第一節:束の間の安住 1
「...やめて...やめて!?」
自分の悲鳴に近いような叫びで目が覚めた。
既に感知した筈の背中は熱を持っているような気がして、全身は汗でぐっしょりと濡れ、呼吸はまるで走ったかのように荒れていて寝ていたはずなのに増して疲労が溜まったとすら思えて体が重い。
ベッド脇に置いてあるボトルから水を一口だけふくみ、深呼吸をして急に上がった心拍を落ち着かせる。
3年前のあの日、目の前で両親を失い弟の生死が不明となった惨劇を私は奇跡的に生き残ってしまった。
実用化間近かと思われていた魔法は特定の人間以外が行使しようとすると黒い靄の怪物、通常魔獣へと変貌し見境なく人間を襲うといった致命的な欠点を抱えていた。
しかしお金に目が眩んだ大人、それでも魔法に可能性を見出した人間、後に引き返せない政府の高官によって隠匿され続け、研究所の事故が起きるまでその事実が公になることはなかった。
魔獣は人間を襲い数を増やす性質もあり、迅速な対応が出来なかった日本政府は瞬く間壊滅。
ドミノ倒しのように全国的な都市機能も順番に停止していき、事実上世界から日本と言う国家は消滅した。
魔獣達を完全に封じ込めようと、世界はかつての日本領は海空と他の大陸と完全に切り離し孤島を作り出したが、巡回の船が見えなくなって久しく多分他の国も日本と同じ状況になっていると思う。
孤島となった日本には、偶然魔獣に襲われずに生き残ることが出来た人達、そして私のように魔法に適合する事が出来た魔術師或いは魔女と呼ばれる者だけが残された。
(何度見ても慣れない...いや、ある意味では私に残された人間らしさなのかな )
あの惨劇から両親が襲われている様子を毎晩繰り返し悪夢として見続けている私は、その間安眠が取れた事も朝気持ちよく起床出来た試しがない。
朝から疲労で憂鬱な気分になりながらも、ベッドから状態を起こして簡単なストレッチをする。
時計を確認すると仕事の集合時間まで10分程度しかなく、急いで荷物の中から洋服を取り出して外着に着替える。
時間がないので味気ない固形の携帯食糧を口に放り込み、水で無理やり流し込んでからくたびれたリュックを背負ってテントの外に出る。
「あら、おはようヒサネちゃん 」
「おはようございます 」
「今日もお仕事かしら?朝早くから大変ねぇ 」
「...私にはそれしか出来ませんから 」
「それは...いいえ。怪我しないように気を付けていってらっしゃいね。ご飯作って待ってるから 」
「ありがとうございます。それじゃあ 」
出てすぐの場所で私が言葉を交わしてくれる数少ない人、ツクシさんと顔を合わせた。
今暮らしているのは廃都市の一画に設営され、都市から逃げ遅れ残されてしまった百人単位の人達が支え合いながら生活をする避難キャンプで、みんながそれぞれが役割をこなして決して贅沢とは言えない生活をなんとか続けていた。
男の人は畑仕事、女の人や子供は家事を担当していて、ツクシさんは小学校の給食センターで働いていた経験を活かしてキャンプの人達に料理を振る舞っている。
美味しい料理の腕や人当たりの良い性格、ツクシさんはキャンプの人達からとても好かれている人気者だった。
もちろん私も彼女には良くしてもらっているし、出来る事なら色んな事をお話ししたいし、こんな風に無愛想な受け答えはしたくない...でも、親しげに会話しているのを他の誰かに見られれば必ず迷惑をかけてしまう。
さっさと早足でその場から立ち去ろうとすると、いつの間にか外で作業をしていた人達が私に視線を向けているのに気が付いた。
憎悪のこもったまるで仇でも睨みつけるような表情、これは何度も向けられてきたものだけれど、やっぱりこの理不尽に感情をぶつけられるのはやるせない気持ちになってしまう。
「ヒサネちゃん...」
それに気付いたツクシさんが私を気遣うように名前を呼ぶけれど、私はそのまま振り返らずに歩き始める。
魔法...正確には魔力に適合した人間は魔獣にはならず、人でも怪物でもない生物へと変貌する。
けれど人は自分達とは異なる生物が自分達以上の力を持つことを嫌い、更には魔獣へぶつけるべき負の感情の捌け口として私達を利用し始めた。
それは私に対しても例外ではなく、ツクシさんのように偏見を持たない人以外は私と口を聞く事は愚か、同じ避難キャンプにいる事自体を嫌って私を避ける人も少なくはない。
今まで直接何かをされたり言われたことはないけれど、お互いを思うならば不必要に彼らと関わることは控えた方が良い。
(私が何をしたんだろう。魔獣に襲われて家族を失った被害者なのはみんな同じなのに...)
奇跡的に生き残った私に与えられたのは、家族を一度に失ってしまった絶望、忌々しく呪いのように私にこびりつく魔法の力、魔法を恨む人々から向けられる憎悪の感情くらいで生きる希望なんてものはごく僅かだった。
早朝から精神がすり減るような出来事が続くのは日常茶飯事だけれど、日々のそれは確実に私にストレスとして蓄積して私を蝕んでいる。
フードを被って顔を隠し、人を避けながらテントの間をすり抜けるように移動して避難キャンプの一番端にある少し大きなテントへとやってくるとそのまま中へと入った。




