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第1章 No.14 仕込み

 「──ふぅ、思ってたよりも弱かったな.....」


 颯太一人ならば歯も立たなかったような相手に、たった一人経験者が入るだけで圧勝、結果的に怪物はいい所一つ無く、為す術もなかった。


 「──あんた、相当な実力者なんだな.....」


 「そりゃどうも、でも、あんたも悪くないと思うで。割と助かった場面はあったし。」


 そこまで助力できた覚えは無い。

 戦いの最中、穂見結愛の加入後も尚、颯太は怪物の素早い動きに翻弄され、ろくな攻撃をすることも出来なかった。

 だが、この結愛という少女、見かけによらずとてつもない実力者だった。怪物の動きを的確に見極め、重そうな一撃を地面に叩き込んでスタンを誘ったりして逆に翻弄、結局相手の攻撃も全てカウンターで防ぎ、一度も攻撃を食らうことなく簡単に討伐して見せた。圧倒的な実力である。


 「怪物討伐なんて慣れなんねんし、本来どんなに弱い怪物でも、普通の人間では絶対に手に負えへんような脅威なんやから、別に最初のうちは弱いのも倒せんのは無理ないよ。」


 「──嫌味にしか聞こえないんだが.....」


 実際に圧倒的な実力差だった。本物のストライカーたるものを見せられたような気がした。


 「.....言うて私なんかまだまだやで。上には上がおるってよぅ言うたもんやけど、とてつもない実力を持ったヤバいのがごまんと居るんやで。私如きに強いとか言うてたら、この先ストライカーではやっていかれへんで。」


 「──やってらんねぇ──」


 ──この少女ですら颯太を圧倒的に凌駕するのだ、その上となれば、最早想像すらつかないレベルだ。

 まあ、今のところ颯太がそこを目指すとは決まっていない。一言でストライカーと言っても、主義主張はそれぞれ違うものなのでは無いだろうか。

 まあ、颯太はストライカーの正規ルートを通っていないので、普通のストライカーと主義主張が違っても仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。



 「──まあ、取り敢えず用事は済んだ。悪いな、助けて貰っちゃって、ありがとう。そんじゃあな──」

 「まあ待ちいや。ストライカーの天才、いや異端児くん。」


 ──颯太が神心武装を解除して(ぶき)を下ろし、ようやく一息つこうといつものベンチへと向かおうとした瞬間、結愛が突如颯太の腕を掴む。


 「──何.....?」


 「見て見ぬふりって訳にはいかんねん。さっきから明らかに不自然なもんがあるやろ、それについてちょっと教えてもらわんとあかんねんけど?」


 ──まあ、そうなることはある程度予想していた。

 やってきた相手が少女だったために、まあ○体を見つけられてぎっくり腰くらいが関の山だと思っていたので、冷静に追及されるのはちょいと予想外ではあったが。

 そして、もう一つ颯太はある可能性を予感していた。


 「──別に、俺の口から説明せずとも、もう知ってるんじゃないか?」


 「──」


 「そもそも不自然だろ。唐突に現れた怪物をほぼノータイムで補足して、俺が襲われる瞬間を待ってピンポイントに救助した。仮に怪物がお前から逃げて迷い込んだとしたら、(怪物が)俺をじっくりと狩ってる余裕なんて無いはずだし、仮にそうだったとしても、あんな狙ったかのようなタイミングで救助なんてできないだろ。」


 ──結愛は少し沈黙してから答える。


 「わからへんやろ?演出上タイミングは仕方ないこと──」

 「メタ方面のご意見は今は求めてないんだよ()」


 結愛は苦笑いする。


 「確かにな。ホンマはあんたの口から直接聞ければなおよかったんやけどな。」


 「.....」


 ──つまり、凡そ颯太の予想は当たっていたということだろうか。


 「実際、私は"タイキプロ"の回しもんや。ストライカーの力を悪用して──タイキプロ(あいつ)らが言うには無差別殺人を起こしてる悪党がおるって聞いたんやけどな。まあ──これを見る感じ、無差別って訳ではなさそうやな.....」


 ──結愛は改めて、先ほども確認したであろう、亡骸となった肉塊たちを見る。

 ある程度差異があったり、そもそもが惨殺死体であり確認し難いという部分はあれど、身に着けている衣服が同じようなスーツであるという共通点があった。


 「──そうだよ、堺市役所の職員だ。俺が公園でホームレスしてるからに、多分近隣住民か何かから通報されたんだろうな。まあ、警察が来てても同じことをしていただろうから、何の抵抗力もない市役所の職員が来てくれたのはありがたかったけどな。」


 「.....」


 何もためらわず自白し、それどころか巡り合わせを"ありがたい"とまで言い切ってしまう颯太に、思わず結愛も言葉が出てこなくなる。


 「──それだけか?用が済んだなら帰ってくれ。俺も少し休みたい。」


 「.....ま、まだや。」


 「はぁ.....」


 明らかに面倒くさそうなため息をつく颯太に、それでも結愛は次の要件を伝えようとする。



 ──まさにその時。


 「.....あれ、私は──」


 先ほどまで野生の肉食獣のように、四足歩行で痛々しい体を晒しながら、獣の本能のような何かに支配されるままに暴れまわっていた怪物とは程遠い、高音の透き通った声を響かせるのは、つい先ほどまで怪物だった女性。

 無論だが怪物そのものが初見だった颯太にとって、怪物を倒したと思ったら生き返り、突如として意思疎通ができるようになった事実に、情報量で頭が破裂しそうになる。


 「大丈夫ですか?手足や頭に痛みはありませんか?」


 一方の結愛は慣れた様子で事後対応を始める。

 今目の前に広がっている光景を見れば納得せざる得ないが、どうやら怪物を討伐し終わると、元の肉体の主である人間の心が戻ってくるらしい。


 「──手足の感覚がほとんどないですけど、頭は大丈夫かな.....」


 「それならよかった。病院までお連れするので、少々お待ちください。」


 「あ、ありがとうございます.....」


 結愛は片手の携帯電話のような端末を操作して何かを呼んでいるが、緊急通報なら119と3回ダイアルを操作すればいいところ、11桁の電話番号を手打ちしているところを見るに、間違いなく病院とは違う何かを呼んでいるのだろう。


 「ところで、お二人とも変わったものをお持ちですね.....」


 元怪物の女性が、颯太と結愛の変わった用紙に気付く。


 「.....えっと、まあいろいろありまして──」


 まあ、雨も降っていないのに傘を持っている少年と、工事現場や建設現場でも無いのに木材を担いだ少女、組み合わせもさることながら、別々に見ても外を歩けば不審者になりかねない。

 まあ、そもそもストライカーは身の回りのモノを武器にして戦うのが性分である。そのためには自分の手に扱いやすいものを携帯するのが一番効率が良い。それにあたるのが颯太にとっては傘であり、結愛にとっては木材なのだが、いかんせん携帯しておくには(傘はともかく)不自然なものなので、一般人が疑問を持つのは当然のことである。

 ──だが、怪物であった女は突然、一般人の見解とは程遠いことを言い出した。


 「──もしかして、偽りのために戦っている幻惑の勇者さん?」


 「──は.....?」


 不審者と不審者が交錯してしまったのだろうか。

 突然訳の分からないことを言い始めたことに困惑する颯太だったが──


 「もしや、"傲慢の野党"の回し者──」


 ──突如地鳴らしが起こり、女の話は遮られる。

 見ると、先程までAO同士なら触れられそうな距離間にいたはずの結愛は、攻撃態勢のままに女の元へと突撃、僅か1メートルあるかないかの手前のところに、人なら当たれば即死級であろうとてつもない威力の攻撃を行った。

 恐らく偶然外れたわけではないだろう。動いてもいない敵を相手に外すようなヤツではないことを考えると、わざと外して何かしらの脅迫を行ったのだろうが、その理由もわからない。


 「──少々ご静粛にお願いしてもよろしいでしょうか。うちの新人によくない知識を与えたくないので。」


 (新人.....?)


 まあ関係性を悟らせない為の方便だと考えて、とりあえずスルーする方向にした。


 「──そうやって逃げるつもりね。お望み通り私はこれ以上は何も言わないけど、あとで後悔しても知らないわよ。」


 「ええ。貴女に言われる筋合いはないですけどもね。」


 ──会話の意味がイマイチ理解できない。

 だが、とにかく何かしらの面倒事から颯太を庇おうとしているようには見えた。

 ──まあ、一番肝心なところは聞き取れなかったが。


 「──高縄くん、元から決まってたことではあったけど、付いてきて貰うで。」


 「──えっ.....?」


 「わざわざあんたのやってる事まで把握してから、わざわざ怪物が現れるのを待ってきてる。そこまで分かってるなら、こうなることも把握してたんちゃうか?」


 ──拉致を予感していたとでも思っているのだろうか。

 この死体の山を放置してどこかに行くのも問題だが、何より身寄りは無いと言っても突然拉致されるのは予定外だ。

 ──とは言っても、わざわざ女子ながら単身で乗り込んでくるからには、当然ながら颯太の考えなど無駄になるのだろう。


 「──抵抗しても無駄なんだよな.....?」


 「まあ、力には多少自信があるからな。制御できずに骨ごと砕いても文句は言わんといてな?」


 「──はいはい、大人しくしますよ.....」


 ──あの実力だ。恐らく戦闘面はおろか体力面において、相当な実力差をつけられているだろう。骨まで砕く、そんな警告も冗談には聞こえない。

 逆らうだけ無駄だと判断し、颯太は大人しく同行することになった。


ー‐ー‐ー


 ──車が来て、運転していた白衣の女性と共に、そこそこの距離を移動して到着したのは、少し南の人里離れた人工島の近くであった。いわゆる埋立地である。

 まあ、颯太もついこの間まで埋立地の人工島の公園に住んでいた為、若干親近感のようなものが湧かない訳でもない。


 若干広い敷地に、それなりに大きい白い建物がある。

 正面看板にはクリーンセンターと書かれている。足元はかつては駐車場だったのか、コンクリート舗装の上に石灰のようなものの線が薄ら残っている。

 車を止めたところにはまた別の、やや背の高い女性がいた。同じような白衣を来ているところを見ると、恐らくこの施設の職員なのだろうか。


 「先生、お疲れ様です。」


 「お出迎えありがとうね沙梨、じゃあ予定通りに。」


 沙梨と呼ばれたその女性は、椙野を連れて施設の中に入る一方、先生と呼ばれた女性が颯太と結愛を別の場所へと案内する。

 どうやら施設と繋がっている違和感の塊のところへと案内されるようだ。明らかに後付けされたであろう建物は、本部であろう先程の施設と繋がってはいるが、外観も似せているだけでかなり異なる点が多く、違和感を感じざるを得なかった。

 恐らく玄関だと思われる場所には"穂波"という表札があった為、先生と呼ばれたこの女性の名前、そしてここが彼女の家であることを推測した。



 「一応自己紹介しておこうかしら。私は穂波侑紀(ほなみゆうき)、この泉大津療養更生施設の施設長で、実質的にここを管理しているって感じね。さっき居た白衣の子は末崎沙梨(すえざきさり)よ、仲良くしてあげてね。」


 ──恐らく穂波の家だと思われる場所に招かれ、真っ先にされたことは自己紹介だった。


 「──えっと、まあ──」


 流れに釣られて颯太も自己紹介を返そうとしたが、横目に見えた結愛を見てはっと気付く。

 先程から見ていれば恐らく彼女らは知り合い、しかも結愛が穂波たちに敬語を使っているところを見れば、恐らく颯太の任意同行ないし捕縛を命じたのは穂波だろう。

 ──つまり、結愛に颯太の罪状を教えたのも恐らくは穂波であり、先程結愛が口にした"タイキプロ"とやらも恐らくこの施設ないし施設関係者のことを指しているのだろう。


 「まあまあ、そんなに警戒しなくても取って食ったりはしないわよ。ゆっくり座りなさいな。」


 ──だが、部屋に入って武器を置いた瞬間、後ろのドアからガチャン、とそこそこ重い金属音がした。


 (──鍵を掛けた──何のために.....?)


 すぐに音の正体を施錠音だと確信した颯太の警戒心はさらに高ぶるばかりであった。


 「──結愛ちゃん、こっからの話はオフレコよ。"上には"勿論、"主力たち"にも漏らしたりはしないで頂戴。」


 「元々この件をうちの内密にしようとしたのは私だということをお忘れですか?」


 「ああ──言われてみればそうだったわね。」


 ──話が見えてこないが、今の言葉を聞いてわかった。

 恐らくこの部屋を密室にしたのは、穂波たちにとってもこの話を口にするのはマズい事、それを恐らく施設の中にいるであろう上なり主力なりと言った連中に聞かれないようにする為である可能性が高い。言われてみれば先程から結愛が周囲を見回して警戒していたような気がする。


 「──さて、御足労頂いたところ悪いんだけど、早速だけど事情聴取にご協力願おうかしら。 」


 ──とはいえ、やはり本題はそこだった。

 いつの間に把握されていたのか知らないが、恐ろしい情報収集能力により、上やら主力やらに知られることも無く颯太の情報を仕入れ、わざわざその主力とやらに含まれない結愛を使って調査、そして任意同行までをやらせたのだ。


 「──ある程度は話す。だけど、その前に俺をどうしてここに連れてきたかを知りたい。」


 「なるほど、交換条件ね──」


 穂波は少しだけ意外そうな顔をするが、その顔は驚きではなく、どちらかと言うとどこか楽しそうな笑みだった。

 少し不気味な反応に颯太は押し負けそうになる。


 「別に知られて困ることじゃないしね。私は貴方の腕を見込んで、タイキプロの正式メンバーとして貴方を迎え入れ、戦闘員、つまりはストライカーとして貴方と契約するのが目的。」


 「──殺人鬼相手に契約とは、また随分と──」


 狂っている、そう思った。

 だが、あの怪物の姿が脳裏をよぎった瞬間、その言葉はまるでかき消されるように出てこなくなった。


 「──あの怪物とか言う──正真正銘、読んで字のごとくそうだが──15年間生きてきた中でもあんな奴は見覚えがないし、襲われた覚えも、あるいは襲われたなんて噂も聞いたことも無い。つまりは、猫の手も借りたいって言いたいのか.....?」


 「.....まあ、認めたくはないけどそうね。なんせ相手の分母とこっちの分母には桁違いの差がある。今はストライカーを誰一人欠かしている暇は無いのよ。」


 颯太の言った通り、猫の手も借りたい状況ではあった。

 だが、そうまでして、あるいは人間を殺した颯太の手まで、契約の上で正式なストライカーと認めていいものなのか。


 「とは言え、これは貴方の事情を考慮してのことなのよ、高縄颯太くん。もしも貴方が、タイキプロの言うような無差別殺人鬼だったら、こんな契約は交わしていない。」


 「──?」


 まるでこちらの事情を把握しているかのような口ぶりだ。

 今のところ、この穂波と言う人間について、堺市で市民23人を殺害した犯人、かつストライカーであるということしか知られていないはずだが、まだ知っていることがありそうだ。


 「──事情ってなんですか?少なくとも私は聞いた覚えが無いんですけど.....」


 ここでその疑問を口にするのは結愛だった。

 恐らく穂波からはお茶を濁したような内容しか説明されず、今この場で初耳であることが多いのだろう。


 「まあ、特段説明する必要も無かったからね。貴方に頼んでいたのは颯太くんの任意同行または捕縛だから、その任務に事情も何も必要()らないでしょう。」


 「そうは言うても──」


 結愛の脳裏に残っているのは、あの場で颯太が作っていた○体入れの為の穴だろう。

 ため池のように、かつて生きていたであろうモノたちが積み重なるように、そして埋められることも無く放置されている様子は、確かに奇怪であり不気味である。

 そして、ただ刺された訳では無い惨○死体、相当な殺意が無いとできる芸当ではない。

 颯太自身も根からの異常者と言う訳では無さそうだと踏んでいた為、颯太の事情に関しても気にはなっていた。


 「結愛ちゃんも聞くなら聞いていきなさい。」


 「──は、はい──」


 ──嫌そうというより、若干戸惑うような返事だった。

 そんな結愛を気にも止めず、穂波は事情を話し始める。



 ──その模様は割愛し、少し時間を飛ばす。

 颯太としても、穂波の語った内容は、彼女なりの推測があれど、8割方当たっており、訂正するのも細かい点や、ほんの一部、明らかに彼女の推測が外れている部分のみであった。

 そして、明らかに動揺している人物が約一名。


 「──こんなん──滅茶苦茶や──」


 同情は出来なくても、流石に感情がおかしくなりそうだ。

 突如始まった平和化などと巫山戯た名前を付けた政策により、収入を失った挙句に家族を失った。そんな内容を聞けば、颯太がいわゆる異常犯罪者であるなどという、"タイキプロ"のデマカセが嘘八百であることなど容易に想像がつくだろう。


 「──滅茶苦茶だろうな。親──いや、家族ガチャの外れの中でもさらなる大外れを引いたんだろうな。0歳で虐待されて、7歳で曾祖父(ひいじい)を殺し、挙句職を失った挙句に家族は壊滅、無事に生き残った俺は、憎悪で人を殺せる異常者に成り下がって──なんでこんな家族に生まれたんだろうな.....」


 颯太の目元にあったであろう涙は、生まれてから虐待を受け続け、既に枯れ果てて失ってしまった。だからこんなに他人事のように、つらつらと言葉が出てくるのだ。


 「俺の復讐は終わらないよ。これから何百、何千殺すことになるか分からない。もう罪人になった以上、何人殺したとて刑罰が変わることは無いだろうし、一度踏み出した道に後悔はしたくない。意味の有り無しに関わらず、な。」


 ──颯太はここまで言って、ついに話を打ち切ろうとした。


 「だから、もういいだろ。俺に頼ることも無ければ、俺はもう他人と馴れ合いたくない。今すぐ俺を解放し、今日ここに連れてきたことは無かったことにした方がいい。さもなくば、今日会った全ての人間も同罪に問われることになる。」


 ──これは脅迫ではなく、事実である。

 人を殺してはいけないという法律こそ無いが、殺ってしまえばその報いがあるのは当然のことだ。そして、それを許してしまった人間にもまた、同じく報いがあることも事実だ。

 別に颯太も、穂波や結愛のことなどどうでも良かったが、あくまで単独犯であるというメンツを保ちたかったのか、こればかりはどういう理由でこんなことを言ったのか、自分でもよく分からなかった。


 「──あら、殺人鬼にも他人を気遣える心はあるのね。」


 「.....」


 だから、このような一見解釈違いの穂波のセリフにも、しっかりとしたツッコミを入れることが出来なかった。

 そして、穂波は次いで驚くべきことを言い始める。


 「悪いけど、その警告は聞こえなかったことにするわ。」


 「──なんで.....?」


 ──颯太の警告に、穂波は聞く耳を持たなかった。

 流石に颯太も驚くが、理由は明白だった。


 「そもそも、殺人の動機がどうであれ、私は殺人鬼と交渉しているの。そんな見え透いた理由で貴方を見逃していたら、最初から結愛ちゃんに捕縛するなんて指示、出したりすると思う?無駄なことをしたわね、高縄颯太くん。」


 「.....!」


 穂波は意地でも逃がす気が無いようだ。

 それを言われて訳が分からなくなった颯太は、敵対心なのか、あるいは警戒心なのか、目の前にいる無害そうな女性を相手に、本能が敵だと察知し、AO(武器)を取る。

 ──だが、それを結愛が許す訳が無かった。


 「.....っ!離せ.....!!」

 「許す訳ないやろ?」


 当然ながら即答。

 しかし、颯太は全身に全力を入れている為に声も強ばっているが、結愛の声は至極穏やかであった。

 今颯太は間違いなく結愛から離れ、目の前の敵を刈り取るのに必死になっているはずなのに、結愛は全力のぜの字すら出さない程の微力で、自分より大柄な颯太を抑えているとでも言うのだろうか。


 「無駄よ。一度結愛ちゃんの拘束に嵌って、抜け出そうなんて思わない事ね。何せ、世界最強JKなんて呼ばれている程だからね。」


 「その俗称はあんまりですよ.....」


 そんなことを話す結愛だが、まるでその体には力が篭っている感じがしない。密着している肌から感じるのは明らかに脱力した体だった。

 つまり、この世界最強JKを相手には、自分の全力など、向こうにとっては筋トレにすら及ばない程なのだろうか。


 「落ち着く前に私からの要求を伝えさせてもらうわ。私からの要求はたった一つ、泉大津ストライカーグループへの加入よ。当然ストライカーグループに加入するということは、復讐なんて馬鹿げたものは出来なくなる訳だし、これからはその余りある実力を、怪物討伐に使ってもらうわね。」

 「誰がそんなことを──!!」


 別に復讐を止められることに苛立った訳では無いが、なぜかこの穂波という女にそれを止められるのは無性に腹が立つ。その理由を颯太自身も説明できる訳では無いが。

 だが、ここまで颯太のことを全て知られている不気味さ、あるいは逆撫でるような彼女の口調もまた、颯太の精神面を追い詰め始めていた。


 「──っ!!何.....を.....!!?」

 「喧しい奴っちゃな。ええ加減にせえよ。」


 さらにバックにいるのは世界最強JK。

 その世界最強JKは次の瞬間、颯太の呼吸を塞ぎ、一気にダウンを取りに来る方向にシフトした。


 (──なんなんだコイツら──本当になんなんだよ.....!!)


 本気で取って食われるのではという颯太の恐怖心のようなもので、なんとか暴れることは出来たが、それも大した抵抗にはならず、颯太は意識を失ってしまった。



 「──悪いわね。強硬手段まで使わせて。」


 穂波が手荒な真似に走らせた結愛に謝る。


 「それはいいんですけど──彼を組織に入れるって、本気なんですか?私も勿論、納得出来る人間はいないでしょうし.....」


 「まあ、少なくとも尚樹くんと七奈ちゃんは平気でしょう。最悪、事情を話せば納得してくれるでしょうし。」


 ──そこまで言って、穂波は結愛の核心を突く。


 「それに、貴方自身、心境が変わったんじゃない?」


 「──それは──」


 ──結愛自身、内心ぐちゃぐちゃであった。

 今まで"タイキプロ"の人間に言われた通り、颯太のことはただの異常犯罪者で、ストライカーである理由は平和化政策の影響で殺人行為に及べなくなり、仕方なくマスターしたものだとばかり考えていた。

 だが、ストライカーになった経緯こそ後で問い詰めるとしても、少なくとも颯太が快楽なり何なりの為に殺人行為に及んでいた訳では無く、家族を国に殺されたことへの憎悪、そして大多数の国民による支持を前に強固な地盤を手に入れた連合政党における、少数民意では動かない国や地方自治体に対する革命、いわば"馬鹿は死なないと治らない"のような理論で動いていたのだと感じ、"不思議と理解してしまった"。


 「それに、聡明な貴方なら、数の差ややってしまった事の違いはあれど、"彼と私たちが同罪であること"を分かっているはずよ。」


 「──ええ──素直に認めたくはないですけど.....」


 もう6月だと言うのに、冷たく、暗い空気が流れる。

 二人の間に沈黙が流れたのも束の間、穂波が切り出す。


 「颯太くんをどうするか、貴方に任せるわ。貴方が今までの話を聞いて、あるいはこの後颯太くんと話して、それでもなお彼を拒絶するなら、私も手を引くわ。なるべくなら前向きな返事を期待したいけど、凶悪犯への偏見って、仕方ないところがどうしてもあるからね。」


 「──分かりました。」


ー‐ー‐ー


 ──颯太が再び目を覚ますと、見覚えが無いようである、そんな不思議な天井が広がっていた。

 いや、天井に着目したのが初めてなだけであり、よくよく部屋を見回すと、意識が途切れる前に連れられた、いい思い出の無い部屋であることを再確認した。


 (──監禁──にしては、偉く不自由が無いな.....)


 真っ先に監禁を疑い、四肢を動かしてみるが、縛られているような感覚もなく、全て自由に動かすことが出来た。


 (──なんで俺はここにいる?まだやってない事が──)


 そこまで来て颯太はハッとする。

 そう言えば、相棒であるはずの傘はどこへやった?


 (──クッソ、抵抗力を奪われた.....!!)


 仮に相手が穂波だとすればまだ勝ち目はあるだろう。男女平等などと騒がれていようが、やはり力の面では男に部がある。だが、世界最強JKと騒がれた結愛が相手となれば、捻り殺される前に白旗を上げた方が賢明である。

 そんな中でもなんとか抵抗力にはなるだろうと考えていた神心武装のチャンスまで奪われてしまった。いや、正確に言えば身の回りのものは全て武器にできるのが神心武装だが、それに当てはまるような物も無く、仮にそんなものがあったとしても、手に馴染まないような武器で実力者に挑むことそのものが自殺行為にも程がある。

 つまり、颯太にとってみればこの環境は完全に詰みだ。


 (──何されるのかな、殺されるのかな──普通に考えれば死刑が相当だから、別に覚悟してなかった訳では無いけど、せめてグロい方法で殺すのだけはやめて欲しいな.....)


 死に方を選ぶ権利すら無いとは思っていたが、それでもそんなことを考えてしまった。

 やはりどんな殺人鬼でも死ぬのは怖いのだろうか。そんな恐怖を何人に浴びせてきたかも知らないのに。


 ──そして、颯太に詰みを宣告するべく、執行人がやってくるのだった。


 「なんて呼べばええ?高縄くん?颯太くん?それとも何か付けて欲しい渾名かなんかあるか?」


 「──これから死刑に処す相手を前に、随分とお気楽なことだな?世界最強JKさん。」


 後先考えずに挑発的なことを言った割には、言ってから拷問ルートを選んだと後悔した颯太だが、報復は無かった。

 しかし、ここまで詰め将棋のような盤面を作られておいて、まだそんな生意気な口が聞けたものだと、颯太も若干自分のメンタルに怖気付く。まあ、心などとうの昔に壊れているので、当然といえば当然なのかもしれないが。


 「誰もアンタに手ぇ掛けたりせえへんわ。勘違いも大概にせぇよ。」


 それに、相手がこんなにもリラックスしていて──

 ──今何と言った?


 「──は?」


 「誰も死刑になんかせんし、私にそんな権限があるとでも思うたか?現実が見れん奴っちゃな。」


 「──」


 思わぬ回答に思わず唖然とする颯太。

 まあ、言われてみれば自分が深く考え過ぎただけなのだが、どうしてここの人間は殺人鬼である自分に、こうも狂人のような接し方をするのだろうかと、少し不自然に感じる。


 「──じゃあ、何の為に監禁を──」


 「──ん、まあ、監禁は確かに事実かもしれへんな。私の気が変わったら出してあげんことも無いけど、私はあんたに目的があってこんなことしてるし、目的が達成されるまで逃がす気は無いってことをご理解頂こか。」


 「──ヤンデレか?メンヘラか.....?」


 ──思わず彼女の心理状態が心配になる。

 とは言え、そんなことを言い始めれば、わざわざ結愛を使って捕縛まで命じていた穂波はどういう心境だったのか──そんなことを考え始めれば最早キリが無いと考え、ヤンデレメンヘラ論争を放棄する。


 「私は単純に話がしたいだけや。どうしてもさっきの話が頭から離れんくてな、改めてあんたから、ちゃんとした詳細の話まで聞きたくなった。」


 「──何で赤の他人のお前に話さなきゃいけない──」


 ──当然そんな考えに行き着いたが、結愛を相手に逃亡は不可能であることを察した颯太は、話しを始めた。



 「──じゃあ聞くけど、この平和化政策とかいうクソ政策、誰のせいでこんなゴミみたいな世の中になったと思う?」


 「──?」


 いきなり予定外の話を振られ、結愛は少し戸惑う。


 「言い出しっぺは現内閣総理大臣、市川秀作、及び市川が所属してる民共党を初めとした連合与党勢力やろ。」


 「──まあ、普通はそういう認識になるわな。」


 ──結愛の言葉を聞いた颯太は、不自然な程穏やかな口調でそんな返事を返してくる。

 だが、次の瞬間、異様とまで言える殺意のような感情を剥き出しにして、こんなことを言った。



 ──誰がその道を選んだと思ってる──


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