第四十二話 辻斬り
死体漁りたちは、死臭や疫病を防ぐためか、革の防護マスクと手袋、エプロンなどを纏っている。しかしそれら自体が不衛生で、さほどの効果はないように思えた。ヨハンナの悪魔仮面は何らかの魔法具らしかったが、彼らのそれは手製で、しかも質も悪いように見えた。
「その死体は誰かに売りつけるのですか?」
問いかけに対して、死体漁りの一人が少年を一瞥し、
「ああそうさ兄ちゃん、こいつが実にいい稼ぎになんだ。早いもん勝ちだからよ、おれらの手際に敵う奴はなかなかいねえぜ」
その言葉通り、既に屍は一糸まとわぬ姿で、何らかの魔術――防腐の効果があるらしい――が施され始めている。銃で武装した護衛が辺りに注意を払っているが、ドミニクには鬱陶し気な視線を投げかけるだけだった。ただの愚かな小僧と思われているか、既に元締めの客人と認知されているのか、もしくはその両方か。
「例えば目ん玉だけとか、心の臓だけでも買い取ってくれるけどよ、やっぱ丸ごとってのが一番だ」
「その取引の相手とは?」
「そんなん、屍術士ギルドに決まってんだろ。あのセンセイ方はここ住まいにしちゃあ金持ちだからよ。おれらはさすがにやらねえが、手前で殺し屋雇って売りもんを仕立て上げる悪党だっているくれえさ」
「今話題の辻斬りとかもその口でしょうか?」
「いんや、あいつぁただの趣味だろうさ、首ぶった切って放り出すんだからよ。まったく、もったいねえ話さ」
話しながらも死体漁りの男は、手際よく布で亡骸を包み、担ぎ上げる。
「じゃああばよ、あんたが死んだら真っ先に参上すっからよ、兄ちゃん」
それはあり得ないことだが、ドミニクが何か言う前に男たちはその場から去って行った。
「屍術士というのは」無言で待機していたヨハンナに対しドミニクが言った。「確か違法だったはずですが」
「ああ、そういったことになってる。しかし――どこか都市の外には野良のコミュニティがあるっつう話だが、正式なギルドも、でかい街にはだいたいあるのさ。たぶん上層のどっかと繋がってるだろうな」
盗賊ギルドもそうだったが、都市自体が彼らを容認し、抱え込んでいる。何らかの旨味と引き換えに。
「まあ、屍術士の技術はまだ生きてる奴にも転用できっからな、医学の発展ってのに貢献してるんじゃねえかな」
ドミニクが大学でラヴジョイに協力し、魔法銃のためのデータを提供したように、技術の発展にはサンプルが必要だ。無数の、どう扱ってもよい貧困者の死体と、禁じられた魔術。それらは上の階層にあってはならない、悍ましき汚穢だ。このどん底に隠し直視しないようにして、その結果だけを利用する。実に都合のよい理屈だ。
「その屍術士ギルドの場所って分かりますか? 話を聞いてみたいんですが」
「あんたさあ、何にでも首を突っ込みたがるなあ。分かったよ、元締めからは最大限便宜を図るようにとのご命令だ。それに腐ってもあんたはヘイゼルウィックを救った英雄だからな……案内してやろう」
■
坂を下り、さらに下の階層へ移動する。ときどきドミニクを襲おうとする不逞の輩が現れても、ヨハンナが悪魔の仮面で睨みつけると退散した。
あの仮面は魔法具らしいが、あれが初代ヨハンナ・フランケンシュタインの見出した聖武具なのだろうか。
「そういや、そろそろ例の辻斬りが出没する区域だな。まあ、あんたは大丈夫だろうが」
「その被害者は無抵抗で斬られていたのですか? 下手人の技量などは分かっているのですか」
「大抵は物乞いか、死体漁りだな。全員、首を斬られて死んでる。多少、剣を扱った経験のある奴かも知れねえが、大したことはないんじゃねえかな。少なくとも腕試しって感じじゃねえ、もしそうなら、こんなとこじゃなくどこぞの道場でも狙った方が……」
ヨハンナが突然、沈黙した。ぬるい風が吹き抜け、ドミニクは周囲が静寂に包まれていることに気づく。
商店の廃墟らしい建物の影から、ゆらりと一人の男が姿を現した。
彼は服とも呼べない、薄汚いボロ布を纏っていた。手には乾いた血で赤黒く染まった、抜身の剣を構えている。
噂をすれば――当の辻斬りがお出ましだ。
そいつの血走った目を見れば、瞳に灰色の輪が浮かび上がっている。そして、頭髪の一部が変色していた――辻斬りの正体はバルトロメアと同じ、棘に拒絶された騎士の〈なり損ない〉だったのだ。
ヨハンナも剣を抜き、迎撃するつもりだ。ドミニクは考える。バルトロメアにしたように、自らの力で彼を正気に戻すことが叶うかも知れない。
だが問題が一つある。このような掃き溜めには、男と同様のなり損ないが他にもいて、彼のごとく血に狂っていないにしろ、拒絶反応で惨めな暮らしを余儀なくされていることだろう。ヨハンナの前で、それを治癒できると示した場合、噂が広がり〈なり損ない〉たちが殺到するかも知れない。
それは面倒だし、正気に戻ったところでこの男は残忍な人殺しだ。平穏には暮らせまい。それなりに騎士としての意識が高いものであれば、自刃するのではないだろうか。そうでなくとも、自警団や元締めが黙っているはずもない。
ならば、ここで斬り捨てようと何ら問題はない。その方が後腐れがなくていい。
「一時とはいえあなたは僕の同伴者、その実力の程を確かめるいい機会です。迎撃を」
「分かってたさ、あんたの活躍にゃ期待できねえってな」
じりじりと距離を詰める男に向き合い、ヨハンナは構えた。
それはゲオルギーネがかつて戯れに見せてくれた、将軍府の騎士の用いる流派――狼心流の、堂々たる上段の構えだった。




