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交流屋  作者: キミヤ
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愛縁奇縁④




―――数年後



黒のスリーピーススーツのジャケットを腕にかけ、黒いボストンバックを下げた一人の男が、長閑な商店街の街並みを眺めてほっと小さく息を吐く。変わらない街並みを眺めてちょっとだけ懐かしい気持ちになって、真新しい白線が引かれた道路をくたびれた革靴で踏みしめた。


最寄り駅から店までの最短ルートだった細道は、駅前の整備工事と新しいアパートの建設で潰れて通れなくなっていた。仕方なく大通りの方へ迂回すると、道路の向かいにある昔よく利用していたスーパーマーケットが改装されて外観が真新しくなっている。……そういえば、今日は悠がご馳走を用意してくれると言っていたっけ。昨夜の電話口のテンションの高さから相当張り切ってくれている姿を想像して、じゃあ自分も何か手土産を持って帰れば良かったと身軽な装備を今更ながら後悔した。せめて夕食後のデザートくらい何か調達できないかと考えた治は、スーパーマーケットの方へ足を進めながらスマホを耳に当てる。2コール程ですぐにつながった通話の向こうでは、何やら慌てている悠の声が聞こえた。


「っもしもし!?もしかしてもう帰って来ちゃいました!?」


「え、いやまだだけど……何かあったの?」


「良かった~!実はちょっと買い忘れてたものがあったんで慌てて買い出しに出たところで…準備が整う前に主役が帰って来ちゃったのかと思ってちょっと焦りました」


「ふふ、そんな大袈裟に出迎えてくれなくても大丈夫なのに。なんなら、買い忘れたもの僕が買って行こうか?今ちょうどスーパーの前に居るし」


「いえ!たった今受け取れたんで大丈夫です!…あ、でも、ちょっとだけゆっくり帰ってきてもらえるとありがたいかなぁ…って」


「うーん、じゃあ、30分くらい時間を潰してから帰ろうかな?」


「助かります…!急いで準備するんで!気を付けて帰ってきてください!」


「わかった。またあとでね」


通話を切ったスマホをポケットにしまいながら、目の前のスーパーマーケットを見上げる。ここで30分も時間を潰していたら、一週間分くらいの食材を調達してしまうかもしれない。ご馳走が待っているのにそんな大荷物を引っ提げて帰るわけにはいかないなと、治は目的地をもう一本奥の路地へと変更する。あそこには、たしか悠と可那子が好きな羊羹を売っている和菓子屋があったはずだ。羊羹と、お団子と、大福と…いくつか見繕ってお土産にしようと考えた治は、鼻歌でも歌いだしそうな心地で少し薄暗くなっている路地に足を踏み入れた。



「アララ、店長くんってばずいぶんご機嫌だねぇ」


ぬるりとひときわ濃い影から顔を出したのは、影と同じような黒い髪で目元を隠してにんまりと口角をあげた死神だった。久しぶりーとひらひら手を振る死神に、治は何故か見向きもしないで歩を進める。あれ?と首を傾げた死神がどんなに呼びかけても、目の前でひらひらぶんぶんと手を振って気を引いてみても、それは同じだった。


「ちょ、ちょっと店長くん、意地悪するにしても限度があるでしょ?もしかしてオレが全然顔見せなかったから拗ねちゃった?なーんて、」


困惑する死神が、とうとう我慢ならなくなって治の腕を掴んだ。けれど、確かに掴んだはずのそれはするりとすり抜けて、死神の手はただ何もない空間を捕まえている。変わらず足を進める治はどんどん死神から遠ざかって行って……そこで死神は、あることに気が付いた。


……あぁ…そうか。この子、オレが見えなくなっちゃったんだ


死神の姿が見えるのは、死人、死期が近い者、死に近しい者だけ。幼い頃にはじめて対面した治は、生きることに頓着がなかったのか死んだって良いと思っていたのか、さらにはとり憑いていた白いカラスの影響もあってか、そこいらの生者の中では一番"死"に近い危なっかしい存在だったと死神は記憶している。

それが、数年前にカラスは一人(一羽?)旅立って行ってしまったし、大人になった治もいつの間にか生きる目標ができたのか、よく見れば生命力とやらに満ちている気がしないでもない。……死神は死の気配以外実際はよくわからないが。


……そうか。この子も自然と、生きようと思えるようになったのか


親代わりが二人も居なくなって、小さい頃からずっと一緒に居た"ともだち"も居なくなって……だけど治には、他にも多くの守りたいものができていた。その中でも特別に大事にしているもののところへ、今日やっと帰ることができる。そりゃあご機嫌にもなるしオレには見向きもしないはずだよなと、死神は自嘲した。


「…なぁんだ。いきなりすぎて驚いたよ。でもまぁ、元気にしてるとこ見られたし良いか」


100年後にでもまた会おうね~と手を振って治を見送った死神は、そのまま溶けるようにどこかへ消えて行った。







―――――――





「無理言ってすみません、でもめっちゃ助かりましたありがとうございます!」


「お安い御用ですよ。またどうぞ~」


にこにこと手を振るくまのような体格の店主は、かろんとドアベルを鳴らして店を出た悠がぺこりと頭を下げて速足で去っていくまで見送ってくれた。大事そうに悠が抱えるのは白い小ぶりな箱で、中には店主自慢のフルーツケーキが入っている。豪華な飾り切りの装飾にチョコプレートが添えられたそれは、昨晩可那子が絶対に必要なんです…!とお願いして手配したもので、想像していたよりも豪華な仕上がりに、悠はほくほくと顔をほころばせた。


「さすがハカセの行きつけのお店、きらきらして見た目も綺麗だしすごく美味しそう~」


これはきっと喜んでくれるだろうと、悠は治のリアクションを想像して浮足立つのをなんとか抑える。うっかりしてケーキの事は頭から抜けていた悠に、やっぱりお祝い事にはケーキが欠かせませんよ!と可那子が進言してくれて良かった。その意見には悠も全面的に同意だったので、なんとか用意が間に合ってほっと胸を撫で下ろした。


「よし、あとはこれを持って帰れば準備ばんたー……っぐぇ、」


「え!?あ、す、すみません…!!」


意気揚々と歩を進めていた悠は、急に着ていたパーカーのフードを引っ張られて蛙のようなうめき声を上げた。持っているケーキの無事を確認して振り返れば、どうやらすれ違った女性が抱いていた赤ん坊がはっしとフードを掴んでいたようで、赤ん坊の手を離させようと悪戦苦闘する母親の様子を見て、悠はからりと笑った。


「びっくりした~。お子さん力持ちですねぇ」


「ほ、ほんとにすみません…!いつもはこんないたずらとかしないんですけど…」


「お、じゃあなんかよっぽど面白いものがあったのかな?ちょうちょでもいた?」


慌てる母親をなだめるように、悠は何でもないように話を投げかける。未だに握り締めた手を離そうとしない赤ん坊と視界の端で目が合って、悠は何となくその面影に覚えがあるような気がして首を傾げた。


「あの…その子、どこかで、」


「ほら、"れんくん"おてて開いてみて?お願いだから」


「……"レンくん"…?」


覚えのある名前を思わずつぶやくと同時に、赤ん坊の手がすっと離される。ほっとする母親を余所に改めて赤ん坊の顔を見てみると、やっと気づいたのかと言わんばかりにふてぶてしい顔で、ぽすんと肩のあたりに小さな拳をぶつけられた。


「……あの、この子の名前"レンくん"って言うんですか?」


「え、えぇそうです。蓮の花の蓮という字で……それがなにか…?」


「いえ…俺の親友と同じ名前だったんで、ちょっと親近感がわいちゃって」


そうかそうか蓮くんか~と、まんまるく握られた拳をつついていると、それが不服だったのか人差し指をまたぎゅっと捕まえられる。もちろん赤ん坊の全力は痛くもなんともなくて、微笑ましく小さな手を見ていたらその視線も面白くなかったらしく、捕まえたままの手をぶんぶんと振り回された。…やっぱり、この子は俺のことを覚えてる。こんな奇跡があるのかと、悠は少し目頭が熱くなった。


「こら、蓮。お兄さんのおてて離しなさい」


「あ、良いんですよ。むしろ俺の方こそかまってもらっちゃってすみません」


「そんな、気にしないでください。この子もいつもは人見知りなのに、あなたには懐いてるみたいだから」


どうしてかしらねぇと首を傾げる母親に、悠もそうですねぇと続ける。二つの視線を浴びた蓮はふいと顔を背けて、けれど握り締めた悠の手は離さなかった。ちょっぴり素直じゃないところは相変わらずのようで微笑ましい。



「あ、お引止めしてごめんなさい。もしかしてお急ぎだったんじゃないですか?」


「えっ、あ、そうだ、先輩帰って来ちゃう」


ふと悠の手荷物が視界に入った母親から指摘されて、悠ははっと顔を上げる。治との通話を終えてからさほど時間は経っていないはずだけれど、そこまでのんびりしている時間もない。せっかく会えたのにもう行かなくちゃいけないなんて…。しゅんと眉を下げた悠につられたのか、悠の手を捕まえたままの蓮も目一杯に涙を溜めてぐずりはじめる。母親にあやされながらも悠の手を離すまいと必死な蓮の様子に、悠も思わず蓮をあやすように頭を撫でた。


「大丈夫だよ蓮くん。また会えるから。一緒に遊ぼうね」


「ね、蓮、お兄さんまた遊んでくれるって。良かったわねぇ」


「あの、だから…これ、お母さんにお渡ししておきます」


「え…?」


「俺の名刺です。この近くの交流屋って店で住み込みで働いてるんで、良かったらいつでも来てください」


「え、でもそんな…」


「不要でしたら処分していただいて大丈夫です。営業かけてるつもりもないですし。…ただ、気が向いた時にまた、蓮くんの顔を見せていただけたらうれしいなぁと思って…」


ね、蓮くん?と悠が顔を覗き込むと、ぐずっていた蓮がぴたりと泣くのをやめた。その様子と手渡された名刺を見比べて、母親は困ったように苦笑する。社交辞令だと思っていたまた会えるの言葉を、どうやらこの人は本気で言っているらしい。初対面なのに、まだ満足に言葉も話せない赤ん坊相手に、変わった人だと思ったけれど、名刺を見る限り身元もちゃんとしている人だし、まぁ…悪い人には見えない。……じゃあ、ちょっとだけお言葉に甘えてもいいかもしれないと思った母親は、遠慮がちにゆっくりと頷いた。


「では、店でお待ちしています。またね、蓮くん」


ひらりと手を振って去って行った悠を見送って、母親は小さく手を振っていた我が子と目を合わせる。


「蓮、そんなにあのお兄さんの事好きになっちゃったの…?」


帰ってくるはずもない問いを思わず投げかけてしまったけれど、愛する我が子は母と同じ方向にこてんと首を傾げてから、嬉しそうににぱっと満面の笑みを浮かべた。







―――――――






「ただいまー!」


「あ!霊山さんおかえりなさい!ケーキ受け取れました?」


「ばっちり!もうめちゃくちゃ美味しそうなの作ってもらったよ」


ぱたぱたと悠を出迎えにきた可那子に白い箱をかかげて見せると、きらきらと瞳を輝かせた可那子はそっとそれを受け取ってスキップしながらキッチンに向かう。転ばないでねーとその背に声をかけてから客間に入ると、室内はちょっとしたホームパーティーのような飾り付けがされていた。


「わ、ハカセ頑張ったねぇ」


「はい!こんなこともあろうかと輪飾りを作っておいて正解でした!」


「備えあれば憂いなしがピンポイントすぎる」


「霊山さんお手製の豪華なご飯はまだですか?私、頑張りすぎておなか空きました…」


「主役が帰って来るまでもうちょっと我慢できる…?」


「う~ん…善処します…」


くぅと小さく鳴ったお腹を撫でながらしょもしょもとその場にしゃがみ込む可那子に苦笑して、悠はちらりと壁にかかっている時計を見上げる。治は少し時間を潰してから帰って来てくれると言っていたけど、さすがにもうそろそろ着く頃だろう。すぐ食べられるようにもうセッティングしちゃおうかな…とキッチンに足を向けかけた悠の耳に、がらがらと軽快に玄関の扉が引かれる音が届いた。


「わ、ドアの立て付け直ってる!うれし~」


「「おかえりなさい!!」」


「ふふ、ただいま。二人とも元気にしてた?」


ずいぶんと軽くなった扉を後ろ手でカタンと閉めながら、治は元気に出迎えてくれた悠と可那子にひらりと手を振る。治が靴を脱ぐのも待てないとばかりにそれぞれ手を引いて、客間に向かうわずかな間も競うように治が留守の間の出来事を話し出す二人にはいはい後で順番に聞くから!と返しながら、あぁ、なんか…帰って来たって感じがするなと、治は一人喜びを噛み締めた。


「うわ!なんかすごい飾り付けされてる…!」


「もちろんですよ!お祝いですから!」


「あとご飯のあとにデザートもあるんで!」


「あら、じゃあ羊羹とか買って来たけど余計だったかな」


「「え!?たべます!!!」」


「っふふ、良かった。まだ日持ちするだろうし明日一緒に食べようね」


わいのわいの。治に手渡されたお土産を覗き込んではしゃぐ二人にそう言うと、そろってぴたりと動きを止めて顔を上げる。あれ、何か変なこと言ったかな…と戸惑う治の様子を見て、悠は照れくさそうに頬をかいた。


「えへへ…そうっすね!"明日"一緒に食べましょうね!」


「"明日"だけじゃ食べ切れませんし、"明後日"のおやつもご一緒しましょうね!」


意図的に強調して言われた言葉に何となく二人の言わんとすることを察して、治はちょっぴりむず痒い気持ちになる。何気ない明日や明後日やその先の約束が簡単にできる距離感に、改めて帰って来たなと実感したのは自分だけではなかったらしい。嬉しそうに、明日はこれを食べて明後日はこれで、あぁでもこれは痛むのが早いから先に食べなくちゃ...なんて議論を始めた悠と可那子に、治は改めて感謝を伝えたくなった。


「二人とも、待っててくれてありがとう。ただいま」



これからもこの店で、みんなと一緒に過ごせますように。

子供じみた望みを、治はそっと願った。











蛇足かもしれない登場人物紹介


篠山ささやま はる

年齢は20代後半→30歳くらい。血液型はA型。身長180cmちょいのやや痩せ型。背中まで伸びる長髪を、仕事中はハーフアップに、フォーマルな場ではお団子でひとまとめにしている。

好きな食べ物はオムライス(卵が固めのやつ)と月見うどん。嫌いな食べ物はあまりない。

イメージカラーは紫系


嵜本さきもと ゆう

年齢は20代前半。血液型はO型。身長175~177cmの中肉中背。少しクセのある茶髪。美容院費用節約のためよく自分でカットするので、ショート、マッシュ、ツーブロックなど気分で変化する。

好きな食べ物はから揚げ(もも肉より胸肉)と炒飯。嫌いな食べ物はものすごく辛いもの。

イメージカラーは赤系


羽田はだ 可那子かなこ

年齢は20代前半→20代半ば。血液型はAB型。身長160cmくらいの痩せ型。黒髪ボブヘア。眉の高さで切り揃えられた前髪は、研究の時だけ邪魔にならないようポンパドールになる。

好きな食べ物は甘いもの全般(洋風より和風)と白飯。嫌いな食べ物はパセリとパクチーとアボカド。

イメージカラーは青系


・レン

享年16歳。血液型はA型。身長165cmくらいのやや瘦せ型。栗色のショートカット。夏場にツーブロックにしている悠を見てちょっとマネしてみたいなと思ったことがある。

好きな食べ物はプリン(柔らかいやつ)とツナマヨおにぎり。嫌いな食べ物はねばねば系全般。

イメージカラーは黄色系


・社長

年齢不詳。血液型不明。身長190cm(帽子含む)。露出が少なすぎて体型は不明(肥満体型ではないと推測される)。帽子からわずかに見える髪色は黒。おそらく角刈りかスポーツ刈り。

好きな食べ物は親子丼(治が作ったやつ)と醤油ラーメン。嫌いな食べ物は火が通ってない野菜。

イメージカラーは黒


・死神

享年30歳くらい。血液型はB型。身長180cmくらいの痩せ型。黒髪ちょい天パのショートカット。前髪で目が隠れているので初対面だとちょっと怖がられるのが楽しい。

好きな食べ物はおでん(特に厚揚げとがんも)とカツオのたたき。嫌いな食べ物は脂っこいもの。

イメージカラーは灰色か銀



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