休憩
「…………ん?」
「フレート君!良かった、目を覚ましたんだね」
目が覚めると俺は医務室のような場所のベッドで横たわっていた。目の前にはアイスと魔獣を連れた青年が居る。恐らく俺は身体に負担を掛けすぎたせいであの後気絶でもしてしまったのだろう。
「無事ウッドウィザードは撃退出来たし、大人達は帰ってきた。けど重症を負った君はこの学校の回復役には手に負えなくてね。あと数時間したら腕利きの回復役が来る」
「そうか。それにしても俺が気絶している間も看病してくれてありがとうな」
「いやいや!フレート君の近くに居られるなら何日だって何年だって居るよ!だから人生のパートナーに…」
「病室では静かに」
「んん!?」
青年はアイスの口を手で塞ぎそのまま出口まで彼女を引きづる。彼は「安静にして元気になってね」と言い残すとアイスを連れて医務室から出る。気遣いは嬉しいがもうちょっとゆっくりしていけば良いのに。
「お前にも感謝しなきゃな。ありがとう、バルヴァル」
(…………)
照れ隠しなのか、彼は返事をしない。意外と照れ屋な所があるからなぁ。まぁお礼は言えたし今はそっとしておこう。
「それにしても回復役が来るまで暇だなぁ」
つい独り言を零しながら欠伸をすると視界の端に何かが映る。俺は驚いてそれに視線を合わせるとそこには不思議な雰囲気の小さな銀髪の少女が座っていた。彼女は不機嫌そうな顔で俺の事をじっと見てくる。
「き、君は誰だい?」
「…マラク・ヴィラン。あなたの二個上の先輩」
彼女は感情の無いような喋り方で淡々と告げる。彼女はとても二個上には見えないし、なんなら五つぐらい下に見える。しかし困惑する俺を無視して彼女は相変わらず紫色の瞳で俺を睨みつける。
「ど、どうして俺の事を見てるのかな?」
「貴方には悪魔が宿ってる」
「……は?」
彼女は表情を一切変えること無く簡単に言う。事情は知らないが人に向かって悪魔が居るぞなんて言うのは結構な事失礼だけどなぁ…
「私はとある事情があって悪魔様を復活させなければならない。そう思ってこの学校に来た」
「なんでまたこの学校に?」
「悪魔様からお告げが出たの。この学校に来れば復活は容易だって」
もしかしてこの子は……痛い子なのか?何だかそんな気がしてきたな。彼女の言う悪魔のお告げだとかはとても信じる気にはなれない。そんな事を考えてるのが顔に出たのか、彼女は少しむっとしたような顔をしている。
「貴方信じて無いね」
「………あぁ。悪魔だとか神だとかは信じない主義なんでね」
「それじゃあ貴方のさっきの力は何?あれは貴方自身の力じゃない。正しく悪魔様の力…!」
少女は無表情ながら目をキラキラさせて俺に接近する。あれは悪魔とほぼ正反対に位置する勇者の力なんだけどなぁ。まぁ人間的にはほぼほぼ悪魔と言っても過言では無いが。
しかし否定するのは何だか可哀想だ。このいたいけな瞳をした少女の夢を守らなければ。二個上?知らんな。
「………ふっふっふっ。我の存在に気が付くとは流石だな」
「っ!貴方は……!」
「そうだ。我はヒド・ヒィーラ、偉大な悪魔である!」
とりあえず悪魔になりきってみた。バルヴァルを見て育ったから悪人になりきるのは得意だ。完全なる悪ふざけだが少女は目をいっそう輝かせながら俺の手を握っている。面白いしこの茶番をもう少し続けようかな。
「さて、貴様は我の力が必要だと言ったな?それは何故だ?」
「はい。私は…両親を理不尽に奪われました」
先程まで無表情だった彼女は突然悲しそうな顔になる。悪ふざけで悪魔のフリをしていたけど少し罪悪感が…
「私はこの不条理に満ちた世界をどうしても許す事が出来ません。だから貴方様のお力を借りたいんです。世界を創り変える為に」
なるほど。両親が死んでしまったから悪魔に縋らずを得なくなったのか。俺も幼い頃に両親が強盗に殺されてずっと一人だったから気持ちは分かる。人間を恨み、神は信じない質だがひたすら天に両親を生き返らせてくれと願った。
しかしそれでも俺は先へ進んだ。いつまでもクヨクヨしていたら天国に居る両親は浮かばれない、せめて彼らの分まで幸せに生きるんだと決めた。彼女は俺とは違い、ずっと昔に囚われたままなんだ。
「…良いだろう」
「本当ですか!?」
「ただし条件がある。貴様が卒業するまでのこの一年間、我の命令は全て聞いてもらう」
このまま悪魔のフリを続けて彼女に近付き、過去の呪縛から解放して前に進ませなければならない。悪魔のフリをするのは少し恥ずかしいがそんな事はどうでもいい、これから何とか頑張らないと。果たしてカウンセリングの先生でも何でもない俺に出来るかは分からないが。
「良いか?分かったな?」
「はい!ご主人様!」
「ご、ご主人様ぁ!?」
「命令をなんでも聞く。つまり私は貴方の従者。ならばご主人様と呼ぶのが道理では?」
彼女は満面の笑みで答える。先程羞恥心に負けず頑張ろう的な事を言ったが前言撤回させて貰う。ご主人様は流石に恥ずかしさで死んでしまう。しかもこんな小さい子にご主人様と呼ばせるのは……なんというか危なくないか?二個上?だから知らないって。
「…ご主人様?どうかされましたか?」
「最初の命令だ。ご主人様と呼ぶのは止めろ」
「え?でもお告げを乞う時にはいつもご主人様と呼んで
いたじゃありませんか」
何やってんだよ悪魔!お前がご主人呼びを咎めなかったから今俺がこんな目にあってるんだぞ!?分かってるのか!?
「そ、そうだったな。なら好きにするが良い」
「そうさせていただきます。ご主人様!」
結局許可してしまった。出来るだけ彼女とは人目につかない所で接するしかないな。人前でご主人様呼びなんてさせたらすぐさま通報されてしまう。
コンコンっ
そんな事を話していると扉を叩く音が聞こえる。彼女は慌てて窓を開けて身を乗り出す。そして笑顔でこちらを向く。
「今日は帰らせていただきます。また明日お会いしましょう、ご主人様」
「あ、あぁ」
扉が開くと同時に少女は飛び降りる。扉を開けた主は窓が開いてる事に違和感を感じ、窓の元へ行って閉める。
その人は例の腕利きの回復役だった。
「待たせたね。それじゃあ治療を始めようと思うがその前にこれを」
そう言って彼はテーブルに花が描かれた小鼓を置く。その小鼓からはほのかに甘い匂いがしてきた。
「ミレア、という生徒からだ。用事があってお見舞いには来れないが代わりにクッキーを焼いてくれたそうだ」
「ありがとうございます」
わざわざクッキーを焼いてくれたのか、優しい彼女らしいな。実は小鼓の中にはアイスの悪魔的料理が入ってるとかいうドッキリじゃ無いよな?
「それじゃあ回復魔法を使うから三十分間安静にしててくれ。そしたら身体の傷は全て治せる」
「分かりました、お願いします」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
治療が終わり、辺りはすっかり暗くなる。俺は寮へと向かう為に月明かりだけを頼りに何とか暗い校庭を歩く。それにしても今日は散々な日だった。
自己紹介でやらかしたり、授業を抜け出したり、地下に監禁されたり、ミレアに変な所を見せてしまったり、魔物に襲われたり、気絶していたせいで帰りが遅くなったり。初日でこれならこの先一体どうなってしまうのだろう。他人格という疫病神が居るせいで不安しか無い。まぁ今日はバルヴァルとアルムしか出て来なかったから比較的楽だったが。
俺は男子寮へと入る。中にあるやけにゴージャスな朱色の絨毯に緑色の壁にかかった林檎型のランプは前回荷物を持ってきた時と何も変わっていない。何だか高級ホテルみたいで落ち着かないな。
階段で二階へ上がり、一番奥に位置する部屋へ入る。そこには見慣れた我が家…と同じ見た目の大きなワンルームだ。今日は疲れたのでさっさとシャワーを浴びて寝る事にした。
「…それにしたっていつ見ても我ながら変な部屋だよなぁ」
部屋を見てつい独り言を零す。この部屋は五分割されており、それぞれの場所の雰囲気がかなり違う。とにかくゴージャスな飾り付けの場所、あまり目立たない普通の場所、女の子っぽいピンクで溢れた場所、怖い飾り付けでいっぱいの場所、やけにカラフルな場所と部屋のコンセプトがバラバラなのだ。
それも当然人格達が原因だ。全員自分の部屋が欲しいだの言うせいでワンルームを五等分にしなければならなかった。お陰で俺の生活スペースがほぼ無い。
しかも普通にこの家具を揃えようとすると相当な値段がする。だから第三の人格、アブディル・サディクに協力して貰って家具を作って貰った。
アブディル・サディクはバルヴァルに伝説の剣を売った腕利きの商人だった。つまり彼の存在が無ければバルヴァルは魔王を倒す事が出来ず、実質的には彼も魔王を討伐した英雄という訳だ。彼は中々軽い性格で、素材さえあればどんな物でも作る事の出来る魔法を得意とする。しかし彼は女性を好む変態であり、ずっと引っ込んでいて欲しい奴だ。良い人ではあるんだけどなぁ。
「さーて、そんな事よりシャワーシャワーっと」
早く寝たいが為にシャワールームに向かった俺は気付かなかった。部屋の住みにこちらを観察する黒い目玉が落ちていた事に。
登場人物5
マラク・ヴィラン(17)
銀髪のむすっとした女児……ではなく不思議な雰囲気を纏ったお姉さんだ。十四年前に母を失い、十年前に父を失った。それ以来悪魔に縋り、元々元気な子だった筈が悪魔と対話を試みる時以外感情が無くなってしまった。
しかしやはり本質は子供で、物に釣られやすい。それに世間知らずで騙されやすいのは彼女のイメージには合っていない。見た目のイメージには合っているが。
嫌いな物は全部