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第1章 No.11 混沌の貝塚

 ──破砕の雷刃──!!



 高度25メートル以上、駅のプラットホームからも20メートル以上の高さから放たれた連携秘奥技は、繰り出される前から地上にも異様な威圧感を放つ。

 そして秘奥技はまさに本物の落雷の如く、人柱を頂上から切り裂き、砕き、全てを無に返すような強烈な勢いで人柱を崩壊させた。

 奇策とも言えた結愛の作戦が見事に成功した。


 「やっべぇ.....耐久値が半分──5分の3は切った.....ろくにメンテナンスしてなかったせいで──」


 だが、その秘奥技の威力に比例するように、AOの耐久値がゴリゴリ削れていく。

 ちなみにAO、つまりはストライカーが魂を与えたものである仮の武器には耐久値が存在し、底を尽きると二度と使えなくなるという噂だ。実際にそうなった所を見たことは無いが。

 判別方法として、武器の威力が落ちる、操作性が格段に悪くなる、振る時に無駄な風を切ってブレるなどがあり、その程度が悪くなり、耐久値ギリギリとなるとまともに武器としては扱えなくなる。ちなみにアーミング、つまり神心武装を解除して元の物体に戻すとボロボロ度合いで耐久値として判断できる。


 「私のもそろそろヤバそうやな.....」


 結愛の木材もまた、耐久値の危機に瀕していた。

 颯太と結愛のメインウェポンが無くなった訳では無いが、これから先も激戦を控えた現状、かなりの不安要素ではある。

 だが、それよりも更に重要な情報がまだそこにある。


 「──んで、やっと姿を現したか.....」


 ──そこに居たのは、先程まで自慢の二本足で地面を抉りながら永遠に跳躍を繰り返す奇怪な生物では無く──


 「──シュルルルルルル.....」


 「やっとお出ましか.....ていうか、ただ空に舞うようなやつじゃ無かったってことだな。」


 一足早くその姿を見た颯太に続いて、結愛とマイカ、そして駆けつけた香苗と煌太も、怪物の真相──先程の異常なまでの速さと、その洗脳スキルの理由を見つけたのだ。

 異様なほどに憎悪に染めた表情を浮かべる彼の体に張り巡らされていたのは、無数の"軍事機密"だったのだ。


 「.....正直期待を裏切られたな──俺はあくまで、何かしらのアイドル的な立ち位置での扇動だと思ってたんだが、まさか、蜘蛛だなんてな──全くもって笑えない冗談だ──」


 嫌悪感が募って吐き出しそうになる颯太。


 「.....まあ考えてみたらある意味恐ろしいことこの上ないんやけど、それでどうやって人間の脳まで操れるんか、教えてほしいようで黙っといて欲しいんやけど。」


 怪物から延びていたのは、一本なら視界にも捉えられなさそうな細い糸の束であった。恐らく蜘蛛の糸的なやつだろう。

 しかしゾッとするのは、結愛の言う通り、それでどうやってあのゾンビ達を操っていたかという点ではあるが。


 「いくつか不自然な例はある。だが、お前を倒したあとで幾らでも知れることだ。取り敢えず、今さら逃がしても仕方ないからな、今すぐにでもお前を潰す──」


 ──颯太からは、家に出るミスターGに遭遇した時の拒絶反応のようなものを感じてしまう。

 颯太が傘を構えると、全員それを察してAOを構える。そして一方の怪物も、察したかのように臨戦態勢に入る。


 ──恐らくアルゴリズム変異が起こっているだろう。

 というのも、回復途中にそれを邪魔されているのだから、まだ体力は回復しきっていないはずだからだ。

 先程の異常な速度での飛来攻撃が、どこかに事前に糸を張っていたから実現できたのならば、今それを再現することは不可能。それに、ゾンビになり操られている──というのかはさておき、あの状況にさせたその理由も大いに気になる。まだゾンビはまだしも、自分達の仲間に間違ってもあれをされてしまえば耐えられない──主に結愛に関してはもうそれをされるだけで全滅必須、絶望的だ。


 「イヤヤヤァオオオオオオッ!!!」


 高らかな咆哮と共に狂信者が放ってきたのは、なんと人柱だったはずの狂信ゾンビ5体。

 先程まで人柱として活用していたゾンビ達をなんの躊躇も無く投げ飛ばす鬼畜、まるで人の体調など気にせず気の向くままに使い潰す一世紀前のゴ○上司である。


 「ここは僕に!!」


 無表情ながら何か決意を決めたような感情を滲ませる煌太がスキーストックを構えながら秘奥技を見せる。持ち前の素早さで目にも止まらね連撃を重ね、スピードと数で重い塊を落とすことに成功した。

 ──これが彼の持ち味、打のストライカーには珍しい連撃系の中でもトップクラス、18連撃を見舞う完全自己流のオリジナル秘奥技「あられの舞」である。


 秘奥技が完全に決まりこっちのターン、サイドに回り込んでいた結愛が背後についた瞬間に秘奥技"かち割り"を打ち込み、ヘイトが結愛に向いた瞬間に加速し颯太が秘奥技"風刃斬"を繰り出す。さらにそこに合わせるようにその背後から香苗が竹刀で秘奥技を繰り出す。

 

 「ナイス判断!」

 「ありがとうございますっ.....!!」


 


 「イヤウゥオオォォウウゥッ!!」


 擬音が定まらないが、特徴的かつ最悪なほどに耳障りな怪物の咆哮が再び周囲を包み、今度は上に持ち上げたゾンビを容赦なく地面に叩きつけて颯太たちに攻撃を仕掛ける。


 「自分で攻撃せん辺りが臆病者ってこっちゃな!」


 が、逆をついて結愛は突撃する。攻撃の最中に彼が糸を操ることに集中してしまえば、いきなりの奇襲には耐えられずに、結愛への対応か、または範囲攻撃のどちらかが乱れるだろうと考えたのだ。

 ところが、意外にも対策されていた。


 「なっ!?」


 もちもちの感触に触れた瞬間、その向こうからやってきたゾンビの突撃を許す。チート級の反応速度でダメージはなかったが、それでも虚を突くつもりが逆に裏を突かれてしまった。

 そしてそのもちもちが、糸で作られた毛玉であることが判明する。しかもご丁寧に繊維状に編まれており、その気になれば寝心地のいいマットレスになりそうだ。


 「──っ!器用なことしてきよんなぁ!」


 少し苛立った結愛に対し、颯太が少し何かに引っ掛かったような顔を見せる。そして何かを思い付いたのか、顔を横に2、3度振り、マイカに尋ねる。


 「マイカ、撹乱できるか、少し知りたいことがあるんだ。」

 「──かく──らん.....?」


 ガクッとなりかけた颯太も、言葉に気を付けなければならないことを改めて自覚する。相手は恐らく小学校低学年、あるいは最高でも4年生程度だろう。まだまだ知らない言葉も沢山あるはずだ。


 「えっと──相手の回りをぐるぐる回って、相手を混乱させるんだ。マイカほどのスピードがあれば、相手の目を回すこともできると思うから。」

 「わかった!」


 颯太の指示を受けマイカが単身で攪乱作戦に入る。

 一気に加速したマイカが速度を大幅に上げてぐるぐる周囲を回ろうものなら、怪物にしてみれば鬱陶しいことこの上ない。


 「ギュルィイイイイイ!!!」


 相当苛立っている声を出し、先ほど結愛を迎撃した、例の毛玉を作ってマイカを迎撃しにかかるが、マイカには直ぐに見破られ、捕まらないどころか、破壊されているように見える。

 この調子ならば大丈夫だと判断し、颯太は全員を招集して作戦会議を始めた。


 「あいつのスタイルだが、なんとなく検討がついた部分がある。さっき結愛が襲われた毛玉、あれは多分狂信者本人じゃなく、取り巻きのゾンビから出されたものだと思う。」


 「──イマイチ話が見えへんねんけど?」


 颯太は取り巻きのゾンビ達の方を見ながら、結愛たちにこう切り出した。


 「正直、一つだけ気になった点がある。取り巻きのゾンビには、下を向いて立ち尽くすやつと、こちらを見ながらちょくちょく動いているやつの二種類がいる。俺はこの働き蟻ならぬ働きゾンビの法則に理由があると思うんだが、どういうことか分かった人いる?」


 その言葉にいち早く反応したのは煌太だ。


 「行動してるやつと、動かないやつ、それなら考えられるのは、自分で動けるか動けないかの二択。」


 「ご名答。最初に結愛が言ってた"人間の脳まで動かしている理由"が気になっていた。そして結愛を襲ったゾンビは動く方、怪物が雑に使ってた人柱のゾンビは動かない──動けない方。そして、恐らくだが下のやつら、半分脳ありのあいつらともこいつらは違う存在だ。」


 ──そして颯太は、耳にするだけで悪寒が走るような仮説を言ってのけた。


 「その理由は恐らく、ラジコン、つまり何かしらの──あいつなら寄生虫を脳に埋め込んでいるか──」

 「やめてや.....!!」


 静かにではあるが叫ぶ結愛は全身鳥肌が出まくっている。無理もないところで、脳の寄生虫など、これを今現に考えている筆者こと中の人ですらゾッとする。


 「.....考えたくないですけど、もしかしてその寄生虫は本体、つまり怪物から分裂したもので、それによってある種の傀儡人形に仕立てている、とか、そんなことない──よね?」


 「──悪いけど、かなり的を得てると思います。」


 ──結愛に続いて香苗もノックダウンだ。こちらは顔を青くしてぶるぶると震えている。

 煌太が察したらしく、優しくその手を握ってあげているところを見ると、体格差を抜きにすればどちらが上の兄弟か分かったもんじゃない。


 「ただ、だ。所詮自立式の傀儡人形だったとしても、その脳みそは俺らより遥かに精度が悪い。つまり、あいつらの予期しうるアルゴリズムを外せばあいつらは簡単に片付く。だけど、中の寄生虫を潰すなら頭ごと大根おろしにしないと無理だからさすがに放送倫理的に危うい。だから、予期される簡単なアルゴリズムから外れた行動を常にとりつつ、俺たちが狙うのは本体の怪物、ただ一匹だ。」


 「──なるほど、傀儡人形の中からその"主"が出てきて新たな宿り木を探されると厄介だから、あくまで優秀な傀儡人形は放置して、主から先に潰してしまおうってことですね。」


 「正解。」


 煌太が優秀すぎる。まあそれは後で褒めてやればいいわけで、今は目の前の怪物の討伐に全力を注がねばならない。


 「マイカの陽動もそろそろ終わりだ。こっからは一先ず自由に動こう。その中で俺があいつらの予測アルゴリズムをある程度策定する。それが終わったらまた今みたいにマイカに陽動してもらいながら作戦会議して、一気に畳み掛けよう。」


 全員が──女子勢はまだ怯えているが、取り敢えず作戦を把握し、再び数分間、泥沼の戦闘が始まるのだった。


ー‐ー‐ー


 「──現場の状況は?」


 『戦場が貝塚駅の中になっちゃったせいでしっかり見えないんですけど、恐らく怪物との戦いが起こっているっぽくて、先程から衝撃波や轟音が凄いです。ただそれよりも問題は駅前ロータリーで、数え切れないほどのゾンビ化個体によって貝塚駅が包囲されています.....』


 「──駅前ロータリーを占拠して、主戦場の駅を包囲しているのか──あまりいい予感はしないですね。」


 タクシーを利用し、主力組の二人が移動しながら現状整理を行っていた。電話口に出ているのはリザーブ組と共に現地に出ていた沙梨である。


 「現地の交通状況はどうでしょうか?」


 『高架駅の外壁が崩れ落ちたのもそうだけど、やっぱり大量のゾンビのせいで、ロータリーが完全に封鎖されてる。今貝塚駅の方に行く道が凄い渋滞を起こしてるから、回り道するなりで、車で貝塚駅の方に近寄らない方が良さそうですね。多分一つでも筋が違えば空いていると思いますが──』


 「ゾンビで渋滞騒ぎとなれば、国家権力様の出番も近そうですね。なるべく迅速に向かいます。早めに片付けてしまいましょう。」


 『お疲れのところありがとうございます。』


 ──電話が終わり、タクシーの運転手に貝塚駅の少し手前側の道路、中町通りの感田神社付近を目的地にするように言う。

 高架駅となった貝塚駅では、東西ロータリーを結ぶように新しくまあまあ広めの道路、新中町通りが新たに設置されたが、この通りが閉鎖された現状、今は一つ手前にある中町通りを通らざるを得なかった。


 「感田神社ならあと3分くらいで到着しますよ。お急ぎみたいなんで、少し抜け道を使わせてもらいますね。」


 「これはご丁寧に、ありがとうございます。」


 タクシーの運転手のファインプレーもあって、予定時刻よりもやや早めに着けそうな目処はたった。

 財布を用意しつつ、主力組のリーダー、中村尚樹は、膝に手を置いて固まったように座る相棒の方へと声をかけた。


 「もうすぐ着くよ。体を伸ばしておきなさい。」


 「──うん──」


 ──返事をした少女、泉大津の主力組の副リーダー、中村家の二人の家族の妹、中村恵理である。

 この二人は双子で、共に2035年5月1日生まれ、現在20歳。身長、体重、体力や頭脳の面までスペックに差が無い、見た目さえ統一してしまえばどっちがどっちか分からない程にそっくりな双子である。尚樹が兄、恵理が妹である。


 (──ん?テキストチャットか──)


 不意に尚樹の携帯電話にメッセージが届く。

 差出人を見ると、主力グループでナンバー3を務める書記長からだった。


 内容は、"どうして副団長をリザーブ組のもとへ向かわせたのか"と言ったものだ。返信を返すか少し迷いつつ、別に既読機能も無いので、今は気付いていないフリをして、携帯電話をスリープ状態にして返信を返さなかった。

 ──そして恵理の方を見て、尚樹の脳裏に言葉が過ぎった。



 ──そんなもの、僕が一番聞きたいんだけどな──



ー‐ー‐ー


 ──貝塚駅中央口。

 先程数分前まで行われていた狂信者の踏みつけ──というより、上からのタコ殴りによって、バスターミナルは壊滅。

 さらにそこに雪崩れ込んできたおおよそ千を数えるゾンビによって、最早地獄絵図と化している──某大佐が言った"人が○ミのようだ"とはまさにこの現場に最適な表現である。

 相変わらず無謀とも言えるこの現状でも、プラットホームでの戦いの為にも、死守作戦とも言えるような防衛戦を行っている人物が約2名。


 「キム、調子はどうよ?」


 「──正直ヤバいかなぁ.....ペース配分間違えたかも。まだかろうじて立ち回れてはいるけど、このまま行くとゾンビの全滅よりこいつのコラプスの方が先だね。」


 「俺も、体感的にガタが来てる気がする。擬似コラプスになると5時間は体を動かすのも辛くなるし、そうなったらいよいよ終わりだな。」


 二人の調子は芳しくない。ペース配分は完璧と言え既に体の限界が近い闘也と、ゾンビの数の加減を見誤りペース配分が完全に狂ったキム。

 ──まあこの状態ならペースが狂うのも無理ないだろう。とは言え、一度ペースを狂わせてしまうとその後の建て直しが難しい。それが命取りというのも忘れてはいけない。


 「──辛い状況だな.....」


 「ただ、ここを突破されたら颯太たちの負担がヤバい。そうなったら完全に壊滅だ。意地でも死守しないと──」 


 「.....そうだね──」


 実際、ここを突破されてしまえば、颯太たちは今まさに動き出した怪物に、背後から数の暴力で強襲してくるゾンビたちに挟まれることとなる。そうなれば壊滅必須だろう。

 颯太たちの負担をなるべく軽くするためにと、闘也は拳を握り直し素早く呼吸を整える。



 「──ヤバい!!」


 キムの声にはっと我に返るが時既に遅し。気が付けばもう避けられないような位置関係にゾンビが飛び込んできていたのだ。


 「闘也!!」


 キムが排除しに掛かろうとしたが、目の前の3体が邪魔すぎてうまくいかない。

 闘也にはどうすることも出来なかった。



 ──ゴブッ!!


 鈍い音がしてゾンビがのけ反る、その時までは。


 「ぼさっとしないでください!闘也さん!」


 そこには、いつの間にか駆けつけた沙梨が、バールのような金属製の細い鈍器を持って飛び込んできていたのだ。


 「──ハラハラさせんなよ闘也.....」


 状況を察したキムがほっとしたような声を出す。が、目の前にはまだ動く巨大要塞があるのに変化なし、手は抜けなかった。


 「ゾンビ達なら普通の攻撃も通る、沙梨さんは手伝って貰えそうですか?」

 「まあ、何とか頑張ってはみますが、神心武装が無い状態、打点としてはそこまで使えるコマにはならないかと──」


 ──神心武装が使えない。

 まあ相手がゾンビだからともかくと言え、素手で訳の分からない相手と戦うのは、ある意味では自殺行為である──なお、初期程度の怪物なら対抗できる化け物がいるのは別の話。

 普通の一般人ならほぼ命懸けであろう戦場にわざわざ入ってきて、本来戦わねばならないストライカーの闘也を助けてくれた沙梨の存在は、その場しのぎという意味ではかなり大きかったかもしれない──が、そんなに甘くないのも世の常。


 「戦力は上がってないと思った方がいいな。いずれにせよ俺たちの戦力が尽きた時には終わりだ。油断するなよ。」


 「──今のところこちらのセリフなんだけど?」


 沙梨のバールのノックバックから解放されたゾンビの攻撃を撥ね飛ばしながら闘也が叫ぶのを、キムが冷静に弱みにつけ入ってくる。だが、それもまた闘也を奮起させる。

 こちらも徐々に泥沼の戦いと化していく。貝塚は徐々に、泥沼の戦闘地帯へとその姿を変えていくのだった。


ー‐ー‐ー


 泥沼の戦闘が先にその火蓋を切って落とされた怪物やゾンビたちとの戦闘、泥沼化から5分弱が経ち、段々皆に疲労と武器のコラプスの危機が迫っていた。


 ──が、ここまで来て分かったこともある。

 有能ゾンビ達にとって、アルゴリズム、ないし行動パターンは、あくまで機械的な部分でしか設定だけということ。

 つまり、彼らは人間の思考を一切読むことができない。無論、多少の想定外なら恐らく対応も可能だと思われるが、それを重ねれば彼らに想定外が重なり、混乱状態という致命的なデバフをつけることが可能になるだろう。


 マイカの撹乱も無事に上手く行き、怪物が気をとられている隙を見て、颯太らの作戦会議も終わり、ついに攻め込む準備ができた。

 マイカが颯太らとは逆方向に目線を向けさせることに無事に成功した。あとは有能ゾンビたちに邪魔させず、ストライカー全員で狂信者に一斉奇襲攻撃を仕掛ける。


 「じゃあ、手筈通りに。」


 全員がその言葉を聞き、一斉に飛び出す。

 足が比較的遅めの颯太、そして攻撃力に難がある煌太が正面から突破し、彼らを囲い込むように結愛が左サイドから、香苗が右サイドから走り込む。


 もちろん、有能ゾンビ達への対策も忘れない。そもそも全員が一ヶ所に固まらない時点でも少し予想外ではあるだろうが、それだけでは足りない。

 颯太と煌太は持ち前の連撃を、秘奥技を使うふりをしてあえて発動しないことで進路を開けていく。ゾンビ達が一歩引いた隙にその前を走り抜けるという魂胆だ。

 結愛は木材でゾンビを捕まえると、そのゾンビの足を掴みぶんぶんと振り回すことでゾンビ達を──ある意味"ドン引かせる"作戦だ。さすがに仲間を捕まえてもそれを武器にして攻撃してくるなど、怪物のアルゴリズムに想定されている訳がなく、狙い通りゾンビ達はドン引きで動く気配を見せない。

 香苗の方にはゾンビが何故かほとんどいなかったが、それでも二人ほどいる有能ゾンビを避けるために、攻撃用にと出してきたあのモチモチの毛玉を飛び越え、ゾンビの肩に飛び乗ると、それを踏み台にしてもう一体のゾンビを飛び越える。確かにこれも予想外であろう。


 各々個性の出る有能ゾンビ対策も完了し、ついに怪物に狙いを定めた。4人が再び一塊となり、秘奥技の構えを見せる。

 颯太は例の七連撃を構えており、結愛たちの攻撃の後にさらに追撃を入れる構えだ。結愛は"かち割り"を、香苗は一撃技の秘奥技を、煌太は素早い連撃のあられの舞を用意した。

 さらに怪物を挟んで反対にいるマイカもどうやら攻撃を仕掛けようとしているらしく、狂信者に対して5人が一気に攻撃を仕掛ける。


 マイカの攻撃に押された狂信者の背中に香苗の秘奥技、煌太の"あられの舞"が炸裂し、さらに結愛のかち割りが炸裂した反対側から颯太の七連撃が一撃、一撃確実に決まっていく。26コンボ中19発が膝に入る好成績だ。


 ──が、怪物もただやられているだけでは済まなかった。

 突如浮き上がる元人柱8人を上空で2、3回ほど振り回したと思った次の瞬間、颯太達は大きく吹き飛ばされてしまった。

 人柱による攻撃を食らい、マイカは体に思いっきりダメージを食らい、颯太も右脇腹に攻撃を受けて左方向に大きく吹き飛ばされ、無事である貝塚駅の反対側の壁に衝突する。

 結愛は何とか攻撃を木材で受け流し、さらに煌太は香苗の咄嗟の判断により庇われて無傷であったが、香苗は首に思いっきり攻撃を食らってしまい、5人でもっとも重いダメージを負ってしまった。


 「お姉ちゃん!!」


 さすがに香苗が辛そうなのを見て煌太が心配そうに叫ぶ。


 「──痛ぁっ.....大丈夫.....お姉ちゃんは煌太を置いて死ねないわよ.....でも思ったより重い──してやられたわね.....」


 香苗は何とか起き上がるが、露出された首もとに残酷なほど見事に赤い跡がついていて、少し青色に変色しているように見える、恐らく相当な威力を食らってしまったのだろう。

 ゆっくり起き上がろうとするが、流石に首もとのダメージが響いているのかかなり辛そうだ。煌太がとてつもなく不安そうな顔をして香苗の肩に抱きついて、立ち上がるのを阻止する。


 「マイカちゃん!」

 「大丈夫だよ!」


 結愛は恐らく2番手を争うであろう大怪我を負いそうな食らいかたをしたマイカの安否を問うが、そんなマイカはまるで何事もなかったかのようにすっ飛んできた。


 「よかった、かなり痛そうだったから──」

 「それより颯太くんは!?」


 マイカに言われて気がついたのは、颯太の安否である。結愛は我に返ったかのように表情を一変させて飛ばされた壁の方向に走っていく。

 颯太においては壁に激突させられたこともあり、少し意識が朦朧としている。外傷はそこまで酷くは無いらしいが、それでも頭がぐらぐらしているようで、しっかりと立ち上がれない状況になっている。

 立ち上がった颯太がふらふらと倒れるところに結愛がしっかりと抱き寄せてしっかり支える。が、その状況すらも颯太が認識できているか怪しい。

 外傷としては恐らく香苗が一番被害を受けているが、颯太に関してはこちらが行動不能レベルの大デバフを負う結果となってしまっている。流石に他に3人のストライカーとマイカがいたからこそ大丈夫だが、仮に一人でソロ戦闘に踏み込んでいた場合はかなり致命的な状態であると言える。


 「.....でも、今でも十分マズいわね.....」


 結愛の言う通り、この怪物に対して最もその能力の核心をついていたとも言える颯太が戦闘不能になるということは、すなわち能力への知識が、皆無とまでは言わずとも、かなり少ないほぼ振り出しの状態にまた戻ってしまう。そうなれば仮に討伐できたとしてもかなり多大な時間がかかることになる。

 デュラビリティ、つまり耐久値との戦いとなるこのストライカーとしての戦闘において、戦闘時間の長大化はそのまま討伐難度の上昇に繋がってしまうのが大きな問題である。


 「マイカちゃん、悪いけどしばらく時間を稼いでほしいの。今あいつの気を引けるのはマイカちゃんだけだと思う──」

 「多分それはないと思うよ。」


 これまで颯太が作戦の基盤としていたマイカによる撹乱が、当の実行者本人であるマイカにばっさり否定されてしまった。


 「さっきの攻撃に"あじをしめた"?と思うから、無理に私が近づいてもまわりにダメージが増えるだけだと思う。さっきの攻撃が未だによく分からないから、テキトーに私が動くのは良くないと思う。」


 マイカですら詳細を知ることができなかった、あの謎の範囲攻撃。確かにあれに味をしめられたらマズい。範囲攻撃を大量に打たれてしまうとマイカだけではなく、現在負傷状態の香苗たちや颯太にも被害が増えるだけだと判断したのだ。

 冷静な考察で、結愛の案は暗礁に乗り上げてしまう。自分なら颯太と香苗を一気に担いで動くことはできるとは言え、速度が相当落ちてしまう以上、まだ未知の範囲攻撃を避けることは恐らくできないだろう。


 「取り敢えず、颯太くんが起きないことには何も出来ない。かくらんは出来ないけど、ちょっとだけ、いや、できるだけ時間稼ぎしてみる──」


 マイカが取り敢えず時間稼ぎに出ようとしていたまさにその時だった。



 ──僅かに一瞬。

 だが、確かに命中した一撃により、怪物の身柄が遠くの壁に吹き飛ばされているのだった。


ー‐ー‐ー


 ──ほぼ同時刻、貝塚駅の改札口。

 引き続き劣勢に立たされていた闘也とキムの防衛戦、あれ以来10分程は何とか均衡を保ってはいた。

 だが、二人の限界が徐々に足音を響かせていた。


 「やべぇな.....だんだん威力が弱くなった来てるってことは、俺の場合疑似コラプスが近いみたいだな.....」


 「僕の方もキツいな.....金属バットがさっきから秘奥技の時に言うことを聞いてくれなくなってる──」


 あの状況から防衛ラインを10分も維持したのは流石と言えよう。ただ、そんな二人の体力も、そして武器のデュラビリティも無尽蔵という訳ではないのだ。

 流石に限界も近いか、二人に温存されながら息を整えていた沙梨もバールを構えて深呼吸する。

 そしてその時は突然として訪れる。


 「キム!!左のやつ!!」


 正面及び右方向、防衛ライン上で言えば中央付近の敵に夢中になっていたキム。そのゾンビの数は3体、そちらに気をとられても仕方がないだろう。

 だが、防衛ライン左端、キムの射程外から飛び込んでくる敵影に、キムより先に闘也が気付いた。

 ──つまりはキムが気づく頃にはもう遅いということ。


 「───!!!」


 いや、遅すぎた。その場にいた誰もがマズいと気をとられた瞬間だった。



 たった一本の剣撃でその危険が、確かに排除されていたのだ。颯太の剣撃とは桁違いの威力だった。


 「まだまだね.....防衛ラインを死守するなら、四方八方全ての敵に気を配っておかないといけないのに。」


 そこにいたのは、沙梨より少し背が低い、髪もやや短めな程度の少女──あるいは女性だった。が、体格はゴツく、どちらかというとやや細身の男子と大差がなかった。

 何よりもそのAO、金属製の細く、だが確かに強く、かつしなやかなその模擬刀が、"斬"の中でも相当な実力者であることを既に物語っている。


 「でもまあ、数が多すぎるのは確かにめんどくさい。ここまでの時間稼ぎは素晴らしいと思うよ。お疲れ様。」


 淡白にさばさばと話す様子は、どこか脱力しているというのか、もしくは人に対する興味がなくただ冷たくあしらっているのか。どことなく冷ややかさを感じる。


 「──副団長──まさかあなたが.....どうしてここに──」


 「副団長?」


 戦いの最中、沙梨の言葉に疑問を持つ闘也だが、遮るように鋭く、冷たい言葉が飛んできた。


 「──自己紹介は後で。取り敢えず今は時間稼ぎかな。今兄さんが上で片付けてる頃だろうから。」


 と、そんなことを言っているうちに、異変は起こった。


 突如、先程まで何者かに操られているような、あるいは生き血を求めてさ迷っているような状態でゾンビ化していた狂信者もどきが、一斉に倒れていったのだ。

 突如として活力を失ったゾンビ達の表情は、元のものと言われると微妙だが、人間の表情に戻っていた。


 「──終わったみたいね。上で兄さんに合流しよう。」


 倒れた元ゾンビ達をちらっと見る程度で、そのままホーム階へ上がろうとする彼女に、闘也が問いかける。


 「.....いいのか?このままで──」


 「問題ないよ。YL025番、彼の傀儡人形達の末路。30分もすれば起き上がって普通の生活を始めると思うよ。」


 そう言うもんなのか、と関係者である沙梨に目配せすると、"間違ってはない"とでも言いたそうな表情を見せる。何かしら微々たる間違った部分があるのだろう。

 それを気にせず、彼女はホームへの階段を上がっていく。その瞬間ボソッと言った言葉に、沙梨の目の色が変わった。



 ──早くあの"人殺し"を排除しないとね──



ー‐ー‐ー


 ──突如訪れた地響きのような攻撃が怪物を吹き飛ばした。

 一撃で狂信者を吹き飛ばすほどの火力を持っており、多大なダメージを相手に与えるだけでなく、突然の奇襲であったこともあり、混乱と怯みの状態異常をつけることに成功する。

 そこにいたのは、颯太と同じくらいの背格好だが、金属製の模擬刀をアーミングしたストライカーだったのだ。


 「安心してください、泉大津主力組、仲間です。」


 ストライカーは結愛たちの方にそれだけを伝えると、狂信者に対して最後の言葉をかける。


 「感心できませんね。イエローリストYL025番こと蜘蛛男(ザ・スパイダー)。ただの騒ぎと託けて彼らを誘いだし、初心者に初見殺しをしようとするなんて。」


 「──ォオオオゥッ.....!!!」


 怪物はさらに新たな攻撃、地中に張り巡らせた糸を使って尚樹を毛玉に閉じ込めるような攻撃を行った。

 が、秘奥技ですら無い尚樹の剣の一振りで無に返される。


 「反省が出来ないね──大人しくしていればいいものを.....」


 怪物は懲りずに突撃したが、尚樹はすぐに間合いを詰め、その膝のコアに秘奥技と思われる何らかの攻撃を打ち込んだ。

 僅かにその一撃のみで、リザーブ組で削り切るのがマイカのお陰でやっとだったコアを一気に削り取り、破壊し、なんと一撃のみで怪物を倒してしまったのだ。

 ──まあ、怪物のコアがあまり回復していなかった可能性も否定は出来ないが、それでもこの火力、異常だ。


 「──相変わらず鬼の火力──それでもって鬼の連撃すら持つ完全無欠の"斬"、お見事ですね。」


 「おっと、そう言えばリザーブ組には君がいたんだね。元気そうでなによりだよ、結愛くん。」


 元々から泉大津に所属していた結愛とは顔見知りであり、軽い挨拶を交わしているのを見ると、悪い人間ではなさそうだ。


 「──それだけに、彼女が居るのは余計に──」


 ──何かを尚樹が呟いたが、リザーブ組の耳には入らない。


 「──それより、イエローリストって、そんな危ない怪物やったんですか.....?」


 「ああ、イエローリスト25番、まさか彼がここに出てくるなんて予想もしていなかったんだけどね。穂波さんが前もって予測していて安心したよ。」


 ──後々分かったことだが、怪物にはストライカーグループにも優先的に討伐しなければいけないと危険視されている者も存在しており、危険度の高い順にブラックリスト、レッドリスト、イエローリストとなっており略称で順番にBKL、RL、YLと呼ばれている。

 現在登録されているのはBKLは8体、RLは18体、YLは64体であり、先程尚樹が討伐したのはYL025番、つまりはイエローリストの25番目に登録されていた要注意個体ということだ。


 「ともかく、討伐は終わったんだ。沙梨さんと一緒にチェックアウトを済ませて、泉大津に早めに帰ってきてね。リーダーには報告書が手をこまねいて待っているからね。」


 「──嫌なジョークですね──」


 尚樹が苦笑いし、そのまま階段を降りて帰ろうとする。

 ──が、思わぬ足止めを食らうことになる。


 「──ついでに、兄さんには人殺しへの弾劾裁判が待ってるんじゃない?」


 ──振り返ろうとしたまさにその時に聞こえた声で、尚樹の目の色が変わる。

 そして、リザーブ組の空気も変わる。

 きっと、沙梨や尚樹が副団長をリザーブ組に関わらせたくなかったのは、こういう事が起こってしまうからだ。


 「──分かってるでしょ──」



 ──殺人犯、高縄颯太くん。

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