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SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第四章 曙光差すとき
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第五十八話 竜の仔

 これまでとは逆にひたすら上を目指してドミニクとレグは進んだ。ナナはいつの間にか姿を消していた、無論呼べばすぐに来るだろうが、別に彼女は自分のために働いてくれたりはしない、その適任者を呼び出した今となっては、ひたすらこの超越者に労働をさせる、それが第一だ。


 新たな一室へ入り込むと、そこは酒場らしかった。少数の酔客たちはフェイチェスターの冒険者たちのように騒いだりはしない、ただ静かに、不機嫌そうに呑むだけだ。ドミニクは店主の所へ行って話しかける。


「ご主人、突然ですが仕事を探しています。何かできることはありませんか。やるのはこの人です」


「なんだいその羽は? もしかしてシーカーズベイから来たのかい、あんたら?」


 店主はレグを見てそう言った。確かに腕に羽毛が形成されていたり、背中に鴉の羽が現れていたりといった人は何人か向こうでも見た。それにあの領邦から来たのは事実なので、ドミニクはそうだと答えた。


「それじゃあそうだな、床の掃除でもしてもらうかね。もうじき客も帰るころさ、それまで何か飲んでなよ、おれの奢りだ」


「僕は水で構いません、レグは?」


「わたしは一番高いものをくれ」


 俗世間の者ではなく、それどころか尋常の人族ですらないのに「一番高いの」とは、何かみみっちい感じがドミニクにはした。


 そうして飲んでいると、酒場にいた数人がドミニクに絡んできた――彼らはこの勇者僭称者を、地下の小娘と同じできそこないと罵り、それに対してこの少年は冷淡に彼らとその両親の人格を否定した。酒場の店主がなだめてくれたので事なきを得たが、レグは高い酒を飲んで傍観するのみであり、ドミニクとしては大いに不満だった。


「レグ、あなたはなぜあの無礼者どもに対して何も言わなかったのですか?」


 詰問に対し、従者ははきはきと返答する。


「はっ、わたしはドミニク様にゆるぎない好意・敬意を抱いており、それは他の愚か者どもが何を言おうと関係ないものであります」


「それは結構なことですが、その好意の対象者である僕が気分を害したことについては、何も思うところはないと?」


「あなた様の精神的強さに関しても疑いはありません。わたしが口を挟むまでもないことかと存じます」


 何かイメージしていた完全なる従者像からズレている気がし始めた。いや、過度な期待はしないことにしよう。この石頭は、労働者としてのみ期待すればよいのだ。ただ金を稼ぐだけの装置として。


 その後すべての客が帰り、店主はドミニクに対して胡乱な視線を向けつつ、レグに掃除用具を渡した。ドミニクはもちろん手伝ったりはしない。レグの仕事は手早く、正確で、床はあっという間にきれいになった。報酬はしかし、一日分の食費くらいだったので、ドミニクは「安くないですか?」と言及したが、店主はさっさと出て行けという態度だった。


   ■


「いかかでしたか我が主よ、わたしはお役に立てましたでしょうか」


「いえ、あまり……正確にはあの店主が渋ったのが悪いのですが、世の中結果がすべてです。レグ、あなたは僕を満足させることができなかった。すなわち、今回に限って言うならば役立たずという結果です」


 ドミニクは不機嫌なのもあって、献身的な従者に冷淡な言葉を向ける。しかしレグは別段ショックを受けた様子もなく、


「そうですか。しかしながら次回は必ずご満足いただけるでしょう。ときにドミニク様、わたしは例えば、掃除洗濯や単純労働といった替えのきく仕事ではなく、危険のともなう、冒険者のような仕事のほうが適任ではないかと愚慮した次第です。その方が手っ取り早く、確実に稼げることでしょう」


 一理ある意見だ。ドミニクはもっとも危険な仕事をレグにさせようとして、しかし冒険者ギルドはまどろっこしい階級制度があり、新人は難しい仕事に挑戦できないシステムとなっていることを思い出した。ならばギルドなどに行かずに、直接的に危険な怪物を倒し、その素材やら懸賞金やらを獲得する。できなかったとしても箔は付く。


 このあたりで最も危険な敵は何だろうか。地下の勇者を〈定め奪い(フェイトスポイラー)〉でぶった切るというのが手っ取り早い気もするが。そんな時、廊下を一人の騎士が歩いてきた。


 身に着けた鎧は、胸や左腕など、要所のみを守る軽装のものだが、作りはしっかりしている。少なくとも食い詰め者の冒険者や黒騎士ではなさそうだ。腰には剣、背中にライフルを背負っている。


「失礼、あなたはこの地の騎士でしょうか」とドミニクはその騎士に尋ねた。


「いやあ、オレは他所から来たもんさ。何か用?」


「ここいらで最も危険な敵に挑んでみたく思い、心当たりがないか聞こうと思ったのです」


「最も危険な敵? そりゃまた、どうして?」


「お金のためです。後ろにいる僕の従者にひと稼ぎしてもらうのです。あなたはどうしてこの地に?」


「ああ、それは吸血鬼を倒すためだよ。オレは誉れある〈竜の仔(ドラキュラ)〉――化け物を狩る専門家だ」


 ドミニクはそれを聞いて、悪魔狩りとか、ダグローラ教会の聖騎士たちのようなものかと推察したが、それを口に出すと、騎士首を振って否定する。


「おいおい、あの私利私欲で悪魔を狩る自己中どもや、ソラーリオの守銭奴どもと一緒にしないでもらいたいな。オレたちの専門は吸血鬼だが、治癒やアンデッド退治、解呪なども無償で請け負っている。グリミルの〈半悪魔〉どもはどうだ? 悪魔以外には目もくれず、次の食事を求めてさっさとおさらばするだろう? ソラーリオの聖騎士どもなんざ、金以外に興味なんてない、とうてい聖職者とは言い難い精神性の持ち主だ。オレたち〈竜の仔(ドラキュラ)〉は、聖竜様の祝福をもって、この世を浄化する。ひたすらに献身あるのみだ」


 騎士は饒舌に自己アピールをはじめ、ドミニクはややうんざりした。自己を賛美するために他者を貶める者に限って、同じ穴のムジナであることが多い。


「その聖竜というのがいかなる存在か存じ上げませんが、あなたはいずれかの神を崇拝する立場なのですか」


「むろん太陽神ダグローラだ。聖竜様は御自らかの女神の祝福を受け――」


 どうやらその〈聖竜〉――本当に(ドラゴン)なのか人族が持つ称号なのかは定かではないが――を指導者とした、ダグローラ教会の分派らしい。


 だが、ならばまさに太陽神から力をさずかったドミニクとレグを見て、特に反応がないのはなぜだろう。本来は平伏し、涙を流して讃えるべきではないだろうか。あるいは、いんちき宗教なのかもしれない。

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