第三十七話 放蕩息子
大学の中は複雑な通路になっていたが、各所に地図があり、迷わないように配慮されていた。これまでいた三番街よりもずっと清潔だ。ときおり何人かの研究者や学生とすれ違ったが、部外者のドミニクに対して彼らは特に注意を払っていないようだった。
ラヴジョイの研究室は、ヨナタンの部屋を一回り大きくした程度のサイズだった。机には本が詰まれ、ごちゃごちゃした印象だ。
「わたしは魔法銃の研究をしているんだ。今あるものよりも、もっと効率がよく、威力の高いものを作ろうとしている。各企業も同じような努力をしているけど、それよりも違ったアプローチをしたいと考えているんだ。今は空間魔法を銃に組み込んで、相手の防御を掻い潜れるものを目指している」
剣士に対して馬鹿正直に銃を撃っても、大抵は防がれる。騎士たちは銃口の向きや射手の目線と筋肉の動きを見て、かわすか弾くかを容易に行う。そういった訓練を実際に受けているし、それが不可能ならば単純な障壁の術で防げばいいだけの話だ。
「北のドヴェルが、火薬を仕込んだ銃を使うという話を聞いたことがあります。それは魔法銃と比較してどうなのですか? 厳密には、向こうがオリジナルの『銃』らしいですが」
「うーん、まあ同じか、少し下回る評価かな。弾をいちいち買って込めなきゃいけないし。ただ、魔力を節約するって目的でそっちを好む人はいるね。魔力量が少ない人とか」
「そもそもが、魔法銃を使う意義というのは? 自分の魔力を飛ばすことくらい、ごく簡単にできますよね」
「ああ、そうさ、だけどどれほど単純な魔術と言えど、プロセスが必要だ。魔力器官から適切な量の魔力を湧き出させ、それを触媒を通して現象として形にする。現代魔術はその一連の流れを反復し、脳と魔力器に記憶させる最適解の集合だ。魔法銃はそれをさらに簡略化したものだよ。銃の中に触媒と、魔力を現象化するための機構が組み込まれている。地味に思えるかも知れないけれど、繰り返し何度も使う場合、結構な差が出てくるものさ。でも例えば、熟達した魔術師は、自分なりのアレンジをその場で組み込むものだ。だから彼らにとっては魔法銃はむしろ不自由にさせる枷だね」
ドミニクはその後、ラヴジョイに魔剣の力を披露する。机の上の紙屑かなんかを、植物に変えてみせた。彼女はじっとそれを見て、何かをメモしながら言う。
「なるほど。これは一般的な魔法具とは全然プロセスが異なるみたいだ。あまりこういうことは言いたくないけど、神様が全部なんとかしてくれてるって感じかな。たぶんだけど、君の魔力器から魔力が出ていないんだ。周囲のそれを取り込んでいるわけでもない。もっと詳しく調べたいけれど、確かに君とその剣には、魔法がかからないみたいだ、なかなかに狂おしいね。
不可解だけど、強いて言うなら、旧文明の遺物に似たようなものがある。今出回っている魔法具は、彼らのテクノロジーをどうにか再現しようと頑張った結果できたものなんだけど、それでも半分も追いついていないんだ。恐らく旧文明では、世界の外側に干渉して何らかの影響をある一点に与える、その技術が確立していたはずなんだ。数少ない遺物という手本も、君と同じで分析が極めて困難なんだよ」
「では、今日の魔導機関は、何を動力源として動いているのですか?」
「そりゃあ、魔石さ」
「あの、魔物の体内から取れるものですか」
「そうさ、だけどそれは割と効率の悪いやり方でね、魔物といちいち戦うっていうのは。大抵は鉱脈から取れるやつを使っているんだ。この都市の下層部にも、いくつか魔石の鉱脈があるよ。そのおかげでこの馬鹿でかい都市がどうにか回っているんだ。安全な鉱脈を確保するのは大変なんだよ。定期的に迷宮が近くに発生するし。君ならどうってことはないだろうけどね」
その後、何度かラヴジョイに力を見せたが、やはり今の段階では精密な分析は難しいということだった。
「もう少し準備が必要だなぁ。今日の所はこのくらいにしようか。そっちの部屋を使っていい、わたしの仮眠室だけど、家が近いんでほとんど使ってないんだ。食料はあとで持ってこさせるよ」
ドミニクは、演劇を見に行きたいのでこの付近に劇場はあるかと尋ねた。
「ああ、少し行ったところにあるよ。今はちょうど人気の新作をやってるから見ておくといい。聖女ミラベルの冒険譚だ、ありふれた題材だけど、今回のはなんだかえらい評判でね」
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大学を出て坂を下ると、そこいらは歓楽街だった。酒場も多いし、劇場もいくつかあるようだ。ドミニクはあからさまに暇そうにしている衛兵に劇場について尋ねた。
「今話題のやつか? それなら〈銀刃舞踏〉だろうな。殺陣に力が入っていて見ごたえがある」
ミラベル・ラファンと仲間たちの冒険譚は、数多くの小説と演劇の題材となっている。勇者アウルス・アンバーメイン。ドヴェルの戦士、のっぽのイアリ。盗賊巫女レナーデ。最初の騎士、エルムデールのフィリップ。
そして、根強い人気を持つ登場人物、〈放蕩息子〉ことデレク・キャスリング。現在帝都がある場所を治めていた豪族の子で、怠惰で口が悪い少年だ。しかし、彼の助言で厄介なトラブルや強大な敵との戦い、仲間内の諍いなどもたびたび解決する。巨人を謎かけで混乱させ、剣を使わずに倒す逸話。一行を危険視した兄の刺客を退け、濡れ衣での処刑を口先だけで覆す見せ場。ミラベルと婚姻し、世界に彼女の名を付ける大団円。
次第に熱を帯びる演劇好きの衛兵の話を聞きながら、まるで自分のようではないかとドミニクは内心思う。アウルスの力とデレクの知性。まさに神のデザインした英雄。
ドミニクはチケットを買い、劇場に入った。学生らしい若者を中心として、客席は満員だ。始まる前に、隣の客が話しかけてきた。
「いやあ、楽しみだね。初めて見るんだけど、とても評判がいい。親を質に入れてでも見ろ、って言うくらいだし」
黒髪の優男だった。ドミニクはええ、そうですね、と答えつつ、親を質に入れる、そんな手があったのか、と感心していた。いったいいくらくらいの額になるのだろうか。人身売買・奴隷制などだいぶ前に廃止されたものだが、やはり未だにそれが根付いている地域もあるのだろう。今から実家に戻って、両親を質に入れたらどれくらいの額がつくのか、などと考えていると幕が開いた。
内容は、聖女一行がどこぞの領邦に流れ着き、暗躍する悪代官とその手先を懲らしめるという勧善懲悪もの、しかし、確かに衛兵が言っていた通り殺陣がかなりの迫力だ。本気の斬り合いではないかと思われる動きで、俳優たちは恐らく元冒険者か何か、実戦経験を積んだ者なのだろう。
一番の見せ場はデレク・キャスリングが、往生際悪く言い逃れようとする悪代官にカマをかけ、まんまと犯行を自白させるシーンだ。やけになった悪代官が配下を乱入させるが、勇者アウルスによってあっけなく樹にされる――どうやら幻影の魔術を用いたらしく、実際に舞台に樹が生えたかのようだった。
非常に興味深い演劇だったが、惜しむらくはドミニクは実際に勇者であるので、どこか醒めた視線で見てしまった。隣の男はしかし、幕が下りてから興奮した様子でしきりに話しかけてくる。
だんだんと鬱陶しくなってきたドミニクが退散しようとしたところで、彼は聞き捨てならぬことを口走る。
「なあ君、あの勇者は強かった。世界を救うほどにね。だけど俺も実は、勇者なんだぜ。ここだけの話だけどさ」
最初、ドミニクは冗談で言っているのかと思った。勇者とは高潔なる精神を持ち、世界のために無私の戦いに身を投じることのできる選ばれしもの。強く清い者のみが神によって任命される。自分はまさにそういった至高の存在であるが、こいつはただの演劇好きの遊び人か何かにしか見えない。恐らくそこらで引っ掛けた女に食わせてもらっている、けしからぬ輩だ。そんな者が勇者を自称するというだけで万死に値する。
よって男が劇場を出る前に、樹に変えてしまおうとしたが、そこで予期せぬ出来事が発生する。
なんと、彼は今までの不埒物と違い、〈宿り木〉の力を受け付けず、平然と歩いて行ったのだ。




