第六十話 魔人の暴露
ナローレーン騎士団の詰め所はクロロックに出会った場所から近い一室にあった。そこはちょっとした大部屋で、ドミニクたちが入るなり茶なども出し、余程暇なのかやたらと丁寧に対応してくれた。ドミニクは無許可でクロロックとレグの茶菓子にも手をつけながら、騎士たちを観察した。
彼らは重厚な鎧どころか〈竜の仔〉の兵装のごとき軽装備をも装備せずに、執事の纏うような礼服を着用していた。屋敷内で戦うということを想定してか、長大な武器ではなく短めの剣と小型の銃を装備している。騎士というより、ボディガードを兼ねた貴族の従者といった様子だ。
迷宮に降り、魔物の駆除を行うと表明したクロロックに対し、対応した騎士はいたく感謝した。半ば自我を失い魔物化した吸血鬼。クロロックが目当てにしてきたそいつは確かに何度か目撃され、数回の討伐作戦をも逃げ延びてしぶとく生き残っているらしい。必ず討伐するとクロロックは誓い、それからドミニクを一瞥して、言う。
「ときに騎士殿、この少年が同行したがっていてね。オレはやはり反対なので、こちらで預かってほしいのだが」
この期に及んでそんなことを言われドミニクはいら立ったが、
「いえクロロック様、その心配はないものかと存じます。こちらの少年は勇者ドミニク・フリードマン、あらゆる相手を樹に変えてしまう魔剣の持ち主と聞き及んでいます」
騎士がそう言ったのでにわかに気を良くする。この辺境のしみったれた地でも、きちんと正しい情報を得ている者がいるとは。実に素晴らしいことだ。
「ええ? この少年は単なる貴族のドラ息子ではなく、実際に何らかの力を有しているというわけですか? しかしにわかには信じられないな。実際にこの先〈血啜り〉相手に大活躍してもらわなくては」
「そうして楽をしようとしてもそうはいきませんよ、クロロック」ドミニクは彼を睨みながらそう言った。「あなたが聖竜より授かった使命ではありませんか。僕とレグは最小限の働きにとどめておきます。なにか高額素材を採取可能な魔物でも現れない限りは」
「まあ好きにしたらいいさ、勇者ドミニク」
そこからいくつかの鉄格子やら厳重に施錠された扉やらを潜り、迷宮にやって来た。典型的な、暗い地下道だ。もちろんドミニクとレグ、さらに騎士であるクロロックがいるので瘴気は抑えられている。
大型の吸血こうもりや、薄汚いネズミなどが襲い掛かって来る。クロロックはライフルに装着した銃剣でそいつらを素早く薙ぎ払っている。確かに単独で魔物退治ができるほどの強さだが、並みの冒険者と同じくらいで、これまで出会ってきた猛者には及ばない。さらに、言うまでもないが自分とレグなら一瞬で片付けられる。ドミニクは彼を、凡庸な強さだと内心評した。
これまでも酒場などに入ると、誰がミラベリア一強いのかという話を耳にすることは多かった。やはりグリミルの悪魔狩りが、いや、ブライドワースのなんとかという青星の冒険者が……いいや、帝都の〈黒犬組〉だ、といった調子だ。ゲオルギーネや、彼女が倒すべき仇敵アンサラーといった名は出てこない、二人もまだまだということだろうか。
帝都の黒犬組の隊長は皆、極めて強力な剣客らしかった。特に一番隊のブレイク隊長と、三番隊のデリンジャー隊長という二人が話題に上ることがしばしばあった。しかし、ドミニクは思う。素人がパッと見て「強い」と言えるような剣士が、本当に最強なのだろうか。それに彼らの勤務地である、聖岩の作る結界の中の安楽な居住地。そこに現れる犯罪者などたかが知れている。西の魔人やオーク、吸血鬼たちを相手にすれば、その二人の隊長もひとたまりもないのではないか。いずれにしろ、大多数の人民は、正しい強さなど推し量れるものではないはずだ。もしそうなら、「最強はドミニク・フリードマン」という結論以外は出てくるはずもないのだから。
レグはてきぱきと動き、ドミニクの近くに来た敵を何らかの神聖な魔術で攻撃していた。バチリという音と共に白くまばゆい光が走り、獲物は一瞬で絶命するのだ。恐らく北の聖女を裁いた審判者が用いた、強烈な光の小型版であろう。審判者の真骨頂〈定め奪い〉は、常にその漆黒の刃から危険な煙を発しているので、ドミニクは勇者などのよほどの強敵でなくば、使用を禁じていた。
クロロックはドミニクに配慮せずどんどん奥に進んでいく。獲れる魔物の素材も二束三文にしかならなそうなので、ドミニクは徐々にやる気をなくしていった。周囲もただ暗く汚いだけで、見るべきものもない。
ドミニクは二十分くらいして、レグに戻ろうと告げて、クロロックを置いて脱出した。
■
騎士団の詰め所に戻ろうとして扉を開けると、奇怪な光景が待っていた。
そこは真っ赤な絨毯の敷かれた白い壁の部屋だ。舞台の小道具のような大仰な玉座が鎮座し、一人の偉丈夫が腰掛けている。その人物は漆黒の重厚な鎧を纏い、頭部には二本の角が生えている。
彼は魔人だ。西の果て、禁断の地に存在する魔人の地レーギより、ごくまれにこちらの地へやって来る者がいる。彼らは例外なく凄まじい強さを誇り、敗れたり死んだりする場面を見た者は誰もいないという。西の果てに具体的に何があるのかを知っているようだが、彼らは例外なく秘密をほのめかすだけで、肝心なことは何一つ教えてはくれない。
「よくぞ来た、勇者ドミニクよ」魔人は威厳ある声でそう言った。「そして審判者レギンレイヴ。我が名はトリンキュロー。貴様らに二つの重要な情報を授けようではないか」
ドミニクは妙なことになったな、と思っていた。何か意味深なことを告げ、こちらを惑わすつもりなのだろう。
「まず第一にドミニク、貴様は人間ではない。ダグローラがこの世における先兵と成すため、一から作り上げた被造物よ。そう、この地の賭場で貴様が出会った、迷宮より生まれた剣客と同じなのだ。貴様がうっすらと持っている家族の記憶も、合成された偽りよ」
「そうだったのですか。それを鵜呑みにするわけではありませんが、まあそのようなこともありましょう。僕はあまりに人間離れした神聖さと高潔さ、強さを持ち合わせていますからね」
ドミニクはまったく動揺しなかった。その反応を完全に予想していたかのようにトリンキュローは頷き、
「良きかな。貴様は大樹よ、勇者ドミニク。いずれ西の地で、あの男と見えるもよかろう、そう、貴様の前任者である男とな」
アウルス・アンバーメインのことを言っているのだろうか? 二千年以上も前の人間である彼が、まだ生きているとでも言うのか?
「ではもう一つの情報だ。フィリップを覚えているか? 奴は表向き将軍府の密偵だが、その正体は皇帝に仕える二重スパイだ。しかも勇者だ」
それに関しては正直、どうでもよかった。




