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SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第四章 曙光差すとき
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第五十七話 石頭のレグ

 それから、ドミニクは地下の少女へ色々と説教をしたが、彼女の意志は変わらないようだった。梯子を上って戻り、再び薄暗い廊下を歩きながら、ひどく危機感を覚えた。自分以外の勇者は、本当にろくでもない人々しかいない。邪神がこの数世紀に行った、人心を堕落させる試みが予想以上にうまくいったためだろう。誰もが愚昧、強欲、怠惰、そういった毒に侵され、終わらない無意味な労働に従事し、あぶく銭を稼ぎ、お互いに傷つけあう。そして、自分のような真に偉大な者へ目を向けることができなくなっている。


 世も末とはまさにこのことだろう。こうなれば、いよいよ自分が活躍するしかない。もしも邪神の眷属が眼前に現れ、そのとき自分のコンディションが万全で、やる気も十全にあり、それを見届ける人々がいたら、あるいは、そいつを倒すかも知れない、その可能性は有ると言えなくもないのではないだろうか。なにしろミラベリアでまともな唯一の勇者だ、自分が失敗するわけにはいかず、完全に用意ができたと断言できるまでは戦うべきではないのだから。


 ドミニクがそういった曖昧模糊とした決意を固めると、頭の中にナナの声にならない驚嘆の叫びが響き、実際に彼女が背後に現出したではないか。


「どうしたのですナナさん、何か御用ですか。僕は今、心を痛めているところで、重要な話でなければ引っ込んで頂きたいのですが」


「ドミニク君、あなたが今、ごく碌でもない決意をしただけで、ダグローラ様より大量の力が流れ込んできた。これによって〈宿り木〉の真の力を少しだけ解放し、何かを〈創造〉することが一時的に可能となった。私はとても驚いている」


 聖女ナナはこれまでとは違い、上ずった声でそうまくし立てた。


「これがどういうことか分かる? ダグローラ様の、君への期待値がいかに低いかを如実に表しているの。私はてっきりこのレベルに達するには、邪神の眷属を何体か屠る必要があると思っていたのだけれど」


「それは的外れな推察です。僕のポテンシャルが、神すら予測できぬほどに特出して高かったからです。それより、創造の力と言うと、現ナマなどは作り出せるのでしょうか」


「もちろん可能。というか、そのお金で買いたいものを直接作り出せる」


「生物などは?」


「可能」


 ドミニクは得心したように頷いた。永続的に金を稼ぎ、自分の生活を補助する、完全なる労働者を生み出せばよいのだ。


 完全なる勇者にふさわしい、完全なる従者。これまで出会ってきたすべての人々は、いっさい役に立たなかった。ならば最初から、役に立つ存在を生み出せばよいだけだ。


 ドミニクは〈宿り木〉を手に呼び出し、強く念じる――完全者を。疲れを知らず、あらゆる困難を成し遂げる、最も強く、最も賢く、最も美しき者を生み出したまえ――そして、それを廊下の薄汚れた床に突き刺すと、すさまじい光と魔力が、周囲に放たれた。


 そしてドミニクの前に、それは姿を現した。


 背はすらりと高く、眩く輝く黄金色の髪。その容貌は彫刻のように整っている。纏った白銀の鎧は染みも傷も無く、すべてが永劫に損なわれることはない不変性を備えているように見える。そして、背中には純白の翼――まぎれもなく天界の住人だ。


 男か女かも定かではない、作り物のような美しき天上人は跪き、その姿にふさわしい美声で言った。


「初めまして、我が勇者よ。声に答え、この卑小なる物質界へ参りました」


「ド、ドミニク君。この人は――〈審判者〉」ナナが動揺した声で言った。


「いかにも。わたしはあなたのみに遣えし審判者。無論、あなたが命じれば勇者であっても屠りましょう、この〈定め奪い(フェイトスポイラー)〉によって……」


 審判者が抜いた大剣は、その使用者とは裏腹に、見るからにおぞましき代物だった――黒い煙のようなものが、常にその刃を覆い、ドミニクにまでその苦々しい毒の臭いが届いている――〈宿り木〉の浄化を通り越して。


「それでもって、不滅のはずの勇者を始末するのですね。僕もそれで刺されれば死にますか?」


「死にます。殺しますか?」


「いや、何があっても僕にそれを触れさせないで下さい。死にたくないので」


「かしこまりました。して、勇者ドミニク様、わたしはどのような役目を果たせばよいのですか」


「あなたは労働に従事し、僕の娯楽・生活費を稼いでもらいます。無論、嫌とは言わぬでしょうが」


「無論でございますドミニク様。いかなる任務であろうとも、この身が砕けるまで……」


 この言葉を、これまでに出会ってきた怠け者たちに聞かせてやりたい。このような存在が、本来はあちこちに用意されているべきだったのだ。神々も気がきかないことだ。


「ではそのように。そういえば、あなたに名前はあるのですか?」


「いいえ、お好きなように及びくださいませ、ドミニク様」


 ドミニクは二秒ほど考えて、


「では余り融通が利かなそうな印象なので〈石頭〉という意味の〈ハードヘッド〉と呼びます」


「それは嫌です。〈神々の残した者〉という意味の〈レギンレイヴ〉とお呼びください」


 好きに呼べと言ったのに即座に拒絶する、この態度、すべてをもって尽くすと誓っておいて労働を拒絶したバルトロメアを思い起こさせる態度だ、ドミニクは渋い顔を作りかけたが、こいつは労働は拒絶していない。使い物にならないと判断するのはまだ早い。


「それは長いので略して〈レグ〉と呼びます――あなたは〈石頭(ハードヘッド)のレグ〉」


 それにもいささか不満そうな顔をしているのでドミニクはますます不安を覚えた。まずは試しに、日雇いの仕事をさせてやろう。

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