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交流屋  作者: キミヤ
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一期一会③




「レンくん!待って!ねぇお願いだから…!!」


「なーんにも聞こえませ~ん!」


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"……!!」


ぎゅんぎゅんと風を切る音の合間に発せられた悠からの懇願を清々しいほどにスルーしたレンは、手元のハンドルをまた勢いよく回す。途端に遠心力で右側に引っ張られた身体をよっこいしょと元に戻した治は、正反対の顔色をしながらもきゃっきゃとはしゃぐ後輩たち二人を微笑ましく見ていた。


「おれ、コーヒーカップだけは、コーヒーカップの回転だけは身体が対応してなくて…!」


「へぇーそうなんだ」


「お願いちょっと止まって!ねぇ!一人で白馬に乗せたこと謝るからぁあああ!!!」


「えー?なんのはなしー?」


ぐるぐると目を回している悠を見て、レンはにんまりとあげた口角を隠すことなくすっとぼける。

入園して早々にメリーゴーランドの一番大きな白馬に乗せられたレンは、俺はその隣の黒馬に乗るから一緒に乗ろうね!と約束していた悠が、直前でカメラマンに徹するために馬を降りたことに相当お怒りらしい。まぁ確かに、いくら遊園地テンションになっていたからと言って、思春期の男の子が一人でギラギラの白馬に乗せられてノリノリでカメラを回されていたら、羞恥心と動揺を通り越して怒るのは当然のことだろう。しかも、一緒に羽目を外すはずだった友人に裏切られるというオプション付き。豪速コーヒーカップくらいで許してもらえるなら安い方じゃないか?と治は苦笑しながらスマホのカメラがブレないようにしっかりと構え直した。



「ふぅ、楽しかった!」


「うえぇ……目ぇ回った…」


「さて、レンくん次はどのアトラクションが良いかな?」


「ジェットコースター!」


「え…待ってちょっと休憩させて…」


きらきらの笑顔を浮かべるレンと青い顔でしゃがみ込む悠。仕返しに満足したらしいレンの足は速く次のアトラクションを目指したいらしくそわそわしていて、治は悠に買ったばかりのミネラルウォーターを手渡してから園内マップを広げた。


「ジェットコースターだと、ここをまっすぐ行って突き当りの右にあるね」


「結構近いですね、行きたいです!」


「いいよ。ちなみに、道中に巨大迷路があるんだけど興味ない?」


「え!?そっちも面白そう!」


「よし、じゃあ順番に回ろうか」


ここから順番に…こことここを経由したら効率よく回れるかな?と提案する治の言葉を二つ返事で聞き入れたレンは、早く行こうと治の腕を引く。はいはいと素直にそれに従った治は、少し血色の戻った顔で見上げてくる悠と目を合わせてこっそりサムズアップしてみせた。


「…わぁ…気遣いの鬼…」


レンを退屈させることなく次のアトラクションに誘導したうえに、悠が息を整えて回復する時間もちゃっかり確保してくれた。スマートに行われた気遣いに感心した悠は、小さく呟いてからこくりとミネラルウォーターを飲む。半分ほどに減ったボトルを鞄に放り込んで立ち上がると、小走りで二人の背を追った。








開園時間とほぼ同時刻に入園したはずなのに、西の空はもうすっかりオレンジ色に染まっていた。観覧車の大きなゴンドラの中からそれをじっと見ていたレンは、楽しかった一日が間もなく終わってしまう寂しさと、程よい疲労感と心地よい充足感にほうと息を吐く。こんなにはしゃいで、楽しくて、満足して、終わらないでほしいと思う一日は、もう二度と訪れることはないだろう。この日の事をずっとずっと忘れずに、鮮明に覚えていられたらいいのにとレンはひそやかに願った。


「レンくん、流石に疲れちゃった?」


「あ、いえ、大丈夫です」


「ほんとに?じゃあ観覧車降りたらまたゴーカート乗る?」


「どんだけゴーカート気に入ったの…」


「もう日が落ちるし、視界が悪くなって危ないからダメだよ」


「ですよねぇ…」


ダメかぁ…とちょっぴり残念そうに座席に深く座り込んで遠くを眺める悠は、ゴーカートレースでレンと10回ほど勝負をしたのにまだ遊び足りないらしい。5勝5敗で結果的には引き分けになった勝負にはっきり白黒つけたかったのか、単純に楽しくてお気に入りのアトラクションになったのか……悠も、まだ今日が終わらないでほしいと惜しんだからなのか。



「………楽しかったな、ぜんぶ」


「楽しかったねぇ」


「めちゃくちゃ楽しかった」


レンの小さなつぶやきに即座に同意した治と悠。無意識だった言葉に返事が来て驚いて振り返ったレンに、二人は優しい眼差しを向けていた。そのあたたかくて、くすぐったくて、穏やかな空気にむず痒くなったレンは、ふいとつっけんどんに目を逸らす。背後でくすりと笑われているような気がするけれど、今はとてもじゃないが振り返って抗議する余裕がない。



あぁ…やっぱりオレ、今日の事絶対に忘れたくないよ。



きゅっと小さく唇を噛んで、つんと痛くなった鼻の奥にぎゅっと力を込めて、レンは観覧車と並走するように沈んでいく夕陽をじっと見ていた。








―――――――





「レンくん!まだ寝るには早いでしょ!」


「はぁ?さっきまで寝てたやつがなんか言ってる…」


寝起きなのにテンション高…とレンから呆れと驚愕の眼差しを向けられるも気にしない悠は、治の運転する車でぐっすり寝落ちしたまま遊園地から帰宅して、息を吐く間もなくレンを自室に引っ張り込んだ。えぇ?何ごと…?と戸惑うレンにお構いなしとばかりにぐいぐいとゲーム機のコントローラーを押し付けたかと思えば、ここ座って?飲み物ここ置いとくね。お腹空いてない?なにかおやつでももらってこようか。等々、矢継ぎ早に投げられる問いに圧倒されて適当に受け答えしていたら、あっという間に悠の自室の一角が、延々とゲームを続けるために最適化されたようなずいぶんと堕落した空間になっていた。これは夜通しゲームで遊びつくす勢い……じゃなくて遊びつくすつもりなんだなと、レンはにっこにこの笑顔でサムズアップする悠を見て悟った。


「さて、レンくんは何やりたい?」


「………………何があるの」


「えーとね……今ここにあるのは、このあいだ買った中古のゲームハードだから最新のゲームはできないけど、アクション系とかシューティングとかRPGとか、一緒に遊べるソフトはいっぱいあるよ!」


「…オレ、ゲームとかやったことないからよくわかんないんだけど」


「ほんと!?俺も子供の頃に友達の家でちょっと触っただけでさ……あ、この辺はすごい面白くてよく遊んだんだけど、」


「じゃあそれにしよ。遊び方はちゃんと教えてよね」


「もちろん!」


にかっと嬉しそうに笑った悠が適当にゲームソフトをセットして起動する。各々が選んだ好きなキャラクターを戦わせて遊ぶゲームは、やはりわずかでも経験の差が出るのか悠の勝ち星の方が多く、けれど、負けず嫌い精神を発揮したレンに幾度も再戦を挑まれているうちに、悠はついに勝ち越しを許してしまった。


「っああ~!!やられた…!!レンくん上達すんの早くない!?」


「だって、アンタの攻撃がワンパターンすぎるんだもん」


「えぇ!?そうなの!?早く教えてよ…!」


ふふんと得意気に笑ったレンに、悠はコントローラーを投げ出してごろりとその場に寝転がる。白熱していた空気がそこですっと落ち着いて息を吐くと、途端に室内がしんと静まったように感じて、ゲームのBGMだけが小さく浮いていた。ゲーム画面の端に小さく表示されたデジタル時計はとっくに日を跨いだ時刻を示していて、終わってくれるなと惜しんで引き延ばした一日が無情にも去っていくことを実感させる。


「……もう一戦する?」


「……アンタもう疲れてへろへろでしょ」


「あはは…それはそう」


「………………」


「………………」


「…………なに」


「……寂しくなるなぁ…って言いそうになったけど言ったらもっと寂しくなる気がしてやめた」


「結局言ってるけどね」


「だって…寂しいもん」


「かわいくな」


いい年して子供のようにむすくれた悠にツッコミを入れようとして、目の前にあった足に振り下ろした手はするりとすり抜けてしまった。どうやら"霊体実体化パウダー"とやらの効果も薄れてきているらしい。もうすぐレンの身体は霊体に戻って、きっとそう間を置かずに消えて、そして生まれ変わるのだろう。目に見えたタイムリミットに拳をぐっと握り締めたレンは、天井を見上げて深呼吸した。


「……オレだって、さみしいよ」


「……こっちに生まれてきたらさ、また一緒に仕事しようね!」


「は、何言ってんの?会えるかどうかもわかんないのに」


「会えるよ、きっと」


「何を根拠に、」


「勘!」


「バカなの?」


「でも!もし会えなかったとしても、俺がレンくんのこと探しに行くから!絶対!」


がばりと身を起こした悠は、前のめりになってレンに詰め寄る勢いで言った。呆気にとられたレンはゆっくりと瞬きをしながら悠を見つめて、それから何かを諦めたようにふっと息を零して目を逸らした。


「…そんなさぁ、簡単に絶対だとか言わないほうがいいよ」


「でも、」


「そもそもオレをどうやって探すつもり?オレは生まれ変われば姿形も変わるし記憶もなくなるし、お互いに本当の名前すら知らないんだよ?」


「悠」


「……は?」


「俺の名前は嵜本悠。これで手掛かりは一つ増えたでしょ?もし俺が、すれ違ったレンくんに気付かないとか阿呆なことしても、呼んでくれたら絶対にわかるよ」


ねっ!と言って得意気な悠に、レンは何から反論して良いかわからなくなった。今ここで名前を教えてもらったって、生まれ変わったらきっと忘れてしまっているだろうし、そもそも探すって言いだしたのは悠の方だったのに、ちゃっかりお互いに会いたいから探し合おうねみたいな話にされているし…………いや、それを真っ向から否定はできないのがまたむず痒いところであって、さらにその前に、いろんな悪意といろんな顧客が大勢行き交うこの店で不用意に名前を出すのは御法度のはずなのに、コイツ躊躇なくフルネーム名乗りやがった…!


「っはぁ~~~~~~~~~!」


「えっ、なに、なんでそんな力いっぱいため息吐くの!?」


「言いたいことが全部ごちゃごちゃになったら大体の人間はこうなると思うけどね」


「え…?ごめんなさい…?」


「許さない」


「エッ」


「……呼んでも気付かなかったら絶っっっっっ対に許さないから!ぶん殴るから!そこんとこ覚悟して待ってろよ"悠"!」


びしっと突き付けられた指先をじっと見つめて、悠はぱちくりと瞬きする。それから徐々にゆるんでいく口元を隠しもせずに頷いて、また会おうねと指切りを交わした。










窓の外が薄らと明るくなるころ、悠の部屋の扉が控えめにノックされた。床に転がったまま眠っている悠はその音にピクリとも動かず熟睡していて、それを見てやれやれと肩をすくめたレンはそっと立ち上がって扉をすり抜けた。


「あ、レンくん。おはよう」


「おはようございます……って言うには早すぎません?店長ちゃんと寝ました?」


「多少は寝れたよ。二人の楽しそうな声が良いBGMになったみたい」


くすくすと笑いながら言った治は、悠の部屋の扉を少しだけ開けて、床で大の字に寝ている悠をそっと確認する。身体を痛めそうだしベットに乗せてやってもいいけれど、起こしてしまうリスクを考えてこのままにしておこうと扉を閉めた。


「霊山くんも良く寝てるね。疲れちゃったかな」


「子供みたいにずっとはしゃいでましたからね。ついでに、子供みたいな約束をしたら満足してそのままスイッチが切れたみたいに寝ちゃうし」


「約束?また会おうねって?」


「えっ」


一言も漏らしていない約束の内容を言い当てられてレンは驚いた。当たり?きみたちらしいね、とくふくふ笑う治から目を逸らして、レンは唇を尖らせる。どうせ、子供みたいな、無謀で、口先だけの、叶わない夢のような約束だから……当事者以外には笑われるものだろうと思っていたけれど、レンはちょっぴり悔しくて悲しかった。


「あ、ごめんね、微笑ましいなと思って笑っちゃっただけで…全然馬鹿にしたつもりはないんだよ?」


「……いいですよ、気を使わないで」


「使ってないよ。それに僕も、生まれ変わったらまた会おうって約束した人とちゃんと会えたんだ。だからきみたちも大丈夫だろうなって思ってる」


「え!?」


不貞腐れて沈んでいた表情から一瞬で驚きと喜色の混じった顔に変化したレンに、治はにっこり笑って頷いて見せる。次いで小さく手招いてレンの耳元に口をよせると、誰にも言わずにいた恩人との再会について打ち明けた。


「え、店長それ……がっかりしませんでした?」


「ううん、僕は会えただけで嬉しかったから、ぜんぜん」


「………オレだったら、恩人があんなポンコツになってたらちょっとびっくりしますけど」


「っははは!そうかなぁ?根本は変わってなくて安心したけど」


「ってことは、あのお人好しは前世からの筋金入りってことですか」


「そうなるねぇ」


「……オレが帰って来るまでに、変な奴に騙されたりしなきゃいいですけど」


「じゃあ、そこは僕が気を付けておくよ」


「いや、そこんとこ店長も心配ではあるんですよ」


「え、そうかな…?」


「だから、オレが帰って来るまで……ちゃんと待っててくださいね」


「ふふ、そうだね。待ってるよ」


治の返事を聞いて満足そうに頷いたレンは、あの世へ帰るべく客間から縁側へ足を踏み出した。ちょうど登り始めた朝日が見える庭先には、光が道のように伸びていてレンの足元を照らす。振り返ってぺこりとお辞儀をしたレンの頭をひと撫でした治は、光りを放つように姿の見えなくなったレンをじっと見送っていた。




―――またね、   。







―――――――






翌朝。出勤時間になっても、いつも通りのレンのおはようございますが聞こえてくることはなかった。あぁそうか、ほんとうに、旅立ってしまったのか。じわじわとそれを実感して、寂しさと喪失感が胸中を埋めていく。

けれど、また会おうと約束をしたのだ。何年先になるかはわからないけれど、きっと、また会えると悠は何故か確信している。その時にちっとも成長していないなんてがっかりされないように、日々精進していかなければと自分の頬をぺちんと叩いて気合を入れた。


「よし……おはようございます!今日もよろしくお願いします!!」


「わぁ、朝から元気だね。おはよう」


いつもより二割増しの勢いで挨拶する悠を、治はいつものテンションで受け入れる。今日は朝から少し遠方で仕事の予定だからとせかせか支度をはじめる悠を生温かく見守っていると、治のスマホが着信を知らせた。


「あれ、近藤さんだ。こんな早くにどうしたんだろ」


「近藤さん…?」


「社長の秘書の一人だよ。ちょっと失礼するね」


悠に一言断って電話に出た治は、通話の相手の慌てた様子に挨拶もそこそこに言葉を噤む。ひとまず落ち着かせた秘書に要件を聞きだした治は、その内容に驚いて思わずスマホを取り落とすところだった。




――あの、すみません、一昨日から社長が出社されていないのですが所在をご存じでしょうか!?







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