第三十八話 二人目の勇者
ドミニクはいささか困惑したが、よく見れば、彼の髪の毛の一部が、小さな芽に変化している。しかし、剣の力が大きく削がれているのは間違いない。
どういうことだろうか。彼は本当に、勇者なのか。聖女ナナが言っていた、自分とは異なる力の勇者。
だが――ドミニクは持ち前のポジティブ思考で考える。彼は恐らく、自分より相当に格の落ちる勇者だろう。きっとまだ聖女も付いていない。マウザーが言っていた、コソ泥と結託しケチな悪事を働く小悪党。そうに決まっている。
ここで彼を尾行し、拠点を明らかにすれば突入作戦において役立つかもしれない。未然に拘束することもできそうだが、格落ちするとはいえ勇者ならば、騎士たちには荷が重い。果たしてどうすべきか。
少し考えてドミニクは、面倒なので放置することにして大学へ帰った。
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「ドミニク君、起きて」
聞き覚えのある声とともに目を覚ますと、ドミニクは妙な場所にいた。
そこはただ、だだっ広い平原だった。草がどこまでも同じように茂っていて、何もない。地平線には太陽が昇りつつある。そして、眼前には聖女ナナがいた。
「ここは君の夢の中、そしてダグローラの領域。朝日が昇り始めたので私が接触することが可能になった。他の勇者と会ったんだね」
「いかにもそうです。〈宿り木〉の力がほぼ通じなかったのですが、あれは彼が勇者であるからですか」
「そういうこと。勇者同士では力が大きく削がれるから、直接戦うとなるとなかなかうまくいかない。常人だと、勇者に傷も付けられない。それは君がこれまでさんざん体験してきたと思う。それから、勇者と聖女は不滅の存在、もしどうにかして倒しても数時間でまた復活する。向こうもまだ聖女と出会ていない未覚醒の状態だけど、それでも」
なかなか面倒な手合いだ。あれでは、マウザーとその仲間では手に負えないのではないか。
「もし彼が例の、錆色金貨に協力している勇者だったとして、マウザーはオークで吸血鬼、人族にしては相当強いし、彼は有力な騎士と冒険者を同行させるつもりだと思うから、勇者以外の盗賊は簡単にひねりつぶせると思う。あの勇者も、ドミニク君よりも力はずっと下だけど、浄化はそれでもできるし、盗賊にしてみればいいように利用しているんだろうね。でも、突入作戦がどんなにうまくいっても、彼は殺せない。マウザーたちには荷が重い」
彼の力はどのようなものなのか、とドミニクは尋ねた。
「たぶん君と同じでダグローラの勇者、この感じは何か光に関係する力なはず。はっきりとは分からないけど、光のない場所なら大きく力を落とすと思う」
一方自分はどんな状況下でも相手を樹に変えられる。やはり、恐らく大したことのない輩だろう。出る幕ではない。
「一つ思ったのですが、僕のような模範的勇者ばかりではないでしょうし、本来は善でも力を手にして道を踏み外す者もいるはずです、その場合、勇者を止めることができる者は存在するのですか? 今回のような雑魚ばかりではないはずですし。その場合、邪神から世界を守るどころか、勇者によって世界が危機に陥るという皮肉な事態に陥るのではないでしょうか」
「その場合、勇者を裁くための勇者〈審判者〉が光臨することとなる。今回の勇者は小悪党なのでまずないだろうけど」
やはり悪いことはできないものだ。青菜に塩。悪魔に悪魔狩り。堕落した勇者に審判者。
いずれにしろ今回は憲兵隊に任せて、ドミニクはしばらくこの大学でのんびりすることにした。
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それから演劇を見たり、大学の図書館で一日中読書をしたりといった平和な日々が続いた。ラヴジョイには何度か〈宿り木〉の力を見せるだけでよかった。ドミニクの中ではもう既に、ナナよりの庇護は保証されたものとなっており、勇者としての使命など完全に頭から消失していた。
一週間ほど経過したところで、憲兵が大学構内にやって来た。依然として、ドミニクには監視が付いているらしい。ラヴジョイがお客さんだと言って連れてきたのは、重厚な鎧で全身を包んだ屈強な姿の騎士だった。その声は甲高い、若い女のものだった。ドミニクは彼女の鎧は聖武具であることに気づいた。恐らく実際の肉体を大きく上回るサイズなのだろう。
「ドミニク・フリードマン。例の作戦の目途が立った。二日後に決行するものである」
「そうですか。頑張ってください」
「なんだその、他人事みたいな態度は? 貴様も参加するのだぞ」
「いえ、しません」
鎧の騎士は絶句した。しかし、ドミニクからしてみれば、別にわざわざ自分が出向くほどの任務ではない。マウザーや冒険者たちのみでどうにか頑張ってほしい。相手が雑魚とはいえ勇者には敵わないかもしれないが、任務に殉ずるのが騎士の姿だ。
だが、来訪者はなぜだか、不参加という点に対しやけに苛立っている。不可解であったが、やかましいので代わりに勇者の情報を提供して黙らせることにした。
「恐らく敵方が擁立していると思われる勇者と、独自に接触しました。彼は僕が勇者であるということも、マウザー氏が突入作戦のために部隊を編成していることも気づいていないようです。彼は光に関係した力を持ち、暗所では大きくそれが削がれるものと思われます。また、彼は勇者であるので殺害してもまた復活する不滅の存在ですが、今はまだ成長が足りず、恐れるに足るものではありません。光を当てぬようにしてどうにか捕縛し、地下牢かどこかへ幽閉するのがよろしいかと」
これに対し憲兵は半信半疑だったが、間違いなくマウザーに今の話を伝えると保証してくれた。
最後に、バルトロメアやハーフムーン、他の冒険者たちが探し回っているから顔を見せてやれ、と伝えられたが、ドミニクは面倒だとしか思わず、もっと遠くの地区へ旅立つことを決めた。




