第四話 ヘイゼルウィックの騎士
「まあお前さんは……自分に自信を持ってるようだな、そいつは至極大切だ。この場合いいのかどうか分かんねぇが……」
チェイスが温めたワインをフィリップの前に置いた。ゆっくりとそれを口にする彼に、ドミニクは質問する。
「それよりオーマさんはどこへ行ったのですか?」
「さっき言ってただろ、お館様へ報告へ上の階層へ上がってったのさ、そりゃ姉御は騎士だからな」
「騎士と冒険者っていうのは違うものなのですか? 街のために魔物や瘴気をどうにかするのは共通みたいですが」
「お前さんも貴族の子だろうに、ずいぶん世間知らずだな……いや、よっぽど箱入りだったからか? ああ、騎士ってのは貴族様に仕える、聖なる武具を持った人々さ。オレみてえに仕官もしてねえし聖武具もねえのが冒険者。瘴気と魔物をどうにかできんのは、ほぼ騎士様だけだ。だからオレらはたいてい脇役さ」
「現在、聖ミラベルがせっかく奇跡でどうにかしてくれた瘴気と魔物がまた増えつつあるという状況なのですよね? なら騎士の方々がもっと大活躍して、すべてどうにかしてもらえばよいのではないですか」
「ああ、ならありがてえが、街の防衛もあるし、騎士団全員が外に出向くわけにもいかねえからな。なにより騎士になるには条件が要るんだ、聖武具は限られた者しか扱えねえからな。数が自然と限られてくる、だから冒険者の補助を借りるわけさ。もっとも、ここはかなり騎士様と冒険者が仲良くやってるほうで、そうでもねえ地方も多いけどな。お前さんのとこはどうだったんだい?」
ドミニクは紅茶にさらに砂糖をいくらか投入し、それを飲んでから答える。
「鎧を纏った偉そうな方々はたしかにいましたね。その周りに薄汚い格好の人々がいくらかいた気もします、あれが冒険者だったのかもしれません」
「まあ、確かにご清潔なお前さんと違って、身なりを気にしねえ冒険者も多いからな、お貴族様や騎士様がその辺を嫌うってことも多い」
「嘆かわしいことです。ところで、僕は今日どこに寝ればいいのですか? 当然清潔な個室を用意していただけるのでしょうが、当然喧騒とは無縁の場所を期待しているのですが」
しばしフィリップは沈黙し、そして酒を呷った。その時背後から声がした。
「馬小屋ででも寝ろ、よそ者の小僧」
ゆっくりとドミニクが振り返ると二人の騎士が立っていた。
両者ともにオーマと似た意匠の鎧を纏っていたが、彼女とは違い兜は被っておらず、片方は代わりに頭巾を深く被っていた。
「オーマから聞いてな、ツラを見に来てやったぞ。お前は労働を拒絶する胡乱な野郎だとなぁ」頭巾の騎士が言う。顔は見えないが声からして、若い男のようだ。
もう片方の騎士は、ドミニクより少し年上の小柄な少女だ。濃い金髪と碧眼だが、右側の頭髪と目が不自然に灰白色に染まっている。頭巾の騎士のほうも、垣間見える右目が同じ色をしていた。
遠慮なく凝視するドミニクに対し、頭巾の騎士は不快な顔になった。
「なんだぁ? 今日日珍しい無礼な野郎だ。ブランガルドの年寄りエルフでもあるまいし、おれたちの恩恵を受けた体が忌まわしいか? だが覚えておけ、よそ者。ミラベリアを統率し、護っているのはおれたち騎士階級だ。ごくつぶしのお前には分かるまいが、おれたちが戦わなければ世界はとっくに瘴気に沈んでいたであろう。昨今の混沌とした状況ならなおさらだ。お前はフィリップや他の冒険者のように、おれたちの助けとなる栄誉に預かろうともしないのか?」
これに対しドミニクは肩を竦めるだけであった。なぜ、そのような苦役を味わわねばならぬのですか? そう物語っており、問いを発した騎士を揶揄するかのような態度だ。
激昂してもおかしくはなかったが、頭巾の騎士は見下げ果てたように鼻を鳴らし、
「オーマの言っていた通りの無礼な小僧だ。太平の世が長く続いたせいであろう、お前のような腑抜けが生まれるのもなぁ。だがいいか、神君ライナス公が将軍府を開くまで、天下に戦乱の嵐が長く吹き荒れていたのだ。戦乱こそがこの国の歴史。そして今や穢れが各地で溢れ出し、人族の領域は風前の灯火。ここに新たな戦いの時代が訪れようとしているというのに、お前のような者がふらふらと現れるとは。
単独でブライドワース近郊よりやって来たと言うが、大方護衛を引き連れ、物見遊山にでも訪れたのだろ? そこでオーマ達と遭遇し、あたかもその勇者の力とやらで自ら道を切り開いたかのように欺き、偽りの賞賛を浴びようとでもしたのだろう、ドミニク・フリードマンよ。だが残念だったな、ヘイゼルウィック騎士の目は節穴ではないのだ」
ドミニクはまたぞろ面倒そうな顔で沈黙し、なにやら反論しようと口を開きかけたところで、
「まあまあスタンの兄さん、そんくらいにしてやって下さいよ。生意気な小僧だが悪いやつじゃあない」
フィリップがそう宥め、スタンと呼ばれた騎士も踵を返そうとしたが、
「それで騎士のお二人、僕は上階に泊めていただける運びなのですか?」
と、当然のごとくドミニクが発した。フィリップはため息を吐き、酒を口にする。
「小僧、馬小屋で寝ろと言ったはずだろ? それとも野宿でもするか、ええ?」
「食料はまだ備蓄があるので無理にとは言いませんが、せっかくなので地のものでも頂きたい気分です」
呆れてものも言えないといった調子でスタンは額に手を当てた。それまで黙っていた少女が一歩前に出て、
「いいでしょう、騎士団の詰め所で良ければ泊めても」
「話のわかる騎士様もいるようで良かった」
「ただし」ドミニクを指差し、少女は続ける。「わたしと手合わせして、一太刀でも入れることができればの話よ。あなたが本当に一人で旅をしてきたというなら、逃げるはずはないわよね」
冷ややかに言う彼女を見ず、己の持つ魔剣に視線を落としてドミニクは、
「まあいいですよ、どうしてもご覧になりたいなら僕の力の一端をお見せしましょうか」
と、あくまでも不遜な態度を崩さなかった。