第五十三話 呼び出し
お互いにとってよいビジネスの用意がある、とその手紙には記されていた。
〈札付き衆〉がシーカーズベイへ入った翌日、浮浪者によってドミニクへ届けられたメッセージだ。それは一味の長、アルヴィンからのものだった。彼はドミニクの狙いをどのようにしてか知り、それを叶えてやろうと申し出た。すなわち、この怠惰なる勇者を恒久的に支援していくということだ。
手紙に書いてあった通り、ドミニクは誰にも言わずに、街から少し離れた平原の廃墟へ赴いた。
半ば崩れ落ち、屋根の既にない聖堂だ。内部には当のアルヴィンらしき人間と、眼帯をした渋面のエルフがいた。恐らくこの人物が〈一つ目ケット〉だろう――彼はほとんどドミニクには興味なさげに木箱に腰掛け、干し肉のかけらをゆっくりと齧っている。
「やあ、来てくれて嬉しいよ、ドミニク・フリードマン。わたしがアルヴィン、勇者仲介人だ」
ドミニクは答えず、頷くことすらしなかった。アルヴィンの面構えが気に入らなかったからだ。やたらとにやつき、声も哀れっぽく、甲高いものだ。そして何か言うたびに、親愛の情を示すためか、あるいは無意識の癖か分からないが、喉を鳴らして笑うのがドミニクには我慢ならなかった。
「――だから勇者がこの先、何人も現れるということになれば、それをまとめる役が必要なんだ、当たり前のことだ、そしてわたしの経験がそれに大いに役立つ、そう、そういうわけなんだ、ヒャハハ。何でも自分でやろうっていうのはいいけど、やっぱりそういう形に持っていくのがね……素人には難しいわけだ、ヒャハハハ」
アルヴィンは、ドミニクは何もしなくていいと言っておきながら、少し後には、君にも民衆の前で演説をしてもらう、とか、なるべくしかるべき機会以外には皆の前に露出せず情報を隠したほうがいいんだ、とか指示をする。何もしなくていいということは、つまり金だけを持ってきてすべてドミニクの意志のままに動いていい、ということだ。だがこの男は、自分の思った通りにドミニクを動かしたいと考えている。この不遜さにドミニクは、那由他の神々に代わって自分がこいつを裁かなくては、とアルヴィンを草に変えた。
廃聖堂の中は、背の高い草で覆われ、ケットはその中に埋もれて見えなくなった。ドミニクはいら立ったままの気分で街へ帰還する。
これからは、あのような馬鹿げた考えを抱く輩も大勢出てくる。〈審判者〉が誤った勇者を裁くように、勇者が誤った人々を成敗しなければならない。
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街に戻ると、広場に数人の人々が縛られた状態で転がされている。セントカルラから来た冒険者たちだった。彼らは発狂したかのように叫び、呻き、しきりに何かが襲い掛かって来ると訴えている。
「あれはどうしたのですか」ドミニクは煙草をふかしているドヴェルの治療師に話しかけた。
「モウソにやられたらしい。あの余所者ども、逃げればいいもんを向かっていったそうじゃ。そんで野郎が妙な武器を使ってきたという話じゃ、恐らくは棘の刺さった武具じゃな」
それは、フェイチェスターでマウザーが見せてくれたものと同じ、聖棘を打ち込んだ武器だろうということだった。霊魂が人族の規格からかけ離れているオーク、吸血鬼、そして魔人は、聖棘によって強化することが叶わないが、この異常な武具を使用するための耐性を持つ。逆にそれ以外の人族がこれに触れければこのような有様――バルトロメアやスラムの辻斬りが患っていた棘の拒絶反応に似た、譫妄状態に陥るのだ。治す方法はあるかとドミニクが聞くと、治療師は黙って首を振った。
もちろん自分が触れればそれだけで治るだろう、しかしアルヴィンを成敗して疲れたので、ドミニクはそうしなかった。
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路地裏で横になり、ドミニクはまたアルヴィンのムカつく顔を思い浮かべ、あの男に比べるとナナは遥かに優しく望ましい存在だと考え始めた。たしかにこの世界への愛情や慈悲を持たぬ、異様な精神性の持ち主だが、彼女は神の使いであり尋常の人族ではないので、その辺りの感覚は致し方ないところだ。
ドミニクは半ば眠りに落ちながら、もし、ナナが自分に倒すようにと言った、邪神のしもべが眼前に現れでもしたら、その時はまんざら戦わないこともない、と思った。頭の中に「えっ!?」という聖女の、驚きの声が響く。その後夢の中でしばし、陽光に包まれた平原で微笑む、聖女ナナの姿を垣間見た気もするが、あまり覚えてはいない。いずれにしろ、彼女は自分へ対して再び妥当な評価を下したのだろう、とドミニクは解釈する。偉大な、愛すべき勇者。誰もが平伏して支援を申し出て当然。ナナも改めてそう実感しただろう。
次の日は良い気分で目覚め、通りがかりの探索者に、セントカルラよりの冒険者たちが全員、自ら割腹して果てたと聞かされた。弱き彼らは、狂うことで真の騎士さながらの強さを手に入れた。なんとも皮肉なことである。もしも彼らがもっと冷静で、僕を経済的に支援しながら教えを乞うたなら、こんなくだらぬ結果にはならなかったろうに、とドミニクは思った。
そして思いついた。あの馬鹿げた悪党アルヴィンの言っていたことと合わせて。奴は勇者としての言葉を人々に届ける機会の重要性を熱弁していた。そうだ。剣術道場や学び舎のように、勇者ドミニク・フリードマンの教えを、有料で人々に授けるのだ。なんという有意義な閃きなのだろう。
ドミニクは力強く、爽快な朝の通りを――吐しゃ物や横たわった浮浪者を跨ぎながら――朝食を取れる場所を探して闊歩してゆく。




