第1章 No.17 再会
「──何してんだよ、トモ──いや、宮原智樹──」
──目の前に現れた人間、いや怪物に、颯太の警戒心は困惑へと変わり、戦意もゆっくりと失われていく。
「──姉さんはどうしたよ。お前だけ、そんな物騒なモン持って、なんでここに居るんだよ──」
(──まさか、知り合いなんか.....?しかも──)
結愛はすぐに颯太の異変を察知した。
無論、"トモ"という呼び名を呼んでいたことも考えれば、恐らく人殺しに堕ちる前の颯太と親しい関係性だったことが容易に伺える。
つまり、今颯太は、今のところストライカーとしてこの世で最悪な再会を果たしたことになる。
(──こんなことってあるんやな.....こんな最悪な再会、どっか遠くの御伽噺やと思ってたけど──)
颯太と智樹、颯太が"師匠"と出会う前まで一緒に暮らしていた間柄であり、かつてから親友であった。
無論、特殊な家計であり、一重に親友と呼べる程の単純な関係では無いのだが。
「──颯太くん、平気か.....?」
──結愛の問い掛けに、颯太は一切答えない。
それも、無視をしている訳では無く、恐らくその言葉は颯太の耳に届いておらず、結愛が話していることも認識できているとはとても思えない。
それほどに颯太の表情は、明らかに動揺しているのだ。
「──なあ、何とか言ったらどうなんだ.....?」
「アホ!!不用意に動くな!!」
結愛の警告も虚しく、颯太が怪物の方に一歩を踏み出す。
それを敵対行為だと考えた怪物は、咆哮をあげるでも無くそのまま颯太の方へと突撃し、両手の刃で颯太を仕留めようと攻撃を仕掛けた。
「──っ!!!」
その攻撃に結愛は素早く反応し、右手で秘奥技"突き立て"を怪物の方へと繰り出し、その勢いのままに二人の間に割って入り、そのまま颯太を左手で担ぎあげる。
利き手が左の為に右手での攻撃には不安はあったが、何とか上手く怪物の攻撃を防御することに成功し、ノックバックの最中に颯太を担ぎあげることに成功した。
「──キュウウッ.....!!」
防がれたことを察し、怪物は即座にカウンター攻撃に出る。
怪物は変則的に一度フェイントを掛けた後、右手の刃で攻撃を行う。木材を切り落とすつもりだろうか。
普通に戦っていれば当然木材は刃物で切り落とせる。まあ、手持ちの小刀で切り落とすのは中々至難の技だとは思うが、二刀流であることを考えれば、片一方で結愛の木材の動きを封じ、もう一方で結愛にトドメを刺そうということだろうか。
だが、ストライカーは普通では無い。神心武装によりアーミングされた擬似的な武器、いわゆるAOには、RPGゲームで言うところのHP、いわゆるデュラビリティと呼ばれる耐久値があり、通常攻撃で破壊できる代物ではなくなる。
「──コラプス狙いか、ええ根性しやがって.....!!」
だが、当然耐久値は無限では無い。
コラプス、これはデュラビリティが0になると起こる現象であり、AOとしては二度と使えなくなることは勿論、アーミングする前の役割、つまり物体そのものの機能が完全に使用不可能になる。具体的に傘なら骨ごと粉々になったり、木材だと繊維と言う繊維から割れて使い物にならなくなる。
しかも、耐久値が数値として可視化されているならまだしも、使用している人間には感覚でしか分からず、調子に乗って使い続けていればコラプスし絶体絶命になることもあるなど、"斬"、"打"のストライカーは常に気をつけなければならない要素でもあるのだ。
(──AOは手入れしたばっかりや。でも、動揺のせいで颯太くんが戦われへんのは痛すぎる誤算やな──こっちは怪物とのタイマンで、しかも颯太くんを背負って戦わなあかんってなると、流石にちょっとキツイかもしれんな.....)
「──キュウッ.....!!」
だが、怪物は容赦などしてくれない。
結愛がAOを振りかざし、怪物との間合いを保とうとしたその時、怪物はそれを見切って無謀とも思える突撃を行い、結愛との間合いを一気に詰めた。
普通なら無謀だが、通常の人間の何倍ものステータスを持つ怪物だ。パワー、スピード、そして攻撃力、あらゆる面で常軌を逸している怪物にとって、その無謀は無謀では無い。
間合いに入れればこっちのものと言わんばかりに、怪物は一気に攻撃を畳み掛ける。
「ちっ.....!!鬱陶しいんじゃ!!」
だが、怪物で無くとも、常軌を逸しているのは結愛も同じ。
圧倒的怪力から生み出されるとてつもない威力の攻撃が怪物の体を捉え、そのまま右斜め前の方向へ一気に吹き飛ばされる。秘奥技など無くとも、一発一発の攻撃が重く、その威力は初心者のストライカーの秘奥技にすら匹敵する。
「ガリガリでそんな軽い体の癖に、力勝負挑んでこようなんて、ええ度胸しとるなぁっ.....!!」
颯太を背負っている状態にも関わらずこの機動力、圧倒的な戦闘力、追い詰められているはずなのにそれを一切感じない。これが穂見結愛、泉大津でも突出した怪力を持つ、リザーブ組では随一の戦力であり、大黒柱だ。
「──ギュッ.....!!」
流石にこのままでは分が悪いと考えたのだろうか、怪物はいきなり攻め方を変えた。
突撃の合間に何度かブラフを加え、結愛の体勢を乱していく作戦である。
(──ブラフに気ぃ取られすぎちゃうか.....?)
だが、そのブラフが余りに隙だらけだったのだろう。
ブラフ攻撃を行った怪物の横っ腹から秘奥技"突き立て"が見事にクリーンヒットし、怪物はお化け屋敷の壁を突き破りさらに奥の方へと吹き飛んでいく。
(──うわぁ、思ったより派手にやってしもうた──)
勿論手を抜いた訳では無いが、ここまでクリーンヒットするとは夢にも思っていなかった為、そもそも廃墟で傷んだ壁を突き破るとは思っていなかった。
ここで逃げるのも一つ手ではあったが、怪物が現れ、しかも挑発のように攻撃をしてしまったことで、これまで以上に怪物がアクティブ状態となり、"裏ひろば"に来た人間を襲い出すのは良くないと考えた為、最後まで戦おうと考えた。
──いや、正確に言えば、正直若干舐めていた。
壁を突き破る勢いで飛んで行った怪物だが、すぐに戻ってきて結愛に再び突撃する。
一度目の突撃は結愛がしっかりと反応して防いだが、鍔迫り合いを予想していた結愛を裏切るように、少し横移動してもう一度突撃してきたのだ。
「──っ!!」
結愛は何とか防ごうとしたが間に合わず、突撃攻撃を食らってしまう。何とかその次に飛んできた斬撃をかわせただけでもまだ幸運な方だ。
だが、これが怪物にかえって"GOサイン"を与えてしまう結果となり、結愛の四方八方からフェイントを掛けてからの突撃攻撃の頻度が一気に増す。
(──警戒解いたら終わる.....どっからの攻撃でも対処せなあかん.....)
だが、流石に結愛と言えど、怪物とタイマンを張ることは困難を極める。
前述の通りだが、怪物には常人を遥かに超えるパワーが備わっている。だが、その面において結愛はカバーが可能である。勿論、相手が初期や前期の怪物なら、の話だが。
一方、そんな結愛でも唯一カバーできないところがある。
それは体力、あるいは持久力だ。怪物は常に魔力により最大限のパワーを無限に発揮できるが、結愛においてはそんな理論は通用しないのだ。
「──キュゥッ.....!!」
そして、何度目かの突撃に結愛の反応が遅れてしまった。
怪物はその機を逃すまいと、両手に備えた刃物をしっかりと結愛の方へと振りかぶる。今度という今度は逃がさない、そんな意思のあらわれだろうか。
(──っ!!)
それを何とか回避しようとした結愛だが、踏み込もうとした右足は踏ん張りが効かず、そのまま地面を滑ってしまう。
(──終わった.....)
回避不能。そこに残されたのは死の選択肢のみ。
いや、あるいは怪物が急所を外してくれれば生き残ることは出来るかもしれないが、そんな上手くことが運ぶとは思えなかった。それに、仮に急所を外したとしても、体のどこかに刺さってしまえば、痛覚により先程のような動きが出来るとも思えない。どの道次の攻撃でトドメを刺されるだろう。
──そんな結愛に向けて、無慈悲な刃が振るわれた。
「.....ッ!?」
だが、その刃は結愛に届かなかった。
ほんの数センチ、そんな距離感で止まった刃と鍔迫り合いをしているのは、とても見覚えのある傘であった。
「──颯太くん.....?」
先程から背中で何やら動きがあるとは薄々察していたが、どうやら颯太も回復し、結愛の窮地を救ってくれたのだろう。
「──悪い。えげつない取り乱し方だったらしいな。まあ、今も内心グチャグチャなんだけど──」
「.....そんなんはええ。今ここで助けてくれただけで全部チャラや.....」
怪物はそれでもなお押し込み、結愛を斬ろうとしていた。
そこで颯太が前に体重を掛けると同時に結愛が前かがみに倒れ、颯太は結愛の背中を蹴り一気に距離を詰めた。
──偽物さんよぉ?随分汚ぇ真似してくれるじゃんか?
(──偽物.....?)
成程、颯太の思考はそこに行き着いたのだ。
目の前にいるのは知り合いでも友達でも何でもなく、ただ自分の親友に似ているだけの別人で、そして敵対勢力の一味である、颯太はそう考えたのだ。
無論だが、本物か偽物かなど、怪物状態の彼を見たところで判別がつくはずが無いのだが。
「──キュルルルッ.....!!」
何かを察した怪物が、頑固なまでの鍔迫り合いを止めて後退し、颯太と距離を離した。
それをいい事に颯太は一気に突っ込む。相手が撤退姿勢だったことで反撃が来ないと判断したのか、怪物が撤退を始めるが早いかというようなタイミングで怪物との距離を一気に縮め、そのまま颯太の中でも一番手数の多い7連撃の秘奥技を繰り出して一気にダメージを与えにかかる。
撤退だけを考えていた怪物にとってこれは余りに予想外であり、反撃を行う余裕も無くただ颯太の攻撃を受けるだけになってしまった。
「──とっとと失せろ偽物、見てると吐き気がする.....!!」
さらに七連撃を終えるが早いか、颯太はさらなる追撃としてコアのある左胸を貫かんばかりの刺突攻撃を行った。これも防がれることなくコアに見事に命中し、怪物にとってはかなりの痛手となる痛恨の8連撃を浴びせることに成功した。
怪物はこれ以上の追撃を避けるために、刺突を終えた颯太のAOである傘に横から回し蹴りを行って武器を奪いに掛かるが、それ自体は失敗したものの、颯太にノックバックを与えた。
「──っ!!」
だが、颯太は蹴られたAOの慣性力を利用してさらに回転斬りを一発、コア目掛けて切り込んだ。
流石に怪物も対応はしたが、ここまでの圧倒的手数による怒涛の攻撃は、怪物にさらなる警戒心を与え、結果的に面倒なまでの脳筋突撃はこれを以て見られなくなった。
「──エグいな、怒涛の攻撃やった.....」
精神的なダメージからの回復、その直後とは思えない程の怒涛の素早い8連撃、そして最後には未遂ながらもカウンター攻撃で9発目を狙いに行くなど、これまでの颯太とは比べ物にならないような勢いで怒涛の攻撃が続く。
「──正直、まだアイツが偽物かどうかハッキリしてないけど、もし仮に本物だったとしても容赦したくない。俺の敵に立つのなら、どんな高い壁でもトモを倒さないと.....」
「ホンマにそれでええんか.....?」
「ああ、これだけはアイツとは唯一価値観が合わなかった問題だ。今こそ決着をつけられる絶好のタイミングだな。」
──かつての颯太と智樹は親しい間柄だっただけでなく、家庭環境のせいなのか思考も似ていた為、お互いに考えていることが分かるような間柄でもあった。
そんな二人の間でも、唯一分かり合えない部分があった。
(──戦争を初めとした争いが起こる理由、結果的に俺の意見が正しくなっちまったな──)
そもそも、争いが起こる理由は様々あるが、基本的に二つの要因がメジャーと言えるだろう。
まずは強欲。意見を主張し合う者同士に妥協が生まれなかった場合、意見の対立はやがて埋められない溝となり、争いを起こすキッカケになるだろう。智樹の考え方だ。
そしてもう一つは押し付けである。これは主に目上との間に起こりやすい争いだが、別に国同士の戦争においても例外ではなく、基本的に戦争が起こりやすい理由はこれにある。
(──結果的に民共党とかいう奴らの圧政で、強制的に不公平な平等を作った挙句、できたのは1日何千人が喧嘩で怪我して、何十人が喧嘩で死ぬ、そんな日本だ。何がどう"平和"なのか知らんが、結果俺の言ってた理論通りになったな。)
──怪物と成り果てたかつての親友、あるいはその偽物と戦いながら、颯太は物思いにふける。
(──そう言えば、この怪物とか言う訳の分からん現象が出始めた──っていうか、日本で大量発生しだしたのも丁度同じくらいの時期だったっけな──)
──ただの偶然とは思えなかった。
平和化政策なる名ばかりの政策で、毎月数十万人以上が街中でリアルファイトを繰り広げて負傷し、至る所で死人が出ている。つまりはあの政策によって日本人は凶暴化したのだ。
そんな中、凶暴化の末路と言っても過言ではない怪物たちが日本に蔓延っていることが、まるで偶然では無い気がした。
(──気にしててもしょうがねぇか。俺たちはあくまで怪物を狩って、中の人達を助けるのが仕事なんだ。)
怪物がその二刀で颯太に連撃を仕掛けて追い詰めようとするが、それを颯太は冷静に躱してから、無理矢理体を寄せて刃の射程圏内を外れると、そのままコアに斬撃を入れて確実に怪物にダメージを与えていく。
先程から颯太に対し有利な戦闘を行っているはずの怪物だが、自分の攻撃が一切颯太に命中しないことに焦りを感じている様子で、少し前から攻撃が雑になってきている。
「──ピュゥウウッ.....!!」
怪物は決め技でも撃つかのように、二本の刃を交差し、切り裂くような突撃攻撃を行ったが、これも颯太が冷静に処理、またしても怪物のコアが一方的にダメージを受ける結果になる。
「──雑なんだよ、さっきから.....」
さらには双剣から放たれる連撃も、僅か片手剣一つで受け止め、全ての攻撃を無に返していく。
痺れを切らしているのか切らしていないのかも分からないが、とにかく怪物は苛立ち、荒い息のままに颯太への攻撃を止めないが、相変わらず精度を欠く攻撃ばかりだった。
「──鬱陶しいな.....」
さらに攻撃を弾き返し、完璧な隙が出来た瞬間、颯太は秘奥技"旋風斬"で素早く、強烈な一撃をコアに加えた。
怪物は声をあげるでも無くそのままフラフラと後退し、颯太からの追撃を恐れて一気に距離を取った。
「──珍しく一方的に強いな.....」
「珍しくは余計だろ.....」
一時的な様子見状態に、結愛が駆け寄ってくる。
実力のある結愛ですら介入できない程の高密度な戦闘だったようで、流石に颯太に感嘆する。
「──どれくらいコアを削れたと思う.....?」
「さあな.....見た感じ3割強ってところちゃうか?それでもタイマンでそこまで削りきったなら大したモンやと思うけど。」
「──ここまでやって3割強かよ.....」
露骨に引き気味な態度を取る颯太だが、そもそもタイマンで怪物と戦うというのが無謀である故、それで無傷なのに相手のHPの3割を削ったというのは相当なことである。
とはいえ、颯太は流石に疲労が溜まっていそうな雰囲気だ。
「──なら、あと7割弱は二人で削ろ。この調子なら、日昇らん内に何とかなりそうや。」
「.....まだ2時前だぞ、あと3時間掛けるつもりか.....?」
なんて下らない冗談を交わす程には余裕ができていた。
と、颯太によってコテンパンにされていた怪物だが、しばらく様子を見ていたものの、もう一度突撃攻撃を行ってきた。
冗談を交わしていた間にも颯太たちの警戒は緩んでおらず、当然のように二人に躱された挙句、前後を二人に挟まれるような格好になった。
「──だから無謀に突っ込むなって──」
この好機に乗じて一気に二人で畳み掛けようとしていた。
が、怪物はそれを読んだのか、双剣を用いて体を回転させ、二人を一気に切りつけにかかった。
二人とも寸前で回避し無傷だったが、肝を冷やした。
「──危ねぇな.....!」
だが、回転攻撃を行っている最中、颯太はその回転する刃にくい込ませるように斬撃を行う。これが刃を捉えたが、さすがに慣性力もあってお互いにノックバックをくらう。
それを好機と見た結愛は、ノックバックで動けない怪物のコアに秘奥技"突き立て"を行い吹き飛ばした。
「──行くで!!」
「──了解.....!」
ノックバックから立ち直る寸前の颯太の手を無理矢理引っ張り、吹き飛んだ怪物に対してさらなる追撃を行うために二人で突っ込んでいく。
怪物は近くの壁に跳ね返り、そのまま舗装された道路に全身を強打した挙句、コアに大ダメージを喰らっていたが、なんとかスタンを免れて颯太たちに応戦する。
「一気に切り崩す.....!!」
先に仕掛けたのは結愛だった。
秘奥技"突き立て"の容量で突進攻撃を行い、怪物の注意を引くと共に、その絶大な威力でヘイトをきっちりと稼ぐ。
その隙を見て颯太が懐に入り込み、結愛が秘奥技"かち割り"に切り替えて突き飛ばすと同時に、颯太は7連撃の秘奥技を発動し、一気にコアを削りにかかった。
「逃がさねぇ.....!!」
怪物がそれを察して緊急回避を取ろうとしたが、颯太の秘奥技の発動が一足早く、7連撃全てをコアに着弾させて一気に大ダメージを稼ぐ。
さらにそれで終わらせない。7連撃の間に颯太の後ろにスタンバイしていた結愛が、颯太と入れ替わるように前に出ると、ここぞとばかりの秘奥技"かち割り"をコアに叩き込んだ。
「──ピィィイユウゥッ.....!!」
これまでとは全く違う、明らかに苦し紛れな怪物の悲鳴、同時に先程まではあまり見えていなかったコアの裂け目がより鮮明になり、そこから白い光が漏れだしていた。
さっきの颯太のタイマンで削りきったのが3割強だとすれば、もう既に7割近く、あるいはそれ以上を削り、陥落までもそう時間を要さないような状況になった。
「──行けるっ.....!!」
さらに颯太が深追いしようとした。
──だが、流石にかいかぶりすぎていた。
「──ぐぶっ.....!?」
先程から颯太たちは、コアのある左胸、さらに凶器となりうる左右の手に握られていた刃に注意を向けすぎていた。
結果、近寄った挙句、見えない死角から繰り出された強烈な蹴り攻撃を、為す術もなく見事に食らってしまった。
「──颯太くん.....!!」
それを察した結愛がさらにコアを狙うが、動揺のせいなのか攻撃を見事に外してしまった。
「っ!?ヤバい──」
「キュルルルッ.....!!!」
それを命取りだと確信した時には既に遅い。
蹴りによって吹き飛ばされていた颯太による救援が間に合う筈も無く、怪物の斬撃が結愛に直撃した。
「ぐぅうっ.....!!」
不幸中の幸いか、怪物の攻撃も精度が悪く、刃は首を捉えることができず、僅かに頬をかするだけになってしまった。
だが、それでも生身を包丁で切られれば当然ながら痛い。
「──っ!!」
「キュゥッ.....!?」
結愛は"かち割り"をコアでは無く胸に突き刺し、とにかく怪物を突き飛ばすことに専念した。
そして突き飛ばすや否や、切られた頬を抑え、珍しく辛そうな表情を見せる。
「──怪力っ娘、平気か.....?」
「.....流石に頬っぺた切られただけやし死にゃせんよ、ただ結構な痛みやったからな、よくもまあやってくれたな.....」
流石の颯太も今までに無かった結愛の負傷に、どうしても焦りと動揺が隠せなくなる。
そんな颯太の肩を軽く叩き、結愛はもう一度AOを構え直す。
「──大丈夫や。ただのかすり傷で済んだだけでも、神様が私たちに勝てって言うてるようなもんや。ここでアイツを逃す訳にはいかん。絶対怪物は倒して、中の人を返してもらお。」
「.....悪い、柄にもなくちょっと心配したわ。」
「え?心配なんてしてくれたんや?優しいなぁ。」
「今度余計なこと言うとお前も怪物と一緒にあの世送りにしてやるから覚悟しろよ.....?」
「取り敢えずその貧弱な体を鍛え直してから出直して来るんやな、まあ、まずはこの怪物倒してからやけど。」
「──言ってくれるなぁ.....!」
なぜか結愛とのジョークのレスバが進むが、まだ怪物が倒れていないことを忘れてはならない。
怪物はしばらく様子を見ていたが、結愛が次の言葉をいい始める前に攻撃を仕掛けてきた。
一応はコアも7割削れたとなれば、相手のアルゴリズム変異を警戒しなければならない。その為、先程のように突撃に対して舐めた態度をとっている場合ではない。
怪物は突撃を仕掛けてきたが、颯太と結愛はこれを冷静に躱し、先程のような挟み込みをせずに一度回避をとった。
一応はアルゴリズム変異の圏内、どんな攻撃を隠し持っているかが分からない以上、無闇矢鱈と近付く訳には行かない。
怪物が向き直り、さらに颯太へ突撃する。
颯太はこれを傘でしっかりと受け止め、再び鍔迫り合いのような格好で結愛に攻撃のバトンを繋ぐ。
結愛は敢えて颯太を巻き込むかのように、怪物の背後から攻撃を行った後、バランスを崩した怪物の襟首を掴んだ。
「──見かけ通り、ひょろっちい奴っちゃな.....!!」
何をするかと思えば、結愛はそのまま怪物の身柄を片手で上に投げ飛ばし、落ちてくる怪物を受け止めるように真上のコアにAOを突き上げて攻撃した。
これが出来るのが怪力っ娘こと結愛の強み。常人には理解できないほどの怪力を持っているのだ。150センチの体のどこにそんなパワーを隠し持っているのかは分からないが。
「──キィッ.....!!」
怪物はせめてもの抵抗で双剣を振るうが、その全てが空を斬ることになってしまった。
それに乗じて颯太がさらに追撃の為に突撃する。
「颯太くん、1回動き封じるからちょっと待って!」
「分かった!」
確実に仕留める為か、結愛は一度颯太の動きを止め、怪物の動きを封じる作戦に打って出た。
一度怪物にわざとブラフの攻撃を入れてから、素早くAOを首元に回し、そのまま首元に咬ませることで怪物の動きを完全に封じる作戦に打って出た。
怪物は察知できず拘束され、そのパワーをふんだんに使ってもがくが、結愛が踏ん張り完全に相殺する。
「──流石に私の体に当てんといてや.....?」
「──分かってるよ.....」
颯太はゆっくり目の前に歩み寄り、秘奥技の勢いを溜める。
秘奥技"風刃斬"は、颯太がよく使う速攻型と、エネルギーを溜めてから発動するチャージ型の2種類があり、当然後者の方が威力が出るが、使い勝手の関係で前者を選ぶことが多い。
颯太は20秒以上もの間エネルギーを溜め、一気に発動させた。
──だが、それを以ってしてもコアは削りきれなかった。
「──フゥッ.....!!」
それを確認するが早いか、攻撃のノックバックを怪物の体越しに喰らい、バランスを失った結愛を振りほどき、怪物は再び回転斬りを行おうとした。
が、寸前で察知した結愛が片足だけでバランスを立て直し、AOの木材を咬ませることでなんとか未然に防ぐ。
怪物はそれを察して双剣を即座に引き、結愛に攻撃すると見せかけて、フェイントを行った末に振り返り、颯太へと一直線に刃を突き立てた。
「──させない──っ!!」
結愛はそれを察し、服を引っ張って体制を崩し、さらに怪物におぶさるように抱きつき、長い木材を器用に使って、トンカチのように怪物のコアを何度も叩く。
威力こそ出ないが、怪物にとっては急所を連続で攻撃されているも同然であり、当然嫌がるように体を激しく揺さぶり、結愛を振り落としにかかった。
「──逃がさん.....!!」
だが、流石の腕力と握力だった。結愛の体は宙を舞うが、その腕は決して怪物の首を離そうとしない。
とはいえ、怪物が鬱陶しがって後ろ手で刃物を使ってきた為、流石に刺されれば元も子もないと考えて離れる。
そして、そんな風に結愛に夢中になっていた怪物に対し、特攻とも言えるような突進攻撃を仕掛けたのは颯太だった。
結愛に追撃を行おうと考えていた怪物に対し背後から急接近し、一度体を斬りつけてバランスを崩させ、その隙に一気に回り込んで7連撃の秘奥技を用いて一気に仕留めようという魂胆だ。
「──っ!!」
だが、寸前で怪物に気付かれてしまう。
それでも、既に攻撃態勢に移っていた颯太に攻撃を止めることは出来ず、構うものかとばかりにそのまま突っ込んでいく。
怪物はこれに対し片方のナイフで武器をいなして近づき、もう一方で一気に颯太を仕留めにかかろうとした。
それに気付いた颯太は、あえて体のど真ん中、コアから外れた鳩尾を刺突のような攻撃で狙い、怪物の防御の判断を遅らせる。
結果的にこれが刺さり、右手で防御したナイフは弾かれるように貫通され、鳩尾に見事に攻撃がヒットする。
これを好機と捉えて、颯太は一気に7連撃秘奥技を繰り出して怪物に最後の攻勢を仕掛けた。
一発目は空振りだったが、これが結果的に次の攻撃にさらなる勢いと威力を乗せることに成功し、二発目の攻撃は見事にコアを捉えて、これまでとは比べ物にならない程の大ダメージを与えることに成功した。
(──行ける.....!!)
突破口を見出し、颯太はさらに相手が攻撃を受けたノックバックで苦しんでいるのを見て、攻撃の手を緩めない。
3、4、5、6発目も全てコアに命中させ、颯太は全身を捧げるかのような7発目を繰り出した。
(──)
その攻撃は見事に決まったかに見えた。
「──颯太くん.....?」
だが、次の瞬間、結愛の目に映ったのは、先程までの攻勢がまるで夢だったとでも言うような光景だった。
──颯太の秘奥技、7発目は当たることはなく──
──怪物のカウンター攻撃が、颯太の胸を捉えた。




