第四十四話 前言撤回
「それで」ドミニクは聞いた。「あなたは何をきっかけとして、屍術士などという親に顔向けできないような生業で生きて行こうと思ったのですか?」
「生憎と家業でな」イーネが答える。「こいつにも色々と需要はあるもんだ。教会の坊さんが見たら怒るだろうが、今でも限定的に、危険な職業には数度の復活が認められているんだ。迷宮の深層探索者とか、あとは黒犬の精鋭とかだ」
「しかし、一度でも死ねば人格は破壊されるのではなかったのですか」
「死にたてで、一度だけなら比較的変容は少ない、それでも確実になにがしかの症状は出るがな。少なくとも元の使命が強く心を動かしているのであれば、そいつを続けられる程度の自我は残るだろう。それも永遠じゃないけどな。もちろん一発で発狂し、暴れだした奴も数知れず、だ」
「では親方としては、不老長寿などというものは否定的なのですね」
「ああ、吸血鬼にでもなるか、健康に気を付けて長生きするのが良いだろうな」
「勇者である僕には関係のないことですが。勇者は不滅の存在ですので」
イーネはその後も色々と、ドミニクと哲学的な生と死についての話をして、しばらく無言で窓の外の景色などを眺めて帰って行った。ドミニクは彼に、ここ最近に出会った人々よりも好感を抱いた。こちらに何も求めないし、口数が少ないのが良い。無能な相手に限って、やたらと何かをさせたがったりするし、なぜかそれが当然と思っている。
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イーネとの会話を終えて二度寝を決め込んでいると、再び聖女ナナのいる草原へと到達した。
「ドミニク君、勇者と聖女の違いについての疑問が出てきたようなので説明する。勇者とは、神器を得て、その力で邪神と戦う定めの者。そして聖女とは、その神器に力を供給する者。すなわち、神の代行者、奇跡を起こす者。
この世界ミラベリアの主神はダグローラ。ダグローラは女神なのでその代行者も私を含め女性。だけど他の神々の代行者は女とは限らないので、男性の聖者が付いている勇者もいるかもしれない。といったところで勇者と聖女の説明でした。では」
ナナが一方的に話を終えようとしたのでドミニクは言う。
「待ってください。情報を小出しにせず、一気に教えて欲しいのですが」
「それはできない。なぜなら私も未だ、勇者と世界の秘密のすべてを知っているわけではないので。ただ一つ言えるのは、君の持っている〈宿り木〉はとてつもない力を秘めている。もしも私が完全に覚醒し、ダグローラの力を最大限に供給できるようになれば、一つの世界を生み出すことすら可能になる」
「それは大したものです」当の勇者はしかし、あまり関心が無さげだ。
「だから邪神の手先を倒したり、穢れ岩を砕いたりして。そうすれば私の力も増す」
「他の手段はないのですか?」
ナナはそう言われ、無言でドミニクの顔を凝視する。
「他の、僕がなにもせずに強大な力とその恩恵のみを享受できる、そういった手段はありはしないのですか。額に汗して働くのでは、勇者である意味がない。それではそこいらの冒険者などと何も変わらないではありませんか」
実際の交流を経たためか、露骨に冒険者への侮蔑がにじみ出た発言だった。ナナはしばし考えて、答える。
「もしも君が他の勇者たちをひとまとめにし、その指導者、王として彼らをまとめ上げたのなら、その願いは叶うかもしれない」
「ナナさん、僕は『なにもせずに』と申し上げたはずですが。あなたは僕を永続的に養ってくれるという確約をした。しかし、その力は未だに十全ではない。そこまでは理解しました。ではどうにか努力をして、十全な状態へ持っていくという意思はないのでしょうか」
ナナは初めて、露骨に嫌な顔をした。
「ドミニク君。重大なことを伝えなければならない」
ドミニクは何か、とても嫌な予感を覚えた。安寧が、足元から脆くも瓦解するような嫌な感覚を。
「ええ、その重大なこと、とは?」
「私は可能なら、永久にミラベリアに顕現することなく、この神域との境界で微睡んでいたい。正直言って、ミラベリアが邪神に食いつぶされようと、全生命が死滅してもどうでもよいと考えている」
ドミニクは呆然として、言葉の内容とは裏腹に太陽のように眩しいナナの双眸を見つめ、次の言葉を待った。
「だから、あまり私に何かをさせようとか思わないで欲しいのだけど」
「ナナさん、しかしこれまであなたは、協力して邪神と戦っていこう、といった具合の台詞を僕へ投げかけていたではありませんか」
すると彼女は首を傾げて、
「そう、私が明言した?」
「していないかもしれませんが、ニュアンス的にはそのような意味のことを言っていませんでしたか」
「ドミニク君、前から思っていたけど、君は人に頼りすぎる」ナナは決定的に、そう告げた。「特に私にはあまり頼らずに、邪神を倒して欲しい。無理なら、どこかで木の実でも食べて平穏に暮らしていればいいと思う」
「あなたは、僕を養ってくれると言った!」
ドミニクが声を荒げるのは、いつぶりのことだろうか。もしかすると、生まれて初めてかも知れない。
その言葉に対し、しかしナナは何も言わずに、悪夢を見たかのようにドミニクは目を覚まさざるを得なかった。




