第一節:束の間の安住 2
大きなテントは入ってすぐは軍需品、主に弾薬や武器などが詰まったダンボール左右に並ぶ空間になっている。
私が用があるのはその先、テントの主がいる作戦室なのでそのまま歩みを止めず仕切りの前までやってきた。
「失礼します。ヒサネです 」
「時間通りだな。入りたまえ 」
少し貫禄のある声に促され、仕切りとなっている布をめくって中に入る。
キャンプで使うような折りたたみ式の机と椅子に座り、ノートパソコンをさっきまで睨むように見ていた男の人...元自衛官の田島さんと顔を合わせる。
年齢は40代らしくやや白髪が目立つが自衛官だっただけあり体格が良く若々しく見え、現に身体能力だけならキャンプにいる人では一番あるかもしれない。
日本政府崩壊以降、自衛隊も例によって統率を完全に失い機能も沈黙、田島さんのように運良く生き残った人以外は魔獣に襲われ殆どは壊滅してしまったらしい。
今は魔術師と魔女を率いてキャンプを襲う魔獣の討伐や生態調査を指揮し、避難キャンプの安全を確保する役割を担っていて私の上司だ。
「本日の任務も防衛任務だ。だが、少し目にしておいてもらいたいものがある 」
田島さんが漁っている机に山のように積まれている紙の束。
これまでに集めた魔獣に関する資料、行動パターンから活動が活発な時間帯など苦労して集めた情報が記されている私達の苦労の結晶だ。
目当ての資料を見つけたのか紙を一枚手渡された。
「これは本当ですか?」
「あぁ、僅かだが魔獣のテリトリーがキャンプに近づいてきている。イツキの報告によればキャンプから僅か1キロ圏内ではぐれの魔獣1匹と交戦し、更には群体の痕跡を発見したとのことだ 」
「そんな!なら早く殲滅作戦をするべきです!」
「必要とあれば視野に入れるべきだが、現状ではまだテリトリーの拡大が確定で無い以上、無理をするのは愚策だ。ヒサネ、お前の気持ちは理解できるが少し焦りすぎだ 」
「それは...すみません。私情が過ぎました 」
「別に構わない。元を正すのなら、私が君達のような子供を争いに巻き込んだのも原因の一旦だろう。一先ず、本件を頭に入れ注意しつつ今日の防衛任務に励め 」
「分かりました 」
田島さんのテントを後にした私はやってしまったなとため息を吐き、少しだけ重くなった足取りで外に出るためキャンプを囲むバリケードの出入り口に向かう。
どうしても魔獣の話になると知り合いや仲間達を目の前で失ってしまう光景がよぎってしまい、さっきのように無茶苦茶な事を口に出してしまう。
もちろん田島さんだって部下を目の前で失ったと聞いているし、他の人達だって友人や家族を亡くした人は多い。
だからすぐにでも魔獣に復讐したり、或いは殲滅して再び平穏な日常を誰もが取り戻したいと願っているだろうけど、それを叶えるにはあまりにも私達はひ弱で無力だった。
ただでさえ明日の暮らしすら保証できない今、無茶をして全てを失うことを誰もが恐れている。
(でも、ここだっていつあそこみたいになるか...)
少し目を凝らすとみえる大きなショッピングモール、半年ほど前までそこにはこのキャンプと物資のやりとりを定期的に行う別の避難キャンプのような集団がいた。
その人達はモール内にバリケードを築いて籠るような形で魔獣の恐怖を凌いでいて、場所が場所なので私達よりも遥かに物資が潤沢かつ安全そうで、一部の人はそっちに移りたいと言う人もいたほどだった。
でも、その人達はもういない。
詳しい状況などは分からないけど、物資のやりとりをする約束の日になっても彼らが現れなかった事を不審に思い何人かで尋ねた時には既にバリケードは破壊されていて、そこで暮らしていた人の数に近しい魔獣だけがいた。
私達は田島さんの人力で一時的...束の間の平穏を送っているだけで、いつ同じような事が起きたって不思議じゃない。
「何ボサっとしてる 」
「...え?あ、すみません。私が今日の朝番なので、ゲートの解錠をお願いします 」
「ふん、そうか 」
考え事をしているうちに出入り口に辿り着いたらしく、見張りの人に声をかけられて気がついた。
どちらにせよ、何か考えたところですぐに解決する問題なんてありはしない。
任務に集中するため頬をつねって気持ちを切り替え、私は解錠されたゲートを越えて魔獣が蔓延る危険エリアへと一人で足を踏み入れた。




