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第1章 No.16 束の間の休息

今回から新編、岬町自然ひろば編スタート──あれ、なんて名前にしてたっけ、忘れた。まあ取り敢えずこっからが第1章の真骨頂なので、ここまで読んで頂けた勇者の方は是非お楽しみください。

 7月5日の怪物との一件、そして副団長である中村恵理との一件を終え、ホテルのチェックアウト等を済ませ、7月7日にはようやくいつもの拠点である穂波の自室へと戻ってきた。

 5日に起きた怪物との一件は、尚樹や恵理の参戦によりなんとか事なきを得たものの、颯太は全身を打撲したことにより念の為和花に診てもらうことになり、他の面々もそれぞれ負傷していた為、療養期間に入っていた。

 とは言え、実力的な問題で、まだまだ実践に主力レベルで使えるようなグループでは無いことを痛感することになった。


 「これから先まだまだ強い怪物が出てくるんだ、こんなんでへこたれてたらマズイよな.....」


 メディカルチェックをある程度終えた颯太と結愛の会話でも、颯太からそんな言葉が漏れる。


 「──まあ、ぶっちゃけ今のままやと、中期クラスにやっと勝てる程度やろうしな.....後期クラスなんて出てこられようもんなら全滅もんやと思うし──」


 「中期だ後期だって、なんか違いがあるのか?」


 「──ああ、えっと──」


 ──いちいち関西弁に翻訳するのが面倒なので解説する。


 怪物状態は人体を侵食する原因不明の病気という扱いを受けており、症状によって初期・前期・中期・後期・末期という大きく5種類に分類されている。

 当然後期や末期に近付くほど病状が悪化、つまりは怪物としての力がとてつもなく強くなるのだが、驚くことにこの時期の差は戦闘力に如実に現れ、各形態に移行する度にステータスというステータスが5倍以上に跳ね上がるとされている。

 初期ですら普通の人間より強いのだ。それが後期級ともなれば常人の200倍レベルとなる。そして末期級という存在は、常人の1000倍を遥かに超える程のステータスを持つとされる。


 「私たちがずっとストライカーを続けていくんなら、いずれ後期や末期に当たる可能性だってでてくる。今のままの実力やと先は長くないで。」


 「そうだな.....せめて、アイツと戦える程度の実力は付けないといけない。いい加減気楽に休んでばっかも居られないって訳だな──」


 そうは言いつつ、颯太は全身打撲のせいで何度目かの絶対安静を命じられ、前に行っていたマイカとの訓練も全くできない状況になってしまった。

 颯太の怪我が無駄に多い気がしなくも無い。まあ、絶対安静と言ってもストライカーとしての活動を禁止するだけだが。


 「とは言うても、あんま根詰め過ぎても大怪我のもとやから、適度に息抜きはした方がええで。」


 「──まあ、そうかもだけど──」


 「そういう訳や。穂波さんから3日間の休養取り付けてきたから、ちょいと羽根伸ばしときや。」


 流石の結愛もリザーブ組の惨状を重く見たのか、穂波に直談判して休暇を取ってきてくれた。これは公式に決定し、仮に主力組が欠席していた場合、泉大津の任務は近隣の岸和田や堺に委託することになっている。

 こんなことが前にもあった気がしなくも無いが、戦時中とも言える非常事態にも関わらず、ストライカーやグループ間ではそんなに殺伐とした空気は流れておらず、割と助け合いの精神がしっかりと通用する比較的ホワイト環境である。


 「──なら、久々にお前とも離れて一人で行動できそうだな。しっかり羽伸ばすとするよ──」

 「おっと、それはできひん相談やな。」


 ──休もうと思った矢先にこれだ。

 どういう事だと聞いてみると、こんな返事が返ってきた。


 「今回の休暇は、あくまで私が颯太くんの護衛任務を遂行するっていう条件付きで許されてる。せやから悪いけど、あんたから目を離す訳にはいかんねんな。」


 「護衛──耳障りだけは無駄に良い言い回しだこと──」


 そう聞くと確かに耳障りはいいが、実態は恐らく穂波の代理で颯太の行動を監視する為に、結愛を傍付にしたのだろう。

 とは言え、前科を持っている以上、この件に関して颯太が反論することは出来なかった。


 「──つっても、お前はいいのかよ。折角の休みだし、俺のことなんか構ってないでゆっくりしたいんじゃないか?」


 「心配してくれんのは嬉しいけど、私をそこらの軟弱な人間と一緒にせんといて欲しいな。」


 「──うわぁ、なんて心強い傍付ですこと──」


 ──明らかに嫌味ったらしく言っているのはさて置こう。

 別にそこについてはいいのだが、問題は結愛が付いてくることが確定した状況で、颯太の休みの行程が大幅に変わってしまうことが問題だった。


 「元々温泉にでも一人で行こうかとか思ってたけど、お前が居るとなると話が変わってくるんだよな.....」


 「ん?別にええやん。どうせ風呂場では一人なんやから、特に何が変わるって訳でも無いやろ?」


 「──なんも分かってないなお前──」


 ──颯太はため息をついてから続ける。


 「あのなぁ、風呂ってのは、唯一この後の予定とか全部気にせず寛げる場所なんだよ。一人で、何も考えずに時間を謳歌するのが風呂の醍醐味だってのに、お前が傍付の任務がどうたらこうたらってなったら、その風呂に時間制限が生まれるだろ?そんなもんで休暇になるとでも思ったのか?」


 「ええ──我儘な奴っちゃな.....」


 ──我儘とはなんだ。颯太の考えはまんま中の人の思考だ。

 風呂場では何も考えず、何時間もゆっくりと過ごすのが至福の時間であり理想である。本来ならそこに人やモノ、予定など一切の介入も本来なら許したくない。

 ──といいつつ、最近は日中にネタが浮かんでこないので、家風呂や疎開先のホテルの客室のユニットバスに小説用のスマホを持ち込み、小説を進めざるを得ないのが最近の悩みだ。


 「──我儘で結構。だからお前が傍付になるなら話は変わる。別の場所を探さないといけない訳だ。」


 「あっそ.....」


 別に邪があった訳では無いが、颯太のよく分からない予定を、よく分からないままよく分からない理由で潰してしまったことに、結愛は何とも言えない気持ちになる。


 「──なら、廃墟探索はどうや?」


 「は?それ普通に犯罪だろ?」


 「まあ、普通の民家の空き家とかならアウトやけど──」


 そういいつつ、結愛は手元にあったタブレット端末を操作し、颯太にある画像を見せる。


 「岬町自然ひろば、旧みさき公園やな。遊園地の一部をドッグランとか自然公園みたいな感じで無料開放してるけど、実はその一部に旧遊園地の施設とかがそのまま野ざらしになってるらしくてな、廃墟マニアには聖地になっとるらしい。」


 「あぁこれか、聞き覚えはあるな。」


 みさき公園と言えば記憶に残っている人も決して少なくは無いだろう。かつて岬町にあったレトロな遊園地で、63年間もの長きに渡り営業されていた。2020年3月にその営業を終えた。

 この次元の日本ではその後2022年より跡地にドッグランや植物園などを備えた自然公園となり、2030年頃には改装の末に、"岬町自然ひろば"という名称に改名、この頃から敷地全域が無料開放されており、朝から夜まで無料で訪れることができるようになり、いわゆる公園と大差ない扱いを受けている。

 開放時間は8時から21時で、21時を過ぎると辺り一面の電気が消えて闇に包まれる異質な場所となる。無論だが不法占拠防止の観点から管理者が常駐し、公園内はITを活用し24時間体制の警備が行われている。


 ──が、この21時から翌8時の間、"裏ひろば"と呼ばれる心霊スポットのような営業が行われている。

 管理会社に事前に予約を行い、公園維持管理費として1人500円を支払うことで、本来開放されていない夜の自然ひろばに入ることが出来る。無論、ゴミは自己管理、施設内での植物への破壊活動等を防ぐため、代表者の実名での予約と身分証提示が必要である他、12歳以下の入場は禁止されている。

 この"裏ひろば"は管理会社の公認で行われている、この手の廃墟としては珍しいものだ。


 「"裏ひろば"ねぇ──心霊系とか信じないタチだが.....」


 「某ユー○ューバーさんの動画で見たから絶対行きたくてさ、無論事故物件でも無いからホンモノがでる心配ってあんまり無いんやけど、それでも雰囲気は絶大らしいからさ。」


 「──」


 ここで颯太はある違和感に気付いた。


 「──お前純粋に休暇を楽しもうとしてるだろ?」


 「うん。まあな。こんな機会なかなか無いし、無理矢理でも付き合わせそうな人も居るし、ええかなって──」


 ──開き直りなのか分からないが、やけに素直に認めた。

 まあ、颯太も現役の子供時代はほとんど刃物工房に缶詰にされていた為に、少年時代の思い出がほぼ皆無な為、別に嫌という訳では無いのだが──


 「──わざわざ俺と行く理由はなんだ.....?」


 ──これが引っかかりの理由だった。

 別になぜ態々護衛だどうだという任務の中、颯太と行く必要があるのかが理解できなかった。

 だが、別に隠すでもなく結愛は話してくれた。


 「──正直、一番一緒に行きたかった人がおったんやけど──なんて言うか、ある件で疎遠になってもうてさ、だから誘える人間が居らんのよ。」


 「家族は.....?」


 「──ここに家族がおらん事で察して欲しいな──」


 ──踏み込んではいけない領域だったことを察し、颯太はこれ以上の追求を辞めて、大人しく従うことにした。


 「──仕方ねぇな、じゃあ予定立てようぜ。夜に行くなら、近所に宿とか取らないといけないだろ?」


 「え?別に夜通し回ればええやん。そういうもんやろ?」


 ──いきなり飛び出したとんでもない提案に、颯太の脳の処理が追いつかなくなる。


 「──徹夜(オール)ってことか?」


 「え?ああ、安心してええよ。もし眠くなったらおんぶしてあげるから。それくらい平気やで。」


 「.....そういう問題じゃ無くてだな──」


 ──ツッコミどころが多すぎるのはさておき、とにかくこの穂見結愛なる人物の異常性がよく分かった。

 別に廃墟マニアなり心霊好きなりはまだいい。問題はたった3連休にも関わらず、今後のことを何一つ考えない徹夜、しかもそれを何とも思っていないところも大概おかしい。

 とは言っても、深夜に入って未明に出てきたところで、そこからホテルにチェックインなど出来ようはずも無い為、ある意味結愛の言い分も間違ってはいないのだが。


 「──もういいわ。お前と細かいところまで議論(はな)そうもんなら太陽が何個昇るか分からねぇ。そういう事にしておこうか──」


 話し合いになるととんでもなく長くなることを察し、颯太はやむなく結愛の意見に賛同することとなった。

 そのままの流れで今日出発、明日の朝には帰還し、そこからはまた別に考えることになった。


 「あと、一応AOは持ってこう。万一のことがあったら面倒だからな。」


 「まあ、それはそうやな。でも颯太くんはホンマにいざと言う時まで使ったらアカンで?」


 「まあ、流石にこんなところでストライカー人生ぶっ壊したく無いからな。仕方ねぇ。」


 颯太はやや渋々だが了承し、荷物の準備を始めた。


ー‐ー‐ー


 ──そういう訳で予定が決まり、颯太と結愛はそのまま出掛けることになる。

 一方のリザーブ組の面々も、闘也とキムが奥水間の知り合いが経営する温泉へと行くことになったり、香苗と煌太は地元へと一度帰って荷物整理をしたりと予定を決める一方、マイカは別に帰る場所も行きたい場所も無い為、適当に泉大津で寛ぐとのことで、それぞれの休暇の過ごし方が決まった。


 一方、休暇もクソも無いこちらは大忙しだった。


 「──それで、報告書はできたのかしら?」


 「出来てなかったらここに顔は出しませんよ.....」


 先の貝塚駅の件は、結局主力組の手柄と言うことになった。そこまではいいのだが、当然のように最終討伐の責任で尚樹には報告書たちが手をこまねいて待っていた。


 「にしても、まさかあんな個体が居たなんてね。早めに倒しておいて正解だったわ。」


 「まあ──そうですね。あの個体、なんとも言えない特殊な力がありそうでしたから、放置していれば貝塚一帯が死体の山と化していた可能性がありました。」


 「ええ。ゾンビ化──"うちのトラウマ"に似たような事例はあったけど、個々の戦闘力こそ低かったとは言え、あそこまで大規模な変異を起こす個体は今まで見たことが無いわ。」


 実際、最初は怪物絡みかどうかも疑った程だ。

 岸和田と泉大津のリザーブ組を派遣したことで何とかなったとは言え、あのまま怪物と関連付けずにただの異変として処理していれば、結果がどうなったかが分からない。


 「一応気にしていたらしいから言っておくけど、貝塚一帯でゾンビ化を確認していた人間は、全員の無事が確認されたそうよ。ただ、怪物に酷い使われ方をした挙句、負傷してしまった人も中には居るそうだけどね。」


 「あんなに沢山居たのに──よく調べがつきましたね。」


 「ええまあ、どうやら関連があったそうでね。」


 そう言いつつ、穂波は一つの資料を取り出した。


 「──これは.....?」


 「被害者の名簿よ。そして、近くにある市立病院の患者でもある。こんな偶然あるものかしらね。」


 ──穂波の告白通り、今回のゾンビ異変に巻き込まれていたゾンビ、もといゾンビにされていた人間たちは、全員徒歩10分くらいのところにある市立病院の患者だったという。

 その数は総勢986名。ゾンビ化し、負傷してしまった人々をその病院に運び込んだ際に明らかになったと言う。



 「──そして、ただの偶然では無いと教えてくれたのがこれよ。」


 ──野村博貴(のむらひろき)、36歳。

 その顔写真を見た瞬間、尚樹の目の色が変わる。


 「──この顔、あの怪物──」


 「そうね。実際に貴方達の前に現れ、怪物として戦った例の人間、それこそまさしくこの野村だったって訳。どうやら市民病院の心臓外科に通っていたらしいわね。」


 流石の事実に、尚樹も立ちくらみがしてきた。

 そう、何もこの野村たる怪物は、そこらにいる人間を無差別にゾンビに仕立てあげた訳では無く、同じ病院に通っている人間を何らかの形で引き寄せ、ゾンビとして従わせていたのだ。


 「聞いた話によると、かなりのモンスターペイシェントだったらしくてね。院内の若い子に付き纏っていたらしいわ──結果的にそれが功を奏して、彼女にパワハラを働いている先輩の発見に繋がったらしいんだけど──院内で処分が行われなかったことに心底腹を立てたんでしょうね。」


 「──パワハラですか。治りませんね、全く。」


 なお、ハラスメントだのギャーギャー騒いでいた現代を超え、2055年になっても尚ハラスメントは根絶されていない。

 というのも、セクハラにおいてはそれを悪用し金儲けに走る悪徳な集団が問題視されてルールが改定されたり、あるいはパワハラを悪用し逆パワハラで目上を引き摺り下ろすなど、いわゆる"やり過ぎ"が問題視されたのだ。

 結局そのせいで"ハラスメントを訴える奴は怪しい"という風潮が根付き、2030年にはハラスメント詐欺罪なるものまで設立され、ハラスメントを根絶する動きが逆に収まった。

 まあ、そのせいもあってか皮肉にも未だ根絶されていないのが事実ではあるのだが。


 「怒り狂うのはいいけど、怪物に魂を売るとは全く馬鹿げた真似だわ。それをして自分が死ねば、彼女に対するパワハラを訴えられるのは誰か居るのかってところだけど。」


 「──まあ、付き纏っていたからモンスターペイシェントなんですけどね──」


 ──当然ストーカーは犯罪であることを忘れてはならない。

 今回のような件は様々な要因が絡まって奇跡的に起こっただけであり、基本的にストーカーは被害者にとっては恐怖と迷惑でしか無い。


 「まあ──件の野村については今タイキプロの療養施設に隔離しているから、しばらく被害者の子も無事でしょう。今のうちに泉大津(うち)にスカウトしておきましょうか。」


 「──それ、単純に働き手が足りないだけですよね?」


 「バレたか──」


 穂波が不機嫌そうな顔をした。



 「──さて、怪物の騒動は程々にしておきましょう。リザーブ組が休暇に入ってるところでなんだけど、依頼が少ないうちに貴方も、主力組(みんな)も休んでおきなさい。」


 「勿論ですよ。休めるのは今のうちですから。」


 穂波と尚樹の言葉には、まるでこれからは依頼が増えて忙しい、そんな意味が読み取れた。


 「きっとこれからはもっと辛い戦いが待っているはずよ。今のうちに主力組も、リザーブ組も、しっかり鍛えて、これから来たる戦いに備えましょう。」


 ──あくまで推論だが、怪物は今後増える予定である。

 と言うのは、初回でも話した通り、日本での怪物の大量出没が起きたのは2055年4月、そこから1週間ごとの調査で、討伐数は増加の一途を辿っている。

 2020年現在も流行病となっている例のコ○ナのことを考えれば、パンデミックと言われつつも、その頃から比べ第二、第三波と、流行ピークを重ねる毎に感染者が増加しているのが見て取れるだろう。それと大して変わらない。



 「──それはともかく、颯太くんにこの話の真実を、何時になったら話すつもりなんですか?」


 ──尚樹の突然の追求にも、穂波は冷静に返す。


 「いずれ話す。何度も言っている通りよ。先にあの子の心が決まらない限り話すつもりは無いけれど、もしも時が来たら、真実を包み隠さずに話すわ。当然、今じゃないけれど。」


 「──その心構えで遅くなければいいんですけど──」


 穂波は"さらに"、と一言付け足す。


 「もしもそれを教えた時には、結愛ちゃんが颯太くんの保護の条件を受け持ったと同時に、彼女がこっそり教えてくれた"秘密"をバラしてしまうことになるわ。」


 「──それも穂波さんの入れ知恵ですけどね。」


 「そうね。でも、"敵が同じである以上"、二人の間に壁が無くなった時、きっと今までに例を見ないほどのコンビになるはずよ。私はそう確信している。」


 「そうですか──上手く行けばですけどね.....」


 希望的観測に呆れつつ、そろそろ夜も遅いということで、尚樹もそのまま主力組の部屋へと戻って行った。


ー‐ー‐ー


 ──視点は再び颯太たちの方に移る。

 南海のみさき公園駅への最終列車に乗るため、沙梨の送り迎えもあって23時前には施設を出ることになった。


 「──おそようだね。お出かけ?」


 その直前、ちょうど就寝前だったマイカと出会った。


 「うん。今からお化け屋敷に行くねん。マイカちゃんも来るか?楽しい──と思うで、多分。」


 「う、うーん.....遠慮しとこうかな──」


 マイカの反応はあまり芳しくは無かった。

 まあ、余程の物好きでもなければ、わざわざ夜更かしのリスクまで背負って深夜にお化け屋敷に行こうなどとは思わない。


 「──にしても、こんな夜中にやってるお化け屋敷なんてあるんだね。」


 「まあ、お化け屋敷じゃないんだけどな。マイカは知らないと思うけど、"裏ひろば"っていう、廃墟のところにお金を払えば入らせてもらえるところがあるんだ。そこにこいつの希望で行こうってことになったんだよ──」


 「──っ!?」


 「えー?嘘ばっかり。ビビりの癖に怖いもん見たさのせいで私に泣きついてきたんやろ?」


 「お前が嘘ばっかだよ──」


 ──結愛がからかっている瞬間にも、颯太はマイカの表情の変化を見逃さなかった。

 明らかに何かに驚いているように目の色を変えていたのだ。


 「──そうなんだ。はいきょ?ってのがよく分かんないけど、多分怖いところなんだよね?」


 「廃墟っていうのはな、昔使われていたお(うち)とか、建物のことを言うねん。そら勿論、怖いところやで。」


 ──マイカの表情が何かを語っている気がするが、その内容については分からない。

 だが、これから雰囲気的には心霊スポットの疑似体験ができるような場所に赴くのに、その反応は気味が悪い。


 「──あのさ──」

 「──じゃあさ、こんな話知ってる?」


 まるで打ち合わせでもしたかのような、寸分の狂いもない被り。だが、声質の問題で通りやすい声をしているマイカの声に掻き消されるように、颯太の言葉は誰の耳にも入らなかった。

 それをいい事に、マイカはこんな話を始めた。


 「──その"ひろば"はね、普段は沢山の人で賑わっているんだけど、夜になると"裏にある"、"普段は誰も立ち入らないようなところ"に、人を殺すような強い怨念がいるらしいんだ。」


 「──えっ.....それってみさき公園の──」


 「わかんないよ。でも、その怨念は毎夜の如く現れて、物好きで自分の縄張りを荒らす人間を見つけては、殺して食べてしまうって、南大阪では専らの噂だよ。」


 ──先程まで溌剌としていた結愛の表情が、その話を聞いて明らかに動揺し、笑顔が引き攣っていた。


 「──知らなかったみたいだね。知ってて会いに行くんじゃないかって、ちょっと怖くなっちゃった。」


 「え?」


 「いや──颯太くんも結愛ちゃんもだけど、最近皆の顔が暗くて、まさか居なくなっちゃうなんて──そんなこと無いとは思ってたけど、もしそうだったら嫌だなって──」


 ──なるほど、マイカの表情が変わったのはそれか。


 「何を心配してんだ。別に何も心中しに行こうなんて考えてた訳じゃねぇよ。ちょいと怖いもの見たさで行きたかっただけだ。心配してもらう程の事じゃねぇ。」


 「.....うん。そうだね。ちょっとねがてぃぶ?に捉えすぎてたかも。」


 颯太の声を聞き、ようやくマイカの表情は晴れた。


 「じゃあ、いってらっしゃい。帰ってきたらどんな感じだったか聞かせてよ。」


 「うん。いっぱいお話してあげるからね。」


 マイカとの話に夢中になっており、結愛が会話の終わりと共に時計を見ると、思っていた以上に時間ギリギリであり、少し急がないとマズいことが判明した。


 「行くよ!颯太くん!」

 「お、おう──」


 マイカとの会話はそれで終わり、ようやく出発となった。


 ──が、颯太が振り返ると、まるで元気のなさそうなマイカの姿がそこにあった。

 何か声を掛けようと思ったが、半ば運ばれるような勢いで手を引かれており、声を掛けることも叶わなかった。



 ──二人の出発後、マイカは眠気が覚めた様子で、廊下をウロウロしながら何かを考えていた。


 「あれ?マイカちゃん.....?」


 と、そんな現場を煌太に押さえられる。


 「──えっと、コータくんだっけ。香苗さんの弟くん.....?」


 「うん。小沢煌太(おざわこうた)。ちょっと前からだけど、リザーブ組に入ることになったから、よろしく。」


 ちなみに小沢姉弟の香苗・煌太は、リザーブ組と共に泉大津で事情を聞き、7日付けでリザーブ組に加入した。このことは一応リザーブ組、主力組の面々にも共有されている。


 「香苗お姉さん居る?ちょっと相談したいの。」


 「──?う、うん──」


 マイカが香苗を呼び付け、煌太が呼びに行こうと踵を返そうとした時、運良くそのタイミングで奥から香苗が現れた。


 「マイカちゃんだっけ。よろしく。それでどうしたの?」


 「──う、うん。ちょっとね──」


ー‐ー‐ー


 ──マイカの裏側の行動など良さ知らず、沙梨のバスで泉大津の駅まで送ってもらい、そのまま泉大津から和歌山方面へ向かう最終列車に飛び込んだ二人。

 鈍行列車で約50分、みさき公園駅に着いた。この駅もかつてはみさき公園へのアクセス駅として機能していたが、同公園の閉業から35年、今は何のためのみさき公園駅なのか分からなくなっている。


 「0時半から予約してた穂見です。付き添い一人と。」


 そのまま旧みさき公園受付を転用した自然ひろばの入口で"裏ひろば"への入場手続きを済ませ、早速中に入った。


 みさき公園は正面のメインゲートを入ると、左側に動物園、右側に遊園地が広がっている。

 動物園側の方に現在は植物園のように色とりどりの花が植えられているが、流石に深夜となるとその様子も見づらい。

 一方、自然ひろばとなっているのが正面の芝生広場とアトラクション跡地。既にアトラクションなどは解体されており現存しておらず、その部分に植物等があり、ベンチなどが設けられ、地域の憩いの場となっているのだ。


 とは言え、当然深夜の為憩いの場はただの物悲しいベンチと化している。不法滞在を禁じている関係で、仮にここに首からパスなどを掛けていない人間がいた場合は不審者確定である。


 「─もうこの辺から雰囲気が凄いな。」


 「多分やけど昼間の利用者は結構多くて、この辺のベンチにも必ず一台に一人以上が座っているらしいから、そう考えるとこの閑散とした感じは嘘みたいに思えるな。」


 ──昼間なら絶対みることのできない景色だ。

 自然ひろばとなってから、この場所には一日延べ4、5,000人が訪れているとされている。


 「んで、例の廃墟ってのがこの先か。」


 「一個ずつ巡っていこ。旧イルカショーの建物跡、野外ステージとレストラン・お化け屋敷跡、そんで灯台やな。取り敢えずイルカショーのところから回ってみよ。」


 「了解。」



 ──徒歩15分ほど行くと、かつてイルカショーが行われていた建物の所へと辿り着いた。

 当然一部は解体されているが、このイルカショーのスペースは再利用が検討されており、かつてのイルカ用プールや客席がそのままで残されている。


 「──ここでの噂ってあるのか?」


 「いや、そもそも"裏ひろば"での心霊体験ってあんまり聞かんからな。あくまで雰囲気を楽しむのが醍醐味なんやし。」


 「──そっか.....」


 そう言いつつ、颯太はとある異変を見つけた。


 「じゃあ、この痕跡がなんなのかが分からんな.....」


 「えっ.....」


 突然予想外のことを言われ、結愛の態度が変わる。

 その場には、誰か──いや、なにかが怪我をしており、血痕のような痕跡が見受けられた。


 「──何かいるんじゃねぇのか?」


 「これ、でももし誰かがここで怪我したとかなったら、運営の人には後で通報しとくべきやんな。」


 「まあ、それは事実だな.....」


 ──手持ちの小型カメラで写真を撮り、後々帰る時に運営に通報することとなった。



 ──さらに徒歩10分弱で灯台に向かおうとしたのだが、灯台は建物の老朽化の観点から解体工事が始まっていたらしく、入口である通路には工事用のフェンスが建てられていた。

 と言うことでこちらは諦め、最後の廃墟であるレストラン・お化け屋敷の跡へと向かうことにした。


 「流石に、雰囲気バツグンだな.....」


 お化け屋敷のせいなのか、何とも言えない雰囲気だった。

 隣にあるレストランは、恐らくサンシェードのようなものがあったらしい窓は、そのシェードも既にボロボロで中の様子が露出していた。綺麗に椅子と机が纏められた飲食ブースの跡、そして放置され腐食まみれの厨房の様子も薄ら見て取れた。

 そしてお化け屋敷。何と当時のまま入れるようになっており、中には決して現れることは無いというのに、お化け役がいつ出てきてもおかしくないような、そんな雰囲気があった。


 「──お化け屋敷入ってみる?」


 「俺は別にいいけど、迷って出て来れなくなってもしらんぞ。一応時間制限があるんだからな?」


 「ライトとかも持ってるしそんなことにはならんやろ。」


 ──少し楽観的である。

 だが、折角ここまで来たのだ。入らなければ損だと考えた颯太は、そのまま連れられるようにお化け屋敷に入った。



 ──が、僅か数秒で異変に気付いた。


 「──っ!?」


 突如何かの気配を感じ、結愛はAOの木材を取り出した。

 同時に颯太の傘を取り出し、後ろにいる颯太に渡した。


 「──敵襲か.....?」


 「──分からへん。気配を感じたような気ぃして──」


 ──その瞬間、2人の脳裏に過ぎった言葉。



 ──その"ひろば"はね、普段は沢山の人で賑わっているんだけど、夜になると"裏にある"、"普段は誰も立ち入らないようなところ"に、人を殺すような強い怨念がいるらしいんだ。

 ──その怨念は毎夜の如く現れて、物好きで自分の縄張りを荒らす人間を見つけては、殺して食べてしまうって、南大阪では専らの噂だよ。



 「──ったく、マイカも余計なことを言ったもんだな.....」


 流石の異様な状況に、流石に颯太も心臓がうるさくなる。

 実際、目の前の頼もしいはずの背中まで小さく見える。深夜のお化け屋敷跡でこんな状況、普通なら逃げ出している。


 「──じゅ、準備はええか.....?中入るで.....?」


 「──お、おう。ケガだけはすんなよ.....」


 ──その言葉を了承と捉え、結愛は一歩を踏み出す。



 その瞬間、物音と共に──


 「──っ!?」


 奥から何かが飛び出して来た為、結愛はアーミングした木材で防御し、後ろの颯太にカウンターを指示する。

 それが済むか済まないかのようなタイミングで結愛のAOにしっかりと手応えが伝わり、何とか上手く防御に成功する。


 ──だが、その直後──


 「っ!?ヤバい!!」


 結愛は後ろにいる颯太を突き飛ばし、その勢いのまま鍔迫り合い状態となっているAOを引き、相手のバランスを崩した後、圧倒的な瞬発力を活かして自分も退避する。


 「どうした!?」

 「多分やけど刃物みたいなの持ってる!警戒は最大級、相手に気ぃつけて!!」


 ──刃物を保有している?

 平和化政策なるクソ政策により、全国民から等しく刃物は没収され、現在一般国民は誰一人持っていないはずである。

 そんなことが出来るのは、狂人か、あるいは──


 「──怪物か?」


 「キュルルルル.....」


 直立二足歩行、颯太よりもやや大柄な体格で、左右の手にそれぞれしっかりと刃物のような何かを持っている。

 これを怪物と言わずになんと呼ぼうか。

 まだしっかりと姿を見ていないのに、その体からふんだんに放たれる殺気のようなものが、二人の警戒度を自然と大きく上げてしまう。


 「──」


 そして怪物はその姿を現した。

 その姿を見て、颯太の目の色が変わり、警戒は一気に困惑へと変換された。

 その姿はそのまま結愛にもはっきりと映る。


 ──ただ事では無い。

 ただそれだけを結愛は察した。


 「──おい、何してる?」


 颯太はその怪物へと話しかけるが、当然反応は無い。

 そのまま颯太は何かに縋るかのように、ゆっくりとその名前を呼んだ。



 ──何してる、トモ、いや──

 ──宮原智樹──


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