フレートさんは気が狂う
学校から徒歩十五分、俺達はこの街のギルド『アルビダヤギルド』に到着していた。それぞれのギルドはそのギルドの創成者の名前を付けられるというしきたりがあるのだ。
ギルドはかなり巨大で、この街の大半の面積を閉めている。うちの学校の校舎もかなり大きいのだが流石にギルドの半分程の大きさしかない。それだけギルドは人々から重要視され、中に様々な機関があるという事だ。
ギルドは煉瓦で作られた正方形の建物で、角にはそれぞれ『商店塔』と呼ばれる高い塔が付いている。塔の内部は螺旋階段で六つの層に行けるようになっており、それぞれの層に名前通り沢山の商店が並んでいる。他の三つの塔も同様だ。
それ以外の部分には工場や劇を楽しむ舞台、ホテル、ギルドのお偉いさん方が冒険者に指示を出す司令室、そして冒険者に向けて依頼をする事が出来る受付と冒険者が好きな依頼を受ける事が出来る部屋がある。要するになんでもあるという事だ。
こんな巨大な建物を破壊して欲しいと言われたこっちの気持ちも考えて欲しい。
「入るぞ、今回我らの目的は冒険者共を調子に乗らないよう黙らせる事だ」
「いぇっさー!」
「と、その前に」
俺は心の中で必死にアブディルに力を貸すよう頼み込む。アブディルは『仕方ないっすねぇ〜。フレートさんは俺の力が無いとなぁーんにも出来ないっすからぁ〜』とか言いながら俺の言う事に従う。くっ、腹立つな!
アブディルは大きいサイズのコートと、同じ物を小さくしたのを創りだしてくれる。先程魔王が着ていた物と似たデザインだ。俺は大きい方のコートを着るとマラクにもコートを着るように促す。顔も何もかもバレバレな状態で攻め込んだら面倒な事になるからな。
「それじゃあ行くぞ。決して正体は悟られるなよ」
「了解しました!ご主人様!」
扉を開き、ギルド内部に侵入する。中には無数のな真四角の部屋と、赤い絨毯が敷かれていた。それぞれの部屋には工房だのマッサージ屋だの書かれていた。冒険者関係の場所は一番奥にある筈なのでそれらの部屋は全て無視して最後まで進む。
そう言えば数時間前に魔王がこの街の大人全員を気絶させたと言うのにギルドはもういつものように賑わっている。業務も再開しているようだし、この街の人間のタフさには目を見張るものがあるな。ローブを着ている為少し視線を感じたが、そんなこんなで一番大きい冒険者ギルドの間に辿り着いた。一般的な民家四つ分程の大きさがあり、他の見た目が殺風景な部屋と比べてやけに豪華だ。まるでサーカス団のテントを金ピカにしたような見た目をしている。
中に入るとそこは他の場所とは違い木造のお洒落な部屋だった。七人の受付嬢が居る枯茶色のカウンターがあり、部屋の隅にはよく手入れがされた観葉植物が置いてあった。青い火が灯るシャンデリアも綺麗で、壁にはいかにも偉そうな顔の男の肖像画が沢山掛けられていた。
「ご主人様、これからどうするつもりですか?」
「そうだな。悪どい冒険者を炙り出す為にまずは依頼を…」
(肉体を貸せ)
(うわっ!?)
いつものように身体の自由が効かなくなる。また魔王に乗っ取られてしまった。今度は何が起こるのやら…早く止めなければ大変な事になる。
「…ご主人様?どうされました?」
「いや、何でもない。今からここに居る人物全員の感覚を共有する」
「え!?そんな事が出来るのですか!?」
「少し疲れるがな。私は他人に指図をする立場上慣れている」
「……私?」
マラクは一人称に違和感を覚えたようだが魔王は無視して目を閉じる。すると一つ、また一つと肌に誰かの名前が赤い文字で記される。どうやら辛いようで、誰かの名前が書かれる度に苦しそうな声を出す。
その光景を見て不安な顔をするマラクの頭に彼はポンと手を乗せる。
「…私は大丈夫だ。だからそんな顔をするな」
「で、でも……ご主人様凄く苦しそう」
「少しだけだ。それより私の手を引いて何処かに休ませてくれないかな?複数人の感覚を共有しているせいで一人じゃまともに歩けないんだ」
「は、はい!」
マラクは魔王を連れて冒険者ギルドの間から出る。そして冒険者ギルドの出入り口付近だが、他の仕事人の部屋に隠れて目立たない所にあるベンチに座らせる。魔王の目は充血し、息が荒くなり、精神的にもかなりまいっている。それでも彼は目の前の少女に微笑む。
俺には理解出来なかった。どうして世界を敵に回した魔王が。悪の代名詞とも言える魔王が。恐怖と憎悪の象徴である魔王が、ただの少女に向かってこんなに優しい顔が出来るのか。彼は世界を滅ぼす魔王なんだぞ。
「ご主人様、大丈夫ですか…?」
「何も怖がる事は無い。私は今この建物内に居る全ての人物の感覚を共有しているのだ。今からその者達の記憶や会話の内容からお前の母の仇を探る。もし標的がこのギルド内に居なくともギルドの最高責任者の記憶を覗けばどの冒険者が何処に居るのかは分かる筈だ」
口調や声のトーンは何一つ変わっていないが彼は今にも発狂しそうな程精神が衰弱しきっている。しかし今の彼に何を言ったところで止める気はないだろう。その事はマラクも悟ったようで彼女は優しく魔王の手を握る。
(ががが、ぎ、ぐ!私は…私はっ!こんな所で朽ちる訳にはいかない!ぐ、ガオォォォォオオオ!!!)
彼の精神は限界を迎えていた。この建物内に居る何百人、何千人もの人間の記憶全てを覗いて居るのだ。そりゃいつ気が狂ってもおかしくは無い。
(もういい!下がってろクジャ)
(ふ…れぇ………と?)
(美味しい所を取ってくようで申し訳無いけどさ。後は俺に任せてくれないか?)
(ま、待て!そんな事をしたら……グッ!?)
魔王は止めるよう俺に言うが彼はもう限界だ。ここら辺で誰かが肩代わりしなければクジャは壊れてしまう。それに分かったんだ、魔王であるクジャが微笑む理由。
彼は確かに人間を恨み、人間を滅ぼす為に人間と戦ってきた。しかし根は優しい人なんだ。人を恨んだのも別種族として戦わなければならない人間に情けを捨てる為に自分の心についた嘘なんだ。
魔物という種族の存続の為、魔物を束ねるリーダーとして周りに期待されてきた為、魔物を殺された怒りの為、彼は悪の魔王を演じてたんだ。本当に彼が悪い人ならこんな少女見捨てるだろうし、あの人間と魔物の戦いも人間達を殺して魔物に街を襲わせれば良かったのだが、彼はそれをしなかった。
この世に完全なる悪は居ない。その事は理解していた筈なんだがなぁ。
(そんな良い奴が犠牲になる必要なんて何処にも無いよ。少し休んでいてくれ)
肉体の主導権を握っているクジャを無理やり退かして、代わりに俺が身体を制御する。魔法は既に発動しているので俺が肩代わりしても消えない筈だ。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
無数の情報が脳内に入り込んでくる。その情報量は尋常では無く、脳が今にもバクハツしそうだ。クジャは良く声をあげずに堪えられたな。俺は即時絶叫してしまった。
気が狂う前に急いで他人の記憶を調べる。脳細胞が血切れ、脳を刃物で切り取られていく感覚に陥る。血で赤くなった目が回って九十度上を見る。そこにある肉のシワはなんだか俺を嘲笑っているように見えた。
そんな中あれでもないこれでもないと記憶の山を掻き分けていると一つめぼしいのが見えた。その記憶は『タンサブ・イーライ』という人物の事を物語っていた。
俺は魔法を解除するとクジャにその事を伝ええええええええええええええ
. ↑
・…
ー〜ー т"
531426666→ 7.22???
ここまでだよ
世界観3
この世界では物や建造物を作る際に魔物の素材が重要となる。
例えば照明が欲しいとなると最も使用されるのはアリーベーンという生きたピアノのような魔物の内蔵だ。アリーベーンの内蔵は人の頭程の大きさの硝子玉で、穴が一つ空いている。その穴から魔法で炎や電気等を入れると表面に傷が付かない限り永久的に中の物体が留まる。
そういった数々の素材が存在するので、魔獣退治より魔物狩りの方が需要がある