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SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第三章 大都市の冒険者
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第二十七話 ギルドへの来訪

 昼前にドミニクは目を覚ました。すでにバルトロメアは起きていて、素振りをしている。手にしている剣は、なにやら粘度の高い液体で濡れていて、当然彼女の両手や床を汚しているが、本人は気にする様子もない。


 一振りごとに液体が壁に飛び散っている。ドミニクは剣術はまったく分からないが、恐らく基礎はできているのだろう、どっしりと安定した所作に思える。たぶんゲオルギーネに比べればまだまだなのだろうが。


「勇者様、おはようございます。重ね重ね昨日の件に関しては多謝を――」


「それはもういいので、それよりその剣は聖武具ですか?」


「はい、あたしの聖剣となっております、カタツムリに奪い去られていましたが、ついに我が手に帰還したっす」


「そのドロドロしているのは後遺症のせいなのですか、バルトロメア?」


「たぶんそうだと思うけどいいんじゃないすか。相手が燃えてても斬れそうだし」


 しかしドミニクは自分の居宅に液体がまき散らされるのを良しとせず、洗浄の魔法で掃除しておいた。


「ところで僕は思ったんですが、やはり君は自立への道を歩んでいくべきではありませんか。せっかくそのような力を得たので、騎士に復帰、あるいは冒険者として活躍していくというのは」


 その言葉に彼女は怪訝な顔になった。


「勇者様、昨日はあたしに『労働は毒だからしてはいけない、それを避けているだけで誉れある身だ』なんて言っておいて、なんで今日は労働を奨励してるんですか?」


 それはもちろん、ドミニクは一貫した思想があるのではなく、自分が楽をするための都合で柔軟に発言を変化させているからだ。本来バルトロメアが過労死しようが、労働を拒絶し物乞いに身を落とそうがどうでもよいことだが、彼女は自分に恩義を感じているため、労働に復帰したなら養ってもらうことが叶うかもしれないと期待したのだ。


「毒も少しなら薬となります。それにあなたはまだ若い、社会との繋がりを通して己を磨くことも、試してみていいのではありませんか」


「うーん、気が進まないっすね。まあどうせ暇だし、覗いてみるだけなら」


「そうです、まずは冒険者ギルドにでも足を運んでみましょう」


   ■


 そういうわけでその区画の冒険者ギルドへやって来た。食堂に隣接しているが、その店の入り口は崩落し、遥か下の階層を見下ろす落とし穴が口を開けていた。その穴はずっと長いこと塞がれぬままとなっているらしく、食堂に入るには一旦ギルドの中に入って二階に上り、バルコニーに出てそこからはしごで食堂の入り口前に降りる必要があった。それだけの手間をかけねば入れないにも関わらず料理はまずく、しかし安くて量が多いと評判だったので食堂は潰れずに繁盛していた。


 ドミニクとバルトロメアは最初、その食堂へ来た客と思われたが、冷やかしという意味では間違っていなかった。


 少しばかり冒険者たちと話して気づいたのは、彼らが騎士とは違い、自分がどこの誰かという点を明確にしたがらないことだった。エルフたちが真名(トゥルー・ネーム)ではなく纏名(クロークド・ネーム)を用いるように、多くの者はあだ名を使い、そうでなくても偽名を名乗ることも多いようだった。


 フロップと呼ばれている、ブライドワースから来た冒険者がいた。「しくじっ('Twas a)ちまった( Flop)」という口癖のためにそのあだ名で呼ばれているこの男は、極めて貧乏な粗忽者だった。彼はドミニクと同じく、仕事をする気が乏しかったが、この少年よりは多少精神性がマシだったのでどうにか日銭を稼いで暮らしていくことができていた。フロップは他者に絡んで、その話をただ聞くことで時間を潰していた。


 ドミニクはヘイゼルウィックでの活躍、ダグローラの聖騎士に招待(捕縛)され、悪魔討伐を目撃した話をした。


「そいつぁすげえ。てめえは勇者だっていうのかい? 俺も色々しくじっちまったがその分、人を見る目は確かでよ、あんた大物になるぜ」


「既になっています。それで、ここの支部で一番強い人は誰ですか?」


「ああ、〈野良猫(ストレイ)〉や〈宵っ張り(ナイトオウル)〉とかいろいろいるが、オリヴァーって奴が一番じゃねえかな、ほら、あそこにいる金髪の男さ。なにせ奴はサナム人、しかもタイタス・ドゥールの子孫だっつう話だぜ」


 掲示板の前で依頼を選んでいるその男に近づいて、ドミニクは話しかけた。


「あなたはサナムの方ですか」


 振り返って、悠然とした口調で彼は答える。「そうだ……サナムの正当な双剣士、こいつを見れば分かるだろう」


 彼は腰に二本の剣を帯びている。髪と目は変色していないので騎士ではなさそうだった。


「サナムの剣士なら、ゲオルギーネ・タンホイザーという人を知っていますか」


「……オレの前でその名を出すな」静かな口調のままだったが、わずかに顔を歪めてオリヴァーは言った。「あの人は我が一族の面汚しだ……」


「我が一族? 彼女はドゥール家の親戚ということですか?」


「そうだ、遠縁だがタンホイザー家はタイタスの血を引いている……既に取り潰されたがな。オレも分家筋の(すえ)だが、彼女の悪名はさんざん聞いている、騎士としての使命をかなぐり捨てるとは、嘆かわしいことだ」


 ドミニクは、ゲオルギーネと会ったこと、最後は彼女が悪魔狩りを追って別れたことを話した。


「馬鹿げた話だな……悪魔狩りが第三者が見ているところで〈斬鬼法(スレイング)〉を使うことはない。お前を襲った悪魔も、銃で倒されたのだろう? あれは使用者以外には秘匿されねばならない技だ。確実に悪魔を屠るための化外の剣、知ったところで一騎士に使えるはずがない」


 ドミニクはふと、ゲオルギーネの棘はどうなっているのかと疑問に思った。彼女は騎士に叙せられる際、利き腕に刺されたはずだが、それは既に損なわれている。引き続き一族の恥である脱走者の話題だったので機嫌はいささか悪そうだったが、オリヴァーはそれについて説明してくれた。


「尋常であれば肉体とともに霊体は損なわれる……それは大変な不名誉だ。敵に対し不覚を取り、聖棘を失ったのだからな。だが、強い意志があれば、霊体とそこに刺さった棘を留めておくことは可能だという。その場合、ありもしない四肢の痛みに苦しむことが多いと聞くがな」


 恐らくゲオルギーネの右腕に打ち込まれていた聖棘は、損なわれていないのだろう。痛みも、大して彼女には影響を及ぼすことができそうにない。

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