第1章 No.15 闇はいつも光から
今回で颯太と泉大津の経緯の話は終わり。次回から第1章ではメインとなる智樹編が始まります(今日は投稿せんけど)。
智樹編からは段々物語が不穏になっていくので、そういう話が見たい方のみお進み下さい。それではまた。
「ストライカーグループだっけか、ご立派なあんたらなら当然知っての通り、この平和化とは名ばかりのクソ政策が欠陥だらけなのは言うまでもないだろう。それに、この平和と言う文字に騙されて、その裏に隠れた"人民平穏化"に隠された真実に気付かなかった人間も多いだろうな。」
相変わらず局面は、颯太と結愛の話し合いではある。
だが、颯太から突然溢れ出した殺気のようなオーラに、思わず結愛は冷や汗をかく。
ちなみに、この人民平穏化こそが平和化政策3本柱のうちの一つであり、警察から拳銃を取り上げたり、国民から武器となりうるものを没収したりという諸悪の根源である。
「──誰も気付かなかった。市川秀作はかつての日本青軍の血を引く根っからのヤベェ奴で、そもそも政治家になれたのがおかしいっていうことも知らなかったんだ。」
──日本青軍、かつてから存在した準共産軍、別途存在した日本○軍とはまた別組織である。
共産とは名ばかりで、彼らの主義思想が行き着く先にはとある宗教がおり、青軍と略されつつ、別名、あるいは俗称として、"おかしな革命軍"だのと呼ばれていた。
日本ではこれに関わる人間の政府中枢への関与を禁じていたが、現総理大臣である市川秀作はそうでは無かった為、思想を持っていながらも上手くフィルターを透過した形になる。
が、現代でいうWi○ipediaのようなサイトで、親族である人間の一部が青軍に関与していたと記されていた。当然これらの意見は民共党支持率7割超の中でかき消されることになる。
「──調べたら分かるはずのヤベェ奴、なのに国民はそれを知らず、盲目的にアイツらを支持した。結果、この惨状だ。こんな世の中を作り出したのは、あるいは傲慢の野党とまで罵られる自由党の失態、あるいは聞こえのいいことでプロまがいの詐欺を国会で行った民共党かもしれないけど、俺は元凶は国民だと思っている。子供でも気付きそうなことに気付かなかった大人だと思ってる。」
当然、颯太には選挙権は無い。そして聞いてもいないので、自分の親がどこを支持していたかなど分からない。
だが、そんな無責任な位置から見える矛盾に大人は気付かなかった。その事実だけが颯太の憤りを作っていた。
「政治的に責任を持たない子供の立場だから、何とでも言えると思われるかもしれない。だけど、俺はこの日本を破滅させたのは民共党連合だとは思うけど、無責任に、耳障りのいい言葉に騙されて自滅を選んだ日本国民も同罪だと思ってる。」
「.....」
結愛には何も言い返せなかった。そんなことを考えたことも無かった。いや、もしも颯太と出会っていなければ、民共党被害の当事者も会話することもなければ、きっと考える機会すら与えられることは無かっただろう。
──無意識に考えた。自分はどうだっただろうと。
「──まあ、いくら何でも全国民に復讐するのは理不尽だとは思う。どういう神経で自滅を選んだかって意味で憎いけど、同じく国民も多少なり被害を受けてる。だから俺が殺したのはあくまで国に近しい地方自治体の人間だ。取り敢えずは堺、次いで大阪、終いには日本政府だ。最終的に内閣総理大臣、市川秀作に手を掛けて、ようやく俺の復讐は終わる。」
「──だから手始めに、あの人達を──」
結愛に浮かんだのは奇妙な感情だった。
当然、殺されたのは自分とは関係の無い赤の他人であり、第三者として許せないなんて感情を持つのが烏滸がましいとは思うかもしれないが、どうしても踏み込めない何かがあった。
当然、許されざる罪であるということなど、結愛だって馬鹿では無いので理解はしているのだが、素直に他人事だと思えないのは何故だろうか。
──だが、そんな葛藤など知らない颯太の言葉で、それははっきりした。
「──お前がどういう家庭で、どんな人生を歩んできたかなんて知らない。知りたくもないし、俺も悲劇のヒロインなり主人公なりを演じるつもりは無い。だけど、なんとなくで人生を歩んできた奴にとやかく言われる筋合いは無い。」
──どうして"なんとなく"だと分かったのだろうか。
いや、颯太は察していた訳では無く、"タイキプロ"相手に素直に疑問を持たずに任務のままに動く結愛の姿勢が、"流されているように"、"なんとなく"動いているように見えたのだろう。
「.....ちょっとこっちの話も聞いてくれる.....?」
「──どうせ聞くまで解放する気は無いんだろ.....?」
結愛は沈黙で肯定し、そのまま話を続ける。
「──君がどこまで知ってた、どこまで察してたかは知らへんけど、私がストライカーになった理由は"なんとなく"、出処も分からん直感に任せるまんま動いてきた結果や。だから、颯太くんの言うように、何も考えんと動いてた私もまた、民共党と同罪なんかもしれへん.....」
「──」
颯太はその話に沈黙で返す。
「──建前なら、あんたのことを追い出すのが理想的なんかもしれへん。せやけど、どうも他人事やと思われへん。私がおかしいだけなんかも知れへんけど、私は同じ立場になったら、多分──いや、間違いなく颯太くんと同じ道を歩む。方法はちゃうかもしれへんけどな。」
──結愛はどこかに抱えていたモヤモヤを吐露した。
実際、この発想そのものの主である中の人も同じことをするだろう。方法はともあれ、ではあるが。
「──でもさ、この方法はアカンで。颯太くんの復讐の理由も分かったし、無闇に責めたくも無いけど──それでも──」
「──考えの違いは埋まらない訳か──」
元から期待などしていなかったが、結愛からは少々予想とは違えど、凡そ想定通りの答えが返ってきた。
「──話は終わりか?ならそろそろ失礼する──」
──何故だろうか。
ここで止めないと終わってしまう。そんな感じがした。
「──アカン。まだ話は終わってない。」
──結愛に捕まり負け確だが、颯太は一応歩を止める。
「──そうならそう言えばいいだろ──」
「言わせてもらうで、高縄颯太くん。その復讐の心が変わらん限りここから帰すつもりは無くなった。二度目は言わん。」
──話があると思えば、まさかの強権発動のような宣言をされてしまい、颯太の頭も理解が追いつかない。
「──お前、自分が何言ったか分かってんのか.....?」
「分かって言うてる。拉致監禁、颯太くんの言い様によっては脅迫も追加されるやろ、まるで立派な犯罪者やな。」
──覚悟は出来ていた。
いや、そもそもここで見放していたとしても多少なり責任を取られたり、良心の癇癪にかられることになるのは分かってはいたが、ここで颯太を止めることもまたダメなことだ。
「──そういう事じゃねぇ。お前が今ここで俺を止めるってことは、俺のやってたことを黙認するってことだ。拉致監禁、脅迫なんて甘ったるいことを言ってる場合じゃ──」
「心無い殺人鬼の割には、他人を気遣ってくれるんやな。」
──結愛の言葉に、颯太の口は閉ざされる。
先程穂波にも同じことを言われたが、今回の方がズシリと、心なのか、あるいは颯太の中の何かにのしかかってくる。
「──過ちを侵した俺に馴れ合いは許されない。だからこそ、一人になる為に色んなものを切り捨ててきたから、同じ立場にならないようにするのは当然のことだろ。正直、辛い時もあったけど、大事な人間のもとを離れて、何も感じないようになった。」
──言い訳も甚だしい。
実際、颯太の内心は未だに後悔している。
「──俺は、智樹と瑞穂姉ちゃんを置いてきた。ずっと後悔してる。いや、してるのか、してないのか──俺はこれが正しい選択だったと思ってるから──」
──先程まである程度落ち着いて話していた颯太だが、突然口調が安定しなくなり、思考も支離滅裂になっていく。
(──真の狂人じゃ無いことの現れ──いや、これもある意味、狂人の一種なんかもしれへんけど──)
その様子を敢えて結愛は離れたところから見る。
本当に根っからのシリアルキラーならば、自分がやってきた殺人行為が正か悪か、迷うことは無いだろう。今の颯太にはそんな様子が一切感じられない。
「──俺はなんで智樹たちを置いてった?殺さなかった?いや殺したのか?俺は何で──」
──だが、やがて思考の迷路に陥った颯太は、オーバーヒートでショートするかのように言葉を発さなくなり、やがて体も脱力してその場に倒れ込んだ。
結愛は倒れる颯太を抱え込み、そのまま布団に入れた。
(──仮に颯太くんが根っからのシリアルキラーなら、こんな事にはならんやろ──家族を皆殺しにされた挙句、仕事も全部失って、心が壊れた挙句にこんなことに──)
──同情こそしないが、流石に心が痛む。
全てを失った挙句に自分も犯罪者の道を歩もうとしているのだ。このままでは、何も得られないままに世紀の大犯罪者として名を残す、最悪な結末を迎えるだろう。
──まあ、どうせ結愛には関係ないことなのだが──
(──あぁ、こんなん考えるなんて、私も同罪やな──でも、なんかこのまま放置するのは嫌やな.....)
ー‐ー‐ー
「──どういうつもりなんですか.....」
別室では、処置を終えた沙梨が、上司であり管理人である穂波に報告を終えた後、颯太の話で持ち切りとなっていた。
颯太を捕縛するまでの流れは泉大津の管理者間で共有されていた情報で、部下とはいえ同じく泉大津のストライカーグループを管理する立場の沙梨も知っていたが、その颯太を泉大津に所属させるなど、当然穂波の独断であり、寝耳に水であった。
「別に、今は戦力を集めるためならなりふり構ってられないって、沙梨も分かっているでしょ?」
「それはそうですけど──よりによってストライカーの異端児、忌み子とまで言われた彼を連れてくるなど、"タイキプロ"にどう説明すれば──」
"タイキプロ"、ここ1、2話で何度か出てきた言葉だ。颯太はてっきり穂波たちのことを指すと思っていたが、穂波たちはその下請け、あるいはその"タイキプロ"の一員であり、どちらにせよさらに上がバックに存在することになる。
無論、颯太のメンバーへの参加どうこうは全て穂波の独断であり、件の"タイキプロ"が認知している訳では無い。だからこそ、反発を招き下手すれば汚名まで付けられそうな事案を持ち込むこと自体、沙梨は反対していた。
「心配しなくても上は黙らせるわよ。向こうの失態を散々我慢してあげて、尚そんな態度を取るなら、こっちもいい加減に我慢の限界ってもんよ。」
「──中村さんの件、まだ根に持っ──」
そこまで口に出て、沙梨は言い方が明らかに間違っていることを察して口を閉ざした。
「──すみません。口から出任せを──」
「いいのよ。その通り、根に持つわよ。そして永遠に許さないから。」
──ここまで微笑ながら抑揚の無い声で淡々と話していた穂波だが、この話をし始めた途端に急に声に感情が篭もる。
かく言う沙梨も、後ろ拳に無意識に力が籠り、目頭にも知らず知らずの間に力が入ってしまう。
「この話はここまでよ。"彼女の為にも"あんまり悪用したく無いんだけど、もしもの時にはカードにして無理矢理でも黙らせるわ。向こうもまた信頼が大事な仕事なんだし。」
「.....」
どことなく不安が残った沙梨だが、ここは敢えてそれを口にすること無くその場をやり過ごした。
ー‐ー‐ー
──この短時間の間に二度も気絶し、二度も目を覚ました。
再び先程のように見覚えのあるようで無い、だが先程よりははっきりと記憶のある天井が視界に飛び込んできて、颯太はそこでようやく自分がまた気絶していたことを悟る。
「──今度は何で──」
その理由を考えようとした矢先、とある光景で颯太は一瞬だけ凍り付く。
「──何やってんのお前──」
「ん?ああ、起きたんか.....」
布団の近く、床で結愛も共に眠っていた。
人が気絶しているというのに呑気に眠りこけるとは、全くいい度胸をしている。
「──んで、寝てちょっとはスッキリしたんか?」
若干寝惚け気味の結愛にそんなことを言われ、ようやく颯太は何故倒れていたかを思い出す。
「──そう言えば、お前に変なこと言われてたよな.....」
「変なことって──私はただ思ったこと言うただけ。それを変なことって感じるんは、あんたに問題があるんちゃうか?」
「──まあ一言一句その通りなんだけど──」
──実際、颯太の中で妙な程に引っかかった。
颯太の建前として、あの時の結愛の言葉に返事をするならば、"自分一人でやるのが効率がいい為"となるだろう。
だが、あの場面で突然颯太が取り乱したのは、自分の心根ではきっとまた別の答えを持っていたからに他ならない。そうでも無ければ、突然支離滅裂な思考に陥って思考回路がショーとして倒れるなどあるはずが無い。
「──正直、分からない。俺が本音ではどう思ってるかなんて、家庭崩壊が起きる前、なんとか人の心を保っていた頃の俺に聞いてみないと分からない。」
「──」
結愛にも颯太にも分からない"人としての"颯太の本音。
きっと、心が壊れたりしなければ、こんな複雑なことにならずに済んだはずだ。
「──どうすればいいのかな。復讐を辞めた方がいいのかな──家族を失って、親友を裏切って、今俺がすべきことって、一体何なんだろうな.....」
「.....そんなん、誰にも分からへん。颯太くんに今必要なことが何かなんて、誰にも分かったもんちゃうからな。」
──半ば復讐を失いかけた颯太に、結愛はこう提案する。
「──もし良かったらやけど、私と一緒に怪物退治に協力して欲しい。まあ、さっき穂波さんが言うてたことと何も変わらんし、颯太くんにとっちゃどうでもええことかもしれんけど、それでも日本を守る仕事を手伝って欲しい。」
「──大層ご立派な仕事だな、まあ──」
とは言え、あながち間違いでは無い。
颯太も見た通りだ。人間の姿をした怪物、人間の体を借りながら、人間のものとは比べ物にならない圧倒的なパワーで暴れ回り、破壊の限りを尽くす。
颯太が見たのがたまたまネコ科肉食獣のようなタイプだっただけで、恐らく世の中にはさらに色んな種類の怪物がいるのだろう。もしもそんな怪物が暴れ回ろうものなら──
──もしもそんな怪物に、智樹と瑞穂が殺されたら──
「──俺にも、生きてて欲しい人間だっているんだ。仕方ないから手伝ってやるよ。報酬は高くつくぞ?」
「何様のつもりやねん.....」
がめつい要求に結愛も苦笑いを返す。
「──それに、お前や穂波と話してて、別に心変わりしたって訳では無いんだろうけど──今の俺に、前のように躊躇いなく人を殺せるとは思えない。そんな状態で復讐を選ぶなんて、自分からホームレス無職を選びに行くようなもんだ。」
「──それは普通に心境の変化とちゃうんか?」
「さあな、ハッキリしたことは何一つ分からん。」
先程も言った通り、今の高縄颯太の本音など知る由もない。
だが、逆に言えばそれは、こういう仮説にも繋がる。
「──今ここにおるアンタが思ってることが、高縄颯太の本音と違うんか?」
「──」
──颯太の人格が壊れたのは、何も初めてでは無かった。
8年前、事故とは言え曾祖父を殺した時、二度と戻らないと思っていた颯太の心を取り戻した人物が居た。
(──俺は、何度誰かに迷惑をかければ──)
きっと、この先も無いとは言いきれないだろう。次の機会に助けてくれる人間は居るとは限らない。二度あることは三度あるとは良く言うが、仏の顔も三度までともよく言う。
「──そうだな。せめて"次の高縄颯太"は、人助けが出来るような人間でありたい、そう思うよ。」
ー‐ー‐ー
──今思い返せば、なぜあの時結愛の言葉に納得したのか、あるいはなぜ泉大津への入団を決意したのかも分からない。
だが、"穂見結愛に救われた"、"第三の高縄颯太の人生"において、そんなものは些細な問題だ。
「──そんな経緯があって、今は真っ当にストライカーやってる訳なんだけどな──結果的に"師匠"の教えに逆らってしまったな。武器も親が生前に買ってくれた500円の傘になって、"師匠"がこれにしろって言ってたバールは──どこに捨ててきたかな──」
「──バール.....?」
今の颯太とは関連付かないモノの名に、マイカは困惑する。
「バールっていうか、うちの刃物工房にガタが来てて、補修がくるまでの間に使ってたつっかえ棒みたいなヤツだよ。しばらく庭先に放置して錆びてたのに、"師匠"が"これが一番合ってる"って言ってて──何でだろって思って──マイカ.....?」
──その話をした瞬間、マイカの目の色が変わった。
「──マイカ?聞こえてるか?」
「──ふぇっ.....!?う、うん──」
明らかに不自然な態度だった。まるで何かを知っているような、あるいは何かの悪い記憶を抉られたような反応だ。
──いや、それは不自然だ。そもそも颯太とマイカは立場も違えば、恐らくだが生まれ故郷も違うし、育っていた場所も環境もまるで違う。颯太のことを知っているはずがない。
「──疲れてるのか.....?」
「う、ううん.....ちょっと前に見た悪夢を思い出してね.....」
「悪夢?」
「うん。それこそ颯太くんが言ってたように、つっかえ棒みたいなのを持った、それこそ颯太くんと同じような背格好の人間が、結愛ちゃんや闘也さん、いろんな人達を殺していく、そんな悪い夢だよ、怖くて思わず飛び起きちゃったんだけど.....」
──ちょっと前に見た夢にしては、えらく鮮明な記憶だ。
だが、颯太はそんなこともあるものだと納得した。それに、どことなく心のどこかに引っ掛かりを覚えた。
「──マイカがどうしてその夢を見たのか知らないけど、もしかしたらその夢は、平行世界みたいなとこで、俺が"師匠"の言う通りにバールを使って戦っていた世界線かもな。確かにあの時、練習を見てた"師匠"がえらく上機嫌だと思ったが──」
心が壊れた直後、"師匠"のもとでストライカーとしての訓練をしていた颯太が、どことなく感じていた違和感。
(──"師匠"は俺を、何かの殲滅兵器のように使おうとしていたのか.....?)
邪魔な腕や臓物は全て捨てよ。
貴様にとって取るに足らぬものは捨てよ。
その純粋たる邪悪を遂行したいのならば。
──あの時の"師匠"の言葉だ。
この言葉が指す意味はイマイチ分からないが、どういう訳か颯太の脳裏に刻み込まれている。
「考えても分からんな.....何だかんだ3週間、みっちり特訓してもらった人だけど、あの人の考え方も、正体も──そう言えば名前も、結局分からずじまいだったからな──」
「えっ──3週間って言った.....?」
「.....?」
マイカが変なところに反応した。
「──あくまで風の噂だからちゃんとしたことは言えないけど、ストライカーになるのってホントなら半年くらいはかかるって聞いたことあるよ?それを3週間って──颯太くんはよっぽど"すじがよかった?"んだね。」
「──そりゃ多分、"師匠"の教えが良かった証だな。」
まるで難しいことは何一つ分からないかのような口ぶりだが、そもそも風の噂と言いつつどうしてそんなに難しい内部事情を知っているのか。
マイカも割と"見た目によらない"のかもしれない。
「ねぇ、"ストライカーの天才って聞いたことある?"」
「え?」
──どこかで耳にしたような言葉だが、身に覚えがない。
「──覚えてはないけど、それこそ泉大津のリーダーみたいな、ああいう人達を指すんじゃないのかな?」
「さあ、どうだろうね。」
マイカからよく分からない返事が返ってくる。
「じゃあ、私はちょっと疲れたから寝るね。鼻もまだちょっとおかしいし、ちょっとお休みが長くなるかも.....」
「──あ、あぁ、そうだな.....」
突然打ち切るように話を終え、マイカは眠りにつこうと横になった。
まだ颯太としては聞きたいことがあったのだが、実際マイカは貝塚駅の件で嗅覚に深刻なダメージを受け、さらにはそんな体に鞭を打って怪物との戦いにも参加し、とてつもない疲労が溜まってしまっていたのだ。
ストラゲラというのは不自由なもので、怪物時代に得た能力を理性をもって動かせる一方、人間の体力に本来見合わない能力を持つ為、疲労がとても溜まりやすいのだ。マイカはまだ子供だからか無尽蔵の体力を持つが、それでもしんどいものはしんどいのだ。無理もない。
「──じゃあ、お休み。」
「ああ、しっかり休めよ。」
消化不良ではあったが、マイカの健康面も考慮し、颯太も同じく休むことにした。
──しばらくして、颯太も近くのソファで眠りについた。
その颯太を眺めながら、マイカは複雑な表情をしている。
(そっか、君の通り名は"異端児"になったんだね.....)
マイカの脳裏にそんな思考が過ぎる。
まあ、半年もかかるストライカーのノウハウを、僅か3週間で叩き込まれていれば、そんな名前で呼ばれたりもするのか。
(──でも、それでいいんだよ。君がそれを取り戻した時には、"君は君じゃなくなっちゃう"からね。)
ー‐ー‐ー
「君にしては上手いことを考えるものだと思っていたが、なるほど、穂波さんの入れ知恵か。」
颯太とマイカが長話をしている一方で、海岸沿いに呼び出された結愛は、泉大津のリーダーである中村尚樹と二人で話し合いのようなものをしていた。
「──まるで私の頭が悪いみたいな言い方ですね.....」
「別にそうは言ってない。僕が言った"上手い"は素直な褒め言葉では無いからね。君はかなりお人好しだからね、こんな悪知恵が働くのは珍しいなと思っただけさ。」
「──」
結愛は少し黙る。
「確かに、この方法ならば、最終的に颯太くんの目標を達成出来る可能性はある。ゆくゆく僕らが討つ仇と、颯太くんの家族の仇は、きっと同じところに行き着くはずだからね。」
「──そうは言うても、元々原案は私です。穂波さんがその"悪知恵"をフル活用してくれたのは事実ですけど、やっぱりこれは私が──颯太くんを助けたいって思ったのが──」
「──なるほど、結局出処は君のお人好しか。」
──二人の会話の内容の詳細は推察できないが、颯太のことについての議論であるのは間違いないだろう。
「君が言うように、もしも彼の罪が糾弾されるのなら、君の罪もまた糾弾されるだろう。そしてそれは穂波さんも同じだし、知ってて黙っている僕や沙梨さん、和花さんを初め、数え切れない程だ。とは言え、この戦いに負けて反逆罪とでもなればどうせ微々たる罪だろう。君にとって"片棒を担いだ"っていうのはそれくらいの罪でしかない。」
「──法的な罪がそうやったとしても、メンタル的に──私は人殺しを容認したってことになってまう、それが何とも胸糞が悪いって言うか──なんて言えばいいんでしょうか──」
──実際、何の司法的な権限の無い穂波や結愛によって、颯太の罪は現在不問とされている。沈黙は肯定だとよく言われたように、これは颯太の罪を半ば黙認していることになる。
そうだね、と尚樹はそれ自体は認めつつ、こんなことを結愛に質問してみる。
「結愛くん、君はさ、颯太くんが復讐の為に23人に手を掛けたのと、僕らが──怪物の討伐に失敗して人の命を奪ってしまうことに、どういう違いがあると思う?」
「え、えっと.....」
突然そんな質問が飛んできて驚く結愛だが、一度冷静になり、自分の考えをハッキリと伝える。
「──私はストライカーもまた悪だと思っています。ストライカーが──怪物の討伐に失敗して人を殺したというのは、大義名分のもとに行われた暴力行為の結果の一つ、それも最悪な結果だと思っています。だから、殺意の有無以外、その行為や結果そのものに大した差は無いかと。」
「概ね同意だね。まあ、ストライカー業界には、どうもその辺を弁えていない愚か者がわんさか居るようだけど。 」
──これは戦闘本能のままに生きるヒト族のエゴである。
戦争は起こした側であろうが勝った方が正義、良く言われたことである。だが、過程にどれだけの違いがあろうが、生み出した結果は大義名分のもとでの人殺しであり、勝ち負けの差だけでその結果はただの人殺しである。
同じく、いくら怪物であろうともとは人間である。医療同様、人間であるからにはどうしても失敗が起こってしまうのはしょうがないところであるが、別にストライカーの戦闘に限らずとも、2055年もの間積み重ねてきた技術をもってすれば、もう少しスマートな解決法というものがあっただろう。
それを放棄したのもまた人間であり、ストライカーはそんな逃避の末に生まれた最悪の解決法といっても過言では無い。
「怪物という生物が発生し始めた2038年以降、何度も解決に向けて化学技術が結集されようとした。だがそんな技術をもってしても怪物の最終的解決にはならず、結果17年もの間、怪物とストライカーとの間で戦闘が起こり続けている。原因も解明され、治す方法も分かっているというのに、ね。」
勿論、ストライカー側もただの無駄な殺生をしている訳ではなく、怪物を除去した後の"中の人"の社会復帰を支援するなど、それなりに人道的な部分はあるにはある。
だが、結局は荒療治にも程がある訳で、怪物との戦闘は現状避けられない位置付けにある。でなければ、人を無差別に襲って危害を加えるような害獣を放置することになる。
「僕は当面、穂波さんと同様に颯太くんの罪については当面不問にするつもりだ。彼の罪は許されないかもしれないけど、せめて今だけは仲間として扱いたいと思う。」
「ご理解頂きありがとうございます。」
「いいよ。同じ仲間だし、連携が取れた方が効率が良いし、なるべく仲良く接しておきたいしね。」
幸いにも泉大津を統括する立場である尚樹から理解が貰えているのは助かる。
今のところ穂波からは大した動きも無い。現状颯太の身柄を預かっている程度で、保護している訳では無い。
最悪の場合、ストライカーの謀反によって──
「──主力組にも一応言い聞かせてはおくけど、最悪うちから颯太くんへ何かしら危害を加える人間が現れるかもしれない。なるべく用心しておいてくれ。困った時は予備部隊を頼ってくれればいいよ。」
「お気遣いありがとうございます。」
話し合いはここで終わり、二人は解散した。
颯太が泉大津に加入してまだ2週間。だが、ここからとてつもない試練が待ち望んでいることなど、誰も知る由もない。
ー‐ー‐ー
──泉大津よりさらに南西方向。
かつてここにあったのは、動物園が併設されたとあるテーマパークのような遊園地。だが、35年も前に閉じられ、今は自然公園となっている。
そんな自然公園では、怪奇現象が起こると、密かに噂になっている。
まるで消え入りそうな子供の声がきこえてくるのだ。
──オカァチャン──
──オトゥチャン──
──ソータ──




