第二十八話 初仕事
オリヴァーはその後、依頼をこなすためにギルドを出て行った。バルトロメアはずっと無言だったが、それは彼を恐れていたためらしかった。
「よく勇者様はあの人と普通に会話できるもんすね、ヤバいっすよあの人」
「特に何も感じませんでしたが。それに彼は、聖棘もないし魔法具も所有してはいないようでしたが」
「成体の雄ナメクジが十体いてもたぶん一撃でぶった斬りますよ、あの人は」
一応剣客の端くれであるバルトロメアには、剣士の強さを把握する力が備わっているらしい。なお、彼女が言うナメクジとかカタツムリは、尋常のものではなく、かといって魔物化したものでもなく、彼女が拒絶反応で苦しんでいる折に目撃した幻覚であり、その基準は杳として知れない。
「では、何か面倒なことがあれば、彼を頼るとしましょうか。ああそうだ、バルトロメアもせっかくだから、冒険者として登録してみては?」
「ええ? 覗いてみるだけって話だったじゃないすか」
「では今後どうやって生きていくつもりなのですか? 僕は勇者であるから問題はありませんが、あなたはただ己の力のみで生きていかねばならないのですよ。冒険者として、その剣技を都市のため、人々のために生かす道がもっともふさわしいとは思いませんか。あなたはどうせ一度死んだ身。棘の副作用で狂い、あのまま僕が救わねば牢獄行きだったはずです。ならば死んだ気になれば、労働などどうということはないのでは」
「何言ってるんですか勇者様、死んだ気で生きてたら死んでるのと変わりないじゃないすか。生きてる気で生きたいに決まってるじゃないすか」
ドミニクはバルトロメアと会話するのが面倒になってきた。なぜこうも頑ななのか。勇者たる自分に救われたというのに、正論で諭しているのに、なぜ二つ返事で動かないのか。
「分かりました、あなたが嫌だというなら無理強いはしません。しかし、いつの日か己の脚で立って歩くことを覚えなくてはいけない」
「勇者様と一緒にいればおこぼれに預かれないですかね」
「そのような人任せはいけません。あなたは一人の独立した人間なのですから」
納得できない顔のバルトロメア、そこに一人の騎士が通りかかる。ヘイゼルウィックにもいた、ギルド付きの騎士だろう――荒っぽい冒険者たちが乱闘を始めないように収める警備や、穢れの多い場所の任務に赴くとき同行する役目だ。その、灰色の髪の女騎士に説得してもらおうとドミニクは声をかけた。
「なんだって? その女の子が冒険者になるのを渋ってる? ならなくていいじゃん、楽な仕事じゃねえから。そもそも彼女、〈なり損ない〉だろ、髪の変色も少ないし目にも灰輪が出てるじゃねえか、そいつは棘が適合してねえ印だよ。つまり、下級騎士にでもなれなかったんだろう? そんならうちにひっこんでなよ」
その口調は明らかな侮蔑だった。騎士が去った後、バルトロメアはブルブル震え、何事かを呟いている。ドミニクが近づくと、
「クソ女窒息しろクソ女窒息しろクソ女窒息しろ……」と繰り返しているのだった。しばらく様子を見ていると、二分ほどで怒りが多少収まったらしくドミニクの方を向いて、
「勇者様、あたしは冒険者になります。カタツムリの罵倒に耐えたあたしが、なり損ないではないということを証明して見せます」
〈なり損ない〉であるのは事実ですよね、とドミニクが口走る前にバルトロメアは大股で受付の方へ歩いて行った。
そこにいたのはやる気のなさそうなエルフの女性で、何か書類仕事をしており、バルトロメアが目の前に来てもしばらく反応せず、彼女が「新規登録をお願いします!」と言うと、ゆっくりと顔を上げて、
「ああ、じゃあこの用紙に記入して。書き終わったら教えてね」と告げてまた書類に顔を落とす。
「勇者様、この住所ってヨナタンのうちでいいっすよね? 番地とか分かりますか?」
「さあ、あまり興味がなかったので存じませんね。実家の方でいいんじゃないですか」
「それは困ります、親に騎士じゃなく冒険者になったなんてバレたら!」
「いずれ分かると思うので素直になった方がいいと思いますが。確かキーラン地区の第十五階層、三番街だか四番街だったかと、分かるところまででいいのではないですか」
「そうします。ええと、技能などってのは?」
「棘が一本あるってことで良いのでは。あと変な剣を出せるということも」
「変な剣じゃあないっす、あたしの聖剣ですよ!」
ドミニクの胡乱な助言のもと書類を書き終え、提出すると受付のエルフはざっと見て、数字――冒険者を識別する番号らしい――が刻印された、黒い星型のメダルを渡した。冒険者の位階は色で決まるらしく、黒い星はもちろん最下位のもので、位ごとに受けられる依頼と報酬が定められているらしかった。
「あっという間に一番上まで上り詰めて、あのクソ女の顔を屈辱に歪めてやりますよ!」
「そんな簡単に上まで行けるなら、そもそもランク分けなどされていないでしょう。それに彼女は、あなたのことなどもう忘れているかも知れませんよ」
「じゃあさっそく依頼を受けるっす! なるべく簡単な奴から!」
掲示板に多くの依頼書が貼られている。ざっと見たところ、黒い星で結界の間隙に出入りできる依頼はなさそうだった。間隙では魔物との戦いに加え、瘴気という障害もある。騎士や浄化の魔法具が必要だが、それらの数は限られている。その点バルトロメアはある程度の浄化能力を自前で持ち、これは昇格に際し多少有利なのではないか、とドミニクは分析した。そこまで長く女騎士への怒りが持てばの話だが。
下級冒険者への依頼は、ドブ掃除やおつかいなどがほとんどだったが、弱い魔物の駆除もいくらかはあった。魔物は基本的に結界の中には入れないが、尋常の生物が穢れの影響で変異した害獣は例外だ。それらは魔物ほどの危険はないが、都市の中にも当たり前のように侵入してくるため、誰かが始末しなければならない。その誰かっていうのはもちろんバルトロメアやヨナタンたちだ。ドミニクは実践を積むべきだとバルトロメアに進言した。そうして初仕事は、廃屋に住まう大ネズミ退治となった。




