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SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第三章 大都市の冒険者
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第三十四話 下水路の惨劇

 バルトロメアが目を覚まし、彼女にハーフムーンの状況を伝えながら、ドミニクは彼も騎士になればいいのではないかと思いついた。バルトロメアでさえ、棘を実際に打ち込むところまで行ったのだ。


 だが彼女は、「いや、この人は無理じゃないすか」と断じた。


 いくら人手不足と言えど、騎士には最低限の品位が求められる。バルトロメアも白鯨棟という区画の、一つの階層を代々管理し続けている貴族家の末娘で、精神が棘の拒絶反応でぶち壊されるまでは、礼儀作法などもわきまえた、もっとまともな人格だったと自称した。それについてはどうも疑わしかったが、それなりの家の出か、冒険者として何らかの実績がなければ騎士にはなれないのは事実らしい。


 現在問題になっている下級騎士たちも、貴族家の末子などが主に被害にあっているらしかった。無理に騎士になどならず、永遠に部屋住みをまっとうすればいいものを、とドミニクは考えるが、恐らく彼らの保護者も自分の親のように急に心変わりをして、追い出すか何かしたのだろう。非道なことだ。


 それからドミニクはバルトロメアとハーフムーンを伴って、冒険者ギルドへ顔を出した。まずは登録を済ませてもらおうということで、ハーフムーンを受付に向かわせたが、途中で彼は脚を止めてしまった。


「どうしたのですか。やはり、やる気が出ませんか?」


「いいや、ドミニク、俺はやる気があるんだ、だけどよ、この脚はそうでもねえんだ」


 ふざけているのか、と思ったが、彼は真面目な顔だ。ドミニクはバルトロメアに登録用紙を持ってこさせ、ハーフムーンに渡した。すると今度は、


「俺はやる気なんだけど、この腕が動かねえ」


「なら代筆してもらえば良いではありませんか」


「ああ。だけどこの口が――」


 ドミニクは用紙に彼の名前だけを記載し、受付に渡した。驚くべきことにそれは受理され、黒い星が手渡された。


「冒険者の方も余程人手不足のようですね。とにかく、これでめでたくあなたも冒険者です。今日はバルトロメアの指導を受けて、下水の害獣でも倒してみてはいかがでしょうか」


「へへへ、もう後輩ができたっす。ハーフムーン、あたしを見習っててきぱき働くんですよ」


「いや、下水とか無理だぜ、俺は繊細なんだ。きっと病気になっちまう」


 ハーフムーンは悪びれもせず、無造作にそう言った。もちろんドミニクは許しもしないし、我が身を(かえり)みもしない。


「あなたは既にサボり癖という病の罹患者です。これはショック療法しかありません。バルトロメア、彼を現場まで運搬してください」


「合点っす、勇者様!」


 彼女は仮にも棘を撃ち込まれた強化人間であり、ハーフムーンは痩せた不健康な男だ。軽々と担ぎ上げられ、薄汚い下水へと連行されるはめになった。


「あれ? 勇者様も今日は付いてくるんすか?」暗い横穴に、共に足を踏み入れたドミニクに対してバルトロメアが言った。


「彼の醜態をしっかり見届けなくては。僕は清浄な結界に包まれているので決して汚れることはありませんが、あなた方はこの汚らわしい場所で下積みを重ね、真人間となるのです」


「なんて最悪な臭いなんだ。もう肺に凄まじい数のばい菌が侵入してきてやがるぞ!」ハーフムーンが嫌悪の表情で嘔吐(えず)いた。


「みっともないっすよ後輩! そんなんじゃ社会じゃあ通用しないって」


「なら異常なのは社会のほうだろ! 吐き気が込み上げて来やがった」


「吐くなら吐くって言ってよ、そしたらぶん投げてやるっす」


 そこで彼にさらなる悲劇が襲う。天井から落下してきた何かが、首筋にへばりついたのだ。それは巨漢の腕のように巨大なヒルだった。


「うわっ気持ち悪っ!」


 バルトロメアがそれに気づいて後輩ごと地面に放り投げ、ハーフムーンは絶叫しながらもがいている。数秒でヒルは血液を吸い上げ、見る見る膨らんでいく。傍観を決め込むつもりだったドミニクも、これは助けてやろうかと思ったが、先にバルトロメアが力ずくでヒルを引っぺがした。


 これが良くなかった。ヒルがくっついていた首筋からは大量の血が流れ出る。


「ヒイィィィィィ、血! 血が出てる! やべえ量の血が出てやがるッ!」


「落ち着いてください、頸動脈は傷ついていないはずです、もしそうなら噴水のようにもっと噴き出すはずです。いや、これは傷ついているのでしょうか。判然としませんね」


「ドミニク! てめえ勇者なんだろどうにかしやがれ早く! 早くしろ!」


「『してください』でしょう? もっとも僕は他者の怪我は直接的に治療できませんが」


「縫うしかないんじゃないっすか、勇者様」


「それも針がないのでできませんね。ん? そこに釘が落ちていますね、それを針の代わりにすればどうにかなるでしょうか。いや、まずは傷口を消毒しなければ」


「その釘を消毒するのが先じゃないっすか」


「なかなかの難題ですね。もうそのままでいいのではありませんか。しばらくすれば血も止まるでしょう。いや、ヒルは血液凝固を阻害する成分を出すと聞いたことがあります。このまま止まらないのかも知れません」


「え? それは蚊じゃないっすか?」


「いやヒルで合っているはずです、なんなら今から図書館に行って調べてみましょうか」


「あたしは蚊だと思いますよ、勇者様」


「なら賭けましょうか?」


「望むところっす!」


 などと二人が話している間に、同じく害獣退治に訪れた他の冒険者が、哀れにのたくるハーフムーンに憐憫を催し、止血剤を分けてくれた。ドミニクとバルトロメアはもちろん礼を言わないし、ハーフムーンもそれどころではない。やや嫌そうな顔でその冒険者は去って行った。

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