第二十五話 独善的義憤
五叉路の角に賞金稼ぎギルドの支部があり、壁にはべたべたと手配書が貼られている。盗賊や違法魔道士に混じってゲオルギーネの色あせた手配書があった。あの剣客は、ギデオンから悪魔狩りの技を盗むことができたのだろうか、それとも人間を超越した狩人の身体能力でもって、まんまと逃げられたのだろうか。
近くには線路があり、道路と交差した踏切になっている。ドミニクはそれを見るのは初めてだったので、遮断機が下りる様を間近でじっと眺めていた。警報が鳴る音に負けぬ大音声で、賞金稼ぎギルドの隣にあった煙草屋のおばさんが、「そこの子、危ないよ、近づいたら! 轢かれちまうよ!」と叫んだのでドミニクはゆっくりと後退した。
列車が轟音とともに通り過ぎると、ドミニクは煙草屋の前へ行き、
「少しお聞きしたいことがあるのですが」
「なんだい、危なっかしい子だね、よそから来たのかい?」
「そうです、あの列車は何で動いているのですか」
「魔法だよ、魔導機関ってやつさ。魔力が石になったやつが、地面の中から出てくるっていうけど、詳しい仕組みは技師にでも聞きな」
「誰か轢かれるのを見たことがありますか?」
「なんだってそんなことを聞くんだい、嫌だねえこの子は。ああ、こんな場所で商売してると、時折拝むことになるさ。自分から線路に突っ込んでいくやつがね。ひどいもんだよ、しばらくは肉が食べられないさ、轢死だなんて嫌だねえ」
「その『轢死』っていうのは『溺死』みたいなものですか?」
「ええ? ああ、そうだね、死ぬって意味じゃね。で、迷子にでもなったのかい?」
「なっていません。その赤い箱の煙草をください」
「あんたの歳じゃ売れないんだよ、大きくなったらまた来な」
■
ダグローラ教会は酒場と娼館に挟まれて、薄暗い路地の奥にあった。入り口そばには、誰かが朝方出した吐しゃ物が残ったままになっている。ドミニクが中へ入ると、一人の女性が歩み出た。
「ようこそ、子よ。何かお悩みでも――あっ」
彼女はドミニクの顔を見るなり声を上げ、端正な顔を盛大に顰めた。
「あなたは勇者僭称者ドミニク・フリードマンですね。我が教会にもたかりに来たというのですか」
「あなたがダニエラ司祭ですか? この地区の歴史についてお聞きしたいのです」
すると、司祭は少しばかり表情を緩め、
「なるほど、食事や金銭ではなく、知識を得たいというわけですね、感心なことです」
「食事も得たいです。できればビフテキが食べたいですね、よく焼いてください」
再びダニエラは失望を露わにし、
「いいですか、我らとしてはあなたを認めるわけにはいかないのです。当然のことですが」
「こちらの戒律では生焼けが至高とされているのですか」
「そうではなくて! あなたを勇者と認定もしない、何も提供しない、そう既に決定済みと言っているのです、ドミニク君。あなたは恥を知るべきです」
「恥なら十全に存じ上げていますが。なぜ教会は、僕を勇者と公認しないのか。理解に苦しむところであります」
司祭はいらだちをどうにか飲み込んで、努めて平静を保ち、答える。
「あのですね、分かりやすく言いますが、こちらが勇者だと認めたとして、その後その人物が馬鹿げた行いに手を染めれば、我々の顔に泥を塗ることになるのです。それは教会の権威失墜を招きます、お分かりですか?」
ドミニクは深く頷き、
「おっしゃる意味は理解しましたが、不要な心配です。僕は馬鹿げた行いなどとは無縁。どこに出しても恥ずかしくはない、品格ある勇者ですので。それよりビフテキの準備を進めた方がいいと思いますが。焼き方はもう、そちらにお任せしますが、下ごしらえも必要でしょうし」
ダニエラは深呼吸をし、怒りを鎮めようとしたが、彼女をさらなる不幸が襲う。教会の入り口を乱暴に蹴り開け、ドミニクに次ぐ第二の闖入者が現れたのだった。
その人物が纏っているのは黒革の鎧――否、黒染めではなく、汚れで黒く染まっている。ドミニクが制裁を加えたクロフォード並みの悪臭を放ち、角材を手にした怪人。どうやら女性のようだが、顔も頭髪も鎧と同じく垢や泥に塗れていて、人相は定かではない。
彼女は角材を振り回し、何事かを叫びながらドミニクと司祭の方へ突進してくるではないか。獣さながらの狂乱に、ダニエラは絶句し後ずさるのみ。しかし、ドミニクは悠然と立ち、闖入者を待ち構える。
「天誅ゥゥゥッ――!」
彼女がそう叫びながらドミニクへ繰り出した一撃が到達することはなかった――迅速に少年は勇者たる証、〈宿り木〉を行使したからだ。室内に突如出現した人型の樹を、ダニエラ司祭は呆然と見つめる。
「どうです、これが勇者の力です、司祭様。さて、衛兵を呼んでこの暴れ者を突き出しましょう」
「……少しだけ待ってください、ドミニク君」
司祭の発言にドミニクは、怪訝な表情を浮かべる。
「なぜです、先ほど『天誅』などと口走っていたところを見ると、恐らくダグローラ教会もしくはあなたに、何らかの独善的義憤を覚えての犯行ですよ。僕を認めないほど目が節穴とはいえ聖職者に対し、このような狼藉を働く輩に慈悲を施すおつもりですか。慈悲というなら、いっそ介錯して差し上げるのが道理ではありませんか」
「確認したいことがあるのです。彼女を拘束したままでかまいません、顔を改めさせてくれませんか」




