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交流屋  作者: キミヤ
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奇人変人





ぱちりと目を開くと、室内はまだ真っ暗だった。枕元のスマホの画面を表示させると時刻は午前2時18分…所謂丑三つ時というやつで、嫌な時間に目が覚めたなとため息を吐いた悠は、スマホを片手にのそりと起き上がった。


――――――



キッチンの調理台の小さな明かりだけをつけて冷蔵庫を開く。牛乳パックに名前が書かれていないことを確認して取り出すと、マグカップに注いで電子レンジで温め、待つ間に戸棚からはちみつを出しておいた。ベタだけど安眠するのにホットミルクって結構良いんだよな…なんて調理台に寄り掛かった悠は、電子レンジの可動音以外の物音を聞きつけダイニングを振り返った。


――ぺた、ぺたり…ぺた、

―――ぐぅ……ぅるるるる…


なんだろう…裸足で廊下を歩くような音…?物音で治を起こしてしまったのだろうか。けれど、治の足音にしては随分のんびりで不規則で小さいような…?それに、何かが唸るようなもう一つの音は一体…?

音の正体を探ろうと耳を澄ませたところで電子レンジが仕事を終えて音を鳴らす。びくりと肩を揺らして振り返ると、ほかほかと湯気をたてるホットミルクが出来上がっていた。


………いやいや、びびりすぎだよ自分。つーか何にびびってんの?幽霊なんて今や同僚じゃん?仲良しでしょ?大丈夫大丈夫…。


出来立てのホットミルクにはちみつをたらしながら自問自答する悠は、さっさと部屋に戻ってしまおうと使った食器を片付ける。はちみつを戸棚に片付けてその扉を閉めたところで、背後からTシャツの裾をがっしと掴まれて肩を跳ね上げた。


「…ご、……は、」


「わあ゛ああああああああああ!!!?」


店中に響く叫び声をあげた悠は、Tシャツを掴んだモノを視界に入れないようにして必死に廊下に飛び出した。壁に激突してその場に尻もちをつきながらも、少しでも遠くへ行こうと廊下を這う。


「霊山くん!?何があったの!?」


「あ、れ、霊剣さ…!」


叫び声と物音を聞きつけた治が廊下へ飛び出してくる。ちょうど悠とダイニングの間の自室から出て駆け寄ってきた治は、背後から近づいてくる手に気づいていないようで、悠は引きつる喉で必死に声を絞り出した。


「あ、う、ろ、後ろに…!」


「え?後ろ?」


眉をひそめた治は、ゆっくりと振り返った直後に白い細腕に絡みつかれた。


「ご……ぁ、ん…!」


「霊剣さぁあ゛あ゛あああああ…ん!!!」








「……………何やってんのハカセ」


「……………えっ」


ぱちりと廊下の電気をつけた治にしがみついていたのは、ボサボサの黒髪によれよれの白衣を身に着けた小柄な女性だった。


「ごはん、ください…」


ぐるるる…と盛大に鳴り響いたうめき声は、彼女の腹部から聞こえていた。




―――――――




「ほらハカセ、あんまりがっつくと喉詰まらせるよ」


「―!―!!」


「ごめんわかった、しゃべるのは後で良いから、落ち着いて食べて」


ダイニングの斜め向かいの席で、治お手製の大盛りチャーハンをがつがつとかきこんでいく女性をそっと観察しながら、悠は温めなおしたホットミルクをこくりと飲み込んだ。リスのように頬を膨らませる彼女は、分厚い眼鏡越しでもわかるほどの至福の表情を浮かべており、先ほどのゾンビのような様相とは別人のようだ。見る見るうちに消えていくチャーハンを見てやれやれとため息を吐いた治は、彼女の手元に麦茶を注いだコップをそっと差し出しながら隣の席に座った。


「霊山くんも落ち着いた?びっくりしたでしょ」


「まぁ、かなり…」


「この子が、ウチのもう一人の従業員のハカセ。ほんとは明後日帰ってくる予定だったんだけど…」


「ホテルのご飯はもう飽きました。母の味が恋しくて仕方なくなりまして、急いでお仕事終わらせたんです」


「誰が母だって?」


目を細めた治の視線をスルーしたハカセは、いつの間にか完食した皿の上にスプーンを置いて手を合わせる。麦茶をごっくりと飲み込んで一息つくと、悠に向かってずいっと身を乗り出した。


「霊山さんと言いましたか、先ほどはびっくりさせてしまいすみませんでした。改めましてここの従業員兼研究員のハカセと申します」


「あ、どうも霊山です…。………え?研究員?」


自己紹介の気になるワードを復唱した悠に、よくぞ聞いてくれましたとハカセはさらにテーブルの上に乗り出す。比例してのけぞった悠は思わず手元のマグカップを握り締めた。…いや、なんか防衛本能的なアレで…。


「そうなんです!今は主に霊体のメカニズムと現世への影響について研究していまして、その副産物として出来上がった物品をこの狭間支店に提供しています!研究対象はとりあえず私が興味をそそられる物!霊剣さんの悪意を消す能力についても解明しようと努力しているのですがなかなか進捗も良くない状態でして、ここらで気分転換に研究対象をチェンジしようかと目論んでいるところです!というわけであなたについて調査させていただいても良いですか?」


「えっと……なんか怖いから嫌です…」


「何故ですか!?私はただ新しい従業員仲間(モルモット)の生態を把握しようと…!」


「ねぇ今モルモットって言った!?」


「空耳です!」


勢い衰えないハカセの猛攻は、治がハカセの首根っこを掴んで強引に着席させたことでいったん落ち着いた。暫くじたじたと暴れていたハカセは、自身の名称を呼ぶ治の声が平常時より数段低いことに気が付いてぴたりと動きを止めると、そぉっと治の顔を見上げた。


「研究熱心は大いに結構。でも、それを他の人に強要するなっていつも言ってるよね?」


「…ハイ」


「あと、今午前3時を過ぎたところなんだけど、僕と霊山くんは数時間後には仕事です。……言いたいことわかる?」


「深夜にお騒がせしましたごゆっくりおやすみください!」


にーこっりと恐ろしいまでに完璧な笑みを浮かべた治を見て、ハカセはびしりと姿勢を正して頭を下げた。それを見届けた治はゆらりと立ち上がって食器を片付けると、悠の肩をぽんと叩いてそのままダイニングを出ていった。おそらく、僕はもう寝るから霊山くんも早く寝るんだよ。と言いたいのだろう、と悠は解釈した。去っていく治を見送ってへなへなとテーブルに突っ伏したハカセは、ひぇええ…とため息を吐いた。


「あれ絶対後半のほうが本音ですよ…。眠かったんだ霊剣さん…」


「明日…っていうか今日か。ちょっと車で遠出しなきゃって言ってたから寝ておきたかったのかもね」


「だとしてもあんなに怒るなんて……怖かった…」


つんと唇を尖らせたハカセの目は、だんだんうるりと水分を溜めはじめた。それを見てぎょっとした悠は、ああああのさ、とどもりつつ声をかけた。


「その、研究?とか調査とか?よくわかんないしモルモットとか実験台は嫌だけど……仕事外の時間でちょっと協力するくらいならできるからさ、あんまり落ち込まないで?」


研究してできたものって店でも役に立つんでしょう?すごいね。と告げた悠に、すんと鼻をすすって頷いたハカセはありがとうございます…。とぽそりと返した。








――――――






―カチ…pipipipi…

――pipipipi……カタカタ、カタリ



聞きなれない機械音と、キーボードをたたく音に、悠の意識は覚醒した。いつものスマホのアラームは鳴っていないし瞼の奥の室内もいつもより暗いような気がする…。また変に目が覚めたのか、今日はよっぽど寝つきが悪いのか…?とのっそりと目をあけた悠は、目の前にパソコンのような機械と無数に伸びるコード類、不気味に点滅する画面を見て飛び起きた。


「は!?何これ!?」


慌てて周囲を見渡すと、枕元の機械のほかに心電図計のようなものとレーザーの照射機らしきもの、何の数値かわからないがモニターには絶えずデータが流れて目をちかちかさせる。思わず目をこすると腕に違和感を感じ、見下ろした自身の腕には無数のコードが固定されていて再度驚愕の声をあげた。


「あ、おはようございます!霊山さん!」


「何してんの!?」


狼狽える悠に声をかけたのは機械の隙間からひょこりと顔を出したハカセで、その手は世話しなく機械を操作している。機械まみれの自室は彼女の仕業であると把握した悠は、腕のコードをひっぺがしながら叫んだ。次いで両足に固定されているコードにも手を伸ばすが、どうやって取り付けているのかなかなか剥がせない。


「霊山さん言って下さったじゃないですか、仕事外の時間なら協力してくれるって。私うれしくって、早速就業前にお邪魔しちゃいました!」


「本人の了承を得ずに決行しないで!?」


「血液と遺伝子情報に体組成身長体重なんかの基本データはだいたい取れました。次はこの新薬の効果と体調の変化を検証したいので早速投与しても良いですか?」


「ダメに決まってんじゃん!?なにその紫の怪しい薬!!」


右手に怪しい色の液体の入った注射器を構え、にこりと微笑んで近づいてくるハカセに悠は背筋を凍らせた。まだ左足のコードを外しきれないまま迫ってくるハカセから逃げようと後ずさると、すぐにコードが突っ張って後ろに下がれなくなる。焦る悠の足元でぐしゃぐしゃと絡みはじめるコードは動きを制限してくるし、迫るハカセは悠を押し倒して圧し掛かってくるし、命の危機を感じた悠は少し泣きそうになりながらも、Tシャツの袖を捲って二の腕に針を刺そうとしてくるハカセの両手首をなんとか掴んだ。


「もーどうして邪魔するんですか?私、注射器の扱いには慣れてますので全然痛くないですよ?」


「痛い痛くないの問題じゃなくてね!?」


「……ダメなんですか?霊山さん、協力してくれるって言ったのにあれは嘘だったんですね…?」


「いや、そうゆうわけじゃない、けど…」


「じゃあ良いですよね?腕出してください!」


「ねぇさっきの涙目どこ行ったの!?」


ハカセの潤んだ瞳に怯んだ隙に、左腕ががっちり押さえつけられ全体重をかけて固定された。もしかして、さっきの涙目も昨日の落ち込んだ様子も演技だったりする…!?今更気付いたところで遅いとばかりに、ハカセは悠の顔を見下ろしてふふふと上機嫌に笑った。ぞわりと全身に鳥肌が立ってハカセを押しのけようとしていた手の力もへろりと抜けていく。あぁ、きっと俺もばあちゃんのところへ行くんだ短い人生だった…と悠の瞳からつぅっと涙がこぼれたところで、部屋の扉がバァン!と開けられた。


「霊山くん!!」


「あ、」


「うわぁぁぁ霊剣さん助けて…!!」


救世主の登場に、悠の涙腺は決壊してぼろぼろと泣きながら助けを求めた。息を切らしながら踏み込んだ部屋の状況を見て俯いた治は、すぅと息を吸い込んでつかつかとハカセに歩み寄ると、冷や汗を流し硬直するハカセの首根っこを掴んで注射器を取り上げた。


「ハカセ、ちょっと僕とお話しようか」


いつものように穏やかな声色と、開いた瞳孔でハカセを見下ろす表情がミスマッチ過ぎて、悠は再びほろりと涙を流した。







―――――――








ダイニングの椅子に座って治が入れた温かいココアを飲む悠の頭に、レンは半ば同情の気持ちでぽんと手をのせた。温度も重みもない手だったけれど、今の悠は少しの気遣いですら刺激になるらしく、麻痺した涙腺からまた涙がじわりと浮かんだ。ぐすんと鼻をすする悠に、いつもならいい年してそんな泣かないでよとでも言うレンは、あのマッドサイエンティストに笑顔で迫られたらトラウマにもなるかと口を噤んでいた。そのマッドサイエンティストことハカセは、ダイニングの壁際で正座をさせられてお説教の真っ最中である。


「僕の部屋の扉にバリケードまで作って、随分計画的犯行だったねハカセ」


「探求心を満たすためにはどんな手段でも取る所存です!」


「霊山くんやっぱり今からでも警察に突き出す?」


「そんな殺生な…!」


「あ、いえ、俺も部屋の鍵かけ忘れてたわけですし…二度目がなければ、まぁ…」


「ほら、もう和解は成立してますよ!」


「だからってこのままキミを開放するわけにいかないの。反省してる?」


「もちろんです!」


「……でもね、人を実験台にするなって注意するの、もう何度目だと思ってる?」


「わかりません!」


「わかんないくらい言ってんだからいい加減やめなさい」


「すん…」


小さくなっているハカセだが、その表情は口を尖らせて不満気で、反省しているのか怪しい所である。いっそのこと実験器具を取り上げてしまえれば身の安全は保障できるが、彼女の発明品に日々助けられている以上それはできないことだった。根気強く注意していた治だったが、一時間近く暖簾に腕押しのような状況が続き、ついに大きなため息を吐いて頭を抱えてしまった。


「とりあえずこれだけ絶対約束して。勝手に人の部屋に入って実験、調査を進めないこと」


「…はい」


「詳しい説明もせずに、相手の了承を得たってこじつけないこと」


「……霊剣さん今これだけって、」


「返事は」


「…………はい」


返事が渋々だったことが気にかかるが、これ以上の説教はただ労力を削られるだけだと判断した治は、説教の終わりを告げハカセの朝食を用意する。嬉々として悠の斜め前の席についたハカセに一瞬悠の肩が強張るけれど、テーブルに並べられるオムレツやトーストに夢中な様子を見て力を抜いた。



「霊山くんはどう?食べられそう?」


「あー…すみません、俺後で自分で用意します」


多分腹の中は空っぽだけれど、今は喉を固形物が通る気がしなかった。ハカセの食事を用意した治がそのまま悠の正面に座って投げた問いに少し苦笑して答えた悠は、ハカセが美味しそうに頬張る治お手製のふわとろオムレツが食べられなくて少し残念に思った。


「サンドイッチでも作ってたら後で食べる?僕も出先で食べる分作るから同じもので良かったら、」


「え、良いんですか?」


「あ!ズルいです私も食べたいです!」


「わかった作るから。大人しく食べてて」


「霊剣さん、霊山さんと私で態度違いすぎませんか?依怙贔屓良くないと思います!」


「何が原因か自分の胸に手を当ててよく考えてみて?」


言われた通りぺたりと胸元に手を当てたハカセは、しばらくうーんと唸った後こてりと首を傾げた。思い当たる事柄がなかったのかすっとぼけているのかはわからないが、そんな彼女に治とレンは同時にため息をついて、悠の肩にそれぞれ手を置いた。


「この人こんな感じだから、自分の身は自分で守るしかないよ」


「今日一日留守にするのすっごい心配だけど、なんとか乗り切ってね」


いざとなったら就業中だろうが部屋に逃げ込んで良いからとか、冷蔵庫にあるプリンは大人しくさせるのに有効だからうまく使ってねだとか、はじめて留守番をする幼子に言い聞かせるようにああでもないこうでもないと頭を抱えていた治は、ふと時計を確認すると慌てた様子でがたりと席を立ち、手早くサンドイッチを作って身支度を整えると、始業時刻と同時に店を出て行った。………そうか今から仕事だった…。遠い目をする悠に、今回ばかりはレンもなるべく助けてやらねばと気合を入れた。







―――――――

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