第六十一話 剣の修復者
「あの人は非常に胡散臭い態度だったので、二重スパイというのは納得です。それで、結局あなたの、いえ、あなた方の目的は何なのですか」
ドミニクが直截的に問うと、魔人もまた率直に答えた。
「〈剣〉の修復並びに、それをもってしてログリュームを討つことだ」
剣とは? レーギに伝わる秘宝かなにかだろうか? 審判者の〈定め奪い〉のように、それでなければ倒せない相手がいるのだろうか。
「〈剣〉とは、この世界、いいや、この断片を含む、砕け散った全世界。すなわち武神の剣のことだ。それは〈フェルマール〉という名を持つ――剣の名であるとともに、この地の外側も含む全世界のことを指している。ログリュームとは、邪神の名だ。いつからか我ら以外の種族は、その名を呼ぶことを忌避するようになっていたがな」
いにしえの時代に砕けた武神の剣を修復する――その断片の上に存在する、すべての世界を統合するということだろうか。
雲をつかむような話だ。そもそも「この世界は剣の断片の上にある」などという神話が事実なのだろうか。そしてそれらを、どのようにつなぎ合わせるというのか。
仮にそれが叶ったとして、邪神――ログリュームをどのように討つというのだろう。すでに武神は相打ちに斃れ、邪神とは違いこの世界に何らの干渉を施すことも叶っていない。
ドミニクは魔人トリンキュローの説明を、こちらを煙に巻くためのでたらめだと決めつけ、部屋を後にすることにした。
「自由にミラベリアを彷徨うがよい、勇者よ。未だ世界は明けぬ夜のただ中。曙光が差すのはまだ先だ。〈船〉が来るまではな……」
何やらまた意味深なことを言っているが、ドミニクが後ろ手に扉を閉めると、魔人など最初からいなかったかのようにその声は聞こえなくなった。
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騎士団の詰め所にたどり着くと、予想より早く帰還したドミニクを怪訝に思ったのか、騎士たちが話しかけてきた。
ドミニクは、思ったより敵が弱く、クロロック単独でも十分だと判断して戻ったのだと説明し、変な部屋に変な魔人がいたと告げる。
騎士たちは困惑して顔を見合わせた。ドミニクが説明した場所に部屋などはないのだという。だが、迷宮は形を変えるものだ。新しく出現したのではないか、とドミニクは言う。何人かの騎士たちが一応確認に向かう、と言って出て行き、その帰りを待たずしてドミニクも上階へ向かって立ち去った。
しばし歩き、従者に問いかける。
「レグ、あの魔人の言ったことをどう思います?」
「わたしにはなんとも……たかが魔人風情に剣の修復など、到底できることではありません。そして邪神を討つなど……彼らはもともとが邪神の眷属です。造物主への反乱というわけですが、相手が悪すぎましょう。恐らく先ほどの会話は、単なる悪ふざけに過ぎないのでしょう」
ドミニクはレグがどれほど世界の秘密を知っているのかが気になった。従者として、隠し事などはもちろん許可できるはずがない。
「わたしは通常の審判者と少々異なる存在です。ドミニク様が手ずから、〈宿り木〉の力で作り上げたのですから。もちろんその際、ナナ様がダグローラ様のお力を仲介し注ぎ込んだわけですが。いわば、わたしはお二人の子供であると言えなくもありません」
それこそ悪ふざけだ、親になるということは終わらぬ労働に手を染めるのと同じだ。どこを見ても、いつまで経っても甘えたがり、脛を齧る怠惰者ばかりしかいない。自分のような偉大な英雄の子となれば、相応に偉大な人格が求められるが、怠惰な魂魄の持ち主はいくら親が傑物といえど容易に堕落してしまい、社会はその責を親に求める。理不尽極まりないことだ。レグもまた、あまり柔軟な判断ができる風ではない。自信を持って勇者ドミニクの子と名乗るなら、完璧な配慮ができなければならないのだ。
とにかくレグは神々の世界のことも、この世界のこともごく断片的にしか知らないようだ。だが、もとよりレグの知慧などに期待しているわけではない。単なる労働者として馬車馬のように働くことのみを求めているからだ。
「ときに我が主、わたしに一つ考えがあります。地下迷宮の敵を倒すということでしたが、いざ行ってみれば小物ばかり、やはりこのような地で大物を狙うなど不可能でした。最初からとびっきりの獲物を狙うべきだったのです」
「して、その獲物というのは?」
「勇者です。屍の勇者アリア・ミルをわたしが仕留めてごらんに入れましょう。恐らく近いうちに他の〈審判者〉が、彼女を滅ぼしに光臨するはずです。既に彼女は暴虐の限りを尽くしておりますから。彼女を止められるのは地上ではわたしのみ。ドミニク様の名のもとにかの邪悪な勇者を滅ぼせば、誰もがあなた様を賛美するはずでしょう。いかに分別のつかぬ愚か者ばかりといえど、喜んであなたに食事と寝床、謝礼を提供するはずです」
確かにあの勇者は少々目障りではある。ああしたならず者が、勇者という存在を貶めているために自分は不当に非難され、たかり屋であるかのように邪険に扱われている。そのような不条理を自らの手で打ち砕く――高潔なる勇者は、そうでなければ。
「なるほど、ではこれより我らは、屍の勇者殲滅に当たるものとしましょう。まずは彼女の現在位置を含む情報の収集を開始してください」
「かしこまりました、我が主よ」
レグは猛烈な速さで通路を駆けていった。ドミニクは一人、上階へ繋がっているであろう階段を上っていく。
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それからドミニクは目論み通り、ナローレーンの外へ出ることに成功した。この領邦の実態は、大河の中州に建つ一つの建造物だ。その裏口とでも言うべき小さな出口から外へ抜けると、轟音が響いている。
大河の一部に裂け目があり、滝となって膨大な水が流れ込んでいるのだ。その穴に架かる石橋をドミニクは歩いていく。どうやら向こう岸まで到達しているらしい。辺りは水煙で霞んでいる。振り返るとナローレーンの外壁が、視界のすべてを覆っていた。これほど巨大な屋敷が自然に形成されるとは。この世界は、どれほどの巨人を想定して建造物を生んでいるのだろうか。だが、この屋敷にふさわしいほどの巨躯であっても、〈フェルマール〉なる剣を振るうことはできまい。
ドミニクが橋を半分ほど渡ったところで、凄まじい速度で駆け、レグが追い付いてきた。
「お待たせいたしましたドミニク様。アリア・ミルについて興味深い話が聞けました。彼女の向かった先も」
「それは良かった。彼女はどこへ向かっているのです?」
レグは帝都キャスリングだと答えた。勇者アリアは強力な屍の騎士を引き連れ、西へ向かっている。




