第六十七話 転生者
妙な店だった。縦穴が地下深くまで穿たれている。その壁面にいくつも横穴が開き、そこがボックス席となっている。穴の中空には縦横に、フェイチェスター市街の、廃材を渡しただけの橋に比べれば多少はましな通路が渡されている。
合成肉のステーキ――謎の素材で作られた帝都では一般的らしい食いもの――をショパンは注文した。ドミニクはホットドッグを頼み、下の席から立ち上る紫煙のベールを潜って席に着いた。
「そんで君に手伝ってほしいってのはちょいとした大物でしてね。もちろんあたくし一人でも対処可能ではありますが」
何の話かドミニクは分からなかったが、そういえば吸血鬼退治に協力するなどと出まかせを発したことを思い出した。ショパンはやたら丁寧にそいつの居場所を話した。帝都の中に山地があり、そこを根城としている模様だ。ドミニクはほぼ真面目に聞いていなかったが、興味を引く情報をいくつかショパンは語った。
その山にはかつて強大な悪魔が住んでいたらしい。酒が好きで、なんとかという英雄が毒を盛って退治したとか。そいつは帝都のどこかの神殿に封印され、その他の二体の強大な怪物と合わせ、〈三大魔〉などと呼ばれている。
邪神がその封印を解けば、キャスリングは滅ぶだろう。しかし、単なる伝承に過ぎず、その悪魔――〈酩酊者〉は実在などしないという説もある。
ドミニクは興味を惹かれ、その神殿の場所を聞き、書き留めた。ショパンはその後、定宿の位置を伝え――こちらはメモしなかった――吸血鬼退治の準備が出来たら近いうちに訪ねてきて欲しいと告げた。
もし本当にその吸血鬼を退治するならば、仲間を呼ぶか、冒険者を雇うかすべきだ。だが彼女は勇者にタダで助力を期待している。有力者・有名人に期待する愚民はいつも、相手に無私の奉仕を要求し、応じなければ高慢だの、怠惰だのと罵るばかりだ。ドミニクは義憤を無表情に隠し、ショパンと別れた。
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少しばかり離れた場所に移動し、しばし道端で辺りを眺めた。
巨大な尖塔。それらの間隙はさながら峡谷だ。上空には何やら飛行機械らしきものも飛んでいる。
遠く、谷に架かった橋の上を、遠すぎてごく小さなアブラムシか何かにしか見えない車列が途切れずに走っている。
一つ下の階層を見下ろせば、そこにもゴマ粒のような人々の群れ、いったい彼らはどこからやって来たのか? これほどたくさんの人々に、それぞれの人生があり、それぞれの意志があるなどと、なんて不可思議なのか。 彼らもまた、ナローレーンの住民と同じく、大都市の市民という役割を与えられた、本来は存在しない概念的な集団なのかもしれない。
一つの建造物、一つの階層が、誰かの領地・荘である。傾いだ尖塔の、ドミニクがいる階層には冒険者ギルドがあった。壁に近い、薄暗い箇所にある古びた建物だ。この地の冒険者たちはどのような有り様なのだろうか。
内部に入ると、他所と同じく酒場が併設され、真昼間から落伍者たちが飲んでいたが、彼らはフェイチェスターの冒険者と違い、洒脱な身なりで、朗らかに談笑している。社交クラブか何かのような雰囲気ではあるが、ドミニクとしてはそれをあまり快くは思わなかった。彼らは、最低な労働者であることには変わりはないのに、そうして気取った格好やしぐさをする、なんと滑稽なことだろうか、と足を踏み入れて一分足らずで嘲笑するのであった。ドブの中の魔物を倒す際は一体どうするのだろうか。そんな仕事は嫌だと言って拒絶するのだろうか、あのフェイチェスターのエルフ、名前は……そう、ハーフムーンだ。奴のごとく。
和やかに談笑する伊達男の中にも一人のエルフが混じっていたが、その眼はどうも妙だとドミニクは気づいた。
何やら内部から、神聖さが漏れ出しているかのように、強い光を放っている。そう見えた。聖女であるナナに近い、神がかりな何かをドミニクは覚え、その人物に近づいた。
黒髪の、絹のような髪をした、痩せたエルフだ。彼は誰とも話さず、目の前にある酒にも手を付けずに、ただ座っている。
ドミニクが近づいた際、突然、相手の肉体から炎が放たれた――紅蓮の火炎は、爆発的に広がり、建物全体を飲み込むほどだったが、ドミニクは慌てることは無かった。それが幻視だと分かっていたし、仮にそうでなくとも、自らを焼くことはないと知っていたからだ。
「ついに来たか」
思ったよりも低い声で、静かにエルフは言った。既に幻の炎は消え去っている。他の客の誰もその幻影を見はしなかったようだ。
「勇者よ。乃公は貴公の支援を行いたい。どうだ?」
単刀直入であった。しかしドミニクはまず、彼に尋ねる。
「あなたが誰かを教えてください。どれほどの資産をお持ちか」
「名はコンフリー、我が父はこの帝都のはずれの、ある建物の主だ、既に勘当されているが。乃公の資産はまあ、この程度か」
ポケットからコンフリーが出したのは、せいぜいが二駅分の交通費といったところだ。ドミニクはさっそく踵を返そうとしたが、
「乃公がただの貧乏冒険者とすればお断り、も無理はなかろう。だがな、乃公はあるものを持っている。記憶だ。かつてのな。乃公は転生者だ」
ドミニクは動じることもなく、続きを待った。
「前世の記憶があると言ったら貴公は信じるか? 勇者よ」
「そういった話は聞いたことがありません。あなたは誰の記憶を持っているというのですか」
「ラース・ダンドリッジ」
ドミニクはその名を知らなかった。誰か有名な人物なのだろうか。
「知らぬか? ならばそこにいるドヴェルに聞くがよい。奴は歴史には明るい。乃公はここで飲んでいるとしよう」
しかしコンフリーは酒に手をつけようとはしない。
ドミニクは彼が指した、少し離れた席で大酒を飲んでいるドヴェルに話しかける。周囲の人々と、昨今の情勢などを話していたその人物は快くラース・ダンドリッジなる人物について語った。またぞろ〈歴史家〉先生の長話が始まるぞ、などと皆がはやし立てる。
「あの〈爆弾魔〉じゃな、実に怪奇極まる人物じゃ」
その人物は、戦乱の時代、レナード・ニンバスクラッドと同時期に生きた武将だという。
立身出世の人物で、なんでも元は農民の子だとか、孤児だったとされるが、ある地の領主の病を治して取り入り、急速に権力を手にし、やがてこれを乗っ取るに至った。のちにレナードが滅ぼすことになるワロン将軍府の、総将軍の一人を謀殺したとも言われ、また当のレナードに仕えるも、悪辣にも二度も裏切っている。さらに、どこぞの大神殿を焼き滅ぼしたりと、〈梟〉のように抜け目のない、反逆・悪道の人物とされているようだ。
彼についての逸話で最も有名なのは、その死にざまだという。
戦場で討ち死にしたのではなく、暗殺されたというが、なんでも酒宴にて毒入りワインを飲み、即死するはずの猛毒を口にしてもぴんぴんしていたため刺客に全身を刺され、それでも生きていたので川に捨てられたという。だが、そこから更に息を吹き返し、最期は大杯に火薬を詰めて自爆した。
ドミニクが目にした幻視は、その死に際の炎だったのか。
爆弾魔、怪人、戦乱の梟。そのラース・ダンドリッジの生まれ変わりを自称する男が眼前にいて、助力を申し出ている。どうにも、胡散臭い話だ――彼の妄想でなかったとしても。




