第1章 No.19 たった一欠片
「──リザーブ組が戦ってるって本当ですか?」
『ええ、間違いないわ。さっき香苗さんから連絡が来て、旧みさき公園でデート中だった颯太くんたちが怪物と接敵したそうよ。あんなところに怪物が居たなんて初めて聞いたけど。』
バスの中で無線機のようなものを使い会話しているのは、なぜかバスを走らせている沙梨だ。
無線を繋いでいる相手は穂波。どうやら穂波の指示によりどこかへバスを走らせているらしい。
「──旧みさき公園、いろいろ曰く付きだなんだと言われてましたけど、幽霊の仕業では無いんですね。」
『あら、幽霊なんて信じているのかしら、外見にも歳にも見合わず可愛いところもあるものね。』
「そりゃ居るでしょう、人間の化学が全てとは思えませんし、化学的に証明できない何かが居たとて、別に何も不思議には思いませんけどね。」
──からかうような穂波の言葉に、沙梨は思わずため息をついた。
「──にしても、リザーブ組も災難ですね。せっかく穂波さんから直々に休暇を貰っても、中々休ませて貰えないんですし──まあ、結愛ちゃんは元からそういうとこありますけど.....」
『まあ、非番の日に颯爽と現れてピンチを救った、なんて話は結構有名だしね。あの頃の恵理ちゃんと結愛ちゃんは、まるで波動のような何かで繋がっていた、以心伝心なんて甘く感じるような感じだったしね。』
──ここで話題に上がったのは、副団長と結愛の関係だ。
「.....なんでこうなっちゃったんでしょう──」
『──ひとつ言えることは、別れ方が悪かった、後味が悪すぎて今も忘れられない、そんなところじゃないかしら。』
「.....」
──沙梨は黙り込んでしまった。
無論彼女も泉大津に勤務する人間だ、穂波程ではないかもしれないがメンバーのことはよく知っているし、かつて波乱万丈を共に過した主力組のことはよく覚えている。
だからこそ、拗れてしまったかつての仲良し2人組の関係性を憂いていたのだ。
『まあ、それについてはまた今度考えましょう。一応阪南には応援を頼んではいるけど、初期の怪物っぽくてリザーブ組でもどうにかなりそうって連絡は入ってるから、今阪南は待たせているわ。』
「了解です。こっちも状況を確認でき次第すぐに連絡します。」
『ええ。そっちのことは任せるわ。』
無線通信が切れ、沙梨はまた一人でバスを走らせる。
こんなことを話している余裕が無いことに気付くのは、また後の話である。
ー‐ー‐ー
「──怒れる獣よ、目覚めよ.....!!」
明らかに空気が一気に張り詰めた。
一瞬で凍った空気の中、寒いような暑いような、そんな独特な空気が漂ってくる。
──確実にマイカの感情が爆発している。
普段のような純粋で優しい少女の姿は見る影もなく、今そこにいるのは、怒りと殺意に身を纏った怪物だった。
普段から首から下の変形により人間ベースを保っていないマイカだが、感情の爆発により四肢がゴツゴツと変形し、より人間離れした姿を晒している。
「──!!」
「──ふぅっ.....!!」
怪物は明らかにおかしい状況に嫌な予感を覚えて逃げようとするが、マイカはまるで逃すつもりはない。
通常のマイカも怪物時代の肉体改造のせいでとてつもない加速力が出るのだが、今回のマイカに関しては格が違った。ソニックブームでも発生するのではないかというような風圧を身にまといながら、一瞬で最高速度に到達するかのような加速力を見せた。まるで脚力が数倍に跳ね上がったかのようだ。
「──ッ.....!!」
その加速力に当然対応できるはずもなく、怪物は太い弓で射抜かれるかのように飛ばされ、マイカの突撃により近くの地面に叩きつけられる。
全くもって理解が追いつかない。先程までも確かにマイカは驚異的だったが、怒れる獣とやらが目覚めてから、手も足も出ない、あるいはそんなレベルにすら達せなくなった。
「──ぐぅぅっ.....!!」
獣の唸り声のような声を上げ、マイカは怪物にさらなる追撃を行おうとする。
怪物はこれを躱そうとするが、タイミングなど掴めるはずもない。瞬きする間に眼前まで迫っていたマイカの突進攻撃に、またしても直撃してしまう。
「──ッ.....!!」
流石にやられてばかりでは居られない怪物がマイカにカウンターとして斬撃を行うが、当たったかどうかもわからぬ間にまた3回目の突進攻撃が飛んできて、怪物は大きく吹き飛ばされて建物の壁に激突、壁を潰して建物を貫通し、そのまま奥の方へと吹き飛ばされていく。
「──がぅっ.....!!」
そして先程から、マイカの様子もおかしい。
まるで本当に獣として目覚めたかのように理性を吹き飛ばし、言葉を発さなくなった他、コアへの攻撃ではなく、どちらかというと怪物では無く憑依された人間ごと攻撃して殺そうとしているかのように感じる。
実際、攻撃も突進の他、引っかきや噛みつきなどが増えており、普段のマイカの戦い方とはまた違っている。
「──ッ!!!」
怪物はもう一度呼吸を整え、猛スピードで飛んでくるマイカに反撃を行おうとする。
怪物が何も無いタイミングで斬撃を行うと、マイカがまるで自分から食らうように突っ込んでくる。恐らくマイカの突撃のタイミングを読んで予めカウンター攻撃をしたのだろう。
──だが、そんなに甘くはない。
「──ヴゥッ.....!!」
マイカがカウンター攻撃に被弾することは無かった。
敢えてそのタイミングで突っ込んだマイカだが、カウンター攻撃がマイカに届くよりも早く鳩尾に突進攻撃を仕掛けたことで吹き飛ばし、斬撃も見事に空を切った。
「──圧倒的すぎる.....」
その様子は見るまでも無く伝わってきていた。
無論、感嘆を漏らした煌太たちにはその情景は伝わってこない。ただただその目に映るのは、見えない何かに飛ばされて宙を舞う怪物の姿だけ、マイカは速すぎて中々目に止まらない。
「──だけど、マイカの方が心配になるな。こんな覚醒、デメリット無しで使えるとは思えないぞ.....」
──闘也が心配したのは、例の"怒れる獣"の反動だった。
強大な力には必ずリスクが付き物、ポ○モンでも火力と命中率を併せ持つボル○ッカーやフレ○ドライブに反動ダメージのリスクがあるように、マイカのこの力にも必ず何かしらのデメリットがあると踏んだのだ。
「──ッ.....!!」
再びマイカと怪物が接近する。
──だが、ここでマイカに異変が起きた。
前回の戦いでは前半のフェーズではほぼ独壇場と言える程の活躍を見せたり、後半でも怪物の撹乱に尽力したりと大忙しだったマイカ、だが彼女はストラゲラであり、怪物のように無限に体力が沸いてくる訳が無ければ、当然人とかけ離れた力を持つ分、疲労の蓄積も凡人とは非にならない。
「──あっ.....!!」
マイカが何度目かの突撃を行おうとした瞬間、疲労が祟り前足が言うことを聞かず地面を滑った。
接近していた状況、その一瞬のチャンスを怪物が逃すはずが無く、怪物は一気に距離を詰めてマイカを蹴りあげる。
これは恐らく斬撃に拘っていれば、一度身体を前かがみにする必要があり、その間にマイカに立て直されればなんの意味もなくチャンスを逃すと考えたのだろう。
マイカの軽い体は、怪物の強烈な蹴りで見事に宙を舞った。
「──させないっ.....!!」
マイカも流石にタダでやられる訳にはいかないと、空中でなんとか姿勢を立て直して怪物に反撃しようとする。
──しかし──
「──ううぅっ.....!!」
"怒れる獣"が強制解除された反動か、マイカの体は硬直して言うことを効かなくなった。
このままでは追いつかれた怪物にトドメを刺されてしまうと危惧したが、どうしようも無いと半ば諦めた。
「──マイカちゃん!」
──だが、ここで身を呈して結愛がマイカを抱きとめ、そのまま怪物の追撃を躱す。
彼女の腕に抱きとめられた時、マイカの鼻には微かに鉄臭い匂いがした。
「──!!」
結愛はそのまま右足インフロントでサッカーのシュートを蹴るように怪物の腹部に強烈な蹴りを食らわせた。
「結愛ちゃん!大丈夫.....!?」
「ちょっと痛いけど全然問題ないよ。ありがとうな──」
「それがちょっと.....!?」
抱きとめられた時、ほんのりと感じた血の匂いは気のせいではなかったのだ。
マイカを抱きとめた衝撃か、あるいはその後の捨て身の蹴り攻撃のせいなのか、あるいはもっと前からなのかは分からないが、右腕を蹴られ止血中だったはずの結愛の腕は赤く染っていたのだ。恐らく止血はできていない。
硬直が解けたマイカはすぐに結愛のもとを離れ、結愛にすぐに止血に行くように言った。
──だが──
「──フゥッ.....!!」
それを好機とみた怪物が、マイカではなく結愛に斬首のような一文字斬りを行う。
二人ともそれに気付きマイカが足を引っ掛けて転ばせるが、怪物はそれでも諦めずに斬撃を行い、マイカの右前足にかすり傷を負わせることに成功した。
「──っ!!」
だが、転んでしまったのをいい事に、近くの長い木の枝をアーミングした結愛が秘奥技"かち割り"を背中に叩き込み、さらに怪物の痛覚をどんどん抉っていく。
怪物は即座に起き上がり結愛の持つ木の枝を弾こうとするが、これをマイカが後ろから攻撃することで阻止、さらにその瞬間に結愛が刺突のようにコアを打ったことで怪物の意識はかなり薄れてしまう。
コアはようやく9割を削り取り、もう少しで討伐も終わるというところまで来た。
「──フゥゥゥッ.....!!」
撤退するかに思われた怪物だが、なんとそれをブラフとして結愛に襲いかかる。
結愛は仮の武器で怪物を攻撃しようとするも、何よりも適当に落ちていたものを拾ってしまったせいで、なかなか手に馴染まない。
「──やばっ.....!!」
またも怪物への攻撃が外れ、怪物に懐に入られてしまう。
だが、怪物はここで斬撃を入れず、結愛を蹴り飛ばした。どういう判断かは分からないが、なぜか刺傷を回避した結愛だが、怪力と言っても小柄な結愛の体は吹き飛び、地面へ数回跳ねた後に止まる。
怪物が追撃に向かおうとしたが、真下で力を貯めていたマイカに気付くのが遅れ、マイカの下からのアッパーカットのような蹴りに直撃し、かつて小さなアリーナがあった敷地の方へと大きく飛ばされていった。
「──結愛ちゃん.....!」
駆け寄ったマイカが見たのは、地面でバウンドした瞬間に傷口がさらに開き、最早動けない程に痛がっている結愛だった。
ここまで3回の斬撃を食らった挙句に何度も蹴り攻撃などを食らっている結愛、流石に体が悲鳴をあげていた。
「──ごめんねマイカちゃん──流石にキツいわ.....」
フラフラと起き上がる結愛だが、意識が朦朧としているのか、会話しようとしていたマイカと目が合わない。
マイカはその状況で、結愛にこんなことを提案する。
「──ねぇ、まだどっちかの腕は動く.....?」
──その一方、旧アリーナの方へと飛ばされた怪物は、向かってきていたキム、煌太の対応に追われることとなる。
キムの攻撃の威力、そして速さも去ることながら、威力はキムより劣るとしても、恐ろしい速さで繰り出される18連撃は怪物にとってもやや驚異的であった。
「──フゥッ.....!!」
怪物は一度息を整え、二人の間へとねじ込むと、回転斬りの攻撃を行う。
それを即座に察知した二人は、阿吽の呼吸で双方に飛び退くと、怪物の攻撃を察知して二人で刃にAOを噛ませ、動きを封じると共に、キムが"ラピッドスイング"の容量で怪物の体勢を崩したところに、がら空きのコアに煌太が"あられの舞"を打ち込んで、確実に攻撃の手数を稼いでいく。
が、ここで怪物はキムを蹴り飛ばすと、タイマンとなった煌太相手に双剣の手数で一気に立場をひっくり返す。
冷静に双剣を"あられの舞"で弾きながら、一瞬ガラ空きとなったコアに"雪弾"を打ち込もうとするが、これは失敗。
「──全く、何度も何度も手間をかけさせてくれるね.....!」
そこにキムが帰ってきた。秘奥技の構えを見せているところを見ると、また煌太に連携を行われ確実にコアを削られると、今の怪物としては厄介なことこの上ない。
怪物はそれを事前に察知し、ブラフも何も無くただ退避することでなんとかその場をやり過ごす。
──だが、そこに現れた人影に絶望することとなる。
──僅かに一瞬、コアにとてつもない衝撃が走った。
怪物のコアは破壊寸前まで陥り、その衝撃によって怪物は身動きが取れない程に硬直してしまった。
(──何が起きた.....!?)
あまりの一瞬に、その場にいたキムたちも理解が追いつかなかった。
それもそのはず、攻撃を行った2人の人影は、圧倒的スピードとそれにも負けないステータスを持つマイカと、怪力による圧倒的攻撃力を持つ結愛だった。
どこからか正規AOである木材を取ってきた結愛を乗せ、マイカが自慢の機動力で結愛の攻撃をアシストした。当然、通常の結愛の一撃とは比べ物にならない威力が出た。
「──大丈夫?」
「──ちょっと振り落とされそうやったわ.....」
馬と同じような速度が出る一方、高さは中型犬程度であるマイカの背中は異常に乗り心地が悪く、安定性の欠片も無いが、それでもこういう場面で真価を発揮するのは間違いない。
「──ッ.....!!」
不意を突かれたとは言え、"怒れる獣"発動時に比べれば機動力が落ちることを察し、怪物は即座に避難する。
だが、その先には、颯太を背負った香苗が待ち構えていた。
先程気絶していたはずの颯太にとてつもない一撃を食らった影響で、怪物は思わずたじろぐ。
そのせいで、後ろからの追手に追いつかれてしまった。
さらに穴を埋めるかのように、無理矢理立ち上がった闘也も現れ、怪物は完全に包囲されてしまった。
「──もう逃げ場は無いわよ.....!」
香苗が武器を構えると同時に、全員が包囲殲滅の構えを見せたことで、怪物は唸り声をあげつつも、どう見ても焦っているようにしか見えなかった。
「──んぁ.....」
その時だった。
香苗に背負われたまま、颯太は目を覚ました。
傷はまだ完全には塞がっていない故、恐らく痛覚はかなり刺激されているはずだが、意識が朦朧としているせいか、なぜか快適な睡眠を終えた後に寝惚けているような様子だ。
「──あれ.....トモ──」
──そして、一度はその可能性を否定した名前を呼ぶ。
かつてどこかで出会い、どこかで友達となり、そして今や颯太が名前を挙げられる唯一の人物。
──宮原智樹、宮原家13代目当主。
かつて犬猿の仲だった高縄家との唯一のラインだった、現在15歳の少年だ。
「.....」
その名前を呼ばれた瞬間、怪物の目の色が変わる。
包囲殲滅を危惧して、警戒するような、焦るような、あるいは少しだけ諦めるような、そんな複雑な感情を持っていたが、今の怪物はなぜか虚無感のような表情を浮かべている。
そして颯太を見つけると、自然と武器を下げた。
(──まさか、本当に.....)
──この異様な状況に、結愛は勿論、誰もが"その可能性"を否定できなくなってしまった。
この怪物はかつて、颯太の親友だったのだろうか。
(──このままだと、颯太くんが"ただ"傷付くだけや無しに、その先──その先を伝えざるを得んことになる.....)
──そして、最悪の事態が起きた。
「.....ソ.....ウタ──」
──怪物の口から、本来は有り得ないはずの言葉が聞こえてきたと同時に、怪物は右腕を振り上げ、自らのコアへとその刃を突き刺した。
ー‐ー‐ー
(──何?この嫌な感じ.....)
岬町自然ひろばの駐車場に着くと同時に、バスを降りた沙梨が感じたのは、なんとも言えない嫌な予感だった。
特に何を見た訳でも、何の匂いがした訳でも無い。目の前を見れば別に普通の深夜の景色であり、海の近くでもある為に、いつも嗅いでいる仄かな潮風が鼻腔をくすぐる程度だ。
(──まさかとは思うけど──)
結愛とも連絡がつかない現状、"万が一があった"のかという不安が、沙梨の心臓の鼓動を早くする。
トランクを空け、万が一に備えて"ある袋"を用意した。
(──お願い、誰も──)
──自分も手続きを終え、"裏ひろば"へと向かう。
その最中、係の人間の愚痴を耳にした。
「──そう言えば、一番最初に入った子供たちと、その後に入った子供たち、もうそろそろ一周回ってていいころなのに、未だに戻ってこないな.....」
(──そんなに時間が経ってるの.....?)
"裏ひろば"は制限時間3時間、だが大抵ゆっくりめに歩いても一周2時間も掛からず終わる。それくらいの時間が過ぎているのだろうか。
「.....先に入った子たちが居たんですか?」
「え、ええ。いやまあ、普通に歩いている分にはまだもう少し時間が掛かるんですが、特に二組目の方は何かに焦っているように走っていって──そう言えば一人、明らかにおかしい走り方をしている子もいたけど、何せ嵐のように去っていったから何とも.....」
「そうですか、よければ声を掛けておきますね。」
「いや、いいさ。まだ1時間も経っていないから、そっとしてやってください。」
「あ、はい.....」
──つまりまだ戦闘時間としては1時間も経っていない。
恐らくその"おかしい走り方"はマイカであるのが確定している為、少なくとも5人は合流しているようだ。
「そう言えば15分前くらいにも誰かが入っていったな.....今日は珍しく"裏ひろば"も客が多いな.....」
「今日はそこまで怖くなさそうだし、私もお邪魔しますね。」
「はい、行ってらっしゃいませ。」
──薄々察していたが、中の状況は最悪だった。
地面に横たわる血まみれの、少年のような人影、そしてその少年のもとに座り込み絶望する少年と、周りを取り囲む人間たちのなんとも言えない表情。
場は完全に葬式のムードだったが、読んで字の如くだった。
(──どういう事なの.....)
座り込んでいる少年は颯太だった。
その膝元に寝転がっている少年の胸には刃物が刺さっており、左手にはもう一つ刃物を持っている。
(──怪物──)
──沙梨の予想通りである。
ここに横たわり、恐らく息絶えているであろう少年は、先程まで颯太たちに牙を剥いていた怪物だった。
だが、それならば尚更、恐らく怪物が使っていたであろう包丁が、所有者の胸に刺さっている理由に説明がつかない。
「──沙梨さん、お疲れ様です.....」
沙梨に気付いた結愛が声をかけた。
よく見ると結愛を背中に乗せているのはマイカである。恐らく戦いの最中に足を負傷したのだろうか。
「──お疲れ様。状況説明を──颯太くん以外で頼むわ。」
「.....俺から説明しようか。」
結愛のものである木材を支えにして、闘也がゆっくりと立ち上がる。キムがすぐに気付いて肩を組み、闘也を支える。
「まあ、見ての通り、普通なら有り得ない状況なんだが、取り敢えず──そうだな、この怪物の正体を明かそう。」
「──お願いするわ──」
──とは言え、何となく検討がつかないことは無い。
死体となった元怪物の体の横に膝から崩れ落ちるように座り込んでいる颯太、どう取り繕っても二人に何かしらの関係があることを否定することは難しいだろう。
「──この怪物はな、かつての颯太の親友、堺包丁の宮原家工房の"未来の"13代目になるはずだった少年、宮原智樹だ。」
(──宮原?確か宮原って、高縄家の技術を持ち逃げしたとかで、犬猿の仲じゃなかったっけ──)
「──宮原と高縄ってのはそれは仲が悪かったが、この二人は例外でな、こっそりではあるが親友のような関係で過ごしていたらしい。つい最近までな。」
「そういうこと.....」
──読者の皆様は恐らく心当たりがあるだろう。
瑞穂の弟であり、高輪家の親世代の全滅以降は同居人となっていた親友、宮原家長男の智樹である。
「──どういう経緯でこうなって、しかも家からもかなり離れた位置である岬町自然ひろばに居たのかは謎だが、なんて言うかな──こんな巡り合わせは無いだろうよ.....」
──事情は分かった。痛いほど理解した。
もしも仮に沙梨が颯太の立場に立っていたとして、今頃どこかに逃げ出して首を括っているだろう。
颯太に対しどう声を掛けてやればいいか、沙梨には分からない。挙句、見当違いの謝罪をしてしまう。
「──颯太くん、遅くなっちゃって申し訳ないわ。もう少し早ければ──」
「──いえ、こればかりはどうしようも無かった。何も出来なかった俺のせい、沙梨さんは自分を責めないでください。」
「そうは言っても.....」
──沙梨は無性に何かを謝りたいような、妙な気分に陥るが、最早何を話しても合理性に欠ける。
他の面々がどこか冷たく見えるのは、恐らくストライカーであるからこそ、このような場面に遭遇するのは当然だと言うような考えもある、一方で、沙梨同様何かを語りかけたくても、何を話しても颯太に寄り添うことは出来ないと察しているからなのだろうか。
「──沙梨さん、怪物──トモの死体って、持って帰ったらダメですかね──」
そんな沙梨に颯太がこんなことを言う。
この言葉はただの我儘に過ぎない。いや、下手をすれば、死体を持ち帰り殺人を隠蔽したとまで疑われかねないような事案だ。本来ならすぐに却下するべき事案だった。
(──だけど──)
沙梨の脳裏には、今から3ヶ月弱前に起きた事件の忌まわしく、悲しい記憶が蘇る。
そのせいか、沙梨にとって本来なら即答しなければならないような判断すら悩ませ、狂わしてしまう。
「──穂波さんの判断を待つわね。すぐに連絡を取るわ。」
──その後、穂波との短い話し合いの末、トモの遺体は一度"タイキプロ"が保有する葬儀場に引き取られ、火葬されることになった。
流石に死体の扱いについては素人である穂波や颯太が、勝手な判断で保管することは許されなかった。
しばらく遺体には防腐などの措置を施し保管するが、あまり長時間をかけることは許されない。とは言え、最もその葬式を必要とする2人のうち、1人は茫然自失となり、もう1人は連絡が取れていない状況だ。
穂波は予備部隊などを中心に対策チームを立ち上げ、颯太の心理面のケアや、肉親とのコンタクトなどを急ぐことにした。
──バスの中は葬式ムード一色で、出発前から到着後、そのまま就寝に至るまで、誰一人言葉を発することも無く、帰りを見届けてくれた和花も、あまりの異様さにかなり心配したと後に教えてくれた。
7月8日から9日未明にかけ、悪夢のような戦闘が終わった。
一応は意識を取り戻したものの、胸を刺されていた颯太はそのままタイキプロ系の総合病院へと送られて治療を受けることになり、足を負傷した結愛、闘也は和花の治療を受けた。
マイカはマイカで、疲労状態、さらには聴覚異常などを抱えながら無理矢理"怒れる獣"を発動したせいで、高熱と目眩などで少しばかり苦しむことになったり、酷い筋肉痛で動くことも辛くなったりと、なかなか後遺症が深刻だった。
「颯太くんだけど、胸は刺されたけど臓器に異常はなかったらしいの。ただ、静脈を切られた関係で出血量が割と酷かったらしくて、担当曰く"余程のことが無ければ大丈夫だが、油断はできない"らしいわ。まあ、無事を祈って待ちましょう。」
「──はい──」
──穂波の6つある自室のうち、ベッドルームに呼ばれたのは、結愛と尚樹、そして現状リザーブ組の管理に当たっている沙梨の3人だった。
「にしても、岬町自然ひろばで"狂信者"騒ぎなんて聞いた事が無いわ。実害が出ていないだけで、獲物がブクブク太るのを待っていた訳じゃなく、自分の力がつくのを待っていたとでも言うのかしら.....」
「あの怪物──"狂信者"宮原智樹については分からないことだらけです。僕は現地にいた訳では無いので尚更です。リザーブ組との戦闘で殺意を剥き出しにしていた割には、大チャンスの局面で颯太くんの急所を外したり、あるいは今回のリザーブ組との戦闘までに、人為的被害が全く出ていなかったり──なんというか、腑に落ちない部分が多すぎる気がします。」
この場では冷静に語る尚樹だが、実際に報告が来た時には、その訳の分からない事実に頭を抱えたと言う。
それに、この場では話題にこそ出ていないが、怪物が自害したなど、これまで世界のどこを探しても聞いたことがない事例であった。
「──あの怪物、最後、颯太くんの名前を呼びよったけど、本当に宮原智樹くんで間違いないんでしょうか.....」
「残念だけど、非合法組織の私たちに身元を確かめる術は無いから、酷だけど、颯太くんに直接遺体を確認してもらうしか方法は無いかも知れないわね.....」
「そんな死体撃ちみたいな所業──」
実際、既に智樹の死を確信したであろう颯太に、もう一度身元判別の為とは言え遺体を確認させるなど、鬼畜の所業、オーバーキルと言って差し支えないだろう。
「だから別の方法を探しているわ。尚樹くんにも、宮原家の調査をお願いしているもの。」
「──例の宮原家の"お姉さん"の話ですか.....」
当然本作内で紹介した為、前知識として読者の皆様は認知して頂いていると思うが、結愛たち、当時で言えば部外者である人間たちにしてみれば、どれだけ知っていたとしても高縄家で父親が自殺、母親が狂乱、祖父が失踪し、颯太も宮原家に引き取られたという、近所の人間と同等の知識しか無い。
だからこそ、泉大津では宮原家のことは詳しく知らないし、増してや瑞穂という姉が居ることなど風の噂程度の認識だ。
「僕の方でも可能な限り調べます。ただ、接触はしないつもりです。仮に"これを伝えなければならないとなれば"、一度颯太くんにも意思確認が必要ですしね。」
「──分かってるわよ。」
──そんな話が続く一方、結愛はもう一つ気になることがあった。
「──そう言えば、怪物呼びに統一しようとしてましたけど、大丈夫なんですか.....?」
──先程から穂波と尚樹の間で飛び交っているワードは、まだ颯太の知らないストライカー専門用語である。
否、そもそも颯太には、嘘の専門用語が教えられていた。
「──どの道、外部機関、しかも咲洲に治療を委託したんですもの、それに今回の件もある。私たちが黙っていたとしても、颯太くんは核心に迫ってしまうでしょう。」
──それを聞いた瞬間、結愛の目の色が変わった。
「──それって──」
「ああ、君が怪物討伐の為に颯太くんを呼び止めた裏の理由、恐らく颯太くんは勘づいてしまうだろう。それを知ったところで別に君が咎められたり、心無い罵声を浴びたりなんてことは恐らく無いだろうけどね。」
──気分が悪くなった結愛は、ここで退出した。
ー‐ー‐ー
──7月10日、颯太は治療の為に入院していた、咲洲にあるとある施設で目を覚ました。
(──見慣れない天井だな──)
何かの文様がビッシリと描かれた壁紙が天井に貼られており、少しばかり不気味さを感じていた。
「お目覚めかしら。」
恐らく颯太の担当であろう看護師が声を掛けてくる。
「はい。お陰様でゆっくり休めました。」
「そう。胸の傷もある程度治ったわ。まさか臓器に1ミリ足りとも傷がついていなかったなんて、余程運に恵まれていたのかしらね。」
「あはは──そうならいいですけど.....」
──この言葉で颯太は確信した。
恐らくあの怪物は、何の嘘偽りなく、本物のトモであり、颯太への攻撃で急所を外したのは、まぐれではなく、恐らく寸前に颯太本人であることをどこかで知ったからだ。
とは言え、その後の攻撃性を考えれば、恐らくそんな思考も怪物の魔力に消されたのだろうが。
「もう少し細かい検査をするから、退院はもう少し先になるわ。それまで短い間だけど、ゆっくり休んでおきなさい。」
「ありがとうございます。」
看護師はそのまま場を後にしようとした。
──まさにその時。
衝撃音と共に警報が鳴り、集中治療室のようなブースが何やら騒がしくなる。
颯太を担当していたであろう看護師も、あまりの状況にそちらへと駆け寄り、状況を見ようとしていた。
「ガアアァァァヴゥッ.....!!グヴァアアァァッ.....!!」
──よく知らないが、颯太と同じように怪我をしたストライカーでは無さそうだ。
このように苦しむ咆哮や唸り声を上げていた状況を、颯太は一度、泉大津で目撃している。
(──怪物になりかけてる.....!?)
──そう、別にこの場にいるのは、颯太のような負傷したストライカーだけでは無い。
怪物として戦い、傷を負った元怪物だって、この場所には何人もいるのだ。
その中の一人が、魔力の依存を抜け出せず、再び怪物へと変貌しようとしているのだ。まるであの時、三度目の変貌を遂げようとしていた椙野と同じように。
「──っ!?」
「ちょっと揺れる時に痛いかもだけど我慢して、今はとにかく避難するよ!」
気付かぬうちに全員の避難が始まっており、颯太の担当看護師が戻ってきて、颯太を担いでこの場を離れようとしていた。
「──グゥッ.....オオォォォォッ.....!!」
まるで犬の遠吠えのような咆哮と共に、その患者の手遅れが告げられた。
それと同時に階段を駆け上がり、恐らくここに駐留しているであろうストライカーが6名程急行してきた。
看護師の肩に担がれながら、その光景を少しだけ見た颯太だが、看護師の足が予想以上に早く、攻防を一切見ることなくその場を後にするのだった。
「──ふぅ、これで一安心ね.....」
看護師の肩に揺られながら非常階段を降り、2つ程階層を降りた所に、臨時の治療室が設けられていた。
後々知ったことだが、こういうことは割とよくあるらしく、予備治療室があと3つあるとのことだ。
「──重かったでしょうに、すいません.....」
「歩行不可の癖に気にしても仕方ないでしょ。それにこういうことは日常茶飯事、ここにいる看護師にとったらね。どんなに華奢な女の子でも、大男一人担げるくらいのパワーが無いと、咲洲には配属されないのよ。栄誉あることなんだから。」
──なんと末恐ろしいブラック企業だろうか。
颯太の担当の看護師は身長も高く、体もゴツっとしている為まだ理解できるが、先程見た中には恐らく身長も150センチあるか無いかと言うような、華奢で小柄な女性もいた。そんな人まで基礎体力は超人並、どんな仕事ならそうなるのだろうか。
「──それはそうと、さっきのは一体──」
「そうね、きっと狂信の魔力の依存を抜け出せなかった人間が、また魔力を求めてコアを作ってしまったんでしょう。ああなると個体の強さも上がるし、救助も困難になるから、いい加減に"脳洗濯を広く実用化して欲しい"ものだわ.....」
──何かとてつもなく恐ろしい言葉が聞こえたのはさておき、颯太には聞き慣れない言葉があった。
「──狂信の魔力.....ですか──」
「──まあ、怪物が使うエネルギーのことよ。あんまり深くは考えないで頂戴。」
「──そうですか──」
──息ひとつ乱さぬように平然と言ってのけたが、なぜか颯太ははぐらかされているような気がした。




