第六十六話 街頭騒乱
間近に見ると偽勇者は六十歳を超えているようで、頭髪は薄く、髭は伸ばし放題、ボロ服を纏った肉体からは悪臭を放っている。ドミニクは接近すると、その男に向かって話しかけた。
「そこなお方、勇者を自称しているそうですが」
「おお、そうだとも。わしこそ勇者、獅子の勇者アロンソたぁこのわしのこと。ここまでに幾多の勝利、勝利。戦利品。敢闘。油時代。み……試練の達成。そうじゃ」
「勇者というならば神器を発現させられるはずです。それを拝見したいのですが」
「もちろんじゃ、だがそう軽々と見せるもんじゃあないってわけじゃな。凱旋。勝利するのじゃ。わしは」
「今がその時ですよ、ご老人。自らが勇者とこの僕に示すべき時だ」
「ここのやつらときたら! 全く認めようとせん! 熱帯のインスタンス。世は情けじゃあ。前を向かねば徹頭徹尾、認められぬのじゃ」
「見せられないということですね」
ドミニクはそそくさと聖堂内に退避した巫女の所へ行き、
「巫女様、あの老人は間違いなく偽物ですよ。なぜあのようなはた迷惑な人を放置しているのですか。僕は支援金が欲しいのですが、いつくれるのでしょうか。誠意ある回答をお願いしたい。真なる勇者があなた方の眼前にいるのですよ、何をすべきか、既にお分かりかと思いますが」
巫女はちらりと、近くにいた司祭を見た。彼は何も答えずに奥に引っ込んでいった。ドミニクは、ここにいてもしかたがないようだと思って立ち去ろうとしたが、何人かの信徒が話しかけてきた。
彼らは、ドミニクは本当に勇者なのか、毎日ここに来て叫んでいるアロンソ爺さんと同じように頭がおかしいのではないか、と聞いてきた。それはドミニクを非難するものではなく、躊躇いがちに希望に縋りつこうとしているようであった。
「僕は真正なる宿り木の勇者であります。アウルスと同じ力を有しております。ここの周囲に広がる木立は、彼がかつて生み出したものですね? このように」
ドミニクは木剣を抜き、床に向けた。一瞬で苗木が発生し、すぐさま枯れて朽ち果てた。人々はどよめいた。
彼らは希望を欲していた。ミラベリア最大の結界内に広がる安全な都市とはいえ、黒犬と反乱軍の紛争に混乱し、外では魔物がその数と力を増している。救いはどこにあるのかと、ドミニクにそれを求めてきたのだ。
「あなた方は一旦落ち着き、風景を眺めることをお勧めしますよ。空の雲、そこらの街路樹、流れゆく人波、それをひねもす眺めて安らかに過ごしてみてください。そうすれば平穏に近づけるはずです。そのためには」ドミニクは信徒たちの顔をゆっくりと見渡し、力強く言葉を発する。「毒を排除しなければなりません。すなわち労働です。労働をやめて、苦しみから自由にならねばならない。社会が押し付けた責務があなた方を蝕んでいます。荷下ろしのときです。そうでなければ、あの老人と同じくあなた方の目も曇り、勇者と愚者の違いすらつかなくなるでしょう」
ドミニクはそう言い、聖堂を後にした。
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次にドミニクは商店街を目指して進んだ。この巨大すぎる帝都には、各区画に商店が密集した箇所があり、この地区のそれは名も知れぬ騎士の立像の脚の間にあった。
いくつかの屋台からうまそうな匂いが漂っている。ドミニクは串焼きを求め、それを買ってくれそうな人物を探した。
するとナローレーンで遭遇した吸血鬼退治クロロックと同じ、ライフルを担いだ軽装の騎士がいたので話しかける。
「あなたは〈竜の仔〉の騎士で合っていますか?」
「ん? ああ、確かにあたくしは栄えある竜の仔の一員。吸血鬼を発見でもしたのですか、少年」
亜麻色の長い髪をした、眠そうな目の女性である。ドミニクはこの人物の属する団体についてあまり知らないが、恐らく世界の平和とか、そういった社会福祉やありきたりな正義か何かのために戦っているのだろうと推察し、話を進める。
「通報ではなく、あなたの目的の一助となりたく参上しました。僕は勇者、ドミニク・フリードマン」
「ああ、あたくしはショパン。それでその勇者様が、何用ですか」
「あなた方は世界をより良い方向へ運ぶために日夜戦っているはずです」
「うん、主に夜ね」
「そのためには鉄砲でアンデッドを撃つよりもこの僕を支援するほうが効率がよいとは思いませんか?」
「えーっと、つまり君が吸血鬼を退治するのを手伝ってくれるということなのかな?」
そんな労働をするはずはないが、とりあえずドミニクは首肯する。
「あなた方が失業するほどの勢いで戦ってみせますよ、なので食料の補充を少しばかり」
ドミニクが屋台の方を見たので、ショパンは察しがついたようだった。
「なるほど、お腹が減っていたのですね。では未来の英雄様にあたくしから餞別といきましょうか」
未来の、ではなく既に英雄ではあるが、ドミニクはショパンに見事串焼きを奢らせることに成功した。
「しかしドミニク君、あたくしは勇者ってのが一人だけかと思ったら、どんどん出てきてたまげていますよ。ブライドワースじゃあでかい竜が勇者を名乗ってるらしいし、どっかに屍術士の勇者がいてそいつも退治されたらしいじゃない」
「〈審判者〉の手によるものです。勇者としてあるまじき行いに手を染めれば、当然裁きを受けるということです」
「あとあの色男、フィリップだっけ? 尊主様お抱えの。いったい何をするっていうんだか分からないけど、何やら世界全体がヤバい雰囲気がしますね。あたくしは自分の仕事をするのみですが。ドミニク君のように、吸血鬼退治を手伝ってくれるならありがたい話ですけどね」
自ら吸血鬼との戦闘を選んだこの〈竜の仔〉たちは半ば狂人のようなものだ。それを勇者たる自分に手伝わせようとするなど、実に甘えた考えである。
ドミニクが串焼きを一齧りする前に、怒声と、剣戟のぶつかり合う音がした。市場から道を一つ挟んだ区画で戦闘が発生したらしい。テロリストと見られる数人の剣客と、黒犬組の隊士らが戦っていた。
もちろん黒犬組は強力な騎士――聖棘を多数打ち込まれた改造人間であり、単なる反逆者であればテロリストたちに勝ち目などないのだが、そいつらの動きは明らかに常軌を逸していた。異様に速く、黒犬と互角に戦っているのだ。
ドミニクは反逆者たちの肉体が、人族のそれとはいささか異なるのに気づいた。シーカーズベイの住民のように手足が変形している。何人かは獣のような毛に覆われた姿をしているが、尋常の獣人とは異なりどこか歪んだ肢体だ、間接は妙な動きをし、タコのような触手を生やした奴もいる――〈撃攘派〉の志士は何らかの手段、恐らくは旧文明の遺物によって己を変態させ、強化することで黒犬たちに対抗しているのだ。
とはいえ、身体能力は互角であってもテロリストたちが皆、黒犬の隊士のような殺意と技量を持ち合わせているわけではないので、旗色は悪かった――常人なら秒殺であることを思えば、かなりの善戦ではあるが。ドミニクとショパン、そして買い物客や商人たちの見守る中で一人の逆徒がはらわたをぶちまけ果てた。
しかし、それでも人々は存外冷静だ。顔を背けてはいるが、慌てて遁走したり悲鳴を上げたりはしない。それをドミニクが言及すると、ショパンは頷いて、
「いやもう皆慣れてきてるんですよ。そのうち喧嘩でも見物するように殺し合いを楽しむようになりますよ。反逆者どもは間違いなく負けるから安心だし。おや、しかしあれは――」
一人、手練れらしい仮面を付けた反逆者が長いこと粘っていたが、大半のテロリストが討ち死にか敗走し、残ったその人物の素顔が暴かれると、冷徹な黒犬たちに少しばかり動揺が走った様子だ。
なぜお前が、とか、裏切り者、などという声が隊士たちから上がっている。
どうやら元黒犬、あるいは現職の隊員だったらしい。なかなかの見ものだと思っていると、音もなく現れた獣人が、一瞬でその裏切り者を細切れにしてしまったではないか。
「おっと、三番隊のデリンジャー隊長だ……恐ろしいですね」
ショパンがそう囁く。あれが話には聞いていた最強と目される剣士、マギー・デリンジャーか。恐らくこれまで出会った剣客の中でもかなり上位、長年無茶な修行をしているゲオルギーネですら負けるかも知れないとドミニクは思った。彼女の眼光は、あまり平和な今の時代に生きているべき人物ではない雰囲気がする。かつての戦乱の世には、あのような武者がそこらじゅうにいたのだろうか。
反逆者の血肉がまき散らされ、烏や地虫などがやって来るころになってショパンは言った、
「さすがに臭うな。ドミニク君、更なる食事を提供するのでそこらの店に入りませんか?」
ドミニクは二つ返事で同意する。




