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交流屋  作者: キミヤ
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前途多難③




「また今年も、この季節が来ましたねぇ…」


「お前もまた、飽きもせず来たんか」


穏やかな日が差し込む縁側で、白髪の老婆と初老の男性が隣り合って座り、ぽつりぽつりと会話を進めている。

それを扉の隙間からそっと見守って居るのは治、悠、レンの三人で、これも仕事なんだよ。と言ってこの場へ連れてこられた悠は、疑問を持ちながらもひとまず様子を伺う事にした。




レンが幽霊である事、この店の客には幽霊も居ること、悠には幽霊を見る能力があり、それを買われてスカウトされた事を説明された悠は、半信半疑にそれを聞いていた。


何せ、悠自身は生まれてから今日まで幽霊を見た覚えはなく、ポルターガイストやら金縛りやら、心霊現象の類いとも無縁な生活を送っていた。そんな自分に、唐突に幽霊とコミュニケーションがとれる能力があるだなんて言われて信じられるだろうか。

……けれど、目の前のレンといくつか会話して意志疎通も出来ている。本当は生身の人間性では?と疑ってみるも、そんなに疑うなら見てみる?なんて目の前の壁や治の身体をするするりとすり抜けていくレンに納得せざるを得なかった。…なんだか頭が痛い。


混乱する悠の頭が落ち着く前に、古びた玄関扉をノックして来客が訪れた。ガタガタと扉を開いて老婆を笑顔で出迎えた治は、悠にお茶の用意と客間の縁側に2つ席を用意するよう指示する。はじめての仕事に、レンにあれやそれやと教わりながら用意を終えた悠は、いつの間にか縁側に腰かけていた初老の男性に疑問を持ちながらも、扉の外に引っ張られて行ったのだ。


「この一年でねぇ、トヨちゃんもウメちゃんも居なくなって、私の回りはとても静かになったのよ」


「まだ一番うるさいみっちゃんとやらが残っとるぞ」


「私もそろそろ迎えに来てもらわないと、あなたよりどんどん歳をとってしまうわ…」


「お前に迎えなんぞまだまだ早いわ」


会話を聞いて暫く、悠は違和感に気がついた。のんびり会話が続いているように見えて、微妙に噛み合っていないやりとり。老婆の話に男性は返答をするが、老婆はひたすら自分の近況を話しているだけに見える。


「あの二人はね、とても仲の良いご夫婦だったんだよ」


「えっ」


夫婦?どう見ても親子ほどの年齢差があるように見えるが、見上げた治の顔は、とても嘘や冗談を言っている様子はない。真意を尋ねようと口を開きかけたところで、治はそれを制止して静かに扉を開ける。縁側に視線を向ければ、老婆がゆっくりと立ち上がろうとしていたので、治は駆け寄ってそれを手助けした。


「あら店長さん、ごめんなさいねぇ」


「いいえ。お話はもうよろしいんですか?」


「そうね。なんだかあの人に、早く帰れって言われてる気がして」


「当然だ。ここに来る暇があるなら孫の顔をしっかり見ておけ」


ふん、と縁側でそっぽをむく男性に治は苦笑いして、玄関へ老婆をゆっくりと導く。その足が客間を出る直前、男性はぽつりと呟いた。


「いつまでも待っててやるから、長生きしろよ」


「………ちゃんと、お伝え致しますね」


小さく声にした治に、何か言ったかしら?と顔をあげる老婆に笑顔を向けて、表通りまでお送りしますよ。と告げた治は、悠に後片付けよろしくね。と告げて店を出た。

暫く呆けていた悠が振り返り男性に声をかけようとすると、立ち上がった男性は一歩庭に進み出たところで姿を消した。


「!?」


「ご利用ありがとうございました」


驚き目を見開く悠の隣で、深く頭を下げたレンが慣れたように言った。





――――――






「さて、一通り仕事内容は説明したけど、何か分からないこととか質問はある?」


「ちょっと…頭がパンクしそうなんで、整理させてください…」


店に帰って来た治は、悠をダイニングに呼んで向かい合い話し始めた。先程の二人は夫婦であり、毎年この時期にこの店で少しの逢瀬を繰り返してもう数十年になること。

彼らのように、あの世とこの世の人達の交流の場を管理するのが狭間支店の仕事であること。他にも、現世の浮遊霊を回収·保護するためにレン達あの世の従業員を現世へ派遣すること、あの世の人達が現世へ迷い込まないように門番の役割もしていること等々、業務内容を淀みなくつらつらと伝えてくる治に、一度に吸収しきれなかった悠は頭を抱えた。


「一度に言っちゃってごめんね。まぁ仕事しながら覚えてくれれば良いから、あんまり気張りすぎないで?」


苦笑しながら温かいお茶を差し出す治にお礼を告げて、こくりと一口飲み込んだ悠は、ふと疑問に思ったことを口にした。


「あの、さっきのご夫婦、会話が噛み合ってないように見えたんですけど…」


「あぁ、奥さんは旦那さんの姿が見えてないからね。そもそも霊山くんみたいに見える人の方が貴重なんだけど…」


「え、それなのに毎年ここに来てるんですか?」


「うん。ただなんとなく、そこに居るのはわかるから、それを感じるだけで満足だっていつも言ってるよ」


ほんとはちゃんと対面させてあげられたら、って思うんだけど…。と頬杖をついて悩ましげな表情をする治は、何か言いたげに目線をよこす悠にどうしたの?と首を傾げる。


「………ほんとに、旦那さんは幽霊なんですね」


「そうだよ。あの世に帰っていく瞬間は見たでしょう?」


あの世に繋がっているという店の庭に、一歩踏み出した瞬間姿を消した男性に驚いていた悠は、用事が終わったからあの世に帰ったんだよ。とレンにため息混じりに言われた。

ここまでのことを目にすれば、自分に幽霊が見えてコミュニケーションがとれることは認めざるを得ないだろう。見えたものは仕方ないしもはや疑うつもりはないが、それをすとんと飲み込めるかと言えば別の話である。




「ちょっと、買い出し行くなら早くしてくれない?」


にゅっと、テーブルから顔を出したレンに悠は飛び上がって驚いた。弾みで椅子から転げ落ちたまま、どくどくと激しく脈打つ心臓を押さえた。ふいと顔を背けて口元を手で覆ったレンは肩をふるふると震わせている。


「レンくん、笑い事じゃないよ。イタズラもほどほどにしてね」


「はーい」


よろりとテーブルに手をついて立ち上がる悠に手を貸しながらレンを嗜める治。これからここで働くなら耐性をつけなければ心臓がもたない…。と思いつつお茶を飲み干した悠は、治に断りを入れて玄関へ向かう。見送りについてきた治は、ぽんと手を打って小さな巾着を手渡した。


「これは…?」


「幽霊初心者な霊山くんに御守り。なるべく肌身離さず持っててね」


曖昧に頷きながらも、大きさ凡そ2センチほどの紫色のそれをスマホのストラップ代わりにつける。それを見て満足そうに頷いた治にひらひらと手を振って見送られ、悠とレンは店を出た。





――――――





「よし、これで大体揃ったかな。ありがとうレンくん」


「いいよ。オレも仕事のついでだし」


商店街のドラッグストアから出たところで、悠はレンにお礼を告げた。ちなみに、一般人に姿の見えないレンと会話する際、不自然にならないようにスマホを耳にあてるべき、というアドバイスはレンから受けた。


「じゃ、オレはこの辺りを見回って帰るから、帰りは一人で大丈夫でしょ?」


「うん、ありがとう。気をつけて行っておいでね、レンくん」


「………子供扱いしないでくれる」


ふい、とそっぽを向いて人込みに紛れていったレンを見送って、悠はスマホを片付けて歩き出す。

子供扱いするなと言われても、高校生くらいの容姿のレンは充分子供で、同じ年頃の妹が居る悠はどうしてもレンを弟のように扱ってしまう。仕事だなんだとテキパキ働く姿は大人びているけれど、イタズラを仕掛けて笑いを堪える姿や先程のようにそっぽを向く姿は年相応ではないかと思う。

けれど今の仕事では先輩に当たるわけで、あまり年下扱いするのがお気に召さないのであれば改善していく必要があるか、と考えながら歩いていた悠の腕を、ついと誰かが引き留めた。


「せ、先生…!」


「えっ、ミサちゃん…?」


悠の腕を引いたのは家庭教師のアルバイトをしていた教え子の美沙希(みさき)で、切羽詰まったような彼女の表情に悠は何かあったのかと背を屈め視線を合わせた。


「先生、どうしてカテキョやめたの!?」


「えっ」


どうしてと問われても、自身の力不足で家庭教師の役目を果たせなかっただけなのだけれど、それを自分から説明するのは少々心に突き刺さるものがある。……けど、恐らく母親からの説明に納得しなかった彼女には自分からちゃんと伝えるべきかと、悠は重い口を開いた。


「ミサちゃん、この間の期末テストもその前の中間テストも成績良くならなかったでしょう?半年近くも家庭教師してるくせにミサちゃんの力になれない俺じゃ、クビになっても仕方ないよ」


「クビって、やっぱりお母さんが辞めさせたんだ…!」


「でも、新しい家庭教師がすぐ来たでしょう?ミサちゃんの勉強には支障ないと思うけど、」


「私は、先生が良かったの!テストだってわざと手抜きしたのに、これじゃ意味がない…!」


「は!?」


思わず驚愕の声をあげた悠に、ミサは咄嗟に口元を手で覆うも遅かった。高校2年生の彼女には大切な、進学への内申点に大きく関わる2回のテスト。それを、わざと手を抜いたたとは、一体…。混乱しながらも問いかけた悠に、ミサは涙の滲む瞳で見上げながら答えた。


「だって、私、先生が好きなんです…!成績が上がらないままなら、ずっと勉強教えてもらえると思って…。なのに、先生、急に辞めちゃうから…」


戻ってきてよ先生…。と俯いて涙を流しはじめるミサに、悠はポケットからハンカチを引っ張り出して渡す。少しシワになっているがないよりマシだろう。目元をハンカチで覆うミサを近くのベンチに座らせて、自販機で温かいココアを買って差し出した。隣に腰掛けてふっと視線を上へやった悠は、さて何から伝えればと息を吐く。


「えっと、ひとまず、もう二度とテストで手抜きしちゃダメだよ。いや、もうしないとは思うけど……ミサちゃんが頑張ってきた事が全部無駄になっちゃうから、絶対にダメ」


「…………」


「あとは、その、もう一度ミサちゃんの家庭教師に戻ることは、やっぱり出来ないよ。…勉強って将来の選択肢を増やすためのひとつの武器だと俺は思うんだけど、結果的に俺はミサちゃんのそれを邪魔しちゃったわけで……そこの配慮が足りなかったのは申し訳ないと思う、ごめんね。まぁ、だからこそ、俺より新しい家庭教師の方がミサちゃんには良いんじゃないかなと、思う」


「…………」


「あー…あと、その、好きになってもらったのは、ありがたいんだけど……俺にとってミサちゃんは、かわいい生徒で妹みたいな存在であって……っていうか、俺なんて正直ただのフリーターだし、ミサちゃんがこれから出会う人達に比べたら全然大したことない人間…だし、…うん」


自分で発言していて少し悲しくなってきた…。俯いたまま反応のないミサに、どうしたものかと内心頭を抱える悠。勉強に恋愛に友達付き合いにその他諸々忙しいデリケートな年代であるし、ただ勉強に専念しろと突っぱねるのは違うと思うのだが、いかんせん彼女の場合恋愛に走った結果学生の本文である勉強が危ういことになっている。うまく納得してもらった上でその辺のバランスを整えてもらうにはどうすれば……というところまで考えたタイミングで、悠のポケットでスマホが震えた。発信者にはつい先ほど登録したばかりの名前が表示されており、ミサに一言断りをいれた悠は通話ボタンをタップする。


「もしもし、お疲れ様です」


『あ、霊山くん、買い出し中にごめんね。霊剣です』


「いえ、大丈夫ですけど…何かありました?」


仕事関係ならば、あまりミサに聞かせて良いものではないだろうと、悠はそっと席を立つ。数メートル先でミサに背を向けて応答すると、電話口の治は申し訳なさそうにしている。眉尻を下げた表情まで見える気がするものだから、この人困り顔がデフォルトなのでは…と悠は苦笑いした。


『買い出しついでで良いんだけど、商店街のスーパー行けるかな?今日、卵が特売なの忘れてて…!』


主婦か。思わず吹き出しそうになったのをなんとか咳払いで誤魔化した。夕飯親子丼にしようと思ったんだけと肝心の卵がなくてね…あ!でも今ならまだメニュー変更できるよどうする?と矢継ぎ早に告げる治に、悠はぐっと口元を押さえて腹に力をいれる。…ヤバい、変なツボに入ったかもしれない…!


「あ、た、卵っすね、大丈夫ですよ。他に買うものないですか?」


『他は大丈夫!あと、食費は経費で落とせるから、レシート忘れずにもらって来てね!』


「わかりました。買い出しは終わったところだったので、それだけ買ったらすぐ戻ります」


『ありがとう、よろしくね』


ほっとしたように通話を切った治に、悠はひとつ深呼吸した。笑っているのがバレなくて良かった…。しかし、買い出しを済ませて店に戻らなければ。ミサに一言詫びようと振り返った悠は、ぱちりと瞬きして辺りを見回した。


「…ミサちゃん…?」


背後のベンチに、ミサの姿はなかった。ずっと俯いたままだったし、話の途中で電話に出てしまったので怒って帰ったのかもしれない。ミサが納得できるまで話が出来れば良かったのだけど、これはもう顔も見たくない的なやつ…?

こうなれば、あとは彼女自身で上手く消化して、勉強や次の恋愛に進んで行ければ良いけれどと思いながら、悠はスーパーに向かって歩きだした。





――――――





「うっっっっま…!」


出汁の染みたご飯に柔らかい鶏肉、とろとろの半熟卵で包まれたそれを一口食べた悠は、拳を握りしめてその美味しさを噛み締めていた。対面に座る治はそのリアクションに苦笑しながら自分も一口。今日も良い具合にできたとこくんと頷いた。


「いや、コレ店出せるレベルっすよホントに」


「ふふ、親子丼は結構得意なんだ。気に入ってもらえて良かったよ」


そう言ってホウレン草のおひたしに箸をのばす治。食卓には他に蓮根の金平と具沢山の豚汁が並ぶ、和食のメニューが本日の夕飯だった。あれも美味しいこれも美味しいと食べ進める悠の様子にふっと笑みをこぼした治は、お茶を飲んで減った中身を継ぎ足す。ついでに空になった悠のコップにもお茶を注いだところで、口をむぐむぐさせながらぺこりと頭を下げる悠と視線を合わせた。


「ちょっとは元気出た?」


「…へ?」


「帰って来た時、なんか元気ないように見えたから」


気のせいだったら良いんだけど。と再び箸を進める治に、悠は買い出し中に起こったことを話すべきか悩む。元教え子とのなんやかんやに一切関わりのない治に打ち明けるのは如何なものか。いや、関わりがないからこそ、胸に残るもやっとしたものを吐き出しても良いのではないか。……話を聞いてもらうくらいなら良いか…?と、悠は咀嚼したものを飲み込んで口を開いた。


「実は、商店街で家庭教師の元教え子に会ったんです」


「あぁ、アルバイトしてたっていう、」


「はい。…で、何で辞めたんだって詰め寄られたんで、俺じゃ成績アップに貢献できなかったからクビになったんだよっていう話をしたら、ずっと俺に家庭教師して欲しかったからテストで手抜きしたっていう事と、なんか、俺の事が好きだっていう事を、聞きまして、」


「……ちょっとしたモテ自慢?」


「ち が い ま す」


目をカッと見開いた悠に、このからかいはお気に召さなかったかと、ごめんね冗談だよと続きを促した治。お茶を飲んで一息吐いた悠は、ここからが本題とばかりに切り出した。


「なんか、手を抜いてた事に気付かなかったのも情けないし、そうゆう気持ちを持たれないように気を遣うことだって出来たよなとか、今日だってフォローしたつもりだったけど、ちゃんとあの子のためになること言えたかなって、こう、いろいろ考えて、どうするのが正解だったんだろうって…」


「……そっか」


ふむ、と顎に手をあてた治は、徐に席を立ちキッチンの冷蔵庫へ。何かを取り出し席へ着いた治は、それをそっと差し出した。


「あの時その時、どうするのが正解だったのか。そんなの、その時点では誰にもわかんないよ。結果が出てどうこうは言えるけど」


差し出されたのは、カップの中で淡い黄色がふるりと揺れるプリンだった。ピカピカに磨かれたスプーンと焦げ茶色のカラメルを添えられたそれは、どうやら治の手作りらしい。


「僕はその子のこと良く知らないから、はっきりしたことは言えないけど、キミがその子のためを思ってやった事は間違いではないと思うよ。それをどう受け止めるのかはその子次第だし」


――だからまぁ、霊山くんは今悩むより、次にその子と笑顔で会えるように準備しておくのが良いと思うけどな。



にこりと笑みを浮かべ、さっと空になった食器を下げる治の背中に、悠は思わず呟いた。


「お、お母さん…!?」


「怒 る よ ?」


振り向いた治の絶対零度の微笑みに、悠は慌てて手元のプリンにぱくついた。


「うっっっっま…!」







――――――

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