第七十二話 空騒ぎのガラシャ
「待ちたまえドミニク君! 愛すべき君の賛同者を無視するというのか!?」
「あなたの名が気に入らないのです」ドミニクは歩きながら黒騎士を振り返らずに言う。
「名前だって? 偉大な聖人にあやかって付けられた名だぞ」
ドミニクは前にフェイチェスターで出会った怠惰な若者たちと同じなので嫌だと答えた。もちろんバルトロメアからすれば、その二人など知らないし無関係だ。だが、問題はそいつらを想起させるという主観的な不快感だ。こればかりは致し方ない、とドミニクは強固な意志で断ずる。
「分かった分かった、じゃあ私は今、この時より異なる名を名乗ろうじゃあないか! さすれば君の留飲も下がるというものだろう」
ドミニクは近くの露店に売っている、実在しない冒険者ギルドの会報を目にした。店主に、これは間違いなく架空の記事なのかと尋ね、彼は無関心な顔でそうだと肯定する。
ドミニクは黒騎士にそれを買わせ、その中で活躍が報じられた人物〈空騒ぎのガラシャ〉を名乗るように命じた。彼女は応じて、その後会報は燃やされた。正直、この黒騎士ともすぐにお別れであろうし、呼び名など〈一般人その一〉や〈あなた〉など何でも構わないのだが。
「それでドミニク君、君は何の目的でこの帝都、この間隙の迷宮に来たんだい? やはりその力を示そうというのか? いいや、君はそういった気質ではあるまい、お忍びでの物見遊山かな?」
「ガラシャ、僕と同行したいというなら静寂は常に保っていただきたい、不用意な発言一つごとにあなたの価値は目減りしてゆくのですよ」
黒騎士は厳かに頷く。
「あなたは強いのですか?」
「強いとも」自信に満ちた口調だ。
「どれほどまで?」
「恐らく邪神や、勇者といったこの世の理を外れた例外を除けば、すべてに勝利できるだろう」
大きく出たものだ。
「黒犬のデリンジャー隊長とか、魔人とか、この帝都に封じられているという〈三大魔〉などにも勝利できると?」
「そうだ」
「どのようにして?」
それに答える代わりに、ガラシャの右手にいつしか剣が現れていた。
結構な大剣ではあるが、彼女は軽々とそれを掲げ、ドミニクの眼前に示した。
神器ではない。しかし、それが確かに強大な力を秘めていることはドミニクにも理解できた。
「我が〈暴食者〉はあらゆる力を喰らう。魔力、生命力、腕力――おっと、財力だけは直接に奪うことは叶わないが」
例えば強大な竜が至近距離からたった今炎の吐息を吐きかけたとしても、か、とドミニクは尋ねる。
「無論だよ、竜どもの火は奴らの体内にある膨大なマナによって生み出されたものだ。私はそれをそっくりそのまま奪い去ることができる。そうでなくとも、燃焼という現象自体を〈暴食者〉は停止させる。竜が筋肉を動かす力も私は奪う、手足のみならず、肺臓・心臓の動きだって止めてみせよう。君が勇者ではなく、さらに善良な少年ではなく悪漢であるならば、我が聖剣は今すぐにその生命力そのものを奪い去るだろう」
ガラシャの言葉が真実ならば、確かにそこいらの騎士では勝利できないだろう。例えタイタス・ドゥールが十人いても、彼が剣を握れないのならこの黒騎士を斬ることは叶わないのだから。
「あなたがそれなりの実力者であるとしても」ドミニクは言った。「即、同行を許可するわけではありません。僕は戦力など求めてはいないがゆえに。問題はあなたの人格です。自ら怠惰であることを得意げに明かす出奔者である以上、マイナスの評価からの出発であると自覚していますか?」
「なんだって? だが、君とてそうなのではないのか? 労働を忌み嫌うもの同士、我々は分かり合えるはずではないのかな?」
「僕の考えを真に理解されているのか、はなはだ疑問ですね。僕の使命は勇者として世界を救済することです。そのためには労働などに手を染める時間は有りはしない。しかし、一方あなたは元来騎士という労働者階級であり、そこからただ怠惰であるために逃げただけではないですか。そのために聞きかじった僕の思想を、渡りに船とばかりに利用したに過ぎません」
「ならば、私も世界を救う手助けをすれば良いというわけだな?」
それは不可能だ。いかに強力な騎士と言えど、〈黄昏〉や邪神を手にかけることができない以上、そこらの村人と同じだ。しかし、ドミニクは面倒だったので曖昧に頷き、迷宮のほうに進んだ。ガラシャは後を付いてくる。迷宮内で撒くか、最悪樹に変えようとドミニクは思う。




