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SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第四章 曙光差すとき
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第五十五話 竜の勇者

「君がドミニク・フリードマンかい、なるほどね」


 ロイクは間近にやって来て、ドミニクを見て言った。彼はごく穏やかで、人殺しには見えなかった。だが、まぎれもなくこの人物は、騎士でありながらブライドワースにて、夜な夜な辻斬りを繰り返した殺人鬼だ。


「やっぱりだめだ」独り言のようにロイクが囁いた。「君は斬れそうにない、勇者だからだろうね。オレはねドミニク君、自分がひどい目に合うことなく斬れる、と確信した相手しか殺らねえ主義なのさ。いけそうなら、勇者殺しというのも悪くはないと思ってたけど、断念さ」


「あなたがたの頭を捕縛したことへの意趣返しのおつもりですか」


 問いかけに、薄く笑みを浮かべて人斬りは答える。


「いいや、そんなことはないさ。こちらとしても潮時だと思っていた頃合いだ。アルヴィンはなにかと金儲けの話ばかりしていたし、こちらを手ごまのように扱う面があった。特にギーゼラは今に爆発しそうな具合だったから、かえってせいせいしたってものさ」


 そんな折、ロイクの背後から数人の賞金稼ぎが、音もなく近づいた。「大人しくしろ」とすら言うことはなく奇襲を仕掛ける腹積もりだ。


 人斬りは、ごく自然な動作で剣の柄に手を添え、次の瞬間には振り向きざまに、二連撃を賞金稼ぎたちへ叩き込んでいた。


 その二度の斬撃はあまりに早く、ほぼ一発のみしか人々は見ることも聞くこともできなかった。ロイクより速い、イヴンゲイルの抜剣を何度も見たドミニクのみが、それを認識できた。


「狼心流――〈波濤〉」


 ロイクが悠々と剣を納めると、賞金稼ぎたちは斃れ、酒場の床が血に染まった。〈宿り木〉によって周囲の空気が浄化され、ドミニクはその一滴すら浴びることはなく、悪臭が鼻を突くこともなかったが、それでも不愉快ではあった。


「それじゃあ、邪魔したね勇者ドミニク君。これからオレはよさそうな獲物を求めて放浪の旅に出る。ああ、賞金稼ぎの皆さんも、オレと斬り合いたいならかかってくるといいさ、今でもいいし、準備を整えてからでもいい。オレはいずれブライドワースへ戻ることにするよ、あそこでまた一仕事さ……」


 悠々とこの殺人鬼は酒場を出て行った。ドミニクは、誰が死体を掃除するのかが気になった。まあ多分、ここの店主だろう。


   ■


 それからドミニクは街で誰かが自分のありがたい話を聞き、それに高い対価を支払ってくれるものと考えていたが、誰一人としてそれをまともに取り合おうとはしなかった。そのうちこのシーカーズベイを忌まわしく思うようになっていった。欲に憑かれた異形の人々と、薄汚い貧乏人。自分のような高潔な者がいるべき場所ではないのだ。


 やがて、街を訪れたキャラバンに同行する話を取り付けた。彼らはドミニクの持つ剣が空気を浄化することに着目した。もちろん、既に浄化のための魔法具は用意しているが、瘴気が濃い場所を通るのであれば、いくらあっても困りはしない。ドミニクはそちらの方向に舵を切ることにした――旅人たちとともに、あちこちを渡り歩くのだ。


 最初のキャラバンの長は、冒険者あがりの中年男で、指がいくつか無かった。何があったかは言わなかったし、ドミニクも尋ねることはなかった。恐らく手傷を負い、戦いが嫌になったのだろう。


 彼らは屍の勇者についての噂を話した。その黒い鎧を纏った、スコップの神器の持ち主はなんとかという有名な騎士を屍に変え、常に引き連れているらしい。フェイチェスターで会ったヘザー・ガントレットも、その勇者が気に入れば、同伴者として今も首無しでいたのかもしれない。


 また、ブライドワースに見たことがないほど巨大で強そうな竜が突如飛来し、口を利いたのだという――自分は勇者であり、これからこの都市を襲う邪神のしもべを倒すため、見張りを続ける――ということだ。一時はかなり将軍府空軍との緊張が高まったが、あまりにその姿が堂々としており、声は雄々しく、誰もがこの竜の勇者は信用できる味方だと判断したらしい。


 ブライドワースの上空には〈鳥小屋(アヴィアリー)〉という空飛ぶ島があり、そこが空軍の本拠地となっている。時折飛来する災厄、竜をはじめとする翼を持つ魔物を倒すべく、名高き竜狩り隊と、〈巨人〉たちが駐屯しているのだが、この島の一角を開け渡し、この勇者の聖域としたらしい。


 いささか危険なのではないだろうか、とドミニクは訝しんだ。もしもこの竜が勇者僭称者であったら、ブライドワースはたちどころに火の海だ。大事をとって、空軍を総動員し始末すべきだったのではないだろうか。態度が堂々としていた、という話だが、詐欺師ほどそうなのだから。


 もちろん、その竜がまことの勇者であった場合、狼藉を働こうものなら〈審判者〉が黙ってはいまい。だが、勇者僭称者は審判の対象外なのではないだろうか。すなわち、野放しということにはなりかねない……大変だ。ここは自分がひと肌脱がねばならない。ドミニクは妙な使命感を覚えていた。


 その後小さな貿易拠点へキャラバンは到達し、ドミニクは他の商人たちに乗り換えた。彼らに「勇者を名乗る人物の噂は聞いたか」と尋ねると、どうやら既知の者たち以外に、ごく最近現れたのがいるらしい。この先のナローレーンという領邦にそいつはいるらしかった。悪は正さなくてはいけない。

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