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SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第一章 芽吹き
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第九話 晩餐

「いずれ神々が導くのならば、君と聖女は出会うだろう。さて、そろそろわたしは上へ向かって、領主様と会わなければいけない、それからドミニク君の影響を受けたというその集団と話をする。恐らくは見逃すことになるだろうけどね。では最後に――冒険者諸君も良く聞いてくれ、ここに来る途中で、巨大な穢れ石の発生兆候を察知した。阻止しなければ、近いうちにスタンピードが発生するだろう」


 これに対して冒険者たちは、オルテンシアが登場したとき以上にざわついた。スタンピード――魔物の大量発生と暴走。都市の危機。


「我々の任務は反逆者の調査と処罰のみ、本来なら捨て置くところだが、善意で報告した、では失礼するよ」


 オルテンシアは地図でその場所を示し、店を出て行った。


「なにやら大事になったようですね」ドミニクが言うと、フィリップが深刻な顔で、


「未然に防げなきゃまずいことになる、彼女が示した場所は元々瘴気が濃い場所だ。そこにさらに穢れ岩が生まれたら非常にヤバいぜ。しかも、三日前に見回りをしたばかりの地点だ、そのときは何の異常もなかったはずなのに、サイクルが露骨に早まっていやがる。とはいえ今知れて良かったと言うべきだな。ドミニク、お前さんも同行してくれ」


「なぜ僕が? それよりさっきの人に手伝ってもらえばいいではありませんか。それとも彼女は対人専門で、魔物には勝てないとか?」


「馬鹿を言うなよ、あのエルフの髪と目を見ただろ? 普通の騎士は聖棘を利き腕と、心臓や頭とか脚にもう一本刺して終わりだ、棘を刺しすぎれば心身ともに負荷がかかるからな。だが〈黒犬組〉の奴らは四肢すべてと、さらに心臓と頭の両方にも刺すのさ。適合率の高い奴だけが選別され、それほどの強化を施している。どんな悪党だろうと魔物だろうと、相手にならねえよ。


 加えて奴らは容赦がねえ、反逆者を暴いて始末するためなら、苛烈に、どんな汚ねえ手でも使うって話さ。身内から逆徒を出してかくまっていた村を、丸ごと滅ぼしたなんて話もいくらでもあるくらいにな……だけどさっき言ってたように、魔物の討伐は彼女の管轄じゃねえ。オレたちでどうにかするしかねえのさ」


「力があるのにそれを遊ばせておくとは、困ったものですね。では僕はそこらをぶらぶらしてきます」


 後ろから冒険者たちが呼び止めたが、無視してドミニクは店を出た。


   ■


 しばらく後、上層へ向かうとまずオーマが食って掛かってきた。ドミニクが自分の部下を怠惰な道へ引きずり込んだこと、さらには同じような若者たちを発生させたことで、オルテンシアが来てしまったこと。怒りのあまり危うく、目の前の不敵な少年へ手を出しそうになるが、これはスタンが止めた。


「オーマ、樹になりたくないなら堪えろ。そうでなくとも、おれの前で不当な――正当かも知れんが――暴力は許さん」


 金切り声を上げながらオーマは去っていった。そのあとスタンとジャニスからも小言を頂戴したが、ドミニクはほぼ聞いていなかった。


 部屋に戻ると、そこでオルテンシアと再開した。


「また会ったねドミニク君。今日はここに宿泊することになったよ。わたしを歓迎したいそうで、その気遣いを無下にするのも気が引けるからね」


「ここの領主様に反逆の兆しがないか確かめる目的ですか?」


「さてね。とかく我々の仕事はハードだからね、たまには骨休めも必要だよ、豪華な晩餐に期待が高まるね」


「そこまで大したものでもないですよ。それよりオルテンシア、あなたたちの仕事とはそんなに大変なのですか」


 彼女はドミニクの言葉に大きく頷いて、


「そりゃあそうさ。反逆者どもは当然こそこそと逃げ隠れする、探し出すのも一苦労だよ。ソラーリオの聖騎士(パラディン)とか、グリミルの悪魔狩り(デーモンハンター)みたく探知するすべがないからね、我々には。相手は魔物じゃあなく人族だ、足で探すしかないのさ」


「その聖騎士とか悪魔狩りっていうのは、相手がどこにいるか探し出すすべがあるのですか」


「ん、知らない? 聖騎士たちはアンデッドが発する穢れた魔力を察知できるんだよ、そういう魔法具もあるし、術もある。優れた使い手は、隣の領邦にいるグール一匹だって探し出せるそうさ、本当かは知らないけどね。


 悪魔狩りは言わずもがな、彼らの〈昏き血〉は、勝手に悪魔のいるところまで導いてくれるんだ、うらやましい話さ。そこらの冒険者だって、近くにいる魔物を探知する術を使えるじゃないか。我々にはそういう便利な手段はない、だけどまあ、無駄足になっても別にいいのさ、わたしたちが探索する姿を人々に見せるだけで、抑止力になる。裁きを下す姿ならもっとさ」


「一度後学のために拝見したいですね。それで、聖女のところまで連れて行ってくれる人はご存じないですか?」


 オルテンシアは肩をすくめて、


「さあ、そんな人がいればわたしも連れてって欲しいけれど――」


「僕は勇者なので、そこら辺を配慮してくれる人がたぶんいると思うのですが」


「うーん、どうだろうね。聖女に比べて勇者は人気が一段落ちるしなあ、キャスリングの外じゃアウルス・アンバーメインも知名度がそれほどだし、演劇とかでも脇役だからね。教会の熱心な信者なら君を擁立してくれるかな? いいや、騙りと思われて、むしろ逆賊扱いされるかもね」


「それはなんとも不当な。そもそも、聖女ミラベルだって怪しいものではありませんか。一人で世界中の穢れを祓ったのというのが疑わしい、恐らく複数の英雄や、一つの軍の功績を纏めたものではないのでしょうか。あるいは、今日語られるほど世界中の災厄が大したことはなく、時代を経るごとに誇張されたとか。伝説にはよくあることです」


 建国の英雄にして皇帝家の始祖、教会の最も偉大な聖人に対する平然たる侮辱。これには微笑んでいたオルテンシアも流石に真顔になり、


「ドミニク君、その不敬な台詞を絶対に外では発するのではないよ。教会の審問官が聞けば、いいや、そこらの信心深い市民が聞いただけで――」


「処刑、ということになりますか?」


「まあ最悪、市中引き回しの上、打ち首獄門だろうね、下手をすれば君のご実家だって――」


「取り潰しですか? 口は災いの元ですね。もっとも僕を断罪するなど不可能ですが」


「いいかい、君は静かなのが好きなのだろう? あまり周囲を騒がしくするのは望むところではないはずだ」


 少し考えて、ドミニクはこれに頷いた。


「もちろんです。僕も弁えていますからね、礼儀に反する発言は慎みますよ」


「先ほどのは礼儀に反するどころではなかった気がするけれどね」


「それで、僕が世界的に勇者であると認知されるにはどうすればいいのですか?」


 オルテンシアは少しばかり考え込んで、


「うーん、まあ聖女様が認めれば、かな? 間違いなく、ミラベル様に対するアウルスのごとく、真の勇者なのだとね」


「ではその聖女の条件とは?」


「そりゃ、聖武具もなしに体ひとつで、広域の瘴気を祓えるってところかな。それと一発で分かるはずさ。それにしても、君と出会えて良かったよ、調査対象ではなくひとりの少年として、いい邂逅を果たしたと言えるね」


 そうしてオルテンシアはドミニクと握手をした。彼はいい出会い、というところについて当然だ、といった顔をしている。そこで晩餐会の準備ができたと声がかかり、先にドミニクは出て行った。残ったオルテンシアは一人囁く。


「うーん、やっぱりだめか、すぐに打ち消される……」彼女は床に落ちている、数枚の花弁を拾い上げながら言った。「追跡は人力でやるしかないってことか、まあ監視は必要だ……またぞろ妙な派閥を作ったり労働者に悪影響を与えかねない、いずれそれを利用する悪党も出て来よう。困った少年だよ」


   ■


 広い食堂にダルトン団長をはじめとする騎士たちと、普段は同席することのない領主、ヘイゼルウィック伯までもがいた。オルテンシアはドミニクの隣に腰掛け、さらにスタンとオーマも近くの席で睨みをきかせている。


「諸君! 今宵は二人の来客がいる、名高き〈黒犬組〉のオルテンシア殿と、勇者を名乗るドミニク・フリードマン殿だ」


 伯爵が騎士たちに向かって言った。彼は四十歳ほどの、やせぎすで神経質そうな人物だった。


「僕は今日来たわけではなく、しばらく前からいますけどね」ドミニクが泰然と、伯爵のほうを見ずに言った。「それと勇者を名乗っているだけではなく、実際に勇者なのです」

 

「ああ……そうであったな……とにかく、客人たちを我らは心より歓迎するものである。太陽神ダグローラ、武神エギロス、そして那由他の神々(ディシリオン・ゴッズ)に感謝を――」


 一同が食事の祈りを捧げている最中に、ドミニクが既に食事を開始し始めているのを見て、伯爵は顔を顰めた。


「おい貴様、それでも貴族の子息か!」


 激昂しかけるオーマをスタンが制止する。


「待てオーマ……今宵はドミニクを好きにさせろ、いやこいつはいつも好きにしているが」


「何のつもりだスタン、お館様の御前でこいつが無礼なことをしでかせば――」


「それが狙いよ、まあ見ていろ……」


 そうして食事が進むにつれ、オーマの危惧したとおり伯爵の機嫌は見る見る悪くなっていった。


 問題は、伯爵にドミニクへの耐性がなかったことだった。騎士たちは少なからず彼に対し慣れ始めてはいたが、初対面での無礼さは特別な苛立ちを領主にもたらした。追い出すのではなく、擁立するのでもなく、ただ彼を留めておけという指示を出したのが自分という点も、領主を追い込んだ。しまいにドミニクが平然と、この領邦はいささか田舎くさいとか、料理の質が、などと言い始めて領主は顔を赤らめ、堪え切れず、声を荒げた。


「先ほどから何なのだ君は。ずかずかとこの地に足を踏み入れ、ただ飯を食らった挙句にヘイゼルウィックを侮辱するとは! 恥を知るがいい!」


「でも、実際ブライドワースの方でも、こちらはやや洗練されていない部分があるという評判は立っていますよ。特に若い女性の間で。もちろん僕はそれに完全同意するところではありませんが、そういった意見があるという事実を厳粛に受け止めるべきではないかと愚慮するものであります」


「黙らっしゃい! この浮浪児めが、我らが与えた慈悲を仇で返すとは、貴様のような小僧が――」


「まず第一に領主たるあなたが御自ら、それらを受け止めてもっといい街づくりをしていくべきではないでしょうか、謙虚に。僕としてはこの純朴な雰囲気も好きですが、食事に関してもせっかくの海の幸を生かしきれていない部分が」


「次は我が城の料理人を侮辱するというのか、小僧!」


「侮辱ではないですよ閣下、それから騎士たちにもどこかしら日和見的な部分がなくもないです、やはり第一に領主たるあなたが――」


 ドミニクはあくまで、親切心からのアドバイスをしているつもりだった。しかし、日和見という語は伯爵の逆鱗に触れてしまった。さらに顔を憤怒で赤黒く染め、配下の騎士たちに少年を捕縛するように指示するが、誰も従わない。なぜなら、彼らはドミニクを取り押さえることが不可能と既に知っているからだ。伯爵は歯軋りをし、「このような小童が勇者であるはずがない! 追放、追放だ! こやつを追放しろ!」と怒鳴って食堂を出て行った。


 どうやらこれがスタンの狙いだったようだが、彼の予測よりも領主の怒りは大きかったようだ。気まずい沈黙が辺りを覆い、しかし当のドミニクは平然と料理を平らげていた。

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