第七十話 偽りの炎
ドミニクがそれまでいた区画と同じく、馬鹿げた高さの尖塔が空を突き、密集したそれらは湖の中にまで半ば建ち並んでいる。間隙は防壁で入念に囲まれ、内部の魔物が外に流れ出ないように封じられていた。騎士たちの数は、壁に近づくにつれて増え、冒険者らしい武装した人々も、なるほど確かにコンフリーと出会った支部の者どもよりはマシな顔つきをしているようで、筋力や魔力もそこそこだ。ドミニクは騎士が詰めている門に近づいた。
一目この若き勇者を見るなり彼らは平伏し、貢物を手渡しながら恭しく招き入れるのがドミニクの理想ではあったが、愚劣な彼らにそれを望むのも難しいということも理解していた。自己紹介をし、奥から上役らしき別の騎士が出現し、その人物にまた名乗りを上げ、かなり面倒そうな顔をされながらも、一応勇者であるということで特例扱いとして通された。ドミニクはさっそく門に併設された詰め所に赴き、食事を要求した。
「おい小僧、なんだ貴様は。ここは遊び場ではないのだぞ」
食堂で隣になったドヴェルの騎士が不審そうにそう言う。勇者の、それも最重要・最有力である自分の顔も知らないという点にドミニクは苛立ちを隠さずにまた自己紹介をした。
「勇者だと? 今日は騒がしい日だ、朝から悪魔狩りが来たと思えば次は勇者とは」
悪魔狩りか、どうやら迷宮の内部かどこかに悪魔が入り込んだのだろう。隠れて人を貪ろうと目論んだのだろうが、狩人たちはそれすら見逃さないようだ。あとで会いに行ってみよう。
仏頂面をした騎士は、くれぐれも妙な行動はするなと厳めしく告げ、ドミニクは生返事を返す。そういえば一つ気になることがあり、周囲の騎士たちにそれを尋ねることにした。
フィリップについてだ。彼は、かなりおかしな立場にある。ペンブライド、という家名を名乗っているからには、当然、将軍家の人間でなければあり得ない。しかし、もし総将軍の子息であるなら、なぜそこいらをふらふらしていたのか? 彼は恐らく私生児かなにかで、これまで存在が秘匿されていたのだろうか。少なくとも、正式な将軍家の子息と認知された存在ではないはずだ。あの雰囲気を見るにそうに違いない。
だのに、皇帝がそれを勇者並びに将軍家の者と認め、擁立し、さらには彼の二つ名をそのまま元号として名付ける。これは政治に明るくはないドミニクにとっても、パワーバランス上、極めて劇的な変革であることは想像に難くない。
いったいどういった経緯で彼は勇者として皇帝に取り入ったのだろうか? もしくは皇帝のほうが、彼を勇者と知った上で手中にしたのか? 人々は彼の存在を、以前から知っていたか、もしくは知らなかったのか? そして、今現在、そんな突如出現した勇者をどう思っているのか?
騎士たちに訪ねたところ、彼らは突然、表情を弛緩させて「はあ」と気の抜けたような口調でつぶやくのみだった。
ドミニクは「その腑抜けた態度はいったい何事ですか」と叱責しそうになったが、彼らにわずかながら、奇怪な魔力を察知した。
それは尋常のものではなかった。自分や、レグのそれと近い力だ――騎士たちは勇者が所有する、神器によって何らかの影響を受けている。
フィリップ本人か、あるいは他の勇者が、〈真炎の勇者〉に対する認識を歪めているのではないかとドミニクは推察する。もしかすると、最初にヘイゼルウィックで出会った時も、あの地の人々の心を歪めて取り入ったのではないか。ことによっては皇帝に対しても、その力を用いたのではなかろうか。
なんたる不敬。恐るべき不正。この場でこの騎士たちの呪縛を解除しようとドミニクは一瞬思ったが、そうした場合、彼らが大騒ぎをし始める可能性もあり、うるさいのは嫌だったのでそのままにしておくことにした。
いずれ巨悪であるフィリップとも対峙しなければなるまい。しかし今は、この危険な迷宮を観光することを優先しようと考え、ドミニクは先に進んだ。




