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交流屋  作者: キミヤ
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合縁奇縁



交流屋狭間支店にも、変則的ではあるが週に2日の店休日が設けられている。お盆などの繁忙期やトラブルが発生したときには返上せざるを得ないが、今の時期はそんなことも少ないため、悠は自室でのんびりと先日買ったミステリー小説を読んでいた。推理パートがもうそろそろ佳境に入るところで、犯人は多分あの人かあの人か、大穴で主人公の友人が…なんてどきどきしながら読み進めていた悠の耳に、どたどたどたん!と何かが落ちる物音と小さな悲鳴が届いたものだから、何事かと急いで本を閉じて廊下に飛び出した。



「ハカセ!?どうしたの大丈夫!!?」


「だ、だいじょぶです~」


大きな物音の発生源は物置部屋だったらしく、駆け付けた悠は散乱した段ボールや本やガラクタに囲まれながら尻もちをつく可那子に手を差し出した。どうやら、以前開発した"バズーカ砲型転送装置"が今の研究の参考資料として必要らしく、けれどどこに片付けたのか一切覚えのない可那子は、きっと治が邪魔だからと物置に放り込んだのではとあたりをつけてこの部屋を探していたという。


「私が所在を把握してないものはだいたいここにあるので、絶対ここだ!って思ったんですけど…」


「エッ。ハカセが所在を把握してない発明品があるの…?こわ…」


「でも、これだけ探しても見つからないってことは、この部屋にはないんでしょうかね…?」


「って言うか、なんで銃火器の形にしちゃうの?危ないじゃん」


「だってカッコイイじゃないですか!"バズーカ砲型転送装置"も私的にはすっごく出来が良かったんですけど、霊剣さんには大きすぎて使い辛いと言われてしまって…」


「そうゆう問題なの…?」


納得いかぬとばかりに腕を組む可那子に苦笑した悠は、とりあえず散らかった部屋を片付けようと足元の本に手を伸ばす。大きく分厚いそれはどうやら本ではなくアルバムのようで、ちょうど開いていたページが見えた悠は、そこに写るどことなく見覚えのある子供が、どれも乏しい表情でカメラを見つめているのが気になった。


「あれ、この子…」


「わぁ~懐かしいもの見つけたねぇ~!」


「わっ!!??」


にゅっと悠の背後からアルバムを覗き込んだのは、いつの間にかそこに居た社長だった。驚いてどくどく跳ねる心臓を落ち着けるのに忙しい悠と対照的に、こんにちは~と呑気に挨拶する可那子にやぁと手を挙げた社長は、悠が持っていたのと別のアルバムを拾ってゆっくりとページをめくる。黙ってもくもくとアルバムを見つめる社長が気になったのか、ひょこりと隣から覗き込んだ可那子に見えやすいようにそれを傾けた社長は、にまりと口角をあげて言った。


「可愛いでしょう?これ全部霊剣くんが子供の頃の写真なんだ」


「えぇ!そうなんですか!?」


「ちょ、ハカセ!?」


きらりと瞳を輝かせた可那子が、社長からひったくるようにアルバムを奪ってものすごい勢いでページをめくるから、悠ははらはらとしながらもそれを止められないでいた。部下の無礼をにこにこと笑って許した社長は、可那子が見ている写真を指差しながらぺらぺらと解説までしはじめる。


「小さい頃の彼もそれはそれは可愛いくてねぇ…この写真は確か3歳ごろで…」


「え!?3歳からもう霊剣さん完成してませんか!?」


「でしょう?この頃からハンサムで格好良い大人になるとボクは確信していたんだよ!」


「それにしても、子供なのに子供らしくない表情ですね」


「ハカセ…!?」


「あぁ、この頃はまだちょっとねぇ…」


「あ、こっちのアルバムの方はまだ可愛げがあります!」


「ねぇもうちょっと他の言い方ないの!?」


「お、これはちょっと大きくなってるね。5歳くらいだったかな?」


「…あれ?よく見たらこれもこれも、霊剣さんの隣のスペースが空いてるのは何故ですか?」


「……あぁ、これね。本当は…ここにボクの友人が居たんだ。……写真に写れない友人が」


そう言って一枚の写真を手に取った社長は、店の前で撮影された治の写真の右側をするりと指でなぞった。不自然なほどに空いたそのスペースを見上げる幼い治の表情は、他の写真のものより幾分か穏やかに見える。小さい頃の霊剣くん、ボクにはなかなか懐いてくれなくて苦労したんだよなぁ…なんて感慨に耽る社長の様子を窺うように見ていた悠と可那子に気付いた社長は、へらりと口元に笑みを浮かべてとつとつと語り始めた。







―――――――






交流屋の始まりは、社長と友人が二人で始めた占い師のような事業だった。

今は狭間支店となっているこの店で、悩みを抱える人々の憂いを二人で解決していく。表立って客と対峙し情報を得る社長と、霊体である利点を生かして秘密裏に稼働する友人のタッグはなかなか上手く機能していて、小さな会社だが少しずつ仕事は増えていった。



「って言ってもさぁ、さすがに働かせすぎだとオレは思うわけですよ」


「ごめんね。だからホラ、今日と明日はお店休みにしたんだし、一緒にのんびりしようよ"ハルくん"」


パラパラと雨が降る商店街の路地を、全身に黒を纏った男が黒い傘を差して歩く。時折何もない空間に話しかける男の声は、雨音に消されて大通りの人間には届かないだろう。けれど男が呼びかける視線の先には、確かに彼の友人が雨に濡れることなく歩いていた。


「大体さ、従業員がオレとお前だけってのがそもそも厳しいんだよ。最近スカウトした"死神"くんなんて、いちいちオレが間に入んないと仕事進まないしさぁ…」


「仕方ないでしょう?僕にはその"死神"くんの姿が見えないんだから。スカウトしたハルくんが責任もって面倒見てあげてよね」


「…はーい」


「まぁ、ちゃんと現世(こっち)でもあの世(そっち)でも人手は増やしていくからさ、もうちょっと一緒に頑張ろうよ」


「……別にやんないとは言ってないじゃん」


「ふふ、そうだね。ありがとう」


パラパラ、ぽつぽつ、ぴしゃぴしゃ。雨が降る音、傘を叩く音、濡れた道を歩く音。二人の会話が止まると、途端にそんな音が大きく聞こえてくる。街の喧騒が遠いこの路地に居ると、世界から隔離されたような心地になるなぁと雨雲を見上げて歩みをゆるめたハルの服の裾を、くっと何かが弱々しく引いた。


「…………え」


………霊体である自分の服を?

そもそも自分を認識して触れることが出来るなんて、同じ霊体かそうゆう能力を持った一部の人間だけである。そう思い至って、そうそう起こる事象ではないことが起きた事実にどきりとしつつおそるおそる視線を下げたハルが見たものは、くったりと地面に横たわりながらも必死に掴んだモノを離すまいと握り締める幼子の姿だった。


「っちょ、おい!しっかりしろ!」


「ハルくん?どうしたの?」


「こ、子供が倒れてる!」


「なんだって!?」


傘を放り出して友人に駆け寄った社長は、その足元の小さな存在を見付けてはっと息を飲む。見たところ1歳か2歳か、ぼさぼさの黒髪の一部に白が混じり、その下の肌色は長時間雨に打たれていたのか血の気が薄い。ふるりと震えたまつ毛の下の瞳を確認する前に固く瞼が閉じられてしまい、これは急がねばこの子の命に関わると慌てて小さな身体を抱え上げた。


「とにかく病院に、」


「待って!小児科ならこっちだ!」


「じゃあ道案内は任せたよ…!」


重みを感じないほどに小さな身体を抱き締めて、ふたりは雨の中を駆けて行った。











「どうだった?」


「栄養失調と、やっぱり長く雨の中に居たみたいだから風邪もひいてるって」


「そっか」


病院から店に戻った社長が幼子を布団に下ろしたタイミングで、少し席を外していたハルがするりと壁を抜けて帰ってきた。先ほどより顔色は良くなったが、今度は熱が上がってきたのか苦しそうに浅い呼吸をする幼子を見下ろして、ふたりの眉間にシワが寄る。一体なぜこんな小さな子供が、雨空の下一人で居たのだろうか。幼子の額に浮かんだ汗をそっと拭った社長の隣に腰かけたハルが、重いため息を吐いてから口を開いた。


「この子の家らしき場所は突き止めた。だけど、部屋は散らかってるしポストにチラシは溜まってるし、冷蔵庫の中には腐りかけた食べのもしか残ってないし、きっと…この子の親は何日も帰ってないんだろうな」


「そんな、」


「玄関に子供用の椅子が転がってた。ドアも中途半端に空いてたから、多分この子が自分で外に出たんだ。お腹が空いたからなのか、親を探してたのかはわからないけど」


「……そっか、一人でよく頑張ったねぇおチビさん」


ぽんぽんと小さな頭をそっと撫でる。苦しそうに小さく呻いた子供はまだ目を覚ましそうにないけれど、お腹を空かせているのなら起きたときに何か食べられるものを用意してやりたい。よしと立ち上がった社長は、すぐにその背中を友人に呼び止められた。


「どこ行くんだ?お前が見ててやった方が良いだろ」


「この子、ハルくんのこと認識できるみたいだし、キミがそばに居てあげてよ。その間に僕はこの子のご飯を作って来るから」


「は、え、いや待て待て待て待て!!!」


「ん?」


「お前が、なにを、つくるって…?」


「だから、この子のご飯を、」


「ぜっっっっっったいにヤメロ…!!!!!」


「なんで?」


「お、お前のやつは…その、まだ子供には早いっていうか、」


「大丈夫だよ!僕だっておかゆくらい作れるさ!多分!」


「確信できないのに胸を張るな!」


サムズアップされた社長の親指を叩き落として、ハルは頭を抱えた。社長の料理の腕前は生前から知っているが、ハルから言わせてみれば到底人間が食せるものではない、と言うのが本音である。やたらと甘い真っ赤な麻婆豆腐だとか、麺も具材も緑色に染まった酸味の強いラーメンだとか、何の発色なのか紫色をした塩辛いハンバーグだとか、怪しい見た目でどこかのベクトルが著しく尖がってしまった料理の数々を、ドン引きする周囲を他所に本人は美味しいと平らげてしまうものだから、それもまた問題だった。

今、この子供にそんなゲテモ……特殊な料理を食べさせるなんて、下手したら新たな命の危機を招いてしまうかもしれない…!身震いしたハルは、ぶーぶー文句を言う社長に子供をおんぶ紐で背負わせると、監視するようにぴたりとくっついてキッチンへ向かった。






「ほらね!僕でも作れるって言っただろう?」


「あぁ…うん、ソウデスネ」


ほんのり湯気の立つお椀を片手に胸を張る社長に、ハルは言いたいことの大半を飲み込んだ。キッチンでどんな格闘があったのかは、ぐったりと疲れ切ったハルと散らかった調理場で何となく察することが出来るだろう。社長の背中に居た子供も騒がしさにぼんやり目を開けたから、今のうちにご飯を食べさせて処方された薬を飲ませて寝かしつけて、それから、子供をどうするべきか考えなければいけないと、ハルはすでに疲労困憊な頭を振った。


「おチビさ~ん?ご飯だよ~食べられるかな?」


「え、待って、食べさせてあげた方が良いんじゃない?」


「そう?スプーンなら自分で食べられないかな?」


「体調悪いしちゃんと持てないかもしれないだろ?」


「あ、そっか」


ぽんと手を打った社長は、ぼんやりと座布団の上に座る子供へ少量だけスプーンへ乗せたおかゆを差し出す。ふやふやな米の形が少しだけ残るくらいのそれをきょとんと見ていた子供は、口元に運ばれたそれを警戒する様子もなく口にした。もく、もく、とゆっくり動く口をしばらく観察していたが吐き出される様子もなく、ましてや口の中が空になったタイミングで催促するようにぱかりと口を開くから、社長は嬉々として次の一口を差し出す。やはりお腹が空いていたのか、お椀の中身をあっという間に空っぽにした子供に、ハルはほっと安堵の息を吐いた。


「良かった、思ったよりたくさん食べてくれた…」


「そうだねぇ。後は薬を飲んでゆっくり寝てくれたら、もうちょっと元気になるかもねぇ」


「も~!マジでこの子道端に落ちてた時ビビったもん心臓止まったかと思った…」


「はっは!キミはもう止まってるけどね!」


「…言葉の綾じゃん揚げ足取んなよ…」


「……まぁでも、ほんとに、見つけられて良かったよ」


「そうだな」


こくりこくりと両手に持ったコップで水を飲む子供は、ハルと社長を交互に見上げて首を傾げる。こんな小さな子供が育児放棄されているなんて、いや、世間的に絶対ありえない話ではないのだろうけど……この子がそうなった原因は十中八九これなのだろうと、ハルは一部色の抜けた頭髪と限りなく色素の薄い右目を見て眉間にシワをよせた。


「これ、何が原因かわかるか?」


「さぁね。この子の家をもう少し調べたら、なにかわかるかもしれないけど」


「……明日、もう一回行ってみるかぁ」


「いや、ここからは本職の人にお願いしよう」


「ん?本職?」


「今日はもう遅いから明日の朝、警察と児童相談所に連絡してこの子のご両親について調べてもらおうよ」


「……それでこの子の親が見つかったとして、何日も子供を放置する親元でこの子がまた同じ目に遭わねぇとも限らないぞ」


「それはそれとして、いくら僕らがこの子を保護したって言っても、後から親御さんに誘拐だって騒がれたら分が悪いじゃない?だからお巡りさんたちも巻き込んで、行き倒れている幼子を保護した善良な一般人ですって体裁を作っておかなくちゃ」


「………で?」


「それで、まぁ親御さん以外にちゃんとした親類縁者が居ればこの子をお願いできるけど……もし施設にってことになったら、僕はウチで引き取ろうと思ってる」


「え、」


「だって、もうここまで関わっちゃったらこの子のこと放っておけないもの。キミもそうでしょ?」


「……そりゃあ…そう、だけど、」


がしがしと後頭部をかいたハルはふと視線を落として、先ほどまで二人の話を聞くようにきょろきょろと顔を動かしていた子供が、こくんこくんと船を漕いでいるのに気づく。きっとお腹が膨れて眠くなったのだろう。やがてぐらりと傾いた頭がぽすんとハルの膝に着地するのを見て、ふっと目を細めた。



――大丈夫だぞチビ。しっかり食べて、寝て、元気に生きろよ。



そっと子供の頭を撫でて顔を上げたハルの表情を見て、社長は嬉しそうに頷いた。








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