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交流屋  作者: キミヤ
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かわいい後輩には旅をさせよ…?





「それじゃ、オレもう帰るから」


「うん、レンくんお疲れ様!また明日ね~」


わざわざ仕事の手を止めてまでぶんぶんと手を振る悠に、レンは小学生みたいだな…と思いつつ片手で挨拶を返してあの世に帰って行った。交流屋狭間支店の本日の営業も無事終了し、あとはほとんど書き終わっている日報を仕上げてしまえば悠の仕事も完了となる。午後から所用で外出している治はまだ帰ってきていないけれど、遅くならないうちに帰宅すると言っていたから、きっと夕飯の時間には間に合うのだろう。お腹を空かせているだろうし美味しいものを食べてもらいたいな…と冷蔵庫の中身を思い出していた悠は、さくっと書き上げた日報を片付けてぐっと伸びをした。







「霊山さんお腹空きました!お疲れ様です!」


「挨拶の順番が逆のような気がするけど…お疲れ様、ハカセ」


「昨日の夜から何も食べてないんです!何かください!」


「えぇ!?ちょっと待ってよすぐ何か作るから…!」


そうゆうことはもっと早く言ってよね…!と慌てながらキッチンに向かった悠は、あまりもののバターロールにハムやレタスやチーズを適当に突っ込んで手早くサンドイッチを作り上げた。あっという間に出来上がった軽食に目を輝かせた可那子は、いただきますと手を合わせるとほぼ同時にそれにかぶりつく。もぐもぐと幸せそうに頬を膨らませる姿を見てやれやれと息を吐いた悠は、改めて夕飯の支度をはじめながら声をかけた。


「ハカセ、ご飯も食べないで何してたの?」


「いやぁ、研究が思いのほか順調に進んだのが楽しくて楽しくて、気付いたらまる一日経ってました…」


「夢中になるのも良いけどほどほどにね?っていうか、今度は何をそんなに一生懸命やってたの?」


「むふふ、よくぞ聞いてくれました!」


むぐむぐと口の中に詰め込んだサンドイッチをしっかり咀嚼して飲み込んだ可那子は、白衣のポケットを漁ると手のひらに乗るほどの小瓶を掲げて見せる。中には毒々しいオーラを放つターコイズブルーの錠剤がぎゅっと詰め込まれていて、一見すると海外のお菓子のような派手な見た目の、正直に言ってあまり身体には良くなさそうなそれに悠はうっと表情を歪めた。


「なんとこれ、幽体離脱ができるお薬なんです!」


「…………へ、へぇ~…」


「これであなたも幽霊さんの仲間入り!一つお試しいかがですか?」


「まっっってそれシンプルに毒物だったりしないよね…!?」


「そんなわけないじゃないですか~。痛くも苦しくもないんで大丈夫ですよ、ね♪」


「"一瞬で楽になれますよ"ってこと!?殺人予告!?」


「違いますって~。ほら、物は試しって言うじゃないですか」


言いながら意気揚々と小瓶の蓋を開けた可那子に、悠は身の危険を感じて後退りする。もしかして、いやもしかしなくても、その怪しくて毒々しい見た目の薬の実験台にしようとしてないか!?

もしかしなくとも、もとよりそのつもりだったらしい可那子は、錠剤を一粒つまみ出すとずずいと悠ににじり寄る。比例してさらに後退した悠はいつの間にやら壁際に追い詰められて、ぐっと口元に押し付けられそうになった手を必死に掴んで遠ざけた。


「ちょっと~逃げないでくださいよ~」


「嫌だよ俺まだ死にたく無いもん!」


「死にませんって。ただちょっと魂と身体が離れちゃうだけで、」


「それって死んでない!?」


「大丈夫ですって。24時間以内に身体に戻れば実害はほとんどありませんから!」


「ホントに!?」


「はい!マウスでちゃんと試しました!」


「もっと人間に近い生き物の成果が聞きたいんだけど!?」


「奇遇ですね!私も人間のデータがほしかったところです!」


「嬉しそうにすんなマッドサイエンティストぉぉぉぉぉ!!」


にこりと満面の笑みを浮かべた可那子は、どこにそんな馬鹿力があったのか悠の手をぐぐぐと押し返してくる。じわじわと迫りくる(推定)毒物に恐れ慄いていると、注視していなかった方向から何かを口の中に放り込まれて、驚いた拍子にそれを飲み込んでしまった。


「…っけほ、ん"ん"!?」


「はい、投与完了しました!どのくらいで魂が身体から分離するのか計測しますね!」


「まっ、は?え?ホントにやったこの人…?」


「あ、ほらほら、さっそく魂の一端が…」


「えぇ!?なにこれ!?」


錠剤を摂取させられて10秒ほどで、悠の両手から白いもやもやとした煙のような霧のようなものが立ち上る。瞬く間にそれは濃く大きく一つの塊を形成していき、悠の視界を奪うほどになったそれがするんと消えたと思ったら、そこには力なく横たわる自分の身体が転がっていた。


「えっ!俺!?待ってほんとに魂抜けたってこと!?」


「やはり!私の発明に間違いはなかった!実験大成功ですね!」


「やだ!こわい!もどして!」


「あー!ダメ!ダメです!まだ身体に戻らないでください!ほかにも試したいこといっぱいあるんですから!」


「鬼!悪魔!俺の身体返して…!!」


ふわふわと安定感のない身体はとても動かし辛くて不安定で、一瞬で恐怖を感じた悠は急ぎ自分の身体に入ろうとする。けれど、可那子が容赦なく悠の身体を引き摺って遠ざけてしまうから、悠はふらふらとその場にしゃがみ込んでしまった。


「うそだ…ひどい…まさか同僚にこんなことをされるなんて…」


「泣かないでくださいよ~。ちょっとだけ協力していただけたらすぐお返しするんで!」


「ほんとに…?」


「もちろんですよ!私が嘘ついたことありますか!」


「わかんないけど騙された気持ちになったことは多々ある…」


「さて!先ずは一つ目の検証です!」


「どうしよう話も聞いてくれなくなった…」


めそめそと塞ぎ込みたくなったけれど、身体を返してもらうには可那子に協力するのが一番早いと、悠はよろけながらもしぶしぶ立ち上がって彼女の指示を聞く。やれあれをしろこれをしろ、これを持てあれを持てその場で3回回ってみろだの、これは何の検証なんだ…?と思う行動を慣れない身体でやらされて、ほんの20分程度で悠はすっかりくたびれてしまった。


「ハカセ…まだやるの…?」


「じゃあこれで最後にしましょう!最後は、この部屋の壁を通り抜けられるかの検証です!」


「……うわぁ…シンプルだけど一番怖いやつきた…」


さぁさぁどうぞと可那子に促されて、悠はリビングの白い壁の前に誘導される。おそるおそるそこに触れると、壁の中にするりと自分の両手が吸い込まれて見えなくなって、目に見えるものと触れるものの違いに頭がパニックを起こしそうになって、悠はそこから先に動けなくなった。


「あれ?進めなくなっちゃいました?」


「その…物理的には行けると思うんだけど、心理的に無理な感じ…?」


「あらま、じゃあ私がお手伝いしますね!」


えいっと軽い掛け声に似つかわしくない勢いでぐいっと背中を押された悠は、勢い余って壁の向こうへ飛び込むように突っ込んでしまう。一瞬で暗くなった視界に驚いてぎゅっと目を閉じて、なんとか両足を地につけた感覚を覚えてそっと目を開くと、そこには濃いオレンジ色と紺色の空に覆われた黄昏時の街の風景が広がっていた。


…………あれ?まってここドコ?





―――――――





「え?霊山くんが帰って来ない…!?」


帰宅早々に可那子から泣き付かれた治は、休む間もなくまた店を飛び出した。新しく開発した幽体離脱薬の検証実験に付き合ってくれていた悠が、途中でどこかに消えたと可那子が言っていたけれど、十中八九無理矢理薬を飲まされ無理矢理付き合わされたんだろうな…と勘付いた治は頭を抱えて項垂れる。リビングの壁をすり抜けて外に出て、けれどその壁の向こうに可那子が回り込んだ時にはもういなかったらしいので、治は勢い余って壁一枚どころか家数件ほどの障害物まですり抜けてしまったのでは…?と、思い当たるエリアを必死になって探し回った。…けれど、今のところ手掛かりになりそうなものも見つかっていない。

今のところの懸念材料としては、可那子が安全に魂が身体に戻ると確認した24時間のリミットが容赦なく近づいていることと、生身ですらまだちゃんと悪意に対応できない悠が、魂だけの無防備な状態で影響を受けずに居られるかというところ。どちらにしても、一秒でも早く悠を見つけ出さなければと逸る気持ちを抱える治は、ふと見かけた路地で悪意が一方向へ引き寄せられ流れて行った形跡があるのを見かけてそれを辿ることにした。








「きっっっ、つ…!!」


すっかり日も沈んで街も眠りについた夜の時間。静かな空間に似つかわしくない形相で必死に走る悠は、懸命に頭の中にこの周辺の地図を呼び起こす。さっき右に曲がったところで悪意の塊があって、その前の路地にも小さいけど別の悪意があって、さっき通り過ぎた寂れたパチンコ店の前にも悪意っぽい靄があって…って多いな!?そこ全部避けて店に帰れっての!?無理じゃない!?内心一人でツッコミを入れながら後ろを振り返ると、見覚えのある悪意とそれにくっ付いてきたらしい悪意で黒い靄はずいぶん肥大していて、悠はぜえはあと乱れる呼吸のまま、それに捕まるまいと必死に足を動かしていた。


「おかしいだろっ…!ちょっと街に出ただけでっ、こんなに悪意に遭遇する...!?」


治から「きみはそうゆうの引き寄せやすい体質みたいだね」なんて言われてはいたけれど、お守りが手元にないだけでここまで苦労するものか。身体という器のない今は特に悪意に害されやすく、成す術もない今はとにかく逃げるしかないのだけれど……先ほどから夢の中で走っているみたいになかなか身体が前進してくれなくて、いよいよ靄に捕まりそうだ…!と身構えたとき、悠にとっての救世主の声が聞こえた。


「"嵜本悠!その場に伏せろ!"」


「んぎゅえ!!?」


びたーん!と急に地面に張り付くように身体が引き寄せられて、悠は蛙が潰れたような声を発しながら顔面から倒れ込む。痛みはないけれど結構な勢いでこけた身体をそろそろと確認しながら顔をあげると、黒い靄の最後のひとかけらをぐっと握りこんで消した治が、ほっとした表情で左手を差し出した。


「霊山くん、危ないところだったね。なんとか間に合ったかな?」


「マジでめちゃめちゃ危ないとこでした助かりました~!!」


はしっと治の左手を掴むと、そのままぐいっと引っ張られた魂だけの身体はふわりと持ち上げられて地面に着地する。少しだけふらついたのを支えてもらって手を離すと、安心したのかぶわっと瞳を潤ませる悠に、治は苦笑してぽんぽんとその肩を叩いた。


「大丈夫?長いこと走り回ってたみたいだけど、」


「そうなんですよ!なんかもう、どこ行っても悪意引っ付いてくるし…!走っても走っても逃げらんないし…!」


「大変だったねぇ…。生身の身体とは勝手が違うらしいから」


「やっぱそうなんすか?」


「うん。生きてる時と同じように動けるまで、たしか3日くらいかかったって昔お世話になった人も言ってたよ」


「じゃあオレ、身体が慣れた時にはほんとに死んじゃうじゃないですか…」


「僕は逆じゃないかって思うけどね」


「逆…?」


「ほんとに死んじゃって身体に戻れなくなるから、魂だけで不自由なく動けるようになるのかなって」


「………………あの、なんかめちゃめちゃ怖くなってきたんで早く元に戻りたいです」


「そうだね。早めに帰ろうか」


寒さを感じないはずなのにふるりと身震いした悠を見て、治は今する話でもなかったかとすぐに切り上げて踵を返す。今度はどこかに飛んでいかないように、迷子にならないように、よたよたと慎重に歩く悠の腕をぐっと捕まえたまま、朝日が昇り始めた街を少しだけ急いで帰宅した。








「なるほど、霊体になった状態での安全性はもっと考慮しなければいけませんね!次回に生かします!」


「次回に挑む前にハカセはもっと反省して」


「そんな!研究に犠牲はつきものですよ?」


「よし、反省しないきみには罰として、手始めに一か月デザート没収でもしようか」


「うわぁ!嫌!それは嫌です!もう霊山さんで実験しません…!」


「わかればよろしい。あとちゃんと謝った?」


「申し訳ありませんでした!!!」


「……どうする?」


「……デザート一週間没収で手を打ちましょう」


「えぇ!?そんな…!?」


魂が抜けてがちがちに固まってしまった身体を伸ばしてほぐしながら、悠はぽつりと可那子へのペナルティを告げる。優しすぎるペナルティに、そこまで甘いとまた実験台にされそうで心配になるな…とこっそり息を吐いた治は、可那子に幽体離脱薬の使用禁止令を出して一先ずこの場は収めることにした。





―――――――





「っていうことがさぁ…前にあったんだよね…」


「なにそれ、一歩間違えたら殺人じゃん…」


「ね、俺もそれ後で気付いた…」


「そんなヤバい人と一緒に仕事してるって知りたくなかった…」


「……なんかごめん…」


「……別にいいけど」


「………………」


「………………ま、無事で良かったんじゃない?」


「れ、レンくんがデレた…!?」


「心配して損した。返して」


「嫌です!」







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