第三十六話 密告
「吸血鬼もラクじゃねえってのは分かった」黙って話を聞いていたハーフムーンが言った。「だけどよ、それでもあんたは並みの奴よりかは強えんだろ? そんでも冒険者として生きてくのはラクじゃねえのかい?」
「冒険者にはね、位階が上がるほどに罰則が発生すんのさ」うんざりした顔でブランドンが答える。「大抵は罰金だね、給料も増えるけどそっちもどんどん増えてくんだ」
「何への罰則だ?」
「労働の義務を果たさないことへの、さ。継続的に位に合った依頼をこなさなきゃいけない」
「なら、ずっと黒い星のままでいればいいではありませんか」
「貧乏人のままでいてもいいなら、それもアリさ。だけど何も、自分で進んで昇進しなくとも、ある程度の実力があると見なされればギルドが勝手に位を上げてくんだよ。オレみたいな吸血鬼だとそれも早いんだ。ひでえ話さ」
ブランドンは嫌気が差していると繰り返し強調したが、その後もこの地区を離れることはなく、冒険者として働き続けた。彼なりに今の地位に自負、執着、誇り、そういったものを抱いているのだろう。
それからの数日で、ヨナタンの部屋に何人かの来訪者があった。彼らが何を目的に来たのかは明確ではない。退屈だったのか、あるいは行き場のない不満をぶちまけるためだった。
元騎士というヤバい目付きの女が現れ、いきなり絶叫して隣人に怒鳴られた。彼女はバルトロメアと違って適合率の低い〈なり損ない〉ではなかったが、獲得した聖武具が騎士にふさわしくないものだったために、地位を奪われてしまった。それは依存性のある薬物、すなわち〈竜塵〉のごとき麻薬を作り出すものだ。フェイチェスター当局は彼女の棘と霊体を無理やり切り離す処置を行い、常にその後遺症として頭痛と幻覚・幻聴に苦しみつつ冒険者をやっている。身の上話が悲惨で、おまけに時折絶叫するので皆早く帰ってもらいたかったが、なかなか帰らず、ドミニクは早々に部屋を出てそこら辺をぶらついていた。
一旗揚げようと田舎から出てきたという冒険者も何人かいたが、もちろんただの一般人が何かを成し遂げられるわけもなくその日暮らしに落ちていったという。ドミニクは彼らを見て、明確に侮蔑・嘲笑の念を抱いた。自分は神に選ばれし偉大な勇者だが、彼らはなんの存在意義もない。
芸術家志望だが才能がなく金も精神的余裕もない男もいた。服は酒と吐しゃ物の染みに塗れ、風呂にもだいぶ入っていないようだった。なのに自分には才能があって、今すぐにパトロンがすっ飛んできて取り合いを始めるべきだと思い込んでいた。
ドミニクは最初はこれらのどうしようもない人々をじっと見たり、なんとなく話を聞いたりしていたが、その価値もなさそうだという考えを抱き始め、黒犬たるマウザーに通報することにした。
「どうした、ドミニクよ。作戦の決行はまだ先だ。周囲の地形が複雑だからな、今少し調査が必要だ。突入の際に迷子では話になるまい」
ある日ギルドで彼に会うなり、ドミニクは部屋が怪しげな若者たちのたまり場になっていると告げた。ヘイゼルウィックではオルテンシアが出向く騒ぎになったのだから、ここでも何か動いてくれるはずだ。
「あれは必ずや近いうちに反乱の温床となります、僕には分かるのです。不満を抱えた無能な若者は、無謀な大義に準ずることで己を表現したがるものです。即日憲兵隊を動かし、全員拘束、いや処刑すべきではありませんか」
「貴公、随分と過激なことを言うものだな」
「過激こそあなた方の専売特許ではないのですか。で、今夜あたりどうでしょうか」
「話を聞く限り、彼らが反逆を企んでいるとは思えぬ。その元騎士、恐らく〈惑乱のデイジー〉だろうが、彼女もあれでなかなか、真面目に働いているようだぞ。ただ一時的に不満が高まっているだけであろう。その息抜きに、貴公の居候先が役立つのであれば構わぬのではないか? 無論、反逆の兆しが見えれば即座に動くがな」
ドミニクはこの答えを聞いて、別の居候先を探すつもりになった。
■
ギルドを出たその足で駅へ向かう。最寄りの駅は上の階層を支える支柱の一本と一体化した、傾いだ建物だった。通勤時間はとうに過ぎていたが、それでも駅には大勢の人々がうろついていた。どこからが駅構内なのかは判然とせず、食料品店の内部に改札があった。ホームはやたらとじめじめしている。どこぞの配管が壊れたままになっており、水が漏れているらしかった。
列車に乗り込み、どこへ向かうのかも分からずに窓の外を眺めている。ヨナタンの部屋と同じく、窓の外の景色はほぼ建物の壁だった。
二駅先が〈フェイチェスター大学前〉という駅だったのでドミニクはそこで降りた。
その駅は、これまでに見てきたこの街の建物にしては整然としていた。駅構内を歩くのも若者が多い気がする、大学へ通う生徒たちだろうか。窓の外には、一つの棟が見える。サイズは今までいた地区がそのまま入りそうなほどだ。
白衣を着た人物が通りがかったので、ドミニクは話しかける。ぼさぼさの髪で、指紋だらけの眼鏡をかけた女性だった。
「あなたは大学の方ですか? 研究者か何かですか?」
「おお、そうさ、わたしはフェイチェスター大学の研究者。何か御用かな?」
「宿を失ったので無期限に宿泊させて欲しいのですが、きちんと食事は供給されるでしょうか」
研究者はしばし、ドミニクをじっと見て、
「ああ、どこかで見た顔だと思ったら、君は勇者を名乗っている少年、ドミニク・フリードマンだね? よし、こうしようじゃないか、こちらに協力してくれるなら、しばらく生活を世話しよう。君の力を調べたい」
「よもや解剖でもするおつもりですか? 僕の体には刃物は通りませんし、魔術での調査も受け付けませんよ」
「おいおい、さすがにそんな真似はしないさ! 君の力が起こす変化を分析したいだけだよ。わたしはヘレナ・ラヴジョイ、付いて来たまえ」




