第六十四話 時代の終わり
近づくにつれ巨人の異様さが明らかになっていく。無数に絡み合う黒い線はそれ自体が蠢いている。その肉体から発する瘴気は、勇者であるドミニクと審判者レグでなくば、たちどころに昏倒するであろう濃度だ。
巨人は明確にドミニクへ敵意を持っている。手にした剣を振りかざし、地面をえぐり取るほどの一撃を繰り出した。もちろん、レグの翼での回避によって事なきを得た。
交錯する一瞬、ドミニクは〈宿り木〉でもって〈黄昏〉を植物化しようと試みたが、ダミアーノら他の勇者よりもさらに、神器の力への耐性を有していることが分かった。表面にわずかな下草が生えた程度だ。しかし、完全に無効化するわけではなく、種は既に蒔かれた。
「レグ、このまま逃げ続けてください。英雄的とは言い難い手法ですが、奴はできのいい植木鉢になるでしょう」
「ええ、堅実な戦いこそ英雄の本分です」
そのままレグは周囲に被害が出ないように、同じ地点をグルグルと回り続けた。〈黄昏〉は大した知能は持ち合わせていないらしく、力任せにドミニクたちを追い回すしかできないようだった。ドミニクは徐々に飽きてきて、そこいらの景色を見ることに集中していた。
数時間後、巨人は半身を草木に覆われ、ついにその場に倒れた。ドミニクはこれまでの戦闘で形成された穢れ岩を浄化し、周囲はにわかに森林の様相を呈した。
しかし瘴気はまだすべて消え去っていない。〈黄昏〉が完全に樹になるまで、ドミニクはその場に滞在することを決めた。
「この程度とは、邪神も襲るるに足りませんね」
「いえドミニク様、恐らくこやつは試作品でしょう。此度の醜態を踏まえ、次なる個体は更に強化が施されるはずです」
それは何とも面倒だ。どこか、他の勇者の所へ行って欲しいものだ。例えばナローレーン地下の勇者など。彼女はさぞ時間が有り余っているだろうから。
あるいは、ブライドワース上空にいる竜の勇者とやらの手を煩わせるのもいいだろう。もしくは、フェイチェスターにいたあの男――
「やあ、ドミニク君。見事な勝利を観戦させてもらってたよ」
黒髪の優男、〈銀煌の勇者〉、ダミアーノがすぐそばに立っていた。レグは即座に彼とドミニクの間に立ちはだかり、〈定め奪い〉に手をかけている。
「おっと、従者さん。俺はあなた方の敵じゃないよ。それに知らないかもしれないけど、俺は勇者なんだ、ドミニク君と同じく。だからあなたに斬られたくらいじゃあどうってことないのさ。いったん俺の話を聞いてくれ」
ダミアーノはレグが〈審判者〉であることを知らない様子であった。かつて事情通を名乗っていたのが実に滑稽だ。
「どうしますドミニク様。この男を処罰しますか? 勇者の罪は手に取るように分かります。この男、見下げ果てた盗みと不法侵入の常習犯です。生かしておくべき輩では――」
「僕もそう思いますが、彼の話とやらを聞きましょう。恐らく荒唐無稽なものでしょうから、あざ笑って差し上げましょうか」
レグは頷き、さっさと話せとダミアーノを促す。肩をすくめて、彼はしゃべり始めた。
「この化け物と同じ邪神の先兵が、帝都にも出現したんだ。そいつは既に討伐されたが、あの地の民に大きな衝撃を与えた」
「〈黒犬組〉が動いたのですか?」
将軍府側が、皇帝と帝都の民を守護する名目で置いている、その実彼らを監視するための精鋭部隊。彼らは多数の聖棘により瘴気に大きな耐性は持つものの、この巨大な怪物は手に余るのではないだろうか。実際、ダミアーノは首を振って、
「いいや、もちろん勇者さ、一番新しく出現した奴だ。彼は俺や君より強いかも知れない、色々な意味でね。なにしろ奴の後ろ盾は、尊主様だ。君も知っている男だよ――〈真炎の勇者〉フィリップ・ペンブライド。それが奴の名だ」
■
その後すぐに〈銀曙の時代〉は終わりを告げ、皇帝は新たな時代の始まりを宣言した。新しき時代は〈真炎〉。皇帝は邪神とその手先を焼き尽くす炎を手にした。
ドミニクは皇帝やフィリップのことや、彼らと教会や将軍府の力関係の変化、民衆の支持、邪神の今後の攻撃、それらすべてにあまり興味を持てなかった。しかし、帝都キャスリングは広大な古都、いろいろな寺院を見て回るのも面白そうだと思い、帝都へ向かって西へ歩を進める。なにか邪魔をしてくるようなら、フィリップ――どうやら総将軍の子息だったらしい、やはりあの常識の無さは甘やかされて育ったからか――〈真炎の勇者〉はレグに討伐させれば良いだけの話だ。それから帝都でも支持者を確保しておきたい。守護官のパヴェージ公や大貴族たちがたぶん自分を支持してくれるだろう。
やはり未来は明るい。時代が変わろうとも、自分が最高の英雄であることは変わらないのである。〈宿り木の勇者〉は希望を胸に、旅を続ける。
第四章 完
第五章〈真なる炎〉へ続く




