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SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第三章 大都市の冒険者
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第三十二話 協力要請

「単刀直入に言うが、我は貴公への協力を要請する。これより話す任務内容は極秘事項だ、口外を固く禁ずるものである」


「続けてください」ドミニクは冷やかしで入った店で、揉み手に愛想笑いの店主に接するような気分で促す。聖女ナナに庇護を確約され、労働への忌避はさらに力強さを増していた。彼女が告げた、邪神の手勢と戦い、力を付けねばならないという使命も既に頭から抜け落ちている。


「結構。……現在この都市において、新たな反逆者が台頭しつつあるのだ。奴らは秘密裏に、盗賊ギルド〈錆色金貨〉と取引を交わし、協力関係にある。そやつらから資金援助を受け、かのギルドも活発さを増している」


 ドミニクは自らが通報した事件を思い起こす。それもまた、反逆者たちの影響だったのか。


「その怪しからぬ団体など、これまであなたが手にかけてきた悪党どもと同様に叩き潰せば良いではありませんか。幸いあなたは、休息の必要なく労働に従事できる身ですし」


「無論、尋常の手合いならば今すぐにでも突入を仕掛けても構わぬ。だが、いくらか慎重にならざるを得ぬ要因があるのだ。一つは、反逆者どもの根城と思しき場所が、ファブリ地区と呼ばれる場所に位置している点だ。これはかつて存在していた、ファブリ棟という地区が、間隙の深い位置に崩落した地点だ。瘴気が濃く、強力な魔物が跋扈している」


「――とくれば、騎士が大勢必要でしょうね、人手不足のご時世には大変な……おや、そういえば、あなたは髪と目が変色していませんね。棘は刺さっていないのですか」


 ドミニクが思いついた疑問をそのまま口にすると、マウザーはそうだ、と答える。


「吸血鬼となった者や我らオークには、棘への適性がないのだ。元来あれは、神々が脆弱な種に与えし、魔への武器。そも精強な種には必要ない、当然のことよ。代わりにこんなものを与えられてはいるがな」


 マウザーは懐から、巨体に似つかわしくない短刀――彼からすれば小針のようなものだ――を取り出して見せた。ドミニクは奇怪な魔力を感知する。それはどうやら、聖棘を武器に打ち込んだ代物らしかった。無生物にも関わらず、白い根のようなものが張り巡らされて脈打ち、聖武具にしては不気味な有様だ。しかし、確かにこれまで騎士たちが手にしていた武具と同じ、浄化の力も感じることができる。あるいは、騎士たちの内部でも、棘はこのように脈打っているのか。棘とは、彼らを縛り付ける呪いではないかという思いが、その異形の刃を見てドミニクの中に浮かんだ。


「騎士や、我らのように強き種でなければこれを手にはできぬ。棘無き騎士の証というわけだな……話を戻すが、貴公の言う通り、このフェイチェスターに限らず騎士は慢性的に不足している。こたびの作戦でも、半端な人数で攻め込んだとて、反逆者の頭目が逃げおおせるだけの時間を与えてしまうだろう」


 この恐るべきオークの吸血鬼も、一騎士に過ぎないのだ。いかに素早い猫であっても、ネズミの群れすべてを相手にすることは叶わない。そう考えると、とたんにこの男が、並みの手合いに思えてきた。


「マウザーさん、もう一つ疑問があります。そのような危険な場所、逆徒にとっては都合の良い隠れ家でしょうが、彼ら自身はどうやってそこに順応しているのですか。瘴気を浄化する魔法具などを所持――いえ、もしや、敵方に騎士がいるのですか?」


 この問いに、重々しくマウザーは首肯する。


「いかにもだ。他領よりの出奔者や……この地の、現役の騎士が反逆者に組していると見られる」


「なんとも嘆かわしいことで。とはいえ、昨今のご時世を鑑みると……ああ、反逆の大義名分も、その辺りにあるのでしょうか? 誇りある、神々の加護を受けし騎士といえど、使い捨ての労働者に過ぎぬと理解したがゆえの蛮行。自らが毒に冒されていると気づく辺りは、他の中毒者よりはいささか頭が回るのかも知れません。しかし、その挙句に都市を害する賊徒に身を落とすとは、とんだ噴飯ものですね。毒蛇に脚を噛まれた者が血清を打つのでも、刺さったままの牙を除くのでもなく、他者の脚を斬って毒を出そうとしているかのようだ。


 ……それで、人手不足を補うために、僕に声をかけたと? オリヴァーさんやあの……獣人のお嬢さんで事足りるのではありませんか?」


「無論、彼らの力も求むつもりだ、だが、貴公の力がなにより優先される、なぜならば、反逆者には勇者を名乗る者がいるという情報を、こちらの隠密が掴んだのだ」


「……僭称者ではないのですか」平然と話を聞いていたドミニクが初めて眉を顰め、そう言った。「教会は僕への警告書などという偽情報を即刻撤回し、その不埒物を暴き出すべきですね」


「奴らが瘴気を浄化するすべと、魔物への備えを持っているのは事実。確認された騎士はそう多くはない。彼奴らに加え、勇者がいると考えると辻褄は合う。ドミニクよ、何か知らぬか、貴公が勇者であるならば。勇者とは貴公一人ではないのか?」


 ナナの言葉を明かすかどうか数秒考え、ドミニクは答える。


「この世界が危機に瀕している今、神々がさらなる慈悲を与えようとお考えになっても不思議ではありません。もっとも、他に勇者がいたとして、僕が最強なのは疑う余地もありませんが。……マウザーさん、気が変わりました」


「ほう?」


「僕はこの話をにべもなくお断りするつもりでしたが、偽勇者の顔を拝み、説教の一つでもしたい気分になってきました。共闘する、とは言えませんが、同行ならば許可しましょう。勇者の名を怪しからぬ行為で貶める輩は、断罪しなければなりません。あなたが偽物を叩き潰す様を、間近で観戦したく存じます」


 既に勇者の名は、これまでのドミニクの素行でだいぶ貶められているのだが、マウザーは異論を挟むことなく、巨体を折り曲げて頭を垂れ、「感謝する、ドミニク・フリードマン」


   ■


 ドミニクがヨナタンの部屋に戻ると、バルトロメアがベッドで寝入っていた。本来ならばそこはドミニクの定位置で、彼女はソファで寝ることになっている。苛立ちを隠せぬまま、ドミニクはソファに横たわって眠った。


 その晩は久々に、家族の夢を見た。小さいころ、お前は良くできた子だ、何でもできる、神童・天才児などとちやほやされていたことを回想しドミニクはそこそこいい気分で目を覚ました。あれほど自らを賛美していた家族は、なぜ家から追い出したのだろうか。優れた子供は、彼らが庇護し養う必要があったはずだ。それが優秀な者へ対して周囲の人々が尽くすべき義務だというのに。


 フェイチェスターの偽勇者をこらしめても、各地に別のがまだいるかもしれないとドミニクは思った。自らそう名乗り、不当に賛美されようと目論む輩がいてもおかしくはないし、各領邦や団体がでっち上げて擁立しようとするかも知れない。それらを、真の勇者である自分が懲らしめなければならないのではないか。こちらを一目見れば、人々も本物だとすぐに気づき、他のは偽物だと理解することだろう。自分はその場に足を運びさえすればよいのだ。

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