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第1章 No.10 罰の雷

 ──ゾンビを残して怪物が逃走した。

 恐らく怪物とゾンビには繋がりがあり、回復の為に撤退、ストライカー達を足止めするためにゾンビを残したのだろう。


 「──怪物が出てきてからゾンビ達が攻撃的になったよな、やっぱり、ゾンビと怪物にはなんか繋がりがあったのかな.....」


 「今まで一切攻撃してこんかった訳やし、民間人に被害出る前にゾンビも倒していくしかないか──」


 颯太と結愛の言う通り、今まで全く攻撃の意志を見せなかったゾンビ達が、一夜明けて怪物が出ればあら不思議、一部が攻撃の意志を見せ、怪物ほどでは無いが民間人にとっては驚異になりつつある。

 それを受けてゾンビも怪物の一員と判断し、攻撃してくる個体にはこちらから反撃することになった。


 「それより、怪物はどこ行ったんだ──また回復されたらさっきのマイカの攻撃も全部無駄になるぞ──」


 「それだけは避けないといけない。早めに探し出してトドメを刺さないといけないけど──」


 闘也とキムの言う通り、せっかくここまで追い詰めた怪物の討伐チャンスを逃がした形となってしまい、早めに追い詰めて倒しきらないと、マイカが機能不全となった現状では最早手の付けようが無い。

 そして一方で、マイカが機能不全の為、索敵に関しても方法が全くない。今のところ何も出来ず、ただ無数のゾンビを狩り続ける以外の方法が無くなってしまった。


 「──"斬"の俺に関しては、生身の人間を斬る可能性があるから、ゾンビにも無闇矢鱈に攻撃できないからな.....」


 そして対ゾンビ戦において"斬"はお荷物と化す。怪物とは異なり一応は生身の人間の為、その名の通り人間を切断することができる"斬"は力加減が難しく、ほとんどの攻撃でゾンビをほぼ確実に殺害してしまう。

 だからこそ、何かしらの方法で戦況の打開を図らなければならないのだが、どうしても目処が立たない。


 「──とにかく、まずはこいつらを何とかしないと──」


 合流した香苗と煌太もゾンビを攻撃し道を開けようとするが、やはり圧倒的な数の暴力が戦況を厳しくしていた。


 ──依然としてゾンビ映画の世界観が広がっていた。

 どういう理由(わけ)なのか、コアも形成されていない、成り損ないのような怪物もどきがうろちょろしている。もし仮に彼らが怪物の手下だと言うなら、彼らは何を求めているのだろうか。何かを渇望し、その醜い体を晒している。

 老若男女は関係ない。涎を垂らすもの、ゾンビのように魔力を求め、ふらふらと歩く者や、中には這いつくばって苦しみながら進む者、あるいは唸り声をあげながら回りを蹴散らしながら進む者、"姿形も十人十色"とは良く言われたものだが、こんな十人十色──いや、十ゾンビ十色は見たくなかった。


 「あーもう!!気味悪いなぁ!!」


 怯えながらも、冴えまくる結愛の攻撃力が異常だ。一回の攻撃で4、5体のゾンビを確実に吹き飛ばしている。だが一方で、異常なのは彼女だけではないというのも忘れてはいけない。

 すでに結愛の攻撃は十数発行われたはず。だが敵の絶対数が減ったようには到底思えないのだ。

 先程のゾンビの滝時点では、確かにしっかり確認していなかったとは言え、それにしても異常な多さだ。捕獲している手間も惜しいほど、危害を加えられる恐れのある未熟な狂信者たちが数百ないし千に迫るかというような数いるのだ。


 「数がやっかいですね.....!」


 煌太と共に十数回の攻撃を仕掛けた香苗が嫌な顔をする。煌太もその無表情の向こうに苛立ちを隠しきれていない。

 というより、増えていないはずなのに、絶対数が増加しているように錯覚してしまうのだ。

 先程までこの人数が駅の狭いスペースに詰め込まれていたと考えれば、とんでもない事だ。


 「キリがないな.....、そもそも、何でこんな数が──」


 颯太はそもそもの部分を疑問に思いふと考える。

 そもそも成りかけの狂信者で落ち着き、本当の狂信者にならないのはなぜなのか。成りかけでどうしてこんなにゾンビのように苦しんでいるのかを考え、一つ、あまり考えたくない可能性に思い当たる。


 「.....おい、怪力っ娘。」

 「いい加減その呼び方やめてくれへん?」


 不満げな顔を見せる結愛にも構ってられないと、颯太は真面目な目線で結愛を貫く。


 「.....考えてもみろ、特に最初に戦っていた敵について──」


 「.....え?」


 「──考えたくはないけど、俺たちが前に言ってた、シンボルのような.....煽動を行えるような能力を、本当に持っていたとしたら.....?」


 その言葉に結愛ははっとした。確かに不自然だ。ゾンビと化したこの洗脳された民間人は、決して怪物となることもなく、そしてどこか未熟でもある。

 このような姿を晒して狂っている理由は何か。


 ──何かしらのシンボルにより煽動されているのでは?


 日本の歴史を振り返ってみればよくあったことだ。

 特に人間はトレンド、流行というものに惑わされ、自分自身を失うことが多い。それだけならまだしも、戦後教育による排他的思考のせいで"流行にのれない奴はダサい"という思考まであったと言う。

 ──本当にダサいのは人の意見に流されない人か、人の流れに思考停止し飛び込んでさらにそれを自分のモノのようにかっこいいなどと勘違いしている愚かな人間か、果たしてどっちなのか考えたくなるが──まあ、天才凡才はもちろんあるだろうが。


 まあそんなわけで、服のファッションに限らず、30年以上前から"インフルエンサー"とそれに煽動される人々──インフルエンスド(influenced)とでも言おうか──そういう関係がながらくトレンドなるものを支配し続けていた。

 無論、洗脳系の怪物の報告は過去にもあった。だが、大衆扇動もまた、言い換えれば洗脳のようなものだ。

 もしや、と嫌な予感が即座に3人にも共有される。


 「.....アイドルにファンが煽動されるように、政治的に綺麗事が一部の人間を掌握するように.....煽動されているって可能性もゼロじゃない.....ってことですね?」


 「.....概ね正解。」


 「なら、その煽動者、さっきまで私らと戦っとったはずの狂信者のガリガリ男は、今どこにおるんやろな。」


 颯太は概ね検討がついていた。


 「.....香苗さんと煌太くんが俺たちに合流したのは、この大量のゾンビが駅から下に雪崩れ込んで来たからだ。だったら、流行に乗ってた人間をまあある意味見捨てて次の展開を目指すために、俺がインフルエンサー、あの怪物なら──」


 颯太の目線の先を見て、真っ先に返事を出したのは、まさかの人物だった。


 「.....うん。そうだと思う。」


 意外なところで声を上げたのは煌太だった。


 「.....そのお兄ちゃんの考えてること、間違ってないと思う。僕もそこ、行ってみる。」


 煌太の賛同を貰い、颯太は傘を握り直す。


 「怪力っ娘、お前は俺達より少し遅れて来てくれ。闘也とキムさんに駅入り口の警備をお願いしといてほしい。マイカは二人の後ろに下げる。」


 「.....了解、いってらっしゃい。」


 ──了承はとれた。

 結愛が闘也たちの方へと走っていく。マイカも心配だが、結愛のもとなら大丈夫だろう。


 「香苗さん、煌太くん、上に行きましょう。」


 香苗は顔をパンパンと軽く叩き、準備を整えた。煌太は既に静かな闘志を燃やしている。

 3人は駅の改札口を飛び越え、列車のこない駅のプラットホームへと走る。後ろから奇怪な呻き声が聞こえるが、瞬時に聞こえてくる破砕音が、ある意味で颯太の安心を誘う。


 階段を駆け上がり、先程までゾンビがひしめき合っていた地獄に足を踏み入れてみる。

 ──そこで見たものは、想像とは程遠かった。


ー‐ー‐ー


 「──結愛はマイカちゃんを守ってやってくれ!俺たちには残念だがそんな余裕が無い!」


 「わかりました!」


 貝塚駅に入っていった颯太たちの一方、駅前ターミナルにてゾンビの群れに対処する班は、変わらず、あるいは更に悪化した地獄の中で戦いを強いられた。


 「マイカちゃん!」


 相変わらず嗅覚のキャパオーバーのせいで全身麻痺状態となっているマイカを強引に右肩に掛け、利き手である左でAOを振り回してゾンビと対峙する。

 とはいえ、いくらマイカが軽いとは言っても、マイカを落とさないように右手にも力を入れておかなければならず、さらには全身を使って勢いをつける攻撃も難しくなった為、戦力の低下が深刻になってしまう。


 「──ごめんね結愛ちゃん、足手纏いになっちゃって.....」


 「その前に良く戦ってくれてたし問題ないよ。寧ろしばらくの間無理させてもうてごめんね。」


 ──そうは言っても、多少のデバフ如きでは止まらない。

 身体をくるっと回してゾンビの隙間に入り込むと、集団のど真ん中にAOを突き刺し、切り裂くように一回転して周囲のゾンビを吹き飛ばした。

 老脈男女あるとは言え概ね1人あたり60キロ、それを周囲に密集する十数人もの人間を、武器でとは言え吹き飛ばすその怪力はやはり圧倒的だが、それを簡単に生み出してしまうこの状況もやはり異常である。


 「──数がホンマに減らへんな.....」


 「──ああ、それに、さっき颯太が言ってたことが本当なら、こいつらは貝塚駅の利用客の可能性だってあるんだろ?だとしたらこんなもんじゃ済まないかもしれん──」


 「──最悪の妄想はなるべくしない方がいいよ。戦いのコンディションに関わってくるからね。」


 キムがなるべく考えないように諭すが、仮にも貝塚駅の利用客全員を扇動しゾンビにしていた場合、約2万人近い人間がゾンビにされている可能性がある。

 もしそうなれば、永遠に終わらないゾンビ映画の世界が幕を開けることになる。そうなればいくらストライカーでも体力の限界を迎えるのは間違いなく、いずれ戦線が崩壊し犠牲が出ることになるだろう。


 「やっぱり、怪物を討伐(たお)した方が早いかな.....?」


 「──分からないね──確かにこのゾンビ、怪物と繋がってる可能性が高いのは高いけど、怪物の討伐で命を失うとか、そういう可能性が否定できないからね。」


 実際、今のところ怪物とゾンビの因果関係は分からない。そしてどのように普通の人間からゾンビを作り出し、どのような方法で操っているかも分からない。

 だからこそ、怪物を討伐すればゾンビが解放されるのか、何かしらの能力が暴走してゾンビの中の人も道連れなのか、あるいは完全に別件なのかの判断もつかなかった。



 「──やべぇ!貝塚駅の方に向かおうとしてるぞ!!」


 だが、そんなことを言ってられない事態が発生する。

 ゾンビの群れが一気に流れ込み、貝塚駅の方向へと向かっていこうとしているのだ。


 (──やっぱり、大元の怪物の所へ向かってる.....?)


 ──明らかにおかしい人の流れに、結愛の中で、ゾンビと怪物に関係があることをほぼ確信した。


 「──っ!?」


 そんな思考もつかの間、ゾンビの数の暴力によって、さすがの結愛もその流れに飲み込まれそうになった。


 「ヤバい!!」


 どれだけ強靭な体でも、結愛は身長150センチの小柄、筋肉のせいなのか少しふくよかな体型であったとしても、それでも体重は成人より軽い、いくら踏ん張りをきかせても、成人の体格のゾンビ1,000体の流れを前に、逆らう事などできない。

 自慢のパワーも意味を成さず、挙句にどこかに引っかかったように結愛の体は浮き上がり、その勢いを増しながら駅の方に流されていく。


 (──止めんと.....)


 結愛がAOを握りしめた時、ふと右肩が軽くなっていることに気付いた。


 「──やあぁっ.....!!」


 ──ほんの一瞬の出来事、だが、マイカが周りを削り取るように範囲攻撃を加えて、結愛の周りのゾンビを跳ね飛ばした。


 「──マイカちゃん?大丈夫なん?」


 「まだ鼻の奥が気持ち悪いけど、それより今とんでもないことになってそうなんだ!ホームの方に急ごう!」


 ──どうやら、劇物など超えるような激臭によって麻痺していたマイカの嗅覚に、さらなる危険信号が伝わったらしい。

 だが、この場を抑えておかないと、後々階段などを伝ってゾンビ達がホームへと上がってきてしまう。そうなれば怪物とゾンビの挟み撃ちとなってしまい、いよいよ戦いが絶望的になってしまう。


 「二人は上に行ってきてくれ!駅の改札口なら防衛もしやすい、俺たち二人でここはせき止めるから急げ!」


 「──っ!分かりました!ありがとうございます!」


 ──闘也たちが改札口に陣取り、結愛たちをプラットホームへと向かわせることを決めた。結愛たちは感謝を伝えるとほぼ同時に、体が引っ張られるようにホームへと急いだ。


ー‐ー‐ー


 組み立て体操、というものを知っているだろうか。

 個人的に言わせてもらえば何のためにやっているかが全く分からない謎の怪しい宗教の儀式。それでオリンピック競技ならば話は別だが、ただの学校の運動会の見せ物だ。なんの意味もない。

 ただ、時にそれは異常な威圧感を見せることがある。ピラミッドなる組み立て体操だ。


 ──中の人が子供だった頃、11段ピラミッドなる茶番が行われていたことがあった。

 子ども達が馬になったり中腰になったり、あるいは上で大文字をしたり、墜落して骨折したり命を落としたり、その落石に当たって脳性麻痺になったり、それにより子ども達にPTSDを植え付けさえするという危険かつ意味など何もない行為だ。

 基本これらは安定感を出すために背中に人を乗せるのだが、場合によってはこういうことがあったりなかったり──



 「──するわけねぇだろ!!?」


 発狂一歩手前の颯太、開いた口が塞がらない香苗、そして威圧感に怯み足が竦む煌太。

 それもそのはず、目の前に組み立てられていたのは、直立状態の人間が重なる10段ピラミッドだったのだ。

 明らかに一人の上に9人が重なっているように見えるのだが、一番下の土台に至るまで、何故かびくとも動かない。流石の結愛でもこれはキツいだろう。土台には男だけでなく小柄な子供や女性もいるのに、どう足掻いても説明がつかない。

 高さおおよそ15m、屋根を突き破り"生えている"ゾンビタワーが聳え立っていたのだ。


 「非常識にも程ってものが──」


 香苗の表情はもはや顔文字にできそうなレベルの驚愕を浮かべていた。


 「恐らくこの中にその怪物がいるんだろうけど......これを片付けるのはいくらなんでも.....」


 怯える煌太が今までにないほどに感情を表に出している。

 生身の人間ゾンビが縦に10人、しかもそれが横に何列も何十列も続き、円形に何かを囲っている。もちろんその中に居るのは怪物なのだろう。

 誰一人馬になったり中腰になったりしていないからこそ、10人分の足から肩までの高さがそのまま外壁の高さになっている。重ね方も大男が土台かと思えば、小柄な女性の上に9人を重ねていたり、その構造は最早説明などつかない。


 下にいる人間を崩せば、彼らはそのバランスを保つことが出来ない。だからこそ、下手な攻撃は寧ろ自殺と同意義。崩れてきたゾンビ達に巻き込まれたら無事ではすまない。


 「.....ダメだ、しっかり考えて攻撃しないと──今までの努力が無駄になる。怪物が仕留められない.....」


 とは言っても、15mの牙城をどう切り崩すかが問題だ。

 恐らく下の土台のゾンビは、上からの重量も合間ってかなり固いはずだ。ただの攻撃では絶対に通らない。

 とは言っても秘奥技を使用したとて、下手にバランスを崩してしまえば、上の段のゾンビが落ちてくる可能性がある。結愛ならともかく、颯太たちならば当たれば無事では済まない。


 ──つまり、現時点で考えられる方法として、上の方を崩すのは仕方ないとしても、上からの落石に被弾しないためには、固い一番下の土台から攻撃をぶち込み、そのまま素早く中央の怪物にまで届かせる、強力な貫通攻撃を仕掛ける方法、または上の方までまとめて吹き飛ばせる、人外級のめちゃくちゃなパワーで攻撃をぶち込む方法の二通り。

 何れも非現実的ではあった。どのみち人外級の攻撃力が必要である。そんなことができる人物は一人いる気がするが、彼女でも正直なところ怪しい。貫通系の技ならまだ持っていそうな人物はいるのだが──


 「──煌太くん、貫通技とかあるか?」


 「──いや、残念だけど、この壁を貫通できるような技は無い。お姉ちゃんと違って僕はパワーがなくて.....」


 「.....そうか。」


 唯一の希望も消えた、現時点では全く有効打が無い。


 「.....どうするか──」


 と、ここで一つの考えが颯太の脳裏によぎる。

 先程結愛のサポートをしたときだ。結愛の左脇を離れた後、結愛および彼女に抱き止められた香苗、煌太の3人と無数のゾンビを分断するために放った秘奥技。

 敵に対して弧を描くような斬撃を7連撃、名前はまあ後々決めるとして、その攻撃を当てれば何らかの動きはあるのではないか。少なくとも一つのタワーに当てられれば10段1列を突破することも可能だ。なんなら先程の結愛の援護のように一撃で2、3人をぶっ飛ばせば2列は落とせるだろう。


 ──但しこれをなし得るのはあくまで秘奥技である。


 秘奥技自体、特殊な攻撃手法を型として覚えて体に覚えさせ、無意識の中でもその通りに攻撃することのできるものだ。つまり場合によっては体に負担をかける。

 尚且つ秘奥技は繋げることが困難である。先程の七連撃のような一定数の連撃が決まっている場合は話は別だが、その攻撃を連続で使えば精度、威力も落ちる上、体に予期せぬ負担をかけるため、ストライカー自身の戦力に影響してしまう。


 ──現状一人の離脱も命取りのこの戦いで、ケアレスミスによる離脱など、絶対に避けたい。だが現状、秘奥技以外に突破口があるとでも言うのか。

 颯太は少し考え、決断した。


 「──香苗さん、煌太くん。援護を頼みたい。今から連撃であの人柱を折る。落ちてきそうなのを排除するだけでいい。」

 「無茶だよ!あれが崩れてきたら、流石に僕らだけでは対処しきれない!」


 無謀な賭けではあるが、七連撃で潰すしかない。と判断したが、ここで煌太からの反発を受けてしまう。

 ──それでも、このまま何もしなければ戦況は後にも先にも転ばない。


 「煌太くん、頼む。」


 言葉にのせられた威圧感、高圧的と言うわけではなく、言霊のような何かが煌太を立ち上がらせる。


 「──何かあっても知らないからね.....」


 そうはいいつつも煌太はスキーストックを構えて秘奥技の準備をしている。もう片方で香苗を見ると、彼女は何の文句もなしに既に竹刀を構えていた。

 ──迷うことはない。このまま自分の刃を届かせるのみ。


 「これで落ちろぉっ.....!!」


 足に限界以上の力を込めて一気に加速、同時にしなる彼の"傘"が風を裂き、上位秘奥技ならではの強い圧を生み出す。

 一撃目、二撃目で牙城を崩壊させ、三、四、五、六、七撃目で出来るだけ狂信者へ刃を届かせる。円弧を描く彼の武器が強く相手を切り崩す。

 ──つまりそれは、上空の9段を落とすも同意。


 (七撃目──これで壁を突き破れれば──っ!?)


 そこで見てしまったのは衝撃的な光景だったが、瞬時に今はそれを気にしてはいられないことを悟る。


 「間に合わないっ!!お兄さん!!」


 煌太の声が霞んで聞こえてくる。つまり人間縦ピラミッドを突き破ったことで上の屋根が落ちてきているのだ。

 人の数は9人、一人60kgとすれば540kgが──いや、高さを考えればそれ以上もの重量が一気にのし掛かるのと同意。

 そもそも自身に成人ほどの体重すらない颯太にとって、それは完全に即死案件だった。


 (──あぁ、なんだ、やっぱ俺には無理だったのか。)



 ──そんなことを悟った時だった。

 急に訪れたのは光と風圧、そして自分の体を制御すら許さず持っていくほどの力。その力に運ばれる颯太の体は崩れる壁を一瞬で抜けて光の下に連れていく。

 そして異様なGとともに急ブレーキがかかり、同時に破壊と対照的な声が聞こえてきた。


 「まーた無理しやがって、いい加減にせぇよ?」


 「.....思ってたより早いし、今のところタイミングとしてはこれ以上なく最高なんだけど?怪力っ娘のお二人さん──」


 その言葉とともに自分の体を運んでいたマイカ、そして先程異様な風圧を起こした張本人であろう結愛を認識した。

 どうやら崩れ落ちていた壁とは違うところから、中心付近にいた颯太のところへタックルで壁を貫き、颯太の身柄を首に乗せながら、頭突きのタックルを続けて壁を貫いてきたようだ。

 それを証明するように、颯太が攻撃した付近だけでなく、それ以外の大きく分けて二箇所からも崩落が始まっている。


 「──にしても、えげつないもん見してくるなぁ.....」


 流石の結愛も苦笑いするように嘆く。

 無論、非現実的もいいところだ。背中に乗せるのではなく、肩の上に人を立たせる直立のピラミッド、下にいる人間の負荷は、上の人間540キロ分だけではなく、一番上の人間が倒れる方向にかかるモーメントをも抑えると考えると、モーメントの最大出力を相殺する程のモーメント力が必要となり、頭が痛くなるような程の膨大な力が必要となる。肩の力だけでだ。


 「──もう下の人は内蔵も骨も筋肉もボロボロになってそうなんだけど.....」


 煌太も流石に敵に同情する。

 無論、同情できるのは下にいるゾンビの土台だけだが。


 「でも、真っ先にどういう原理で、どういう理由でこんなことになっているかを考えるのが重要だ。怪物討伐のヒントになるかもしれんからな。」


 「──まあ、確かに.....」


 ──隠れ蓑の為、というのは理由の一つにしかならない。

 回復の隠れ蓑にする為には余りに高い壁を作りすぎだ。ゾンビを適当に重ねて"かまくら"みたいなものを作っておけば何とかなるのでは無いだろうか。

 だからこそ、どういう能力を使ったのかは知らないが、こんな文字通り"人柱"を作り上げる必要がどこかにあるのだ。

 さらに颯太は先程、七撃目を切り込もうとした颯太が見てしまった衝撃的な光景、それはとても自然現象や、人柱が自立してできる行動ではなかった。


 「人柱は俺の連撃で仕留めただけで奥行きが5層構造だ。だけど6層目、多分最後の層だと思うやつが、俺の攻撃を前に不自然に身を退いた。同時に、やけに上の5層目の人柱が異様な速度で崩れてきたように見えた。俺が5層目の土台を落とす前には既に落ちていたような感じだった。」


 「まあ、私が入って颯太を助けるまで1秒とほんのちょびっとだったもん。」


 その時間だけで数メートルを往復し、かつ颯太を助けるというマイカの異次元の行動に感嘆するのはさておき、颯太のひっかかりが皆に共有された。


 「.....幸い、何もして来ないみたいですね。あいつら。」


 見ているだけで異常な威圧感を与える特性プレッシャーを放っているのはさておき、人柱は今のところ崩れてくることを除いてこちら側には実害を与えて来ない。つまり作戦会議はゆっくりできる。

 ──恐らくこの中で立て籠り回復している怪物が回復するまで、というタイムリミットはあるが。


 「.....なあ、それならさ──」


 ──どうやら、結愛がにやけ面を見せながら悪巧みを思い付いたようだ。


 「.....嫌な予感しかしないんだけど?」

 「まあまあ、悪いようにはせんから、話聞いてや。」


 まあ今はうだうだ言っていても仕方がない。颯太たちは結愛の悪巧みにゆっくりと耳を傾けるのだった。



 「──で、何がどうしてこうなった.....?」


 結愛に背負われた颯太が困惑する。

 というのも、常人には到底理解できない奇策に巻き込まれそうになっているからだ。


 「──相手からの攻撃は何も無い、それに土台からしたら100キロも200キロも負荷に大差無い。それならもう足場として有難く使わせてもらおうって訳や。」


 「──うん──まあ──」


 もうツッコむのも面倒だと言うような颯太の声にマイカは思わず苦笑い。とは言え、マイカが承諾したからこそ、この作戦が実行に移されたのだ。


 ──作戦の概要はこうだ。

 まずは結愛が颯太をおぶって、マイカの肩に捕まる。そのままマイカによって二人を上に運搬してもらい、さらに飛び上がって高さをつけ、結愛と颯太の二人の秘奥技で、上から人柱を切り崩して守りを崩壊させる作戦だ。

 試運転としてマイカが壁を登れること、壁を昇っているマイカに対して反撃等の対応が一切無かったことを確認できたことから、相手に補足される暇も無く素早く駆け上がり、それを認識させる暇もなく一気に畳み掛ける。


 ──大技だが、これを決めるしかない。


 「行くよっ!!!」


 マイカの掛け声で一気に人柱を駆け上がっていく。

 結愛と颯太、2人で推定100キロオーバーの荷重を肩に担いでいてもマイカの速度は衰えず、一歩一歩で一人、また一人と足場を蹴って、人柱の頂へと確実に登っていく。

 そして10段目、一番上のゾンビの肩を蹴り飛ばし、一気に上空、高架橋を含めれば20メートルを超える程の高さをさらに超えていく。

 結愛たちの肩越しに見えるのは、屋根を貫通した挙句に人柱の上から見える地上の景色、遮るものも守るものも無く、生身でこの高さに居れば、高所恐怖症ならショック死ものだ。


 「──じゃあ、後は任せるよ!!」


 マイカが駆け上がると同時に宙返りをするように、背中を水平方向に向けて、結愛の足場を作り出す。

 その瞬間、結愛はマイカの背中に足をつけ、いつでも跳び上がれるように準備する。


 「──マイカちゃんの功績、無駄にせん.....!」


 マイカの跳躍による上昇が終わり、高度は24メートル付近となった。その上昇の終わりと同時に、不安定ながらもしっかりとマイカの背中を蹴り、その高度を更に高くする。

 二人を乗せていたはずのマイカの跳躍もさることながら、結愛の跳躍もこれまたとてつもなく、さらに高度が上がる。


 「行けるか!?颯太くん!」

 「──ここまで来たら引き返せんだろ.....!」


 ──上昇が終わり、結愛の背中から颯太も離れる。

 颯太が左、結愛が右に位置取り、二人のAOを重ね、自由落下に任せるように秘奥技を発動させる。

 あとは二人の攻撃を同時に行い威力を高めるため、肩を組み、自由落下に従って落ちながら攻撃するだけ。


 「じゃあ一気に決めるか.....!!」


 颯太の秘奥技は"落雷"、上空から勢いと重力加速度による運動エネルギーにより強烈な一撃を叩き込む一方、躱された後の対処が難しく、隙が大きいのが玉に瑕な秘奥技だ。

 一方で結愛の秘奥技は"振りかぶり"からの"岩砕き"、前者は後に繋げる秘奥技の威力を高める秘奥技で、珍しく秘奥技を繋げられる。そして岩砕きは背中に構えたAOを上から振り落として前方の敵を脳髄から破壊せんばかりの強烈な打撃を行う。これを利用し、飛び上がってから勢いをつけ、下にいる敵にさらなる大ダメージを与えることができる。


 ──どちらも攻撃は下方向、"落雷"と"岩砕き"を合わせた瞬間、そこには強烈な連携秘奥技が発生する。

 岩を砕き全てを穿つ雷、その名も──



 ──破砕の雷刃──!!

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