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交流屋  作者: キミヤ
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前途多難④




「――ぃっ、た、」


商店街のスーパーを出たところでポケットのスマホに手を伸ばした悠は、静電気のようにばちりと指先が弾かれる感覚に眉を潜めた。ぴり、と少しだけ痛んだ指先に怪我はなく、もう一度そろりとスマホに伸ばした手には何も起こらなかった。安心してポケットからスマホを取り出した悠は、それにぶら下がるお守りに目を止めてえっ、と声をもらした。


「(こ、焦げてる…?)」


鮮やかな紫色だったお守りの中心あたりが、丸く黒ずんで煤けている。触れたそこに熱はなく、身の回りに火の気はないのに焦げたようなその様子に眉を潜めた悠は、次いではっと顔を青ざめる。


――お守りが焦げるとか、めちゃくちゃ不吉じゃないか…!?


買い出しをしっかり終えていることを確認した悠は、慌てて店へ帰ろうと踵を返す。霊剣さんになんて言おう、貰って数日のお守りをダメにしちゃうし、つーかお守りが焦げるって何!?なんか悪いこと起きない!?たらりと冷や汗を流しながら商店街を駆けていた悠は、その背中に突き刺すような視線を送る人影に気付かなかった。





――――――





「あ、レンくんも今帰ったとこ?」


「っげ、」


急いで帰宅した店の前でレンと遭遇した悠は、ひらりと手を振って投げた挨拶にぎょっとした顔を返されてショックをうけた。え、俺普通におかえりって言っただけだよね…!?

何か仕出かしただろうかとレンに一歩歩み寄ると、ビシリと片手を付き出して制止された。


「ちょっと待って!今その状態でオレに近付かないで!」


「なんで!?」


「なんでじゃない!店長呼んでくるから、そこから一歩も動かないで!!」


「…はい」


レンの剣幕にしゅんと落ち込みながらも返事をした悠は、ひとまずその場で立ち止まる。それを確認したレンはするりと玄関を抜けて行ったので、宣言通り治を呼びに行ったのだろう。

程なくして、ちょっと今大変なんだから…とぼやきながら玄関から出てきた治は、悠の姿を確認した途端にすっとその目を細めた。


「霊山くん…」


「えっ、あの、やっぱり俺なんかしました…!?」


特に思い当たるフシのない悠は、つかつかと歩み寄ってくる治にびしりと背筋を伸ばす。そのまま悠に触れられる距離まで近付いた治は悠の米神付近に右手を伸ばすと、人差し指と中指で何かを摘まむような仕草をして黒くモヤモヤするモノをずるりと引き摺り出した。


「え、ええええ…!?何すかこれ…!?」


「まぁ、見てのとおりあんまり良いものじゃないよ。僕は触れても平気だけど、他の人達にはなるべく近づけないようにしてね」


蛇のようにウゾウゾと蠢いていたそれは、治の右手にぐっと握り込められるとしゅんと消えていった。ひとまず不気味なそれが消えた事に安堵した悠は、眉間にシワを寄せて自身の右手を見つめている治に恐る恐るたずねる。


「あ、あの、今のって…」


「うーん…なんて言ったら良いか…。……人の悪意とか、負の感情の塊、みたいなモノだよ。今みたいに大きくてはっきり見えるものはちょっと珍しいけど」


「人の、感情…?」


「好意も悪意もそうなんだけど、強い感情を向けられるとこうやって纏わり付いて来たりするんだよ。僕らは身体という防御壁があるから早々害はないけど、レンくん達幽霊は直接魂が傷つけられる場合があるから気をつけてね」


先程のレンの拒絶はそうゆうことだったのか。今後は気を付けねばと頷く悠は、治がその手にするまで気付かなかったモノにどうやって気を配れば良いのかと困惑する。その困惑を察知したのか、首を傾げた治は悠にたずねた。


「霊山くんは対処の仕方知らないから、寄せ付けないようにお守り持たせてたけど…もしかして効果切れちゃったかな?」


「え?あっ…!」


治の問いに焦げたお守りを思い出した悠は、スマホにぶら下がるそれを差し出す。煤けた部分に触れて眉を潜めた治は、思案するように顎に手を添えた。


「この数日でお守りの効力を消しちゃうなんて…よっぽど強い悪意や負の感情にさらされたってこと…?」


「あ、あの、すみません。俺全然気づかなくて…」


「あぁ、大丈夫。お守りはまた作れるし、最初からあんなのにバシバシ対応できる人なんていないから。とりあえず店に入ろう。ちょっと疲れちゃったでしょう?」


苦笑した治に続いて、悠はそろりと店に入った。

玄関で待ち構えていたレンは悠の全身を見回してよし、と頷いたので、今度は盛大に拒絶されなくて済んだと少しだけほっとした。





――――――





表に臨時休業の看板を出して、治と悠とレンは客間に集まっていた。部屋の中央に置いたちゃぶ台の上では、治がノートパソコンをカタカタと操作している。やがて一人の顧客情報を表示すると、その画面を二人に向けて話し始める。


「えーっと、まずこっちの話しちゃうけど……あの世のお客さんが一名、現世外出届の期日が過ぎてもあの世に戻ってきていない」


現世外出届とは、その名の通りあの世の顧客が現世へ外出する際に提出が義務付けられている書類のことで、滞在日時と目的を詳細に記入しあの世の窓口へ提出しなければならない。窓口で審査を通過した顧客には専用の通行証パスが発行され、それを肌身離さず身に着けることを約束して初めて現世へ行くことができる。

パスには顧客の行動を追跡・監視できる機能がついており、滞在先で問題行動をとったり日時の期限を守らないなど、違反行為があればもちろん処罰の対象となる。


「ちなみにこのパスはレンくんたちあの世の従業員も持ってるんだよ」


ちょっと仕様は違うけど、ね?と顔を向けられたレンは、治の意図を察して自分のパスを取り出して悠に見せる。社員証のようなストラップ付のケースに入れられたそれには、レンの名前と社員用通行証の文字、そして使用期限なるものが印字されている。裏にはICチップのようなものまでついていた。


「あの世って、結構ハイテク…?」


「これ作ってるのは現世そっちの変人だよ」


「へ?」


「うん、まぁそうなんだけど」


そこんとこの詳しい話はまた後日ね。とレンと悠の視線を自身へと戻した治は、悠とぱちりと目を合わせてパスの説明を続ける。


「パスの役割はほかにも、お客さんが迷子になった時に捜索できたり、幽霊が入っちゃいけない所の情報が組み込まれてて通知してくれたり、あとは、霊山くんにあげたお守りと同じ役割をしたり…」


お守りと聞いて、悠はスマホごと焦げたお守りを取り出し机に置いた。それをみてぎょっとした表情のレンは、悠のスマホの隣にそろりとパスを並べる。それはレンのパスではなく、顧客用通行証と書かれていた。スズキ…とかろうじて顧客名が読める以外は、悠のお守りのように焦げていてほとんど内容を確認することができない。


「これ、さっきの黒いヤツから守ってくれるお守り、なんですよね…?」


「昨日、商店街の見回り中にこれを見つけました。おそらく、行方不明のスズキケイタさんのもので間違いないと思います。…脱走したものとみて捜索してましたけど、これを見る限りトラブルに巻き込まれた可能性が高いですね」


「うん、パスを黒焦げにしちゃうくらい強い悪意の近くに居たんだろうね。となるとスズキさんは、悪意に傷つけられてどこかへ避難しているか、悪意に呑まれてどこかを彷徨っているか……どちらにしろ、早く見つけ出さないといけない」


先ほど、悪意や負の感情の影響で、レンたち幽霊は魂が傷ついてしまうこともあると聞いたばかりの悠は、パソコンの画面に映る青年を見て唇を噛む。このスズキさんは、きっとどこかで苦しい思いをして助けを求めているんだろう。しかも幽霊の彼は、街を歩く人たちの視界に入ることはない。…ならば、見つけられるのは自分たちしかいない。


「じゃ、じゃあ、すぐ近くの捜索に…」


「それはもうあの世こっちから人員を割いてるから大丈夫。つーか、あんた今からお守りなしで出てってどうするの。またさっきのを持ち帰られても困るんだけど」


「…ハイ、すみません…」


勢いよく立ち上がろうとした悠は、レンにぴしゃんと窘められてすごすごと席に着く。それもそうだ、悠は悪意を視認することすらできない。あのお守りがなければ一人で対処できないのに、飛び出して行っては逆に迷惑をかけるだろう。第一、闇雲に探してスズキさんが見つかるわけでもないし。しゅんと落ち込む様子の悠を苦笑して見ていた治は、ふと焦げたお守りとパスを見て閃いた。


「いや、霊山くんも捜索メンバーに入ったほうがいいかもしれない」


「えっ」


「ちょ、店長!?」


それぞれ驚きの声を発する二人を置いて、治はお守りとパスを手に取り何かを確認すると、やはりそうだと頷いた。


「この二つの悪意、性質も似てるし同じ人物のモノの可能性が高いよ。もしこの人物を特定出来たら、スズキさんを探す大きな手掛かりになるはず」


「…つまり、特定のためにもう一度外に出て悪意を向けられて来いと?」


「……まぁ、平たく言えばそうなんだけど、」


「囮になれってさ、頑張って」


「レンくん酷い…!」


ははんと鼻で笑って力のないエールを送ってきたレンに、悠は顔を覆って落ち込んだ。そりゃあ、出来るだけのことはやるつもりでしたけど…!悪意向けられても大してダメージ受けないみたいだし平気なんだろうけど…!…すでに蔑ろにされた精神的ダメージを受けている悠に、治がぽんぽんと肩を叩きながら大丈夫だよと声をかける。


「霊山くんには僕が同行するから。うまくいけば悪意を向けられる前に相手を特定できるし、そんなに怖がらないで」


「じゃあ囮ではなく餌…?」


「なんでそんな卑屈になるかな…」


眉根を寄せ苦笑しながらパソコンを操作した治は、スズキさんのパスの行動履歴を検索し地図画面に表示させると、悠の前にずずいと押し出した。


「さて、まずはスズキさんと霊山くんの行動範囲を照らし合わせていくよ。重なる部分を探して行けば悪意の人物に辿り着くはず。時間は刻一刻と過ぎるんだしテキパキ行こう」


はい、と小さく返事をした悠はパソコン画面に向き直る。猫背だった背中をしゃんと伸ばして一度瞬きすると、自身の行動経路を思い出しながら手元に取り出した地図に書きこんでいく。少しの漏れもないように正確に。少しでも早くスズキさんを見つけられるように、と悠は必死で手を動かした。





―――――――






「………うん、この辺りはハズレだね」


商店街の大通りから一本裏の道、人気のない周囲を見渡した治はややあってそう呟いた。それを聞いた悠は手元の地図の一角に赤ペンで×印をつける。地図上には、同じものが他にも複数あった。


スズキケイタさん捜索のため店の外へ繰り出した治と悠は、手掛かりとなる悪意の持ち主を探すため街中を歩き回っていた。スズキさんは商店街に思い入れがあったのか、行動範囲は悠が買い出しに訪れる商店街エリアがほとんどを占めており遠出した形跡はなかった。これなら思いのほか早く手掛かりが見つかるのではという悠の淡い期待とは裏腹に、地図に記入した×印の数はすぐに二桁を超えた。


所々塗装の剥がれた街灯がぽつぽつと明かりを灯しはじめて、日没時刻を迎えたことを知らせてくる。今日のところはここまでにしようか、という治に頷いて地図とペンを片付けた悠は、心なしか重たい足を引きずって治に続いて帰路を辿る。


「明日は時間をずらして探してみようか。相手の行動パターンも全然わかんないし、地道に探すしかないかなぁ…」


「…そうですね」


ふぅと息を吐いた悠は空を仰いで瞬きする。焦るな、焦るな…焦れば大事なものを見落とすかもしれない。気合を入れなおし一歩踏み出した悠は、大通りに差し掛かる交差点で足を止めた治の背中にぶつかりかけた。


「わっ、と…。霊剣さん…?」





「―あんたたちのせいよ!」


「!?」


突如聞こえた女性の金切り声は大通り脇の歩道から響いていた。治の背で見えなかった声のほうを覗き込むと、そこには金切り声の主らしい女性と、その女性に詰め寄られている数人の女子高生の姿があった。その姿を見止めて悠が目を見開いたのは、両者とも見覚えのある人物だったからである。


「よ、吉川さん、どうしたんですか…?」


ひとまず悠は治に断りを入れてから、金切り声をあげる女性を宥めなければと駆け寄る。そろりと背後から声をかけると、勢いよく振り返った女性にきっと睨まれた。


「あ!そうだわ!そうよアンタこそ怪しいわ!どうせクビにされた腹いせなんでしょ!?美沙希を何処へやったの!?」


きいきいと叫ぶ声はほとんど聞き取れず、戸惑う悠はミサに何かあったらしいという情報だけ認識する。両手を振り上げ殴りかからんとする女性を止めに入った治に、女性は元家庭教師の教え子ミサの母親であること、女子高生たちは一度会ったことのあるミサの友人であること、ミサに何事かあったらしく事情を聴きたい旨を伝えると、母親のほうは任せろと少し距離をとって壁の役割をしてくれた。申し訳なく思いながらも女子高生たちに向き直ると、眉をひそめていたうちの一人が悠の顔を見てあっと声をあげた。


「もしかして悠ちゃん先生じゃない!?ミサのカテキョの!」


「えっ」


何?俺そんな風に呼ばれてんの!?突っ込みかけたが今はそれどころではない。あ、ほんとだ先生じゃん!?とこちらの顔を思い出したのか徐々に警戒心を解いてくれた彼女たちに、何があったのかと事情を尋ねると少し顔色を青くしながらも教えてくれた。


「ミサが、ここ一週間くらい学校に来てなくて…」


「体調悪いのかと思って連絡しても、メッセージに既読もつかなくて…」


「ミサママに聞いたら家にも帰ってないって言うの」


「警察にも捜索願出したのにまだ見つかってないって、」


言いながら友人の一人は泣き出してしまった。ミサが行方不明になっただけでも一大事だというのに、今日ここで遭遇したミサの母親に、ミサが居なくなったのは彼女たちのせいであると詰め寄られたらしい。曰く、彼女たちがミサを連れまわすから、きっと悪い遊びでも覚えて何かに巻き込まれたんだろう、と。


「そんな…」


「ミサママ、きっとミサが居なくなってパニックになってるんだろうって思うんです」


「だから、私たちでもできることで、ミサを探す手助けをしたいって言ったんですけど、聞く耳を持ってくれなくて…」


「そのままミサママが怒り出しちゃって、あんな風に…」


「そっか…」


事情は大体把握できた。友人の一大事を聞かされたにも関わらず、一方的に責められるばかりの状況に落ち着いて対処した彼女たちによく頑張ったねと声をかけて、悠は背後の治を振り返った。治は母親を何とか落ち着かせることに成功したらしく、涙を流す母親をベンチに座らせてハンカチを差し出している。顔をあげて悠と目が合った治は、そろりと悠に駆け寄って母親の様子をうかがいながら話しかける。


「お母様は一応落ち着いたけど、だいぶ疲弊してるからご自宅まで僕が送り届けてくるよ、」


「すみません、ありがとうございます」


「それで、ちょっと気になることもあるから、その子たちにも話を聞きたいんだけど、」


「えっ?」


思わず振り返った悠の顔を見て、友人たちは困惑の目を向ける。その視線を受け取った治は、彼女たちに名刺を手渡しながら事情を説明する。


「突然ごめんね、行方不明になったお友達についてもう少し詳しく聞かせてもらえないかな?僕たちも今、この付近で行方不明になったお客さんを探していて、もしかしたらお互いに何か手掛かりがつかめるかもしれない」


治の言葉に、友人たちはそろって顔をあげるとそれぞれ視線を交わして頷く。一人が代表して了承の返事を返すと、それに頷き返した治は、商店街の片隅の喫茶店を待ち合わせ場所に指定した。


「じゃあ、明日学校が終わり次第来てくれるかな。僕らもそこで待ってるから」


それぞれが頷き返すのを確認した治は、悠にいくつか耳打ちして踵を返し、泣いている母親を送り届けるべく去っていった。

友人たちに向き合った悠は、遅くなったし送っていくよと車のキーを取り出す。車へと彼女たちを誘導して、それぞれを送り届けて店に帰るまで、治に言われた言葉が気になって仕方がなかった。






―――君に悪意を向けた人、どうやらついさっきまでお母様の近くに居たみたい。

―――きっと、ミサちゃんが居なくなったことと関係あると思う。














―――――――

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