第三十一話 オークの騎士
さすがにもうバルトロメアの任務も終了しているだろうと思い、ヨナタンの部屋に戻ろうとしたが、本人ではなくギルド職員に聞いた方が彼女の仕事ぶりを正確に知れるだろうと考え、ドミニクはギルドへ再び向かった。するとくたびれた顔のバルトロメアと、ヨナタンがいた。
「ああ、勇者様! どこへ行ってたんすか、大変だったんですよこっちは!」
「ドミニク、彼女の仕事は散々だったぞ」ヨナタンが言った。「オレが手助けしなきゃ汚いまま、死体をほっぽり出して完了するってところだった」
どうやらバルトロメアがギルドへ戻る途中で出勤中のヨナタンと出会い、彼が気を利かせて倉庫を見せてもらったところ、とても完了とは言い難い体たらく、それで掃除をしたり、死体を引き取ってくれる業者に渡したりと、後始末を請け負ってくれたらしい。
「それはご苦労様です。まあ、僕も初日ということを差し引いても、彼女が完全な仕事をこなせるとは思っていませんでしたが。バルトロメア、ヨナタンに報酬は半分支払うべきです」
「ええ!? なんでですか。確かにヨナタンの兄貴のおかげで助かったのは事実ですが、ネズミをやっつけたのはあたしなんすよ!? 兄貴も報酬は全部あたしが受け取っていいって言ってくれたし」
「だからといってそれにそのまま甘えたのでは、あなたはいつまで経っても半人前のままですよ。冒険者として、いや、社会で生きる一人の人間として自覚を持つべきです。ヨナタンもそれでいいですよね。いや、そうすべきだ」
「ああ……オレは別に今回くらいはただ働きでも構わないけど、確かに君の言い分にも一理ある。というか、それよりもオレの部屋から出て行――」
「ほら、彼はちゃんと分かっているではないですか。そういった意識が重要なのです」
「もおう! 勇者様だって自分は人に甘えてばっかりなのにずるいじゃないすか!」
バルトロメアが本質的なところを指摘するが、ドミニクは揺るがない。なぜなら太陽神と聖女のお墨付きであるからだ。それを声高に喧伝しようとしたところで、ある人物が、彼に歩み寄った。
これまでオリヴァーやゲオルギーネ、ギデオンといった猛者達にも一切怯むことのなかったドミニクだが、その人物は彼をして、尋常でない強者、との評価を下すに足りた。
精悍だが同時に、肉食獣のごとく凶悪な顔。これまでに見たことがないほどの、長身――ドミニクは小柄であるとはいえ、そのおよそ二倍はある。肉体は腕も脚も首も、大木のように太い。エルフと同じく尖った耳に、灰色の肌。口からは恐ろし気な牙が二本飛び出ている。両目は血のように赤く輝いていた。
そして纏う鎧は、オルテンシアと同じ〈黒犬組〉のものだ。
「ドミニク・フリードマン、貴公に話がある」低くよく通る声で、その巨漢は言った。「二人だけで話そう。こちらへ来たまえ」
ドミニクは無言で頷き、黒犬の騎士は彼をギルドの奥へ誘った。
そこは会議室だった。ドアに鍵をかけて両者が大きなテーブルに付くと、騎士は部屋に、外部へ音が漏れぬよう静寂の術をかける。今から何やら重要な、極秘の話が始まるらしい。
「さて、まずは自己紹介をしておかねばな。我は〈マウザー〉、そう呼ばれている」
「野良猫にネズミ捕りとは、ここは猫ばかりなようですね」
ドミニクの軽口にマウザーは笑み、
「分かりやすくて良い名であろう。それが我が本分、反逆者というネズミを捕縛するのがな。見ての通り我は〈黒犬〉、この大都市に潜む不逞の輩を取り締まる番人よ」
「ここにもキャスリングのように、黒犬の方々がたくさんいるわけですか」
「たくさん、はおらぬ。主に反逆者の取り締まりは、各都市の憲兵隊が受け持つ。我ら〈黒犬組〉は彼らと協力関係にはある――守護官より憲兵を動かす強権を与えられているのだ。我らだけではこの広大な地に潜むネズミのすべてを、探し出すのは骨でな」
オルテンシアも言っていたが、黒犬組には悪魔狩りのように獲物を直接探し出す魔術などはない。地道な、時としては手段を選ばぬ捜査しかないのだ。
「ところで、あなたはオークなのですよね」ドミニクは彼の精悍だが凶悪な、腰掛けてはいても遥か高みにある顔を見て言った。
「然り。オークを見るのは初めてか、ドミニクよ。さもありなん、我が種族は西の国ファルクシアにて、禁断の地よりあふれ出る魔物を狩る使命を全うしなければならぬ。外にいるのは出奔者、追放者、離反者――悪党か、変り者ばかりよ」
「オークは猪の顔をしていると聞いていましたが、実際会ってみるとごついエルフといった風情ですね」
「いかにもだ。かつて極めて野心的なエルフの氏族が、何世代にも渡って自らの肉体を改造した結果だ。武神エギロスの名のもとに、魔物との永き戦いに身を投じるためにな。ああ、ちなみに、我らが自らを〈オーク〉と称したわけではない、我らは――共通語で言うところの〈果ての軍〉と名乗っているのだ。人間たちが、伝説上の怪物になぞらえてこちらをオークと呼んだのだ。それこそ貴公が口にした通り、猪の頭を持ち人を頭から喰らうという物の怪よ、無論、そのようなことはせぬが、時折我を見て、そういった目に合うのではと震えあがる者もいるな」
マウザーは、そのように恐れられていることを面白がっている様子だ。
「オークだけでなく、吸血鬼を見たのも初めてです。あなたはそうなったがために、追放されたのですか? 人を頭から喰うことはせずとも、喉笛にがぶりと食らいついたりはするのですか?」
これに対し相手は恐ろし気な笑みを浮かべたままで首を振り、
「一つ目の問いはそうだが、二つ目に関しては――到底あり得ぬ。居住権を持つ吸血鬼に対しては無論、吸血行為は厳重に禁止されているが……そうでなくとも、人族の血など飲めたものではない、例えるなら水を混ぜたワイン……否、ワインを混ぜた水のごとし。飲むならば魔物の血に限る。大抵の吸血鬼は、そう考えている」
果たして本当か? この御仁の恐ろしき容貌。夜な夜な人を喰らっていても不思議ではない。実際に反逆者を、そうして始末しているのかも知れない、もっとも自分がそのような目に合うことはあり得ないし、誰かが喰われても関係はないが。何しろ、これだけの人口を誇る大都市だ。一人二人いなくなっても、誰も困らないだろう。
「さて、雑談はこれくらいにしておいて、本題に入ろうではないか。今日の昼、この場所で貴公を一目見て、我はこれは本当に勇者ではないか、と確信したのだ。教会は認めぬだろうが」
「ええ、実際に僕は勇者で――いえ、少し待ってください、おかしくはありませんか。吸血鬼は昼間は力を奪われ、ほぼ動けないと聞いていました。だのにこのギルドへ出て来たと」
すると、マウザーはひと際大きく笑い、黒い宝石の付いた指輪を見せた。それは彼の指には小さすぎるため、鎖を通して首からぶら下げているようだ。
「貴公の言う通り、吸血鬼は一日の半分を奪われる呪いを帯びている。だが、何事も抜け道はあるものよ、すべての同族が求むる秘術がな」
指輪は魔力を持っている。強く、夜のように冷たいものを。
「これ一つで城が建つぞ――〈常闇の宝珠〉と呼ばれる魔法具だ。白昼であっても我にとっては空は暗く、常に皓々と月が我が身を照らすのだ。これぞ月神エルズが我を讃えている証。この街のネズミどもにとっては不運なことだがな、昼も夜も我が目を光らせているとあっては。我が二つ名を教えてくれよう、ドミニク――〈眠らずのマウザー〉よ」
誇らしげにその名を告げるオークの騎士。しかし、休息を取らずにずっと働けるというその強みも、ドミニクにしてみればいたずらに労働という毒物を摂取したがる、中毒者の烙印でしかなかった。




