第1章 No.18 苦戦
「──颯太くん.....」
つい先程まで、イケイケムードのまま一方的な戦いを繰り広げていた颯太と結愛。
だが、そんなものはまやかしだったという風に、目の前には間違いなく絶望の光景が広がっていた。
「──あ──」
痛覚はいまだ眉を顰めていた。
無論、確信さえ持てば嫌という程押し寄せてくるのだろう。だが、今の颯太には、何が起きているのかも分からない。
ただ、押し寄せてくる脱力感と、全身が硬直したような感覚に襲われ、身動きが取れなくなっていた。
「──颯太くん.....颯太くん.....!!」
一方、いきなりこの光景を見せられ若干の放心状態だった結愛も、状況を理解した瞬間、脳がオーバーヒートを起こすかのようなパニックに襲われた。
目の前では間違いなく殺人事件が起きている。だが、助けたいという意思に反し、体は言うことを聞かない。
「──ふっ.....」
怪物がナイフを抜き、そこからとてつもない血液が流れる。
それをようやく理解した颯太は、痛覚と同時に襲ってきたとてつもない熱によって、言葉を発するでも、もがき苦しむ訳でも無く、ただその場に崩れ落ちるしかできなかった。
「──あ──ぁ──」
結愛の体は、それを見てもなお言うことを聞かなかった。
──実感した。忘れていた、忘れたままでいたかったことを思い出した。
怪物はコアにより生命力を得ている。無論、それを壊して"怪物を殺す"のがストライカーの役目だが、一発や二発攻撃を当てたくらいで壊れることは無い。RPGゲームに置ける体力が異常なボスを相手にしているようなものだ。
対してストライカーは、神心武装でモノに武器を与えたり、己の体を強化したりすることはできても、怪物のようにコアを作り出したりすることは出来ない。つまりは武器さえあれど生身の体で戦うも同然、当然ながら致命傷を避けることはできないし、頭でも吹き飛ばされたら当然の如く即死である。
──結愛もストライカー歴はそれなりに長い。無論尚輝たちと比べればまだまだ新参者だが、それでも2年はこの業界でやってきた。そして死んだ人間を何度も見てきた。
慣れていると思っていた。いや、颯太と出会ってから、そんなストライカーの嫌な側面から無意識に目を逸らしていた。
「──あ、あああ、あああああああっ!!!」
完全なパニック状態で理性が消失した結愛は、暴れる体のままに武器を振るい、怪物に攻撃を仕掛けた。
怪物は一瞬動揺したような素振りをみせつつも、冷静に結愛の攻撃を躱してカウンターを仕掛けようとする。
だが、先程まで冷静だった結愛の攻撃とはあまりにもアルゴリズムが違ったことで、その攻撃が幸運にも怪物の胴体に直撃し、怪物は吹き飛ばされる。
なおも結愛は考えもせず、怪物が吹き飛んだ方向へと無意味な突撃を行い、怪物への攻撃の手は緩めなかった。
だが、冷静なものと思考を失ったものでは、流石に戦いにおいて、攻撃の精度が全く異なる。
怪物は結愛の攻撃に順応し始め、何度か攻撃を躱すと、結愛の背中に飛び膝蹴りのような攻撃を仕掛けた。
それと同時に後頭部に斬撃を仕掛けたが、飛び膝蹴りが思っていた以上に見事に決まった為、結愛の体勢が予定より早く乱れたことから、こちらは空振りとなった。
「──っ!うううっ!!!」
だが、流石に強靭な結愛だ。この程度では倒れない。
その攻撃ですぐに怪物のいる方向を察知すると、そちらに向けて闇雲な攻撃を打ち続けた。
真正面からの攻撃に怪物は躱す隙を失い、それを真正面で受けていなすしか方法が無くなった。しかし、闇雲なレベルで、何も考えずに打ち込まれる打撃が想像以上に厄介で、手に負えなくなってしまった。
数秒後、手に負えなくなった連撃の一部をくらってしまい、怪物は流石に撤退を決める。
だが、その隙を狙ったのか、撤退のわずかコンマ数秒前にコアに攻撃を食らってしまう。そのノックバックを利用するように結愛から距離を取るが、流石にここまで何度もコアに攻撃を喰らい続け、怪物としてもかなり体力の限界が近くなっていた。
「──待てやあぁぁぁぁああああ!!!」
そこに、最早パニック状態を通り越し狂犬のようになってしまった結愛が、とんでもない声を出しながら迫ってくる。
流石にヤバいと思った怪物だが、足元に決定的な隙があることを即座に察知し、それを考えるが早いかというような一瞬で足元にスライディングを行う。
強靭な結愛の足だが、ここは流石に攻撃をモロにくらってバランスを失い、前に倒されてしまった。
「──フゥゥッ.....!!」
怪物は息を飲み込むかのように鋭く素早い呼吸をすると、振り返ると同時に結愛に上から襲いかかり、両手のナイフを首元にしっかりと刺しこんだ。
これで勝負が決まる、怪物に人間のような思考力があれば、そんなことを思っていたのかもしれない。
「──させないっ.....!!」
目にも止まらぬ速さで飛んでくる何かを察知するが早いか、躱そうとした怪物の願いも虚しく、コアこそ外れたものの攻撃を見事に食らってしまい、せっかくのトドメを刺すチャンスが見事に失われてしまった。
しかも、この爆速な上に無駄のない突撃攻撃、そして直前に聞こえてきた声も、まるで今まで戦ってきた相手とは格が雲泥の差である。
突然の乱入者に、怪物は明らかに動揺し混乱する。
「──結愛ちゃん!大丈夫!?」
外敵から守るように横にしっかりと四足を踏ん張り、結愛の名前を呼ぶのは、本来なら今頃眠っているはずの少女。
「──マイカ.....ちゃん.....?」
起き上がりながらその名前を呼ぶ結愛だが、イマイチ現状をはっきり把握出来ていないようだ。
それもそうだ。一緒に来ないかと誘っても断られ、本来なら今頃泉大津でゆっくり休んでいるはずだ。
「──颯太くんがヤバい!!」
「応急処置するから、煌太はマイカちゃんに加勢して!」
しかも、どうやら駆けつけてくれたのはマイカだけではなさそうだ。
「──ごめんね。おトイレとかしてるうちに見失っちゃって、もっと早く駆けつけてあげられればよかったんだけど.....」
「──ううん。このままだったら全滅やった。ありがとうな、マイカちゃん。」
──ようやく結愛は正気を取り戻した。
マイカはそんな結愛に笑顔を見せつつ、血を流して倒れている颯太の様子や、吹き飛んだ後に警戒するようにこちらを見つめている怪物、その手元にある凶器を見て、状況を理解した。
「──よくもやってくれたね。許さないよ。いや、普通に仲間をここまでされたら、誰だって許せないかもね。」
マイカは数歩歩いた後、後ろ足で地面を蹴り、とてつもない加速度と速度で怪物まで数歩だけの走りで一気に距離を詰め、コアを引っかくように攻撃を行った。
怪物はそれを予測しコアだけを守るように双剣でシールドを作るが、そのシールドを以てしてもマイカの攻撃の威力を防ぎきることができず、コアこそ外れたが腹部に爪を立てられてしまう。
「──ふーん、そういうこともできるんだ.....」
マイカの攻撃の威力に、"こいつは本気でヤバい"とでも確信したのだろうか、怪物はマイカにフェイントを仕掛け、攻撃するでも無く撤退を始めようとした。
マイカが四足歩行、しかもトカゲ歩きで体高が低いことを利用し、地面を蹴って砂かけを行い、追っ手のマイカからなるべく時間を稼ごうとした。
その策略通り砂かけをしっかりと食らってしまい、マイカは追跡に時間を要することになってしまう。
──だが、マイカにはその程度は誤差でしか無かった。
「──ッ!?」
これで退避できたと安堵するのも束の間、怪物は死角から攻撃を食らって大きく吹き飛ばされる。
そう。時間を稼げたと安堵するもつかの間、僅か3秒もしないうちにマイカに追いつかれ攻撃されたのだ。
「──まさかとは思うんだけど、もしかして砂をちょっとかけただけで逃げられるなんて思ったの?」
吹き飛ばされた怪物の目の前に、マイカは立っていた。
四足歩行、怪物の体とはいえ、その立ち姿はまるで何も無い時のような自然さ。だが、その体から生み出されるオーラのような威圧感は、凡そいつものマイカでは無かった。
「私はストライカーじゃない。ストラゲラだよ。昔は君と同じ種族だったって訳。体は滅茶苦茶強いし、力持ちだし、目も鼻も耳も、色んなところが人より敏感にはたらくんだ。君の匂いを覚えるのだって一瞬なんだよ。」
──なんと、あの一瞬の交錯でマイカは匂いを覚えていた。
本能的にそういう思考になったのかは不明だが、恐らくマイカは怪物が逃走する可能性をどこかで察し、逃走してもその身柄を追えるように準備をしていたのだろう。
「──もう逃げられないね。どうする?」
怪物は後退りをするが、当然逃げ場が無いのは本能で分かっているのだろう。
──少しだけ沈黙が続く。マイカは自分から攻めるつもりは無いらしく、相手の出方を伺っているようだ。
「──ッ.....ピュゥッ.....!!!」
それを察したのか、怪物は闇雲ながら攻撃を仕掛ける。
だが、マイカは反撃せず、ただひらりひらりと身を躱し、まるで煽るかのように全ての攻撃を避けては、一切の反撃を返さないままでいる。
攻撃されないことはともかく、自分の攻撃を全て躱されているだけでなく、まるで手の内まで全て把握されているような感覚になった怪物は、明らかに焦り、先程の結愛との対決とは打って変わって冷静さを失ってしまった。
その様子を察したのか、マイカは周りをグルグルと走り回って怪物の意識を撹乱させると、背後から見事な頭突きをくらわせて怪物の体勢を崩す。
「──いつまで動けるかな?人殺し人形さん.....!」
頭突きのせいでうつ伏せで倒れそうになる怪物だが、直前にアッパーのような攻撃を食らって宙を舞う。
さらにマイカはそんな怪物の上空から急降下し、怪物のコアを掴むかのように爪を突き立て、そのまま地面に叩きつけた。
「──まったく、やっと捕まえた。」
地面に押し倒されたかのように仰向けのままの怪物、そんな怪物の上を取るマイカ。そんなマイカの右前脚の爪が、見事にコアに突き刺さっている。
「──私だって、無駄な戦いをしたい訳じゃないんだよ。ずっと平和なままで居られるなら、それに越したことはないんだし、皆と笑って過ごせるなら、そんな未来を選びたい。」
マイカの右前脚に力が入り、コアの残った耐久値を確実に削り取っていく。
「──だから、私はそんな未来を邪魔する、そうだな、君みたいに無闇に人を傷つける人は許さない。そんな人から皆を守るために私がいるんだ。だから私は戦うんだ。」
コアの表面はほとんど捲れ、中から白く光がどんどん強くなっていく。
「──さよなら人殺し人形さん。中の人を返してね。」
──だが、そんなもので終わる訳がなかった。
「──っ!?」
次の瞬間、上から僅かに空気を切るような音を察知したマイカは、上を見上げる。
なんと、マイカのさらに上空から、怪物が持っていたはずの双剣の片一方が、マイカ達を目掛けて落ちてくる。
確認していなかった。怪物は恐らくこうなることを読んでいて、退避の策をしっかりと考えていたのだ。
「──もう.....!!」
ここで離れれば怪物を逃がしてしまうが、上から飛んできたナイフが刺さりでもすればマイカも無事では済まない。
とはいえ、タダで解放する訳にもいかないと考え、マイカはギリギリでナイフを回避し、体をスピンさせながら飛び上がって怪物をすぐに追えるようにした。
──だが、
「──っ!?」
なんと、怪物はそのままもう一方のナイフでマイカに追撃を行っていたのだ。
流石にこれは予想外だったが、マイカは素早い身のこなしでコアに先制攻撃を仕掛けようとする。
が、怪物はそれをしっかりと予測し、その爪を切らんばかりに、マイカの右前脚の先端に斬撃を行った。
──瞬間、鋭い金属音が響き渡る。
当然感覚過敏である怪物にも効果はバツグンだが、それと同時に爆音で響き渡る金属音が至近距離で発せられたこともあり、マイカの耳に特大のダメージを与えてしまう。
怪物にとってもダメージは大きいが、今この状態で最大の驚異となりうるマイカを封じられただけでもかなり大きい。
前にも五感の異常でマイカが行動不能になったのを知っているリザーブ組の面々は、金属音と共にマイカの離脱を察し、戦闘態勢に入った。
怪物は最も重要な驚異であるマイカの始末を急ごうとしたが、これを煌太が不意を突く攻撃でしっかりと封じ、怪物は再びトドメを刺すチャンスを失った。
煌太はさらに怪物としっかり対峙した瞬間、コアを狙った秘奥技"コールドスリープ"を放つ。この秘奥技はコアに的確に痛覚を与えることで、怪物の動きを少しだけ封じることが出来る技だが、コアへの命中精度により成功率が変動するという、少し扱いの難しい秘奥技でもある。
だが、煌太はこれを見事に成功させた。
「──まだ死人は出さないよ.....!!」
次の瞬間、煌太から上位の秘奥技特有の威圧感が放たれる。
AOであるスキーストックから放たれる圧倒的な手数の攻撃、単発で最速の突き技である秘奥技"雪弾"の上位互換、"あられの舞"である。その手数はなんと18連撃にも及ぶ。
この18連撃が見事に刺さり、怪物はまた撤退を余儀なくされたが、その先には結愛がいた。
先程までの戦いによって木材が疲弊した影響か、結愛は近くにあった取り外し可能なシャッターのレールのような金属棒をアーミングし、さらに強烈な攻撃を与える。
──だが、怪物は見事にカウンターとして双剣での切り付けを行い、これが結愛の右腕をかする。
今度はやや深めの傷だった為に少し怯む結愛だが、攻撃の手はなるべく緩めずに追撃する。
「──このままじゃ──」
怪物のコアの耐久値、要するに怪物の残りHPはもう残り少ないはずなのだが、如何せん先程から有効打を与えられていない状況である。このまま消耗戦にでもなれば完全に怪物の土俵、時間を掛ければ掛けるほどストライカー側は不利になる。
まあ、これについては怪物がどう考えているかは分からないが、怪物側も早めに決めてしまいたいというような戦い方である為、お互いに長期戦は避けたい一方でこうなっているのだろうか。
「──フゥッ.....!!」
そんな考えもあったのだろうか。
怪物は今最も手を煩わずにトドメを刺せる人間のことを思い出した。
「──っ!?マズい.....!香苗ちゃん!!」
──怪物が飛び出すと同時に、方向を察して結愛が叫んだ。
そう。怪物は相手の戦力を一人でも減らそうと、既に胸を刺され重症を負っている颯太を真っ先に始末しようと考えたのだろう。それを察し、咄嗟に結愛は香苗の名を呼んだ。
「──っ!!」
少し離れたところにいた香苗にも、結愛の鋭い絶叫がしっかりと伝わり、香苗は竹刀を持って警戒態勢に入る。
怪物は結愛の予想通りに颯太のところに向かってきた。そして香苗には目もくれずに颯太にトドメを刺しにかかる。
「──流石に見殺しにはしないわよ.....!!」
香苗は即座に秘奥技"一文字突き"を発動し、怪物の目の前に割って入ってしっかりと攻撃を繰り出す。
颯太のことで頭がいっぱいだったのか、飛び出してきた香苗の気配にすら気付かず、見事に攻撃を食らった怪物だが、それをもろともせず、香苗の攻撃を押しのけて、今度こそ颯太を眼前に捉える。
──しかし──
「──おっそいなぁ、私も振り切られへんのに、颯太くんにトドメを刺そうやなんて、烏滸がましい奴っちゃな.....!」
香苗への対処に時間を取られている最中、結愛に追いつかれてしまい、再び怪物は颯太にトドメを刺すチャンスを失ってしまった。
この状況にかなり苛立っている怪物だが、それでももう一度冷静になり、今度は一度颯太から目を離して結愛とタイマン勝負を仕掛ける。
(──記憶力もやっぱりええな、どっからその知力が──)
結愛とのタイマンでは、怪物は結愛が先程負傷した右腕を使わせる為か、敢えて右側ばかりを狙って攻撃してくる。
これについて怪物が記憶していたかどうかは定かではないが、まるで覚えているように、戦いにくいところを弱点と捉えて狙ってくる判断はなかなかのものである。
だが、結愛はここも体術を用い、怪物が右に出たら自分も右に出るような、そんな感覚を持ち続け、怪物のあらゆる攻撃をAOで弾き飛ばす。
「.....っ!!」
だが、流石の結愛も、切りつけられてしまった右腕の痛みを即座に抑えられるほど人間離れしてはいない。
結愛が一瞬痛みに気を取られてしまった隙を怪物が逃すはずが無かった。
「っぐああぁっ.....!!」
怪物はまず、結愛が傷を負った右腕に強烈な蹴りを入れて、結愛の痛覚に大ダメージを与えた後、さらにその右腕に上からバッサリと斬撃を入れた。
結愛の右腕に縦に大きな傷が入り、そこから吹き出すように血が飛び出てくる。
「──っ!!ぐぅっ.....!!」
タダではやられないと結愛はコアに秘奥技"かち割り"を突き刺そうとするが、痛みにより脳がやられているのか、うまく精度が定まらず、怪物の胸を少しかするようにして外れた。
(──そんな.....)
流石にこうなればもうこのタイマン勝負は怪物のものだ。
右腕にしっかりと力を入れ、結愛の胸元に狙いを定め、短剣がしっかりと結愛の心臓を捉え、その命を狩り取ろうとした。
──カコンッ.....!!
そんな小気味のいい音と共に、怪物の右のナイフは推進力を殺されて、怪物の体ごと左方向によろける。
流石に死を覚悟していただけに、結愛にとっては予想外以外の何物でもない。明らかに第三者の介入、しかも怪物が猛スピードで突き刺そうとしている、ほんの小さなナイフを正確に射抜くほどの精度をもった攻撃だった。
「──何が──」
──結愛はその攻撃を見て絶句した。
なんと、目の前にいたのは、未だ完全には止まらない出血を抱えながら、目元も見えないような状態で俯きながら、だがしっかりとその右手のAOで攻撃を行った様子が見える颯太だ。
結愛のピンチということもあり、このタイミングでの攻撃は確かに有難かった。だが──
「アカンて颯太くん!安静にしとかな!!」
結愛は思わず駆け寄り、肩に抱きついて颯太を引き倒すように寝かせつけようとした。
──そう、颯太は先程胸を刺されて意識を失っていた。
そんな状況、香苗がどこまで処置を施してくれたかは分からないが、明らかに目の前で血が滴っている状況を見れば、まだ動いてはいけない状況であることは目に見えていた。
「.....」
だが、颯太は何一つ返事を返してこない。
まさかとは思うが、まだ意識は失ったままなのだろうか。
「──フゥッ.....!!」
そんな颯太を格好な的とでも考えたのか、怪物はまた無闇に颯太へ突撃攻撃を行った。
結愛が後ろからしっかりとホールドし、颯太の体を後ろ手に回そうとしていたのだが、颯太の体はなぜか動かなかった。
「──ッ.....!!」
「だめぇぇぇっ.....!!!」
──もう間に合わない、なんど否定しても直感が肯定する。
だが、怪物はなぜか攻撃を中断した。
──いや、なぜかなど、理由を聞くまでもない。
明らかにおかしな空気が颯太から漂ってくる。
──次の瞬間。
「──ビュウアアアァァァァアッ.....!!!」
怪物がこれまで聞いたこともないような悲鳴をあげてのたうち回り、あれよあれよという間に距離を離していく。
そう、体が触れていた結愛にも分かった。明らかに今までの颯太の攻撃とは違う、何か別の攻撃が発動したのだ。
──これぞ颯太の新技、秘奥技"晴天の霹靂"。
何も予備動作のないところから、突然岩を穿つかのようなとてつもない刺突を行う速攻系の技であり、威力も優秀であることながら、それよりも圧倒的なのは予備動作が無いこと。本当に何の戦闘準備もしていない状況からこの技を発動可能。不意をついた攻撃が可能となったのだ。
「──っ!?颯太くん.....!!」
だが、無闇に体を動かした反動が颯太を襲う。
先程から一言も発さなかったのは勿論だが、颯太は黙り込んだまま動きもせず、そのまま前に倒れていく。
結愛が体を抱き寄せて支えることで何とかそれは免れたが、颯太の足が最早機能を果たしておらず、全身が脱力状態のような状態になっている。心無しか体も重く感じる。
「──アカン.....アカンて──」
結愛はそのままパニックに陥る。
実際、颯太は現状とても危険な状態だ。香苗の応急処置によってなんとか一命を取り留めていたのだろう、だが、まだ傷口も完全に塞がっていない状況で無理に動いたことが仇となり、颯太は意識不明へと陥ってしまう。
(──どうしたら──)
──その様子を、すぐ近くまで来て傍観する人影。
怪物だった。先程まで敵対心剥き出しの状態だったはずの怪物が、握りしめているままとは言っても武器を下ろし、二人のその様子をじっくりと、何をするでもなく伺っている。
だが、パニック状態の結愛には、怪物が今にもトドメを刺そうとしているように見えたのだろう。
「──やめて──せめて、私を殺してから──」
やがてその恐怖と狂気が、結愛の判断を狂わせていく。
実際、今危険な状態にあるのは結愛も同じであり、右腕をしっかりと治療しないと、使えなくなる可能性も勿論否定は出来ないのだ。
「──フッ.....」
だが、格好の獲物を前にした怪物の次の一声は、嘲笑のような、まるでそんな二人を見下すかのような一息だった。
この二人は後でもじっくり殺せるとか、あるいはもう戦いには絡んでこないと判断したのだろう。
実際、怪物も全員を相手にしている余裕は無い。つい先程颯太の新技による攻撃を為す術も無く直撃し、既にコアは8割以上削れており、全員を相手にしていればいずれ削り取られ、怪物としての死を迎えるだろう。
なので、今颯太と結愛を無視するのは、ある意味では怪物にとって得策ではあった。
──これで3人が離脱、残すは2人だけだと、若干安堵するような表情を見せた怪物。
だが、そんな安堵もつかの間。
「──おっと、あんまり不用意に動くんじゃねぇぞ?」
突然誰もいなかったはずの場所から声が聞こえ、怪物は辺りを見回す。
しかも、これまで居た5人とは全く違う声がする。気配も一人かどうか分からない。
「──俺たちがゆっくり温泉に入ってるのをいい事に、随分とまあ暴れ散らかしてくれたみたいだな、怪物さんよぉ?」
──突如怪物は後方から首を絞められる。
突然のことで防御すらする余裕が無く、頸動脈を絞められるかの如く綺麗に決められてしまった。
「──しっかし、物の見事に油断してくれちゃってまあ、こっちとしてはありがてぇもんだ。なあキム。」
「全くだね。じゃあ皆には悪いけど、美味しいところだけ持っていかせてもらおうかな。」
──そう、つい先程まで奥水間にいたはずの闘也とキムだ。
いつの間に連絡がついていたのかは知らないが、颯太たちのピンチを聞きつけたのか、すぐに飛んできてくれたようだ。
怪物はなんとか闘也の拘束を逃れるが、かなり長いこと捕まっていたためか頸動脈に違和感を感じてしまう。
その隙を待っていたかのようにキムが金属バットによる速攻系秘奥技"ラピッドスイング"を繰り出し、怪物のコアを狙う。
「.....ッ!!」
つい先程食らった颯太の"晴天の霹靂"程のダメージは無かったが、既に深手を負ってしまっている怪物にとって、今はコアのダメージはほんの少しでも大きな痛手に繋がる。
怪物はとっさに距離を離そうとしたが、その瞬間、後ろからも気配を感じて撤退を辞める。
「──吉野さん、キムさん、ありがとうございます。」
「いや何、仲間のピンチかもしれねぇって言われて、流石に放っておく訳にはいかないってもんよ。」
この会話を聞く感じ、恐らく闘也たちをここに呼んだのは香苗なのだろう。
いずれにせよ怪物にとってこれ程面倒な話は無い。いや、寧ろこれは形勢逆転の影すら見え始めてしまう事態だ。
最初はたった2人だったはずなのに、知らぬ間に5人に増え、さらに最終的には7人に増えた。
現状3人は行動不能だが、まだあまり戦闘には参加していなかった2人に加え、全く新しい2人が追加となり、怪物はさらなる対応に追われることとなる。
それに、颯太はともかく、結愛はいずれ起き上がるだろう。マイカに関してはどうなるかしらないが、怪物にとってはどうかそのままゆっくり休んでいて欲しいだろう。
「──おらぁっ.....!!」
今度は先に闘也が仕掛ける。
これまで相手にはいなかった"闘"のストライカー、勿論相性的には武器と速攻のある"斬"が有利だが、先程まるで暗殺者の才能を感じさせるような完璧な不意打ち首絞めを食らっている怪物、本能的な警戒心がどうしても拭えない。
怪物は向かってきた闘也に斬首のような斬撃を行ってカウンターを仕掛けるが、当然そんなもの対応済み、わざと突撃の手を緩めて斬撃が通り過ぎた瞬間を待ち加速、一気にコアに右拳を叩き込み、怪物を突き飛ばすような一撃を加える。
「.....!!」
さらなる追撃を察知して、怪物は一度後ろに攻撃する。
だが、この攻撃は何の惜しい要素すらなく、ただただ空を斬るだけとなってしまった。
「──残念だったね!」
前の警戒を怠っていたのが致命的だったか、前方からのキムの秘奥技"スイングバースト"に気付かなかった。
この秘奥技はキムの持つ速攻を生かす"ラピッドスイング"とはまた異なり、どちらかというと決め技のように使えるのが特徴的である。
溜め込んでいたエネルギーをバットに込めて、フルスイングで一気に相手を砕く、これがスイングバースト、速攻型のキムにしては珍しい遅めの一撃だ。
「──ッ!!」
だが、流石に怪物もタダでやられる訳にはいかず、攻撃を食らった勢いを活かして体を回転させ、また回転刃のような攻撃を行う。
追撃を行おうとしていた闘也が、ほんの僅かにこれに被弾し、拳の先を少し削られてしまう。
だが、これも冷静にキムが回転軸を攻撃することで一度勢いを止めようとした。
──しかし、ここで怪物のアルゴリズム変異が始まる。
怪物は突如飛び膝蹴りで闘也の体勢を乱すと、飛び込み前転のように足元に転がり、闘也の足を切りつけた。
神経にこそ傷は入らなかったが、この攻撃により闘也は一瞬にして戦線離脱を余儀なくされた。
さらにキムとのタイマンに持ち込むと、キムのAOであるバットを見事に弾き飛ばし、キムにトドメを刺すチャンスを自ら作り上げた。
あらゆる戦線に気を配っていると勝利はできないと考え、各個撃破のような作戦に変更したのだろう。それが上手く刺さって一気に形勢逆転を狙えるところまで迫った。
──いい加減にしよう?
そんな声が聞こえてくるまでは。
その声はこの場の誰よりも幼いはずなのに、誰よりも濃密な殺気と怒りを孕んだ、どす黒い声。
「──私を封じれたのをいい事に好き勝手に暴れてくれちゃってさ、ムカつくったら無いんだよね.....」
「──マイカちゃん.....?」
誰もがその殺気混じりの声に戦々恐々する。
そして現れたマイカの姿がいつもと違うことに、敵味方関係なく恐怖と動揺が隠しきれなくなる。
「──もう許さない、許せない。だから私が潰す。」
マイカは怒り混じりの声を上げ、右前脚を地面に叩きつけてから声を出す。
──怒れる獣よ、目覚めよ。




