魔獣とは友達
「う、あぁぁぁ…」
「フレート君!しっかり!」
俺の中で炎が育つのを感じる。ゆっくりと俺の身体を焼き付くし、どんどん炎が燃え広がって行くのが分かる。奴の爪から放たれる炎はどんな物質でも燃やし尽くす事が可能だ。俺の人生は幕を閉じ、これからは人を殺す魔物として生きていくしか無いのか…?
最期に…出来る事は……
「アイス、俺はもう駄目だ。お前のその剣で俺の首を切ってくれ」
「そんな事っ…!」
「やるんだ。このままだとお前も…」
「嫌だ…嫌だっ!」
そんな事をしている間にも炎はどんどんと大きくなる。もう近々俺は完全に魔物になってしまう。早くアイスを説得しないと…
そう思った時、何かの羽音が聞こえた。そしてその音は俺に近付き、俺の背中を刺す。それはあまりにも苦痛で今まで感じた事の無いような痛みだった。痛みに耐えきれず絶叫していると何者かが俺の背中からウッドウィザードの爪を引っこ抜く。
「誰……だ…?」
「今はそんな事話してる暇は無いよ。ゆっくり深呼吸して」
言われた通り深呼吸してみると体内の炎が消えていく感覚に驚く。ホースか何かで吸い取られているような気分だ。そして完全に炎が無くなると背中に刺さっていた物も抜かれる。
「これで君の体内からウッドウィザードの元を抜き取る事には成功した。これで君は助かる」
助かる…?どういう事だ、ウッドウィザードの爪に刺されたら最期、絶対に助かる事は無い筈だが…
しかし彼の言う通り体内に何かあるような感覚はもう無い。もしかすると何らかの方法で本当にウッドウィザードの炎を取り除く事が出来たのか?
「そこの………えーと……アリスさんだっけ?」
「アイスです」
「理科室から瓶を貰ってきてくれないかな?出来るだけ早く」
「わ、分かりました」
アイスは校舎へ走る。それを見送った彼は俺の方に振り返り、俺に手を差し出す。俺はその手を受け取って立ち上がり、彼を見る。
彼は灰色の髪をした童顔の男だった。学生服を着ていてその緑色の目は優しく何だか神秘的に感じた。不思議な雰囲気を纏っていて十分何者か気になるのだがそれより彼の後ろに浮いている者の方が気になった。
なんと魔獣が居たのだ。その魔獣は人の頭ぐらい大きな蜂で、針の所に血が付着している。恐らく先程あの針で俺の背中を刺したんだろう。しかしそんな事よりどうしてあの魔獣は人を襲わないんだ?魔獣を手懐ける事は不可能であり、魔獣全ては人と敵対しているというのは誰でも知っている事だぞ。
ジロジロと蜂の魔獣を見ていると彼は俺の視線に気付き、微笑んだ。
「魔獣なのにどうしてこんなに大人しいんだって顔してるね」
「そりゃあそうだろ。魔獣が人の為に何かをするなんて有り得ない筈…」
「それが大きな間違いなんだよ。魔獣にだって良い奴は居る」
(………!!!)
心の中でアルムが衝撃を受ける。そういえばアルムも一応は魔獣だったな。今まで魔獣を認めて貰えなかった分彼の言葉はさぞかし嬉しかっただろう。
「詳しい原理は分からないけど……えーっと…」
「いや、説明しなくても大丈夫だ。お前のその言葉を信じるよ」
「結構すんなり受け入れるんだね」
「あぁ。お前の連れてる魔獣が助けてくれたのは事実だし、言われてみれば良い魔獣に心当たりはある」
それに同じように世間で否定されている多重人格者でもあるから、と言いかけたが何となく止めておいた。話がややこしい方向に行きそうだったからだ。
それにしてもこの男は何者なんだろう。高校生という若さで魔獣を手懐ける方法を見つけだし、しかもそれを人命救助の為に周りの目を気にせず利用する。雰囲気も合わさってとても不思議な人だ。
そんな事を話しているとアイスが空の瓶を持って戻って来た。
「持ってきました!これで何をするんですか?」
「このままではハッ君…蜂の魔獣がウッドウィザードになってしまう。彼がプルート君から抜き取ったウッドウィザードの成分を何処かに出さないといけないんだ」
「適当な所に出しちゃ駄目なのか?あと俺はプルートじゃなくてフレートなんだけど…」
「ウッドウィザードの炎、言わば幼体だね。幼体は外の空気に耐えられず死んでしまう。だから人の体内で十分に育ってから宿主を殺して出てくる。そうすると空気にも耐える事が出来るんだ」
「もう十分育ったから何処かに閉じ込めておきたいと?」
「そういう事だね」
彼は瓶の蓋を開けると、魔獣は緑色の液体と共に炎を吐き出す。炎は大きくなり外へ出ようとするが彼はすぐさま蓋を閉じる。
「後は安全な所に保管しておけば大丈夫」
「安全な所か…先生に預かって貰うのが一番良いかもな」
これで一件落着だ。間違って瓶を割ったり開けたりさえしなければ魔物が逃げ出す事は無い。今は誰も居ないがとりあえず職員室に持って行こうと三人で校舎に向かい歩き始めた時、アイスが俺達の後ろで歩みを止める。
「あれ?その瓶…」
アイスは震える手で瓶の底を指さす。底に穴が空いており、炎がどんどん漏れだしていた。炎の熱さに耐え切れずに俺達三人は一旦距離を撮る。こうして為す術なく炎はウッドウィザードに変化してしまった。しかも先程の個体より三倍程大きい。
「早く逃げよう!私達じゃあこの大きさのウッドウィザードには敵わない!」
「あ、あぁ!」
必死に逃げ惑うが奴との距離はどんどん縮んでいく。普通のウッドウィザードは爪にさえ気を付けていれば良いが二階建ての一軒家程大きな今の奴は体格差故何処に当たっても即死だ。
追ってくる死を目の当たりにしてある事を思い出した。そして俺は立ち止まり目をつぶる。
「フレート君!?」
「早く逃げて、このままだと踏み潰される!」
必死に脳裏に潜んだ他の人格達に助けを求める。生きる為、皆を守る為、誰でもいいから助けてくれととにかく願う。
(頼む…!お願いだ…!)
(おい、うるせぇぞ。そんなギャーギャー喚くな)
(バルヴァル!!!頼む、助けてくれ!)
(嫌だね)
(何を…!?俺が死ねばお前だって消滅するのは分かっているだろ!?)
(分かっているさ。でもな、お前のその頼りっきりの姿勢が気に入らねぇ)
(………)
(願ってばかりいる弱者には生きる資格は無い。生き残りたいなら強くなれ)
声は聞こえなくなる。そうだった、バルヴァルはこういう奴だったな。
他の人格に助けを求める事も出来るが、彼の言葉が脳内でこだまする。頼りっきりの姿勢、確かにそうかもしれない。それに他人格なんて要らないと豪語している俺がそいつらに助けを求めるなんておかしな話だ。
自分だけの力でやってやるさ…!
世界観
この世界の文化は遅れており、電気の魔法はあるものの機械はあまり無い。電話やカメラなどは一応存在するが、電気の魔法が使える者にしか使えず、作り方も一般的には知られていないためごく一部の人物しか持っていない。
建物は大体石造だが木造の建物も珍しくはない。その街で一番の権力者にさえ許可を貰えれば土地代や家賃などは発生しないが、家を建てる場合建築士への依頼料はかなり高い。依頼せずに自分で建てた場合は無料だ。
作者は適当に考えながら書いているので矛盾とかはあるがどうか気にしないで欲しい。