第六十九話 旅人ギルド
車座になり火を囲んだ旅人たちが食べているのは、香ばしい匂いのシチューだ。ドミニクは肉を特に多めに入れてもらい、それを食べながら周囲の人々と話した。
彼らは世界中に点在する旅人たちを助ける集団だ。補給や治療などを行い、橋が落ちれば架けなおし、行き倒れた放浪者を埋葬する。特定の都市に居つくことはないという。
その始まりはかなり古く、ミラベル・ラファンが活躍していた時代には既に存在し、彼女と仲間たちを助けたという伝承があるらしい。一説には迷宮大戦当時の避難民が起源だという。
「だが俺らに遭遇できる人らは限られてる、つまりは根無し草って性質を持って生まれた方々ですわ。兄さんもそうだ、定住し定職、家庭を持つとかそういうのとは違う人生を選ぶ人らが必ずいる。放浪を宿命づけられた人がね」
「その少年はなかなかだよ」風生まれの、〈座長〉と呼ばれる人物がそう言った。「人間より風生まれに近い雰囲気だ、雲のように駆ける定め、そうじゃあないかい」
もちろんそうだ、ドミニクは労働という営みを拒絶している。尋常の生活、彼の生まれ――貴族としての人生が不可能なたちだ。
風来坊の男はザックと名乗った。
彼は東の地にあるリジェルという領邦の出身だ。大店の息子に生まれたが、彼の地では当然の、金にがめつく邪悪な詐欺師じみた商人たちに嫌気が差し、出奔したらしい。
内海を挟んだ東国は砂漠に覆われ、西とは文化的にも大きく異なっているらしい。ザックと同じ褐色の肌と象牙色の髪をしたその地の人々は、とかく財力を重んじる。瘴気はこちらよりもかなり少ないらしいが、環境は過酷だ。
砂漠で行き倒れたザックは、〈パスレス〉という風生まれの本拠地から来た一団の導きで旅人ギルドに合流したそうだ。彼らに礼をしたいが、未だに出会うことはできていないという。
「パスレスに至るのは通常のやりかたでは不可能さ」座長が言った。「あすこは時空の隔たりの向こうにある――風生まれでさえ一生に一度、たどり着けるかどうか。しかし少年、君は恐らく行きつくことができるだろうな」
座長が言うには、ミラベリアは迷宮大戦の折――もしくはさらに以前に一度、世界規模での変異を経ているらしい。これは風生まれの伝承、最も長く生きているブランガルドのエルフの最長老、帝都の大図書館の記録などに共通する有力な説だそうだ。
その変異によって世界中が、実態よりもはるかに巨大に膨れ上がっているという。
旅人ギルドは、いざとなれば一時的にその拡大を看破し、本来の距離を踏破する秘儀を使用可能らしい。ドミニクはその一部を教えてやろうと言う座長の申し出を断った。特に向かいたい場所もなかったからだ。
また、魔術か魔法具か、何らかの手段で彼らははるか遠くの出来事を見てきたかのように把握していた。
ブライドワースでは竜の勇者が大活躍で、なんとかという遥か昔に封じられた化け物を倒したらしい――そいつは恐らく、帝都の三大魔に比べれば劣る小物なのだろうなとドミニクは勝手に断じた。
将軍府は、皇帝がフィリップを抱えたのと同じく、竜の勇者を擁立し大々的にアピールしていく姿勢のようだ。
「どうなのよドミニク、あんたの見解は? 最近の社会情勢についてさ」
いちいち偉そうに座長の話に相槌を打っていたドミニクに、ギルド付きの歩き巫女がからかうように聞いた。
「はっきり言って、どの集団も同じようなものだと思いますよ。なにか巨大な問題が発生していると誰もが言っている。しかし、それを具体的にどうにかする方法は知らないし、解決するつもりもない。ただ反射的に考えもなく『問題だ』と口にしているだけでしょう。恐らく有史以来ずっとこうだったのでしょうね。真に問題を解決可能な人材は極めて限られており、彼らが何度も世界を救済してきた。それ以外の人々は、生ごみに集るカラスのようにただやかましく数が多いだけではないでしょうか」
邪神がミラベリアを滅ぼすために、瘴気と魔物を送り込んでいる。これはどうやら事実らしい。しかし、勇者以外にそれに対抗できるはずもないので、誰もが無条件に勇者に対し奉仕すべきなのだ。こんな簡単な解決法すら知らずに横柄な態度を取る愚民たち。ドミニクが最大の敵とみなしている人々だ。
旅人たちはドミニクの高説を、もっともらしく頷きながら黙って聞いていた。
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旅人たちと行動をともにすることにした。座長が言っていた高速移動術は都市の中では使わないようにしているのか、もしくは使いたくても使用が制限されるらしく、しばらくゆっくりと、徒歩で歩いている。
そのうちレグが返ってきた。
この従者は作り物のような、天界人ならではの美貌と神聖な威圧感を持ち合わせているが、周囲の人々は、あっという間にそれを自然と思い込み、まったく気にかけなくなる。その背にある翼もだ。
「我が主。ショパンが言っていた吸血鬼ですが、極めてザコでありました。彼女は不遜にもあなたを試そうとしたのです。怪しからぬ話であり、制裁を加えることもできますが」
正直、もう忘れかけていたのでショパンからの報酬を受け取り、「それを赦す柔軟性をあなたは身に付けるべきです」と小言を述べてから、また消えてもらった。
旅人ギルドの人員は、いつの間にか増えたり減ったりしていた。ザックと座長、用心棒のオークや歩き巫女は常にいたが、それ以外のメンバーは消え失せて二度と現れない場合が多く、いつの間にか大部隊が何食わぬ顔で共に酒を飲んでいたりした。
ある日座長が、「ドミニク、ちょいと見せてあげよう」と言いながら、路地を囲んでいる石壁の一角を指差した。
そこにぽっかりと、奇妙なトンネルが口を開けている。壁面はびっしりと蔦に覆われており、見慣れない赤い花が咲いていた。
数十歩先には向こう側の出口がある。一同は黙ってその中に足を踏み入れた。
トンネルを抜けると、どうも空気が違う。周囲はがやがやと賑やかだ。多くの人々が行きかい、露天の向こうには水平線が見渡せた。商船がいくつも停泊しており、どこぞの、港町か何かに思える。
「どこか遠くの領邦に飛んだように思えるかい? いいや、ここはまだ帝都だよ。とはいえさっきまでいたのとは、まるっきり反対側だけどさ」
ここは海辺ではなく、都市内に存在する広大な湖のほとりであった。振り返るとトンネルは消え失せている。どのようにしてか、拡大した世界を無視して繋ぐ道を抜けてきたようだ。それは座長がこしらえたのではなく、もともと存在しているのだろう。だが、それを見つけて利用するには何らかの技術が必要らしかった。
「ここはエドナ区っていう場所さ、帝都にある数少ない間隙がこの近くに位置している。冒険者たちの中でも、比較的やる気のある奴らが根城にする街だよ。ここの迷宮まで行けば、勇者としても退屈はしないんじゃないかな」
座長は気を利かせたつもりのようだが、ドミニクは迷宮での冒険などに興味は無かった。とはいえ、興味本位で足を踏み入れてみようという気にはなった――比較的やる気がある冒険者、とやらに対し、高みの見物を決め込むのだ。




