表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第三章 大都市の冒険者
29/74

第二十九話 砕けし剣

 既に住む者もなく、倉庫として使われている家屋に数匹の大ネズミが出現する。それらを駆除し、死体を処理し、家屋内部を掃除することまでが任務だ。バルトロメアにそれらを完遂できるとは思えなかったが、ドミニクは手を貸すことなく、彼女が自らそれに挑むことを期待した。


 ギルドで掃除用具を借り、目的の倉庫まで到達すると、ドミニクはバルトロメアを置いて街を散策することにした。彼女はドミニクが洗浄の魔術で掃除してくれるものと思っていたらしく、かなり不満げだったが、あの女騎士に舐められっぱなしでいいのか、きっと今頃バルトロメアを頭の中で嘲笑しているぞ、といった挑発を口にしてけしかけ、その場を離れた。


 そういえば、彼女が乱入したために流れたが、ダニエラ司祭にこの街の歴史について聞こうとしていたのだった。改めて教会へ向かうことにする。


 途中、建物の合間に垣間見える空を、ロック鳥に乗った騎士が駆けていくのが見えた。フェイチェスターでは迅速に移動するため、空路が用いられている。悪路に強い騎獣といえど、さすがにこの都市には不向きだ。天翔ける彼らは消防・救助のために緊急出動した騎士たちらしい。自分もあれに乗ってみたいと思うドミニクだったが、彼が怪我や病気で救急搬送されることはない。あとでどこかの騎士に頼んでみよう。


 教会にたどり着くと、数人の参列者がいた。ダニエラ司祭は彼らに対し説教をしている。常に正しい行いをしなさい、神々はあなたを見ておられる、と。自分はまさに常に正しく、神々の照覧にこれ以上ないほどふさわしい、とドミニクは自賛する。説教が終わり、参列者たちが退出して、近づいてきた少年を見た司祭は顔をしかめた。


「またあなたですか、ドミニク君」


「ここはすべての信徒を受け入れているはずではないのですか、角材を手に暴れる者を含めて。ましてや僕は神に選ばれし勇者。諸手を挙げて歓迎すべきではありませんか」


「……何用ですか、今日は」


「改めてこの地の歴史についてお尋ねしたくまかり越しました。この前は邪魔が入ってしまったので」


 深呼吸してから、決意したようにダニエラは言う。


「良いでしょう、あなたがどのような者であっても、学びたいという気持ちを無下にするわけにはいきませんからね。さて、この街の歴史について語る前に、我々のいる世界について説明しておきましょう。あなたはここがどこかご存じですか」


「ここ、とは? ダグローラ教会。フェイチェスター大公領。ミラベリア。そのいずれかですか」


「ミラベリアそのものです。我らの世界の外側について、考えたことは?」


 外側。考えたこともなかった。


「ミラベリアとは、いくつもの〈断片〉の一つに過ぎないのです」


「断片? 何の断片ですか?」


「武神エギロスの、折れた剣の断片です。神代の昔、邪神を討つためにダグローラは武神に剣を与え、長き戦いの果て、二柱は相打ちとなりました。その際に折れた剣、その断片の上にいくつもの世界が生まれ、その一つがミラベリアというわけです。邪神はしかし死んだわけではなく、未だ眠っているのです。そして、ダグローラが育んだ剣の上の生命すべてを憎悪し、穢れを送り込んでいるのです」


「なるほど」ドミニクは頷く。「では、穢れは西に行くほど強くなるというのは、ミラベリアのずっと西、そこに邪神の亡骸があるということなのですか」


「ええ。そういうことです。そして昨今の魔物と穢れの増加もそうですが、かつての戦乱の時代も邪神の謀りであるとされていますね。騎士たちの心を乱し、争いに明け暮れさせたのだと」


「ということは、戦乱の嚆矢であるレナード・ニンバスクラッドなどは、邪神に特に強く影響を受けた者だと」


 その名を出した途端、ダニエラは端正な顔をあからさまに怒りで染め上げた。そういえば、レナードはかつてソラーリオ――ダグローラ教会の本拠地へ攻め込もうと画策していたのだった。まさに信徒たちにとっては憎むべき逆賊だろう。


 ダニエラはレナードを旧文明の指導者達と並ぶ罪人・邪神のしもべと蔑み、あのような者は非業の死がふさわしい、と殊更に非難し始めた。


 それから彼女が現領主の祖先が開拓団を率いていた折、妖精の導きでこの地を見つけた伝説を語り始めようとしたところで、参列客が現れた。顔なじみらしいその老人は懺悔をしたいということだった。悲痛な面持ちだが、ドミニクは話を中断されて白けた気分だった。今すぐ衛兵が逮捕しようと向かってきているのでなければ、罪など忘れてしまえばいいだけの話なのに。しかし、ダニエラ司祭は老人の肩に手を置き、親身になって話を聞こうとしている。彼女はドミニクへ「続きはまた今度」と言い、しかたなく教会を後にした。


 それからバルトロメアが仕事中の廃屋に寄ろうかと思ったが、今頃は大ネズミの死体を片付けている頃合いだろうし、そんな不潔な場所には立ち入りたくなかったので直接ギルドへ戻った。


 そこで一人の、まだ若い冒険者を見つけた。燃えるような赤毛の少女で、その耳は尖り毛が生え、猫のそれのように変形している。彼女は獣人(ライカンスロープ)だった。神より祝福を受け、獣の相と異常な膂力・俊敏さを得た人間だ。恐らくはフロップが、このギルドで最強の者として挙げたうちの一人、〈野良猫(ストレイ)〉と呼ばれる人物だろう。


「〈ストレイ〉というのはあなたですか」


 ドミニクは無造作に近寄り、背後からそう聞いた。


 獣人の少女は振り返り、むっとした顔で言う。


「お前はドミニク・フリードマンって奴だろう、勇者を名乗っている。教会が発行した文書で見たぞ。仕事を怠け、人にたかるろくでもない悪ガキだろう」


 どうやらスタン的な人物らしい、とドミニクは分類する。


「労働は毒物です。摂取すればするほど生命力を奪われ、あまつさえ正常な判断力すら失う。そんな不自由な人生は選びたくありませんからね」


「恥ずかしくはないのか、ドミニク。お前は逃げているだけだ。人生の義務からな」


 ドミニクはため息を一つ吐き、


「毒から逃げることが恥というのなら、あなた方はなぜ結界の内側に居住しているのですか? それだって瘴気という毒からの忌避ではありませんか。危険な毒から離れるのは生物として当然のこと。その摂理を恥と断ずる蒙昧さ、なかなか救い難いですね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ