキプロ、つまり自由党が密かに用意していたタイキプロで、なんとか民間人にはある程度被害を抑えられている。だが、いずれこの均衡も崩れるだろうと言われている。


 この問題は誰もが頭を悩ませている。

 そもそも人的資源の問題では無いのがこの内戦とも言える状況の難しい点であり、特にタイキプロ側は少年兵にも等しい子供が多く活躍しており、仲間が犠牲になる等の心理的な問題で、そもそも必要戦力を確保するのが難しいのだ。


 「──そんな時、颯太くんが現れた。」


ー‐ー‐ー


 ──颯太を乗せた車椅子は、とある場所で動きを止めた。

 道中で何人かストライカーらしき人物を目撃したが、話を聞いた感じでは熟練のストライカー達が集められているらしく、確かにオーラが違うようにも感じた。


 「──さて、着いたわよ。」


 村本が鍵を開けて、観音開きの重そうな扉を開ける。

 颯太と看護師がその扉の向こうへと踏み入る。



 「──ここは.....?」


 体育館を少し狭くした平屋のスペース。バスケットゴールなどは無く、骨組みなどもクッション材のようなもので隠されており、床、壁から天井に至るまでフラットな作りだ。

 そして、何より真っ先に目を引いたのは、天井に描かれた謎の絵画である。


 「これ自体は贋作(がんさく)よ。そしてここは咲洲のストライカー達が日々鍛錬を重ねる訓練所よ。本来この時間は使っているんだけど、事情を話して使わせて貰ったわ。」


 「後でお礼しておかないとですね.....」


 反射的に半ば空返事を飛ばす颯太、その目も意識も、既に天井に書かれた絵画に釘付けになっている。


 「この絵について詳しく解説すると、ギリシア神話の星乙女アストライア、その神の異端児として、2人の娘の神が現れたと言う伝説ね。」


 ──なお、この小説でギリシア神話が出てくるのはこれが最初で最後なので、せいぜい名前とこの話の経緯、それだけ覚えておいて貰えればありがたい。

 ちなみに、アストライアはともかく、2人の異端児の話は勿論完全にフィクションなのでご留意を。


 「アストライアの異端児であったのが、プリズム、アイソレータの2人の女神ね。ただ、この話はギリシア神話には書かれていないから、正直出処は一切不明よ。」


 「──ギリシア神話だの女神だの、僕らストライカーとあまり関係のなさそうな世界ではありますけど.....」


 颯太の話に静かに首を降ると、村本が話し始めた。


 「──我々ストライカーの起源はプリズム、全てを受け止めて光を照らす、そんな神のもとの信徒が私たちストライカーです。高縄くんは特殊な例ですけど、本来はプリズムを信仰し、特別な訓練を半年近く受けて鍛え上げられた者のみがストライカーになるんですよ。」


 「──プリズム教の信徒──」


 確かに、特別な訓練を受けた覚えはあるが、颯太にこの力を叩き込んだ"師匠"は、少なくともそんな印象は無かった。

 高縄家は代々無宗教で、今この瞬間まで、本来ならば信徒であったはずの颯太も、プリズムの教えを今初めて聞いた。


 「──タイキプロに所属するストライカーの99.99%が本来はそうなんですど、高縄くんは特殊な例ですからね。無理もありません。私たちも別に信仰を無理強いしたりはしません。」


 「あ、はい──」


 ますます"師匠"に疑問を覚えてきたが、今回はさて置こう。


 「つまり、ストライカーはプリズムの教えにより授けられた権能を用いて、あらゆるモノを武器に変えて戦うことが出来る、そういう事なんですか?」


 「──うーん、まあ、厳密にはちょっと違うんだけど.....」


 そう言いつつ、二人はまた絵画の方に目をやる。


 「あの絵にも描かれていない通り、本来はモノを使って戦うなんて宗教では無いのよ。その辺は正直曖昧すぎて誰にも分からないことなんだけどね。」


 「そうなんですか.....」


 ──なぜか絵画には矢のようなものが見えるが、それに関しては今のストライカーとは関連付かないのでスルーしよう。


 「私たちストライカーの仕事は、闇の力に蝕まれた怪物、いわゆる"狂信者"を殺すのではなく、救い出すのが目的よ。抵抗の為にこういう権能を与えてくださったのかもしれないね。」


 「──そういうものですか.....」


 「まあ、一部では"抵抗の神"なんて呼ばれ方もあるそうですし、大体この界隈は細かいことを気にしている暇はないって言うのが大多数ですからね.....」


 ──実際、そんなものを悩んでいる暇があれば、怪物──いわゆる狂信者なるものを狩り続けておかないといけない。そんなことを考えている暇は無いだろう。

 細かいことが気になってしまう質だが、命懸けの仕事、自分も何度重症を負ったかというような職業柄であることを知っているため、細かい追及は避けた。


 「──それより、アイソレータってのは.....?」


 ──会話に若干の間が空いた。


 「あくまで神話の中の話ですが、異端児同士として同じ境遇で育ってきた二人は大の仲良しだと言われています。私たちはアイソレータもまたプリズム教の中の一つの教えであると考えています。詳細は正直不明ですが──」


 とはいえ、かなり自然な回答だった為、追及は避けた。


 「──そして狂信者ってのは、邪教ってことですか?」


 「ええ。邪教の信徒、信者の中でも、いわゆる過激派ってやつね。この戦いは邪教を払い、人々を救う聖戦なのよ。」


 ──これが、今まで隠されていた裏の真実。

 だが、解決していない部分がまだまだある。



 (──そんなこと、あるもんなのか──)


 ──退院を間近に控えた夜、予備の個室に案内された颯太は、この滞在期間最後の寝床で考え事をしていた。


 (──邪教──か、あの馬鹿、とんでもねぇモン信じちまったんだな、最悪だ.....)


 ここまでの話を聞いて、颯太には分かったことがある。


 ストライカーは邪教と戦う。

 その邪教の最たる例が怪物、つまりは狂信者である。

 その狂信者は4月から増え始めた。


 (──民共党、アイツらこそが、邪教の巣窟──)


 拳をぎゅっと握り、唇を噛む。

 脳裏に過ぎったのは、首を吊った父親だろうか、行方を眩ませた祖父だろうか、あるいは狂ってしまった母親だろうか。


 (──寧ろ、やる気が湧き上がってきたな.....)


 ──寂しさの裏に危うい狂喜を孕ませた颯太は、そのままゆっくりと眠りにつくのだった。


この先はストライカー・怪物の正体に迫る真実編です。難しく頭を使うのはこの辺りが最後なので、もしここまで読んで頂けたのならば、この先もう少し我慢してお付き合いくだされば幸いです。

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