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SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第一章 芽吹き
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第七話 ハイドラ退治

 横倒しとなって太陽神ダグローラの巨大な石像が倒れ、それに沿ってなだらかな坂道が続いている。目的のものを見つけて、騎士たちは鱗馬を止めた。悪臭を放つ、毒の混じった血だ。


「ハイドラのものだな。足跡もある……だいぶ血を流しているようだな」


「件の隊商には、優秀な護衛がいたようね」


 先を行くジャニスとスタンに続いて、騎士たちと冒険者たちは血痕を追って脇道へ入って行く。ドミニクは街道に残ったままのビリーに、「あなたは行かないのですか?」と聞いた。


「俺はお前の護衛と監視を仰せつかっているからな」


「それは異なことを。僕は大丈夫なので、彼らに同行すべきではないのですか」


「だが、お前に万が一のことがあっては――」


 無用な心配、とドミニクは首を振るが、ビリーの使命をないがしろにする道理もない、と思い直し、


「分かりました、では僕とともに行きましょう」


 そうしてその場に鱗馬を残し、ビリーにおぶさってドミニクも脇道へ進んだ。小柄なので背負っていたところで、大して邪魔にはならないだろう、少なくとも物理的には。


「お前、ずいぶんと軽いな、いったい何歳なんだ?」


「僕はもう十八歳ですよ、子供扱いは困りますね」


「十八? まだ十四、五くらいかと思っていたぞ。なあ、お前の魔剣は俺も一緒に守ってくれるのかね?」


「ハイドラに恐れをなしたのですか?」


「いいや、俺もヘイゼルウィックの騎士だ、恐れはしない。だが余計な苦痛が防げるなら、それを知っておいたほうが動きが鈍らなくていいだろ」


「ごもっともです。ビリーさんをも守護の範囲に入れましょう」


 そう言いながら薮を掻き分けて進むと、騎士に取り囲まれたハイドラがいた。二つある頭の、片方から血をだらだらと流している。見世物でも見るかのように戦いを期待するドミニクだったが、手負いの獣に似合わず、ハイドラは襲い掛かろうとしない。


「そこまで弱っているのでしょうか、闘志がなさそうですね」


「上を見てみろ、スタンの聖武具の効果だ」


 見上げてみれば、空中に何やら球体が浮かんでいる。見た目は魔法具の照明のようだったが、それを中心として何らかの結界が発生し、周囲を包んでいるようだった。


「あの結界の中では他者を傷つけることが禁じられるってわけだ。そうしようとしても、脱力して叶わない」


「なかなかに便利ですが、それで敵が逃げていくのを黙って待つという作戦なのですか?」


「いいや、ジャニスの出番だ」


 ビリーがそう言ったときにはすでにジャニスが、手にした聖武具で行動を起こしていた。それは霧でできた槍に見えた。攻撃は封じられているとのことだったが、その槍の一撃は力強くハイドラを貫いた。


「彼女は例外というわけなのですか」


「例外はない。あの聖槍は、相手を傷つけはしないんだ。貫かれれば強い眠気に襲われるけどな」


「なるほど、しかし、眠ったために横転して負傷する恐れがあるのでは? それは傷つけることにはならないのでしょうか」


「眠って転ぶのは本人のせいってことだろう。いささか都合のいい判定だとは思うが」


 ハイドラが眠ったあとスタンは球体の光を消し、その禁制を解除した。聖職者ギョームより、ハイドラの毒を防ぐための魔術的防護をすでに施された騎士たちが、眠っている怪物を一斉に貫き、容易に絶命させた。


「単純作業ですね、冒険やら身を賭した戦いといった風情ではない」


「そのほうがいいんだ、安全に、一方的にことを終えるほうがな。いたずらに危険に飛び込んでいくのは蛮勇だ」


「かも知れませんが。それで騎士にふさわしき高潔な精神性が手に入るのでしょうか」


「さあな、俺じゃあなくあの二人に直接言えよ、帰ってからな」


 あしらうように、そうビリーに言われて、実際に居住区へ戻った後、ドミニクは二人に対し説教じみた話をした。彼らは聞こえないかのようにこれを無視した。


   ■


 ドミニクがヘイゼルウィックに滞在して一週間ほどが経つと、住民たちは意外にも彼を受け入れ始めた。オーマを含むいくらかの騎士・冒険者を除き、こいつはこうなのだと半ば諦めの混じった認識を抱くようになり、スタンでさえ、彼に対し憎まれ口を叩くのをやめなかったが、頭ごなしの人格否定はしなくなっていった。


 それどころか、冒険者の中には彼に賛同するものさえ出始めた。


 ある日、ドミニクが市場の外れで宿屋の入り口の、石階段の手すりに腰掛けて街路樹を見ていると、一人の若い冒険者が来て彼に話しかけた。


「おい、お前、そこで何を見ているんだ」


 ドミニクはしばらく答えなかったが、やがて視線を動かさぬまま言った。


「そこのトネリコを鑑賞しているのです。枝の角度が特によい、この右側の二本、それが特に。恐らく植木職人が意図したとかではなく、自然にこうなったのでしょうが、神々の采配であると言えましょう。わずかに外側へ湾曲している、この弓なりのカーブが美しい」


「オレも見ていいか?」


「それはあなたの自由であり、僕が許可することではありません。こちらの視野を妨げないのであれば」


 そうして、しばし無言で見ていた冒険者は、ぽつりと話し始めた。彼はここの出身者ではなく、近隣の小村から流れてきた。農家の四男で、農業に従事するより魔物との戦いのほうが合っていると思っていたが、同じことの繰り返しで仕事が嫌になってきたという。


「同じことの繰り返し、という点にはあまり同意できません、農業であれ冒険者稼業であれ、毎日異なる何かが起こるはずです。とはいえ労働を忌避するのはいたって自然な思考でしょう。我々はそれに適していない、しかし適していると思い込み、また思い込まされている。それに気づけただけであなたは名誉ある存在です。その真理に従い、労働など放棄するのがよろしいかと」


「だが、オレはどうやって食っていけばいいんだ? 蓄えもそんなになくてな」


「誰かに施しを受けるのが正しい道です。すなわちこの世には、物乞い以外に正当な職業というのは存在しないのです」


「宿はどうすりゃいい?」


「雨風が凌げる場所がいくらでもあるではありませんか。それでも最初は、食料を手に入れるのも厳しいかもしれません。例外的な処置でよいなら、あなたの剣で魔物を狩り、その肉を食べてもいい。樹が生い茂っている場所へ行き、その果実で生きてもいい。とにかくまずは、意思を持たねばなりません。自由を行使するためにはまず意思がなければ」


 なんとも雲をつかむようなアドバイスであったが、彼は実際に冒険者をやめ、物乞いと狩人の兼業で生きていくようになった。

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