第1章 No.02 異形
「──私らにですか?」
穂波の数ある自室、その中でも穂波が常に生活している寝室に招き入れられたのは結愛だった。
と言うのも、最近大阪府内のストライカーグループでは、ある噂が持ち切りになっていた。
「ええ。最近(大阪)府内で目撃されてる"神速"。今のところこの個体によるものと考えられてる被害は全く確認されてないんだけど、何より人面トカゲのような見た目、一般道の車を軽々と追い越す圧倒的な速さから、コードネームでそんな名前が付いているのよ。」
「──人面トカゲって──字面だけ見たら気持ち悪いことこの上ないですけど、本当にそんなの居るんですか?」
──なお、結愛はこの手の話には弱い。
「普通に人語を話してて、顔だけは小さい女の子だったって話よ。ただ下半身──ってかほぼ全身がトカゲの体を引っつけたみたいになってて、四足歩行でとてつもない速さらしいから、間違いなく"そっち側"だと思うんだけど──」
「──被害は出ていない、と.....」
──明らかに不自然だった。
今のところこの世の中では、100年以上もの間、体が変形した状態で産まれてくるような子供は出ないはずだし、そもそも下半分が人体とは乖離した人間など聞いた覚えがない。
だからこそ、ほぼ確定で怪物の一種だと考えられるのだが、それであれば対人攻撃が一切無いというのは考えられない。
「普通なら各地の予備部隊なり情報部なりがやるんだけど、うちは完全脳筋パーティーで偵察部隊とかがろくに居ないし、予備部隊に別の任務が入ってしまえば人員がいないのよ。分かるでしょ?」
「──まあ──はい.....」
「だから、リザーブチームである3人に調査をお任せしようって考えてたのよ。」
──まあ、現状3人では戦力的に不安があるリザーブを雑用に使うのは良策である。
主力グループの予備部隊ですら実力派のリーダーに加え、そこまで実力は高くないものの戦闘可能な人員が7名所属している。戦力としても、リザーブ組の現状は予備部隊よりも下である。
「──まあ、2人にも話しておきます──」
──イマイチ乗り気になれない結愛の言葉を遮るように、穂波の自室の電話が鳴る。
「えっと、どちら様かしら──ああ、和花ちゃんね。それで要件は?──ああ、うん。了解。掛け合ってみるわ。」
──何かを話していたのだろうが、それにしては薄っぺらく、通話は10秒と掛からずに終わる。
「そんな乗り気になれない結愛ちゃんに朗報よ。怪物退治のお仕事が入ったわ。」
「──公式戦第2戦ってとこですか──」
そもそもこの時、常に大忙しの主力グループは殆どが出払っており、予備部隊もタイミング悪く別任務が重なっていた為に動ける状況に無く、今のところ動けるのはリザーブの3人のみとなっていたのだ。
ちなみにこういう事態が発生した場合は、近隣である阪南や堺、中百舌鳥と言ったグループから応援をお願いすることが多いのだが、被害状況が大したことが無いと判断したのだろうか、この時の穂波は増援を要請しなかった。
「怪物退治は3人だと少しキツい任務かも知れないけど、敵の能力は"しれてる"っぽいから、サクッと終わらせて来て貰える?」
「分かりました。リザーブ組に準備させておくので、沙梨さんの派遣をお願いします。」
──こうして、リザーブ組の第2戦が幕を開けた。
だが、当然初戦のように簡単な戦いになるはずも無く、経験値のない颯太たちに、"今後を思い知らせる"戦いになる。
「──そんで、その怪物はどこに?」
6月26日、時間は午後2時過ぎを指している。
あの後十数分にて準備は終わり、沙梨の出したバスで現場へと急行している。
「最終目撃は春木駅の近所のメディカルセンターらしいな。大体春木とかその辺での目撃が多いから、多分そんな広い範囲を探す必要はないと思う。」
「そんな狭い範囲まで絞れるもんなのか。」
「逆にそこまで絞れてないと、私達も迂闊に出ていけないのよ。怪物討伐は待ってくれないんだから。」
運転中の沙梨からそんな声が聞こえてくる。
確かに、毎日のようなペースで発生している怪物絡みの事件を数こなしていくとなれば、一つの任務に3日や4日と掛けていられない。つまりはある程度の場所の絞り込みと素早い捜索、そして素早い討伐が求められているのだ。
「──なるほどな──」
快調に飛ばしていたバスは、交差点で大通りを抜け、春木駅の方向へと入っていく。
──その時だった。
「──危ない!!」
突如沙梨が急ブレーキを掛ける。
高速バスのハイデッカー仕様だったこともあり、全員がシートベルトを着用していたからともかく、仮に混雑した路線バスなら負傷者多数となっていただろう。
「何かあったんですか!?」
流石に結愛も焦って、沙梨に大声で呼びかける。
「──はぁ.....また"何時もの"ヤツね.....」
「"何時もの".....?」
──沙梨の聞き慣れない言葉に颯太が困惑する中──
「──退けてきます。」
「──お願いね──」
シートベルトを外し、結愛が外に出ると、沙梨は扉を閉めて内外を隔離した。
「──え、別に閉めなくても──」
「悪いウイルスが入ってきちゃうから。結愛ちゃんは大丈夫だけど、皆に何かあったら結愛ちゃん含めていろんな人から怒られるから、いつもこうしてるのよ。」
──悪いウイルス?
そんな35年前に流行っていそうなパンデミックだの市中感染だのと言う言葉は今日日聞かない。
「まあ、今はあんま気にすんな。日本が今色々なってんのはお前も嫌って程知ってるだろ。」
「──そりゃそうだな.....」
颯太はそこまでで納得し言及を避けた。
──数分もしないうちに結愛が戻ってきた。
「──お疲れ様、悪いわね、面倒事を押し付けちゃって.....」
沙梨にそう言われた結愛は、あくまで笑顔を取り繕う。
「いえ。慣れてるので大丈夫です。」
そう言いつつ、一度背けた顔からは笑顔が消え、険しい表情が隠せなくなっていた。
「──お疲れ。なんて言うか──大変そうだな.....」
「ええよ。障害物の排除も経験者の仕事や。汚れ仕事とかは特に、先輩が受け持つのは当然やから、気にせんでええ。」
結愛の着席を確認した沙梨が再びバスを走らせる。
颯太が窓から外を見ると、明らかに足を痛めた様子で地面に倒れている、4、50代くらいの男が3人。足に傷を負っていたのはともかく、それ以外にも殴り合いで受けたと思われる傷が何ヶ所も付いていた。
(──道のど真ん中で殴り合いか?ご苦労なこった.....)
「──余計なもんばっか見とったら目に毒やで。」
その光景を目で追っていた颯太だが、後ろの席に座っていた結愛が颯太の目を手のひらで隠す。
「──別に見てもいいだろ。今の世の中の異常さは俺だって知ってる。」
「──まあな.....」
──そう言った結愛だが、しばらくの間颯太の拘束を解こうとしなかった。
ー‐ー‐ー
「──またか.....もう出せる兵力無いって言うのに──」
本部に施設職員であるもう一人と残る穂波。怪物討伐を依頼された時に、ストライカーを派遣するのが仕事だが、今や依頼の電話が来たところで、派遣できる人材が居ない。
「はい、こちら泉大津。」
『村本です。先程の件について。』
村本香織、細かい素性は置いておくとして、彼女の仕事は怪物討伐の依頼を受け、その近くのストライカーグループに仕事として依頼する、家庭教師で言う仲介業者、野球で言う中継ぎ投手である──後者は違うか。
「──"先程"ってことは、新しい依頼じゃないのね?」
『人数と割り当てはこちらでも管理しているので、新しい依頼は今は堺か関空に応援として依頼します。』
──流石は仲介業者。たらい回しを起こさない為に最適なプランを常に組んでいる。
『それより、先程の件ですが、予定していた"初期型"よりも大幅に力を増している可能性があると情報が入ってきました。』
「──何それ、聞いてないんだけど.....」
ただでさえ低いトーンの穂波の声が、怒りのような、あるいは苛立ちのような、更に低いトーンに変わる。
『──先程の通報時点での最新情報が、昨晩、25日の21時頃の情報でした。その時点では、二足歩行、人型を保ったままという情報だったので、初期型と判断したのですが──』
「──言い訳は良いから、早く結論を言いなさい。」
穂波の低いガチトーンに、急かされるように村本が結論を話す。
『つい先程、26日14:10頃に更新された最新情報ですが、四足歩行──いや、変則的な三速歩行、前足がY字型の一本足に変形した、"異形個体"が確認されたとのことです.....』
「待ちなさい!関空か阪南に応援は!?」
『落ち着いてください!既に私から、14:15に関空から12人の応援を出していますので、恐らく交戦には間に合っていると思います。』
「──こっちは14時過ぎに現場出てるんだけど?報告が遅れ過ぎなんだけど──」
まだ落ち着いているように聞こえるが、穂波の声音は明らかに苛立っている。
無論、失態も失態だ。こちらは初期型の弱小個体と聞いていたので、まだ対応できそうなリザーブ組3人を送った。だが蓋を開けてみればあら不思議、到底3人では太刀打ちできるような相手では無かった。
「──まあ、過ぎたことをグチグチ言うのも大人気無いし、その件は良いわ。私はまだ香織ちゃんを信頼してるから、二度とこういう事が無いようにすぐに上層部に報告して、監視体制も強化しておきなさい。」
『──申し訳ないです.....』
とは言え、情報が更新されていなかったという点は村本らの落ち度では無い。そこを当たり散らかすのは餓鬼のやる事だ。
「──とは言え、隠蔽された挙句、突然の戦死を聞くよりは余程マシよ。報告ありがとう。香織ちゃんも頑張りなさい。」
『は、はい。ありがとうございます。失礼します。』
──電話は切れた。
(──ったく、戦闘員の死を賄う気もない癖に.....!)
無意識に拳が机を叩いていた。
だが実際、見殺しもいい所だ。当然ストライカーは現世の職業であり、デス○ーラやリス○ーンなども無ければ、ザ○ラルなど存在もしない。懸けられるのは生身の命である。
──つまり、怪物相手の"不利な戦い"は、ストライカーにとって死のみを意味していた。
穂波はもう一度机を叩き、脳内で怒号を飛ばした。
(──帰ってきなさい"天才"、こんなところで倒れるのは許さないわ.....!)
ー‐ー‐ー
──何だかんだとあったうちに時刻は14:20、ようやくバスは近くの駐車場に止まった。
「──じゃあ、今回はバスでの遠方討伐だし、事態の変化の連絡は忘れずに、そして怪我人は本来バスまで運ぶんだけど──今回は怪我人が出た時点で私に連絡して。」
「了解です。仮拠点管理、お願いします。」
「はい、行ってらっしゃい。」
そもそも前回の初任務とは勝手が違うが、それ以前に絶対に聞き覚えのなかった言葉があった。
「仮拠点管理ってのは?」
「文字通り、バスなんかを仮拠点として、そこの管理を任せることやで。ストライカーに余裕のあるグループならこれも戦闘員がやるんやけど、特に3人しかおらんうちらみたいなのやと、注ぎ込める余裕が無いからな。」
「──そう考えるとホント余裕ないな、うちのグループ.....」
現状3人、最早怪我人の搬送まで沙梨が担当している現状で、余裕など一切無いどころか完全に人的資源枯渇中だ。
やはり新しいメンバーが必要なのだろうか。それも10人規模くらいで──
「さ、ボサっとしてる暇ないで。もう警戒エリアに足を踏み入れてる訳やし、縄張り荒らしをいつ食べに来てもおかしくは無いはずや。」
バスから徒歩4、5分程離れた場所。
南海電鉄の春木駅から少し離れてはいるが、住宅密集地からは少し離れたもののまだまだ建物が多い。
建物が多いとどうしても死角が出来やすくなる。それに建物を無闇に壊してしまえば、近所の人間を近付けてしまい、命の危機に晒すことになる。
だからこそ、なるべくであれば平地の、建物もほとんど無い空地などが怪物退治にはベストポジションなのだ。
──コツ、コツと、地面に何か硬いモノが当たって響くが、あまり聞いた覚えのないリズムである。
どう聞いても足音にしか聞こえない。
「──この感じ、縄張りの主が来たってことか.....?」
「──ぽいな。全員アーミング用意、襲撃に備えよう。」
闘也の掛け声で全員がアーミングする。
──だが、敵は意外にも正々堂々と、ゆっくり現れた。
そしてその風貌に、思わず結愛が息を飲む。
「──なんだコイツ.....どう動くんだ.....?」
──異様に膨張した脹脛、太腿、どちらも流石は怪物と言わざるを得ない異常発達だ。
体は前に中腰のように屈んでおり、上空方向に無防備な背中が広がっている。そこまではいい。
──異様なのは、怪物の前足。
「──足と同じ、あるいはそれより長いくらいあるぞ.....しかも両手が合わさって前足が一本になってる──」
Y字のように、人間で言う肘を境に、上は2本、下は1本に枝分かれしている前足。だが、恐らくトータルで使えるのは合流し異様な太さとなった一本のみ。肘から上腕だけ無理矢理切れば二本とも使えなくはないかもしれないが、そういう訳にいかないのがこの怪物なのだろう。
そして、腕や足も同様、人間の時代にはあったはずの五本の指は、金属のように硬い一つの蹄へと姿を変えている。
髪の毛が変形しサンシェードのようになっており、目元が隠れているのは不気味ではあるが、どこかそこにギャグセンスを感じてしまう。
「──怪物が寄生しただけで、こんな掛け離れた姿になるのかよ.....」
──明らかに異質だった。
人間はおろか、通常の生物ですら有り得ない三足歩行。さらに5、6割は残る人間の肉体がさらなる違和感を醸し出す。
「──キュルルルル.....」
周りをゆっくりと歩きながら、怪物は品定めをするかの如くストライカーの3人を見ながら唸る。
そんな中、明らかに足が震えている人物が一人。
「──怪力っ娘.....?」
「──よりによって"異形"やなんて──うちらでは勝ち目ないのに、こんな状況で──」
──結愛の弱音に嫌な予感がする。
確かに異形、読んで字のごとくその通りなのだが、なぜ結愛がここまで弱音を漏らすのか。
「──そんなにヤバいやつなのか?」
「──異形って、普通は10人規模のストライカーを集めへんと勝てへんような相手やで──それだけ、前に戦ったアイツらよりも段違いに強い。並の攻撃が通るとは思わん方がええ。危険を感じたら逃げなあかんくらいや.....」
──つまり、現状3人のリザーブ組に勝ち目は無い。
だからと言って相手が容赦をしてくれるようなら、この怪物退治はこんなに辛い仕事では無い。
「──でも、出会ってしまった以上はやるしかないだろ。なるべく攻撃を回避して、相手の隙を狙うしかない。」
「簡単に言うけどな.....そんな甘い相手ちゃうのは見たらわかるやろ?」
──現状こちらから宣戦布告した訳では無い。そう判断したのか、怪物は様子を伺うだけで攻撃はして来ない。
怪物に物事を判断できる頭があるのかは分からないが、あるいはこちらが怖気付いているのを察して、楽な相手だと舐めてかかっているのだろうか。
「──つっても、現状逃げ道は無い。春木駅の周辺一帯をテリトリーにしてるからには、この辺りならどこにでも現れる可能性がある。そんなに広いテリトリーを持っているなら、足が滅茶苦茶速い可能性だってあるだろ。」
「──分かってるけど.....」
怪物は依然としてこちらを見ている。無論目が合わないのでしっかりと目が合っているかは分からないが、何よりまっすぐこちらの様子を伺っているその姿が、逃げ道が無いことを3人に痛感させていた。
「俺はいつでも戦えるぞ。後は二人次第だ。」
闘也がその拳にゆっくりと力を入れていく。
「逃げ場は無い。もうやるしかない。後はお前の判断だぞ、怪力っ娘。」
「──そこは名前呼んでくれてええんとちゃうんか.....」
怪力っ娘こと結愛は一度深呼吸し、AOである木材を2、3度握り直して感触を確かめてから、2、3秒の沈黙を挟んで返事を返した。
「──無理はしたらあかん。こんなとこで死んどったらなんの意味も無いからな。私の撤退指示は絶対聞いてな。」
「「了解。」」
颯太、闘也が同意する。
「なら一気に.....!!」
その瞬間、結愛の先制攻撃が発動する。
とてつもない脚力でとんでもない加速力を発揮し一気にトップスピードまで到達すると、その勢いそのままに木材を突き立てて突進攻撃を行った。
これぞ結愛の決め技こと秘奥技"突き立て"。"打"のストライカーは基本的に覚えている技だが、やはり使い手により威力に誤差がある。結愛はパワー、速度においてトップクラスの強さを持っているため、一発の突進攻撃でもかなり驚異的な威力をたたき出す。
「──ォルルルルルゥ!!!」
聞き慣れない咆哮を一発放ち、怪物も戦闘モードに入る。
結愛の突進に反応が遅れたらしく、その突進攻撃を長い一本の前足を棍棒のように振って、結愛の持つ木材を破壊しようと試みたようだ。
だが、前足は見事に結愛の木材にヒットしたものの、怪物としては相手の予想外のパワーにより押し戻されて体勢を崩され、結愛の追撃を許してしまう。
結愛は秘奥技により体勢を崩したのをいい事に、さらなる一撃で怪物の頭を狙って攻撃したが、怪物はギリギリで反応してこの攻撃を躱した。
そこをさらに闘也が攻める。
怪物が結愛にタゲを向けていることを見越し、闘也がその死角をついて肉体の攻撃ついでにコアを探す。
「──あった!コアは首の後ろだ!!」
「了解!」
闘也が背後に回り込んだ瞬間、首の後ろに浮いているように付いている怪物のコアが見えた。
闘也は即座に蹴り攻撃をしようとしたが、たかが高さが知れている人間の四つん這いでは無く、こいつは足が直立である分高さが段違いである。
だが、そこは流石に空手の師範クラス、結愛に攻撃を仕掛けようとしているのを冷静に見切って、怪物のコアに高さのある蹴りを入れて着実にダメージを稼いでいく。
「──グルルィ.....!!」
だが、人智を超えるパワーと戦闘力を持つ怪物が、やられてばかりで終わるはずが無い。
蹴り攻撃を入れられた瞬間に闘也を補足した怪物は、即座に素早い身のこなしで体を回して闘也を正面に捉えると同時に、慣性力をつけてその武器となる前足を横殴りのように闘也にぶつけて攻撃を仕掛けてきた。
闘也は見事にそれを読んで蹴りで受け止め、一度その攻撃そのものを無効化することに成功したが、迫り合いにおいては流石に怪物に分があり、闘也は怪物に投げ飛ばされるように吹き飛んでしまう。
「──ちっ.....!」
「ルルルルァアアアッ!!!!」
それを確認したが早いか、怪物は一気に加速して闘也との距離を詰め、前足で闘也をはね飛ばした。
(──速い.....!)
それにしても圧倒的な速度だった。闘也を飛ばした後、1秒も経たずに発進していたとは言え、闘也との距離をコンマ数秒で詰めて、コンボ技を行うかの如く早業で闘也にダメージを与えた。一連の動きが洗練されており、不可避に等しかった。
ただ、今の一撃でこの怪物の動きが概ね分かった。まだ確定と言う訳では無いが、走る時は三速歩行のままだが、前足を地面に滑らせても速度を落とさないところを見ると、動力があるのは後ろ足、前足は振り回したり地面に滑らせたりするところを見ると、どうやら走行補助と武器に使うようだ。
(──なら前足の挙動に注意して攻撃すればいい.....!)
二人に遅れる形で颯太も動き出した。
怪物に探知されることを逆に利用し、自らの行動をブラフに使った上で、首元に攻撃すると見せかけて、そのカウンター攻撃を引き出した上でそれをくぐり抜けて背後に回り込んだ。
コアを目前に捉えた颯太は秘奥技を繰り出す。この状況下では素早さが求められるため、最も発動後の隙が少なく、かつ強烈な攻撃を繰り出せる秘奥技"風刃斬"を繰り出した。
敢えてAOを空振りし、返しの攻撃に全力を込めて、目の前のモノを一瞬にして一刀両断する。一見シンプルな技だが、力の入れ方に独特のコツがいる難しい技である。
なんとか怪物が振り返る前にコアに一撃を入れることに成功し、ノックバックしたかのように怪物が前に少し動いてから動きを止める。
(──チャンス.....!)
──颯太が深追いしてコアを攻撃しようとした時──
「アカン!!逃げろ!!」
──結愛から警告が飛んできたが、時既に遅し。
少し遠くにいた結愛と闘也からはギリギリ見えていたが、颯太の追撃に対するカウンター攻撃の素振りは、残念ながら颯太には見えていなかった。
「──っ.....!!」
挙句、カウンター攻撃としての怪物の後ろ蹴りを見事に食らってしまい、颯太は大きく吹き飛ばされた。
まるで馬が後ろに強烈な蹴りを入れるかの如く、一本しかないはずの前足で器用にバランスを取り、そのまま逆立ちをするかのようにくるくると器用に回って、結愛と闘也の位置を把握したが早いか、速攻で突っ込んだ。
「──っ!!闘也さんは颯太くんを助けて!!」
「分かった、無理すんなよ!」
突撃まで残り1秒未満というところで二人は別行動をとることになった。
そして突撃が来たと同時に、結愛は木材を構えて、その突撃を正面から受け止める。
──その衝撃が、重く鈍い音からも感じられた。
結愛の防御は見事に成功し、怪物の突撃を真正面から受け止めることには成功した。それだけでもやはり怪力っ娘の名は伊達では無い。普通の人間ならこの突進だけで普通にお陀仏だ。
「──ぐっ.....!!」
だが、流石の結愛でも押し合いが厳しそうだ。
確かに雑魚なら例え怪物でも張り合えるほどの怪力を持つ結愛だが、今回の相手は異形、そこらの雑魚とは格が違う。
(──流石にキツいな.....)
結愛は力の受け流し方を考えるた。
だが、完全に体の中央で食らってしまっている上に、下から持ち上げるかのように掛かる力を何とか押さえている現状、どこかの力を緩めれば、いくら怪力とは言え小柄な結愛なら軽々と吹き飛ばされるだろう。
(──なら、いっそのこと──)
結愛は力を緩める寸前に、その握力を駆使して怪物の首を握り締め、軽々と浮き上がる体を、その体を浮き上がらせる怪物の前足をモーメントの作用点としながら、支点となった手に握られた相手の首を中心に体をくるっと回転させ、その背中にヒップドロップを繰り出す。
結愛自身は小柄の為にそこまでの重さも無いのだが、一方でその結愛を回転させる作用点に過剰なまでに掛けられた力が結愛にとてつもない運動エネルギーを加え、結果として結愛の質量の10倍程度ものエネルギーとなったヒップドロップが、カウンター攻撃として見事に炸裂する。
かかる負荷は400キログラム以上、つまりは組体操で土台役にかかる負荷の2倍以上。人間なら腰が折れて再起不能になる程の過負荷には、流石の怪物も耐えられなかったようで、ヒップドロップを食らったと同時に硬直した後ろ足が膝から崩れ落ち、前足もバランスを失ってその場に倒れ込む。
(──チャンスっ.....!!)
結愛は咥えていた木材を再装備し、スタン状態となった怪物を相手に総攻撃を仕掛けようと、颯太たちの名前を呼ぼうと息を吸い込み、後ろを振り返って──
(──っ.....)
──その息を飲み込んだ。
なぜならその先にあったのは、強烈な蹴りを食らい動かなくなった颯太と、その颯太を起こそうとしている闘也の姿。
たった一撃、だが人間にとっては致命傷にすらなりうる。それが怪物の攻撃であり、怪物が人間たちにとって驚異になりうる、そして討伐隊としてストライカー部隊が組まれる最大の理由でもあった。
(──あれ.....?)
──無意識に、木材を持つ結愛の手が震え始める。
一度震え始めたら、激しく動く心臓の鼓動に共鳴するかのように、止まることが無く、それどころか勢いを増し、手の震えが止まらなくなる。
(──なんで──体が──)
──頭で何かを考えている訳では無いのに、なぜか自分の思考に別の人間がアクセスしているかのように、考えてもいないこと、あるいは考えたくもないことが、次々とサーバーに負荷をかけていく。
──颯太は倒れているだけなのか──
──心臓は動いているのか──
──もしや──
「クルルルルッ.....!!!」
怪物の背中にダイレクト飛び込み乗車で乗り込んだ結愛が、その背中が動いているのを察したのは、怪物が結愛のことを振り落とし、凶悪コンボを決めようとしていた直前だった。
(──っ!!ヤバ──)
振り落とされたことに気づいた結愛が手元にあった木材をぎこち無く手元に構えようとするが、明らかに扱いが素人以下。
怪物がその隙を逃すはずが無く、振りかぶった前足が結愛の胴を直撃し、バットでボールを打ち上げるかのように弾き飛ばされ、怪物から遠く離れた地面にバウンドして止まる。
「──ぅばっ.....!!」
反吐が飛び出し、腹部から即座に灼熱のように広がる痛みによって動けなくなる。
あの場面からコアにコンボを決め、もっと冷静に立ち回っていれば食らうことは無かっただろう。だが、颯太の重体に気を取られてしまったが為に、動揺で集中が途切れてしまった。
腹部打撲は場合によっては致命傷になりうる。これにて結愛も戦力外通告。残るは闘也だけとなった。
「──闘──くぅぅっ......!!」
──闘也に退避を指示しようとした結愛だが、大声を出そうと息を吸い込み、吐き出した瞬間、この世のものとは思えない激痛が腹部を中心に上半身に駆け巡り、声にならない悲鳴が小さく口から漏れ出した。
怪物が残り一人となった闘也を仕留めるために、敢えて結愛は放置しながらその様子を伺っている。
(逃げろ.....!)
全力で逃げて欲しいと叫びたいのに、腹が声を出してくれない。それどころか"それを拒否するかのように"、腹は声の代わりに全身を駆け巡る烈火の如き痛みを返してくる。
(──このままやと──何もできひんまま全滅や──)
立ち上がりたいが、体が結愛の言うことを聞かない。
そして怪物は、ストライカーであったとしても、1対1での勝負で勝ち目など無い。怪物はステータスに数倍のバフと、尽きることの無い体力を持っている。
──つまり、現状で闘也に勝ち目は無い。
それはつまり、泉大津のリザーブ組の全滅を意味していた。
(──立たんと.....!!)
痛む体を無理矢理引き起こし、結愛が全身に力を入れた。
「──酷いなぁ、こんなことしちゃうんだ。」
──突然聞こえてくる幼い声に驚いた。
だが、この幼い声、殺人が簡単に起こってしまうこの戦場においては最も似つかわしくない。寧ろそれは──
(──アカン.....ちっちゃい子を巻き込んでまう.....!!)
──幼い子供の巻き添えという、戦場において最悪の形の犠牲を伴わせる最悪の事態となる。
(──起き上がらんと.....!)
流石に一般人を巻き込む訳にはいかない。
起き上がろうと結愛は怪物の方を見て──
(──っ.....)
全身から力が、あるいは熱が溶けていく。
何せ、目の前にいたのは──
(──怪物.....?まさか──)
首から上だけは少女、だがそこから下は巨大トカゲ。
流石に見た目にデフォルメが過ぎる気がしなくも無かったが、その骨格が全てを物語っていた。
(──まさか、"神速"──)
「──グリュウウゥゥゥゥ!!!」
せっかくの狩りを邪魔されたことで、怪物のヘイトは一気にそちらへ向く。
「──へぇ、戦うんだ。大人しくしてれば痛い目に合わずに済んだのに.....」
そんな言葉は当然怪物に届くことなく、威嚇の勢いのままに突撃攻撃を仕掛けた。
──次の瞬間──
──"神速"の突進とともに、怪物は吹き飛ばされていた。




